落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―壱―

093 襲われる①

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 五月の中旬。
 しとしとと梅雨らしい雨が降り続くなか、帰東する大樹公を安治川の河口で見送ってから、約十日ぶりに京の屯所へと帰った。

 休む間もなく長州人の捜索も再開し、周平くんが近藤さんの養子になったという報告もされた。
 隊士たちの反応は様々で、純粋に驚いた人が多いなか、一部では、兄の三十郎さんが弟を使って次期局長の座を狙っているだとか、局長に取り入ったと妬む人もいたけれど、忙しいせいか、隊内がざわついたのはほんの一瞬のことだった。

 あとで土方さんに聞いて知ったのだけれど、近藤さんは今回のことを家族には一切相談していなかったらしい。というより、まだ報告すらしていないのだとか。
 家族が増えました! ……なんて突然の事後報告、果たして驚かれるだけで済むのだろうか……。
 それにもし今後、近藤さん自身に男の子ができたらどうなるのだろう。私が心配しても仕方がないけれど、巡察の支度をしながら、ふと浮かんだ疑問を土方さんに問いかけてみた。

「そういえば、局長の息子と副長って、どっちが偉いんですか?」
「あ?」
「もし新選組の局長が世襲制なら、土方さんより周平くんの方が偉くなっちゃうのかなぁーと?」

 私が知っている歴史では、新選組は明治維新のあとになくなってしまうけれど、この先、歴史を変えて新選組が存続した場合、局長はどうやって選出されるのか少し気になるわけで。

「んな先の話なんて知るか! 周平が近藤さんの息子になろうが何も変わらねぇよ。お前も、周平に対しては今まで通りでいろ。俺に対しては……もっと敬ってもいいぞ?」
「え? あー、そうですね。お年寄……じゃなくて、年長者は敬わなきゃいけませんもんね!」
「おまっ、馬鹿野郎! もういい! とっとと巡察行って来い!」
「はいはーい、行ってきまーす」

 逃げるように部屋を飛び出すと、襖越しに土方さんの大きなため息と、総司に似てきやがった……という独り言が聞こえた。
 いや、待って。沖田さんに比べたらまだまだ可愛いはず!?

 ところで、結局のところ局長の息子と副長はどっちが偉いのだろう。
 まぁ、役職こそあれど新選組は同志の集まりだと言っていたから、おそらく今まで通りでいいのだと思うけれど。
 勝手に結論を出しながら玄関へ向かえば、巡察へ行く隊士たちの中に武田さんの姿があった。そして、私が合流するなりやたら急かし始め、追いたてられながらみんなで屯所の門をくぐった。

 今日の巡察は、沖田さんを中心に組まれていたと思ったのだけれど……私の勘違いだったかな。
 まぁ、沖田と武田。似ているといえば似ている。
 とはいえ、思わずこぼれそうになるため息を全力で堪えた。誰が一緒だろうとすることは変わらないけれど、正直、武田さんに絡まれると面倒くさいことが多いので、あまり関わりたくないというのが本音だ。

 それなのに……他の隊士たち同様、若干の距離を取りながら巡察を続けていたはずが、気づくと隣に武田さんがいた。
 相変わらずの口振りに、右から左、話し半分で適当に相槌を打ちながら歩いていると、突然、武田さんが隊士たちを呼び止めた。

「昨日、この辺りの旅籠に不審な浪士が出入りしてるという噂を耳にした。副長にも確認して来るよう言われている。私と春でしばし様子を見てくるから、お前たちは先へ行け」

 何で私!? 確認に行くのは構わないけれど、万が一を考えたらみんなはここへ待機させておくべきなんじゃ?
 そもそも、宿が特定できていないのなら、手分けした方がいい気がするのだけれど。

「隊服を着た連中が大勢でいては警戒されるだろう。いいから早く行けっ!」

 進言する間もなく、追い立てられるようにしてみんな行ってしまった。武田さんの言い分もわからなくはないけれど、よりによって何で私なのか……。
 とはいえ、副長の命令とあらば無視するわけにもいかない。どうせやらなければいけないのなら、とっとと終わらせてしまおう!

「武田さん、早く行きましょう」

 そう言って振り返ると、遠ざかる隊士たちを見つめる武田さんの顔が、不適に笑ったように見えた。



 武田さんはある程度の目星がついていたのか、不審な浪士が泊まっているという部屋のすぐ隣の部屋に入った。
 入ったはいいけれど、何をすれば……?
 思わず壁に耳を当てるという古典的な方法で様子を伺ってみるけれど、何も聞こえず、誰かいるような気配すら感じられない。

「武田さん、今は誰もいなそうですが……他を当たりますか?」
「いや、いい。このままここで戻って来るのを待つ。ほら、春も座るといい」

 任務で来ているはずなのに、すでに刀を置いて座っている武田さんは、ご丁寧に自身の正面に私の座布団まで用意してそこをポンポンと叩いている。
 いつ帰ってくるかもわからない人物をこのまま立って待つのは辛いので、私も腰から刀を抜き、それを脇へ置いて座布団の上に座るけれど……なぜか防具まで外して完全にくつろぎモードに突入した武田さんが、私にも外すよう要求してきた。

「い、いえ……。任務中ですし、このままでいいです」

 しばらく居心地の悪い沈黙が続いたけれど、最初にそれを破ったのは武田さんだった。

「春、この際だから腹を割って話そうじゃないか。実のところ、副長とはどうなんだ?」
「はい? どう、とは?」
「やはり、できているのか?」

 なっ。また面倒くさい話をド直球にぶん投げてきたよ。この人はっ!
 私や土方さんの男色疑惑は、いまだ晴れていないのか!?

「ええっと、土方さんとは本当に何もないですから。部屋を間借りさせてもらってるだけです。副長とただの平隊士、それ以上でもそれ以下でもありません」
「本当か?」
「本当です。嘘ついてどうするんですか……」
「なら、沖田君と斎藤君は?」

 今度はそっち! おそらく、先日の髪を拭いたことが原因なのだと思うけれど。
 沖田さんは風邪を引かせないためだし、斎藤さんに至っては、武田さんのせいで迷惑をかけてしまったというのに!

「何でそんな誤解をしているのかわかりませんが、そもそもがですね、私自身、誰かとできてるとかありませんから。先に言っておきますが、好きな人もいませんからね!」

 ついでにいうと、いたことすらないからね! ……って、そこは別に言わないけれど。

「新選組の外にもいないのか?」
「しつっ……いませんってば!」

 いい加減しつこいぞ! いなくて悪いか!? いいじゃん別に!

「……そうか」
「えっ……」

 ほっとしたように微笑む武田さんの顔は見えた。
 けれど、すぐさま私の視界から消えた。消えたというより、私の視界そのものが遮られて何も見えなくなってしまった。
 気がつけば、なぜか武田さんの胸に顔を埋めていて、抱き竦められている状態だった。
 ……何で?

「は、離してください!」
「春……」

 腕ごと強く抱え込まれてしまったせいで、押し返すこともできない。とにかく抜け出そうと必死にもがけば、さらに力を込められた。

「ちょ、武田さんっ!? 苦し――」
「好きだ……」
「…………は!?」

 いや、待って。状況が飲み込めない。
 誰が誰を……?
 武田さんが私を……?
 そもそもいつ女だとバレた?
 また土方さんに怒られるんじゃ!?

 次から次に沸く疑問の答えを探しているうちに、暗かった視界が突然開けた。開けたけれど、なぜか武田さんが私を見下ろしていた。というより、押し倒されていた。
 だから何で!?

「春、私のものにならないか?」
「は!?」
「悪いようにはしない」
「お断りです! どいてください!」

 お願いだから早くどいてってば!

「なぜ拒む?」
「なぜって、好き同士でもないのにおかしいじゃないですか!」
「私は春が好きだ。問題はない」

 いやいやいや、問題大ありだから!
 私の感情は無視!?

「私は、武田さんをそういう風には見られません!」
「大丈夫、すぐに見られるようになる」

 いやいやいや、意味がわからない!
 やっぱり私の感情は無視!?
 そうこうしているうちに武田さんの顔が近づいてくる。
 完全無視かっ!

 まさか、こんなところで私のファーストキスは奪われてしまうの? 武田さんに!?
 あまりの理不尽さに悲しみよりも怒りの方が大きくて、頬を平手打ち……いっそ殴ってやろうと思うのに。私の両腕は畳の上に固定されていて、びくともしなかった。
 悔しいけれど、今の私にできることは最大限に顔を背けて視界を閉ざし、ただただ拒絶することだけだった。

 もうダメかもしれない……。
 そんな諦めが浮かんだ時、スパーンと勢いよく襖の開く音が部屋に響いた。
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