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【 花の章 】―壱―
078 山南さんの償い
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ゆるりと力なく山南さんが離れたあと、私も起き上がり、乱れた着物を整える。
口の端を指先で拭えば、山南さんが畳の上に頭をつけた。
「琴月君、すまない……。知らなかったとはいえ、私は女性の君に何てことを……」
「いえ……頭を上げてください。きっと山南さんが言う通りなんです。心眼がある私には、刀を持つ人たちの気持ちを、本当の意味で理解することはできない……。それは、性別なんて関係ないです」
「だがっ!」
「すみません……。私の言動が、山南さんを苦しめてたんですね……。だけど……本当にそんなつもりじゃ……なく、て……ただ……」
上手く喋れないと思ったら、涙が溢れそうになっていた。
鼻をすするようにして必死に食い止めれば、顔を上げた山南さんが再び謝った。
「すまない、違うんだ。私は君が……君が羨ましかったんだ。だから君に手を上げたことは、ただの八つ当たりだ……。本当にすまない……」
何度もすまない、申し訳ないと繰り返し、言葉を詰まらせながらも山南さんは私に向き合い話をしてくれた。
あんなにも刀を持つことをためらっていた私が、いつの間にか死番もこなし、峰打ちという方法で人を斬らずに捕縛している、その成長が羨ましかったのだと。
上に立つ者として、隊士の成長は喜ぶべきことなのに、自分はもう刀も持てず、体調も崩してばかりで厄介者でしかない。峰打ちという方法など教えなければよかった……そう思ったりもしたのだと。
そして、そんなことを考えてしまう自分が嫌になる……とも。
「君は、本当に心の強い女性だね」
「強くなんかないです」
ふるふると首を左右に振れば、山南さんが再びゆっくりと口を開く。
「総長を言い渡された時、ああ、これで本当に厄介払いされたのかと思ったんだ。君が言うように、序列は副長よりも上だ。だが、この腕ではもう、今まで通りの仕事はこなせない、そうはっきりと現実を突きつけられたような気がしてね……。君におめでとうと言われて、素直に喜べないどころか、八つ当たりをしてしまったんだ。本当に申し訳ない……」
そう言って、もう何度目かもわからないくらいに頭を下げた。
器を返し、その中へ拾い上げた桜の花びらを戻しながら、いつかの記憶を呼び起こした。
「芹沢さんが亡くなる前、山南さんは、私の機嫌が悪いのを承知で見捨てずに救ってくれましたよね? あの時の私だって、八つ当たりしました。だから……おあいこです」
若干の痛みを堪えて微笑めば、勢いよく頭を上げた山南さんが声を荒らげた。
「何を言ってるんだっ! 私は君に……女性の顔に怪我を負わせたんだよ!? こんなのはおあいこじゃない! 許してくれなどとは言わない。ならばせめて、君の気が済むまで私を殴ってくれても構わない!」
私が山南さんを殴る……? 想像したこともない光景を思い浮かべて、思わずクスリと笑ってしまった。
「山南さん、それは私も痛いので嫌です。それに、素手で殴るのって、殴られる方はもちろん、殴る方も痛いって聞いたことがあります。だから、やっぱりおあいこです」
「だがっ!」
「う~ん……じゃあ、一つだけお願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。私にできることであれば何でもしよう。償わせて欲しい」
軽く頷き返すと、一つ深呼吸をして改めて山南さんに微笑んだ。
「これからは、一人で溜め込んだりしないでください。私でよければ、いつでも相談にのりますから」
「あっ……」
「覚えてますか? 以前、山南さんが私に言ってくれた台詞です。でも、私がこれを口にするのはたぶん二回目ですよ? 私じゃ頼りないのはわかってます。それでも、少しでも山南さんに恩返しがしたいんです。今度こそ守ってくれますか?」
わざと意地悪に微笑んで見せれば、山南さんは真剣な眼差しで一つ頷いた。
「ああ、約束しよう。今度こそ必ず」
「はい!」
しばらく濡らした手拭いで冷やしていると、山南さんが傷の手当てを申し出てくれた。
逆に申し訳ないと思いながらも、ここはお願いすることにした。
「傷に、触れてもいいかい?」
「はい、大丈夫です」
指先に軟膏を乗せた山南さんの指が、私の切れた口の端に優しく触れる。
「ところで、君が、その……女性だということは、みんな知っているのかい?」
「いえ、知っている人は少ないです」
知っている人の名前をあげてから、芹沢さんとの約束を果たすため、性別を偽ってまでここにいるということも伝えた。
「そうか……芹沢さんが……」
「今まで黙っていてすみません。我が儘言ってるのは承知ですが、このことは誰にも言わないで欲しいです。どうか、お願いします」
今度は私が頭を下げる番だった。
「頭を上げて。もちろん、君がそれを望むなら決して口外はしない。約束しよう」
「ありがとうございます!」
「君を傷つけてしまった私が言えた立場ではないが……今後は、何があっても君を守ると誓おう。それが、少しでも償いになればいいと思っている」
償いなんて必要ないけれど、山南さんは優しいから……きっと、どうしたって償いたいと思ってしまうのだろう。
それを拒んでしまえば、やり場を失くした後悔を自分に向けてしまうかもしれない。だから、心強いです、と素直に頷いた。
山南さんの部屋をあとにして、自室の前で足を止めるも目の前の襖を開けられずにいた。
自室といえど土方さんの部屋。頬の傷のことは黙っておきたいけれど、山南さんにバレてしまったことは伝えておかなければならない……。
土方さんのこと、頬の傷と山南さんが無関係でないことに気づく可能性は高い。
どうしたもんか……。
「さっきから、んなとこで何やってんだ?」
そんな台詞とともに突然襖が開かれるから、全部吹っ飛び頭が真っ白になった。
「さっさと中入れ……て、お前、その顔はどうした!?」
「えっと……こ、転んじゃいました! あはは」
咄嗟に笑って答えるも、腕を捕まれ部屋の中へと引っ張られた。
両手で顔を挟み、強引に傷を確認する土方さんの視線が鋭さを増した気がして、思わず視線を逸らした。
「誰にやられた?」
「こ、転んだんですっ!」
「この俺に嘘が通じると思うなよ? 転んでできる傷じゃねぇ。殴られてできる傷だろうが!」
傷の具合だけで判断できるとは……さすがはバラガキ、元不良少年。
潔く殴られたことは認め、酔っぱらいに絡まれたと告げるも、土方さんは舌打ちして部屋を出て行った。
「土方さん? どこ行くんですか!?」
嫌な予感がしてあとを追いかければ、不機嫌な背中が振り返りもせずに言う。
「確かめに行くだけだ。お前、山南さんの部屋へ行くと言ってただろう?」
「なっ! やめてください! 土方さんっ!」
大股で歩く土方さんの腕にしがみつくも、力で敵うはずもなく、あっという間に山南さんの部屋の前についた。
けれど、土方さんが声をかける前に襖が開いた。
「歳か。ちょうど歳の部屋へ行こうと思ってたところなんだ」
「俺も、山南さんに確認したいことがある」
土方さんにしがみついたままの私に視線を移した山南さんが、大丈夫と言わんばかりに静かに微笑んだ。
「なら、私の部屋でもいいかい? さぁ、入って」
山南さんの前に二人で腰を下ろすなり、隣の土方さんを睨んでしまった。
だって……山南さんのことは黙っていたかった。それなのに、こんな形で露見することになるなんて。
「琴月君、そんなに怖い顔をしないで。最初から私が君と一緒に行くべきだったね。すまない」
「違います! 山南さんのせいじゃないです!」
山南さんは、微笑みを携えたままふるふると首を左右に振ると、居住まいを正し、一切の笑みを消してから土方さんへと向き直った。
「琴月君を傷つけたのは私だ」
「……そうか。場合によっちゃ法度にも触れる。理由を訊かせてもらおうか?」
局中法度……。“私事での争いをしてはいけない”だった……?
まさか、山南さんに切腹を!?
「待ってください!」
そう声を上げるも、すぐさま山南さんに片手で制されるのだった。
外はすでに闇が降りていた。
行灯の淡い光に照らされながら、山南さんはゆっくりと、何一つ隠すことなく私との間に起きたことを語っていく。
山南さんが改めて私に頭を下げれば、それが説明終了の合図になった。
「私は、これでも新選組の人間だ。切腹となれば、甘んじて受け入れる覚悟はできている」
「山南さんっ!? 何言って――」
「お前は黙ってろ」
土方さんの低いその声と気迫に圧され息を呑むと、それ以上の声を発することもできず、ただ唇を噛むしかなかった。
私が黙ったのを確認した土方さんは、再び山南さんを視界の真ん中に捉える。
「山南さん、今のあんたは総長、俺は副長だ。序列下位の俺が、あんたに切腹を申しつけることはできない」
「ならば、近藤さんに委ね――」
「それは駄目だ。近藤さんは、こいつが女だとは知らねぇからな」
「では、私はどうすれば……」
土方さんが、ニヤリと口角を上げるのがわかった。
「どうもしなくていいさ。総長の仕事をしてもらえたらそれでいい。元はと言えば、俺の言葉足らずが原因みてぇだしな」
……どういうこと? 山南さんと揃って見つめれば、土方さんは少しだけばつが悪そうにしながら説明をし始めた。
山南さんを総長にしたのは、決して追いやったわけではなく、一言で言えば適材適所。
片腕が不自由になってしまった山南さんには、どうしたって戦闘は難しい。
けれど、文武両道と言われる山南さんには文の才が残っていて、局長である近藤さんも厚い信頼を寄せている。
だからこそ、隊務に追われる土方さんに代わり、総長となった山南さんには、より近くで近藤さんを支えて欲しいということらしい。
ついでに言うと、土方さんが担っている事務的な仕事も、今まで以上に手分けしてくれると土方さんが喜ぶらしい。
説明を終えた土方さんが、丁寧に頭を下げた。
「誤解させてすまなかった。それから、お前もすまなかったな」
何と、私にまで謝るのだった。
近藤さんには今回のことを相談できないうえに、私も大事にはしたくない。
どこか責任を感じている様子の土方さんは、被害者である私の強い希望を聞き入れる形をとり、山南さんへのお咎めはなしとなった。
土方さんは、“近藤さんは山南さんに厚い信頼を寄せている”と言っていたけれど、土方さんだって、山南さんをとても信頼しているように思えた。
だから、たとえ近藤さんに話したとしても、土方さんが処罰はなしにしたんじゃないのかな……と、そんな気がするのだった。
口の端を指先で拭えば、山南さんが畳の上に頭をつけた。
「琴月君、すまない……。知らなかったとはいえ、私は女性の君に何てことを……」
「いえ……頭を上げてください。きっと山南さんが言う通りなんです。心眼がある私には、刀を持つ人たちの気持ちを、本当の意味で理解することはできない……。それは、性別なんて関係ないです」
「だがっ!」
「すみません……。私の言動が、山南さんを苦しめてたんですね……。だけど……本当にそんなつもりじゃ……なく、て……ただ……」
上手く喋れないと思ったら、涙が溢れそうになっていた。
鼻をすするようにして必死に食い止めれば、顔を上げた山南さんが再び謝った。
「すまない、違うんだ。私は君が……君が羨ましかったんだ。だから君に手を上げたことは、ただの八つ当たりだ……。本当にすまない……」
何度もすまない、申し訳ないと繰り返し、言葉を詰まらせながらも山南さんは私に向き合い話をしてくれた。
あんなにも刀を持つことをためらっていた私が、いつの間にか死番もこなし、峰打ちという方法で人を斬らずに捕縛している、その成長が羨ましかったのだと。
上に立つ者として、隊士の成長は喜ぶべきことなのに、自分はもう刀も持てず、体調も崩してばかりで厄介者でしかない。峰打ちという方法など教えなければよかった……そう思ったりもしたのだと。
そして、そんなことを考えてしまう自分が嫌になる……とも。
「君は、本当に心の強い女性だね」
「強くなんかないです」
ふるふると首を左右に振れば、山南さんが再びゆっくりと口を開く。
「総長を言い渡された時、ああ、これで本当に厄介払いされたのかと思ったんだ。君が言うように、序列は副長よりも上だ。だが、この腕ではもう、今まで通りの仕事はこなせない、そうはっきりと現実を突きつけられたような気がしてね……。君におめでとうと言われて、素直に喜べないどころか、八つ当たりをしてしまったんだ。本当に申し訳ない……」
そう言って、もう何度目かもわからないくらいに頭を下げた。
器を返し、その中へ拾い上げた桜の花びらを戻しながら、いつかの記憶を呼び起こした。
「芹沢さんが亡くなる前、山南さんは、私の機嫌が悪いのを承知で見捨てずに救ってくれましたよね? あの時の私だって、八つ当たりしました。だから……おあいこです」
若干の痛みを堪えて微笑めば、勢いよく頭を上げた山南さんが声を荒らげた。
「何を言ってるんだっ! 私は君に……女性の顔に怪我を負わせたんだよ!? こんなのはおあいこじゃない! 許してくれなどとは言わない。ならばせめて、君の気が済むまで私を殴ってくれても構わない!」
私が山南さんを殴る……? 想像したこともない光景を思い浮かべて、思わずクスリと笑ってしまった。
「山南さん、それは私も痛いので嫌です。それに、素手で殴るのって、殴られる方はもちろん、殴る方も痛いって聞いたことがあります。だから、やっぱりおあいこです」
「だがっ!」
「う~ん……じゃあ、一つだけお願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。私にできることであれば何でもしよう。償わせて欲しい」
軽く頷き返すと、一つ深呼吸をして改めて山南さんに微笑んだ。
「これからは、一人で溜め込んだりしないでください。私でよければ、いつでも相談にのりますから」
「あっ……」
「覚えてますか? 以前、山南さんが私に言ってくれた台詞です。でも、私がこれを口にするのはたぶん二回目ですよ? 私じゃ頼りないのはわかってます。それでも、少しでも山南さんに恩返しがしたいんです。今度こそ守ってくれますか?」
わざと意地悪に微笑んで見せれば、山南さんは真剣な眼差しで一つ頷いた。
「ああ、約束しよう。今度こそ必ず」
「はい!」
しばらく濡らした手拭いで冷やしていると、山南さんが傷の手当てを申し出てくれた。
逆に申し訳ないと思いながらも、ここはお願いすることにした。
「傷に、触れてもいいかい?」
「はい、大丈夫です」
指先に軟膏を乗せた山南さんの指が、私の切れた口の端に優しく触れる。
「ところで、君が、その……女性だということは、みんな知っているのかい?」
「いえ、知っている人は少ないです」
知っている人の名前をあげてから、芹沢さんとの約束を果たすため、性別を偽ってまでここにいるということも伝えた。
「そうか……芹沢さんが……」
「今まで黙っていてすみません。我が儘言ってるのは承知ですが、このことは誰にも言わないで欲しいです。どうか、お願いします」
今度は私が頭を下げる番だった。
「頭を上げて。もちろん、君がそれを望むなら決して口外はしない。約束しよう」
「ありがとうございます!」
「君を傷つけてしまった私が言えた立場ではないが……今後は、何があっても君を守ると誓おう。それが、少しでも償いになればいいと思っている」
償いなんて必要ないけれど、山南さんは優しいから……きっと、どうしたって償いたいと思ってしまうのだろう。
それを拒んでしまえば、やり場を失くした後悔を自分に向けてしまうかもしれない。だから、心強いです、と素直に頷いた。
山南さんの部屋をあとにして、自室の前で足を止めるも目の前の襖を開けられずにいた。
自室といえど土方さんの部屋。頬の傷のことは黙っておきたいけれど、山南さんにバレてしまったことは伝えておかなければならない……。
土方さんのこと、頬の傷と山南さんが無関係でないことに気づく可能性は高い。
どうしたもんか……。
「さっきから、んなとこで何やってんだ?」
そんな台詞とともに突然襖が開かれるから、全部吹っ飛び頭が真っ白になった。
「さっさと中入れ……て、お前、その顔はどうした!?」
「えっと……こ、転んじゃいました! あはは」
咄嗟に笑って答えるも、腕を捕まれ部屋の中へと引っ張られた。
両手で顔を挟み、強引に傷を確認する土方さんの視線が鋭さを増した気がして、思わず視線を逸らした。
「誰にやられた?」
「こ、転んだんですっ!」
「この俺に嘘が通じると思うなよ? 転んでできる傷じゃねぇ。殴られてできる傷だろうが!」
傷の具合だけで判断できるとは……さすがはバラガキ、元不良少年。
潔く殴られたことは認め、酔っぱらいに絡まれたと告げるも、土方さんは舌打ちして部屋を出て行った。
「土方さん? どこ行くんですか!?」
嫌な予感がしてあとを追いかければ、不機嫌な背中が振り返りもせずに言う。
「確かめに行くだけだ。お前、山南さんの部屋へ行くと言ってただろう?」
「なっ! やめてください! 土方さんっ!」
大股で歩く土方さんの腕にしがみつくも、力で敵うはずもなく、あっという間に山南さんの部屋の前についた。
けれど、土方さんが声をかける前に襖が開いた。
「歳か。ちょうど歳の部屋へ行こうと思ってたところなんだ」
「俺も、山南さんに確認したいことがある」
土方さんにしがみついたままの私に視線を移した山南さんが、大丈夫と言わんばかりに静かに微笑んだ。
「なら、私の部屋でもいいかい? さぁ、入って」
山南さんの前に二人で腰を下ろすなり、隣の土方さんを睨んでしまった。
だって……山南さんのことは黙っていたかった。それなのに、こんな形で露見することになるなんて。
「琴月君、そんなに怖い顔をしないで。最初から私が君と一緒に行くべきだったね。すまない」
「違います! 山南さんのせいじゃないです!」
山南さんは、微笑みを携えたままふるふると首を左右に振ると、居住まいを正し、一切の笑みを消してから土方さんへと向き直った。
「琴月君を傷つけたのは私だ」
「……そうか。場合によっちゃ法度にも触れる。理由を訊かせてもらおうか?」
局中法度……。“私事での争いをしてはいけない”だった……?
まさか、山南さんに切腹を!?
「待ってください!」
そう声を上げるも、すぐさま山南さんに片手で制されるのだった。
外はすでに闇が降りていた。
行灯の淡い光に照らされながら、山南さんはゆっくりと、何一つ隠すことなく私との間に起きたことを語っていく。
山南さんが改めて私に頭を下げれば、それが説明終了の合図になった。
「私は、これでも新選組の人間だ。切腹となれば、甘んじて受け入れる覚悟はできている」
「山南さんっ!? 何言って――」
「お前は黙ってろ」
土方さんの低いその声と気迫に圧され息を呑むと、それ以上の声を発することもできず、ただ唇を噛むしかなかった。
私が黙ったのを確認した土方さんは、再び山南さんを視界の真ん中に捉える。
「山南さん、今のあんたは総長、俺は副長だ。序列下位の俺が、あんたに切腹を申しつけることはできない」
「ならば、近藤さんに委ね――」
「それは駄目だ。近藤さんは、こいつが女だとは知らねぇからな」
「では、私はどうすれば……」
土方さんが、ニヤリと口角を上げるのがわかった。
「どうもしなくていいさ。総長の仕事をしてもらえたらそれでいい。元はと言えば、俺の言葉足らずが原因みてぇだしな」
……どういうこと? 山南さんと揃って見つめれば、土方さんは少しだけばつが悪そうにしながら説明をし始めた。
山南さんを総長にしたのは、決して追いやったわけではなく、一言で言えば適材適所。
片腕が不自由になってしまった山南さんには、どうしたって戦闘は難しい。
けれど、文武両道と言われる山南さんには文の才が残っていて、局長である近藤さんも厚い信頼を寄せている。
だからこそ、隊務に追われる土方さんに代わり、総長となった山南さんには、より近くで近藤さんを支えて欲しいということらしい。
ついでに言うと、土方さんが担っている事務的な仕事も、今まで以上に手分けしてくれると土方さんが喜ぶらしい。
説明を終えた土方さんが、丁寧に頭を下げた。
「誤解させてすまなかった。それから、お前もすまなかったな」
何と、私にまで謝るのだった。
近藤さんには今回のことを相談できないうえに、私も大事にはしたくない。
どこか責任を感じている様子の土方さんは、被害者である私の強い希望を聞き入れる形をとり、山南さんへのお咎めはなしとなった。
土方さんは、“近藤さんは山南さんに厚い信頼を寄せている”と言っていたけれど、土方さんだって、山南さんをとても信頼しているように思えた。
だから、たとえ近藤さんに話したとしても、土方さんが処罰はなしにしたんじゃないのかな……と、そんな気がするのだった。
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