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【 落の章 】
056 新選組に入りたい②
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山崎さんの入隊から間もない、ある日の夕方。
いつもより早めに稽古を切り上げて、少しばかり汚れが気になった庭や屯所入り口の掃き掃除をしていた。
途中、妙に視線を感じて振り返れば、門の前に一人の少年が立っていて、目が合うなりやたら力強い視線を送られた。
ガンを飛ばしている……のだと思うけれど、何というか、申し訳ないけれどあんまり怖くない。
ここへ来る前なら、確実に目を逸らして見なかったふりをしていたけれど、今じゃ目をギラギラさせた人たちに囲まれて生活しているせいか、それくらいじゃ動じない。
何より、睨んだらもっと怖い人がごく身近にいるしね……。ああ、慣れって怖い。
同い年くらいに見えるその少年のもとへ行き、声をかけた。
「何かご用ですか?」
「新選組に入りたい。近藤先生はいらっしゃるか?」
意外にも、返事は丁寧だった。わざとか無意識か、私には舐められたくないという空気を漂わせているけれど。
……って、入隊希望だっけ。
「えっと、局長は外出中なので副長に訊いてきますね。少し待っていてください」
近藤さんは夜まで外出だと言っていたので土方さんに知らせれば、さっそく部屋へ通すよう言われ案内する。
近頃、近藤さんたちは隊士を増やしたいと言っているし、山崎さんもすんなりと入隊してしまった。この少年も、きっと問題なく入隊するのだと思う。
「土方さん、お連れしました」
「入れ」
少年を部屋の中へ通すと、土方さんの目が驚くほど見開かれた。
「は!? 捨助じゃねぇか! どうしたんだ、突然」
「歳さん! 俺も新選組に入りたい! 新選組に入れてくれ!」
捨助と呼ばれた少年は、土方さんの前に倒れ込む勢いで頭を下げた。
「はあ!? お前、まさかとは思うが……それを言うためにわざわざ京まで来たのか?」
「もちろんだ!」
やり取りからして二人は知り合いみたいだけれど、なぜか土方さんは呆れたように大きなため息をついた。
「前にも言っただろう? お前は駄目だ、帰れ」
あれ? 許可しないらしい。
今の新選組は入隊試験などもなく、その気があれば誰でも入れるような状態だ。知り合いなうえにやる気も相当ありそうだから、断る理由なんてなさそうなのに。
「何で駄目なんだ!」
「お前は長男だろう。いずれ家を継がなくちゃならねぇんだ。もしお前の身に何かあったらどうする。家はどうなる? だから駄目だ」
ああ……そういうこと。
昔は、家を絶やさないために養子をとることも珍しくなかったと聞いたことがある。つまり、それくらい家の存続は大切ということ。
長男だから駄目だなんて、そんな理由で!? と思うけれど、この時代では土方さんの言うことはもっともなのだろう。
「そもそも、親を説得したのか? どうせ黙って飛び出して来たんだろう?」
「それは……」
……って、黙って出て来ちゃダメだろう。それじゃただの家出少年だ。
訊けばこの少年、松本捨助さんは、土方さんの親戚でもあり多摩では天然理心流を学んでいたらしい。
炬燵から、どちらも折れそうにないやり取りを見ていたら、ようやく近藤さんが帰ってきた。
そして、近藤さんにも入隊の許可を頼み込んでいたけれど、やっぱり同じ理由で認めてはもらえなかったみたいだ。
翌日、なかなか諦めない松本さんに土方さんがある条件を出した。
「総司と勝負して、勝ったら認めてやる」
「ええっ! 総司さんに勝てるわけないじゃないですか!」
「やりもしねぇで諦めんのか? そんな腰抜け、ウチにはいらねぇんだよ。とっとと帰れ」
土方さんも意地悪だ。勝てないとわかって言っているのだから。
こんなの、勝負をしてもしなくても、入れないのは確定している。
「ちょっと散歩にでも行こうか」
何も言えなくなった松本さんに、非番の井上さんが声をかけた。せっかく京まで来たのだから、と近くを見物しに行くらしい。
「春も一緒に行こう」
「はい!」
私も急いで支度をして、ふてくされる松本さんを連れ出した。
特にどこを目指すわけでもなく、ぶらぶらと市中を見て回ったり、お寺でお参りをしたりした。緊張感もなく楽しんでいると、松本さんが不満げな顔で話しかけてきた。
「お前、兄弟は?」
「兄が一人だけいます」
「そうか。いいよな……お前は長男じゃねえから入れたんだろう? 俺より弱そうなのに」
完全に拗ねてしまっている松本さんの頭を、井上さんが軽く小突く。
「こら、捨助。春に当たるんじゃない。春だって頑張っているんだからな」
「いいですよ、井上さん。弱いのは事実ですから」
「何言ってるんだ。ここへ来た頃とは比べ物にならないくらい上達してるぞ?」
三ヶ月もみっちり稽古していれば、そりゃあ少しは上達もしているかもしれない。
けれど、スタートがゼロだったからそう感じるだけであって、私なんてまだまだだ。
「そういえば、松本さんもお家は多摩の方なんですよね? どんな所なんですか?」
「別に……何もねえよ」
予想通り、何とも素っ気ない返事が戻ってきた。
何となくこのまま沈黙になってしまうのは寂しくて、気づけば思っていることを口にしていた。
「私の故郷は、ずっとずっと遠くにあるんです。今は帰りたくても帰れなくて、どうなっているのかすらわかりません。それでも、いつか帰れると信じて今を必死に生きてます。だからこそ思うんです。帰った時に故郷がなくなっていたら……自分の知らないものになっていたら、凄く悲しいし寂しいなって。そういうのって、近藤さんや土方さんも同じだと思うんです。もちろん、松本さんは長男だからっていうのもあるとは思いますけど……みんなが帰ろうって思った時、故郷がなくなってたらやっぱり悲しいじゃないですか。こんな時世です、いつどこで何が起こるかわからない。だから、自分たちの代わりに故郷を、帰る場所を守っていてもらいたいんだと思うんです」
「…………」
やってしまった……。相手の反応もろくに見ず、つい、兄のような一人語りをしてしまった……。
今すぐこの場を立ち去りたいほどの自己嫌悪に陥っていると、松本さんがぽつりと呟いた。
「……俺にだって戦えるだけの力はある。それを無駄にはしたくねえ」
「ま、松本さんも、みなさんと一緒に剣術を学んでいたんですよね? ならきっと、強いんでしょうね」
「ああ。総司さんには勝てる気がしねえけど、それでも、お前よりはつええと思う」
「羨ましいです」
「は?」
驚いたようにこちらを向く松本さんは、眉間に皺を寄せ、言葉の意味を探るような目をしている。
「私にも守りたいものがあるんです。でも、今の私はまだまだ弱いから……。だから、強い松本さんが羨ましいです」
「何だそれ」
「だって、守るのだって力が必要じゃないですか」
そう言って微笑んで見せれば、ふいっと視線を逸らされた。
本当に羨ましいと思ったのだけれど……。
「それは……そうかも知れねえけど……」
「みんなの帰る場所を、守ってあげてくれませんか? 土方さんも口ではああ言ってるけど、本音はきっと、松本さんに故郷を守っていて欲しいんだと思います。……って、すみませんっ!」
慌てて頭を下げた。これじゃまるで、説得しているみたいだから。
長い一人語りの次は説得だなんて、ただの下っ端隊士の私にはどうこう言える立場にない!
「……って、ちょっ! 何で泣いてるんですか!? ええっ!?」
「……わかった。俺がみんなの帰る場所を守っておいてやる」
顔を上げた私の目に飛び込んで来たのは、なぜか涙を流して頷く松本さんの顔なのだった。
いつもより早めに稽古を切り上げて、少しばかり汚れが気になった庭や屯所入り口の掃き掃除をしていた。
途中、妙に視線を感じて振り返れば、門の前に一人の少年が立っていて、目が合うなりやたら力強い視線を送られた。
ガンを飛ばしている……のだと思うけれど、何というか、申し訳ないけれどあんまり怖くない。
ここへ来る前なら、確実に目を逸らして見なかったふりをしていたけれど、今じゃ目をギラギラさせた人たちに囲まれて生活しているせいか、それくらいじゃ動じない。
何より、睨んだらもっと怖い人がごく身近にいるしね……。ああ、慣れって怖い。
同い年くらいに見えるその少年のもとへ行き、声をかけた。
「何かご用ですか?」
「新選組に入りたい。近藤先生はいらっしゃるか?」
意外にも、返事は丁寧だった。わざとか無意識か、私には舐められたくないという空気を漂わせているけれど。
……って、入隊希望だっけ。
「えっと、局長は外出中なので副長に訊いてきますね。少し待っていてください」
近藤さんは夜まで外出だと言っていたので土方さんに知らせれば、さっそく部屋へ通すよう言われ案内する。
近頃、近藤さんたちは隊士を増やしたいと言っているし、山崎さんもすんなりと入隊してしまった。この少年も、きっと問題なく入隊するのだと思う。
「土方さん、お連れしました」
「入れ」
少年を部屋の中へ通すと、土方さんの目が驚くほど見開かれた。
「は!? 捨助じゃねぇか! どうしたんだ、突然」
「歳さん! 俺も新選組に入りたい! 新選組に入れてくれ!」
捨助と呼ばれた少年は、土方さんの前に倒れ込む勢いで頭を下げた。
「はあ!? お前、まさかとは思うが……それを言うためにわざわざ京まで来たのか?」
「もちろんだ!」
やり取りからして二人は知り合いみたいだけれど、なぜか土方さんは呆れたように大きなため息をついた。
「前にも言っただろう? お前は駄目だ、帰れ」
あれ? 許可しないらしい。
今の新選組は入隊試験などもなく、その気があれば誰でも入れるような状態だ。知り合いなうえにやる気も相当ありそうだから、断る理由なんてなさそうなのに。
「何で駄目なんだ!」
「お前は長男だろう。いずれ家を継がなくちゃならねぇんだ。もしお前の身に何かあったらどうする。家はどうなる? だから駄目だ」
ああ……そういうこと。
昔は、家を絶やさないために養子をとることも珍しくなかったと聞いたことがある。つまり、それくらい家の存続は大切ということ。
長男だから駄目だなんて、そんな理由で!? と思うけれど、この時代では土方さんの言うことはもっともなのだろう。
「そもそも、親を説得したのか? どうせ黙って飛び出して来たんだろう?」
「それは……」
……って、黙って出て来ちゃダメだろう。それじゃただの家出少年だ。
訊けばこの少年、松本捨助さんは、土方さんの親戚でもあり多摩では天然理心流を学んでいたらしい。
炬燵から、どちらも折れそうにないやり取りを見ていたら、ようやく近藤さんが帰ってきた。
そして、近藤さんにも入隊の許可を頼み込んでいたけれど、やっぱり同じ理由で認めてはもらえなかったみたいだ。
翌日、なかなか諦めない松本さんに土方さんがある条件を出した。
「総司と勝負して、勝ったら認めてやる」
「ええっ! 総司さんに勝てるわけないじゃないですか!」
「やりもしねぇで諦めんのか? そんな腰抜け、ウチにはいらねぇんだよ。とっとと帰れ」
土方さんも意地悪だ。勝てないとわかって言っているのだから。
こんなの、勝負をしてもしなくても、入れないのは確定している。
「ちょっと散歩にでも行こうか」
何も言えなくなった松本さんに、非番の井上さんが声をかけた。せっかく京まで来たのだから、と近くを見物しに行くらしい。
「春も一緒に行こう」
「はい!」
私も急いで支度をして、ふてくされる松本さんを連れ出した。
特にどこを目指すわけでもなく、ぶらぶらと市中を見て回ったり、お寺でお参りをしたりした。緊張感もなく楽しんでいると、松本さんが不満げな顔で話しかけてきた。
「お前、兄弟は?」
「兄が一人だけいます」
「そうか。いいよな……お前は長男じゃねえから入れたんだろう? 俺より弱そうなのに」
完全に拗ねてしまっている松本さんの頭を、井上さんが軽く小突く。
「こら、捨助。春に当たるんじゃない。春だって頑張っているんだからな」
「いいですよ、井上さん。弱いのは事実ですから」
「何言ってるんだ。ここへ来た頃とは比べ物にならないくらい上達してるぞ?」
三ヶ月もみっちり稽古していれば、そりゃあ少しは上達もしているかもしれない。
けれど、スタートがゼロだったからそう感じるだけであって、私なんてまだまだだ。
「そういえば、松本さんもお家は多摩の方なんですよね? どんな所なんですか?」
「別に……何もねえよ」
予想通り、何とも素っ気ない返事が戻ってきた。
何となくこのまま沈黙になってしまうのは寂しくて、気づけば思っていることを口にしていた。
「私の故郷は、ずっとずっと遠くにあるんです。今は帰りたくても帰れなくて、どうなっているのかすらわかりません。それでも、いつか帰れると信じて今を必死に生きてます。だからこそ思うんです。帰った時に故郷がなくなっていたら……自分の知らないものになっていたら、凄く悲しいし寂しいなって。そういうのって、近藤さんや土方さんも同じだと思うんです。もちろん、松本さんは長男だからっていうのもあるとは思いますけど……みんなが帰ろうって思った時、故郷がなくなってたらやっぱり悲しいじゃないですか。こんな時世です、いつどこで何が起こるかわからない。だから、自分たちの代わりに故郷を、帰る場所を守っていてもらいたいんだと思うんです」
「…………」
やってしまった……。相手の反応もろくに見ず、つい、兄のような一人語りをしてしまった……。
今すぐこの場を立ち去りたいほどの自己嫌悪に陥っていると、松本さんがぽつりと呟いた。
「……俺にだって戦えるだけの力はある。それを無駄にはしたくねえ」
「ま、松本さんも、みなさんと一緒に剣術を学んでいたんですよね? ならきっと、強いんでしょうね」
「ああ。総司さんには勝てる気がしねえけど、それでも、お前よりはつええと思う」
「羨ましいです」
「は?」
驚いたようにこちらを向く松本さんは、眉間に皺を寄せ、言葉の意味を探るような目をしている。
「私にも守りたいものがあるんです。でも、今の私はまだまだ弱いから……。だから、強い松本さんが羨ましいです」
「何だそれ」
「だって、守るのだって力が必要じゃないですか」
そう言って微笑んで見せれば、ふいっと視線を逸らされた。
本当に羨ましいと思ったのだけれど……。
「それは……そうかも知れねえけど……」
「みんなの帰る場所を、守ってあげてくれませんか? 土方さんも口ではああ言ってるけど、本音はきっと、松本さんに故郷を守っていて欲しいんだと思います。……って、すみませんっ!」
慌てて頭を下げた。これじゃまるで、説得しているみたいだから。
長い一人語りの次は説得だなんて、ただの下っ端隊士の私にはどうこう言える立場にない!
「……って、ちょっ! 何で泣いてるんですか!? ええっ!?」
「……わかった。俺がみんなの帰る場所を守っておいてやる」
顔を上げた私の目に飛び込んで来たのは、なぜか涙を流して頷く松本さんの顔なのだった。
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