落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 落の章 】

022 大坂へ

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 九月の初め。
 幕府の偉い人が大坂へ行くらしく、新選組も大坂市中の警備を依頼されやって来た。
 ちなみに、大坂とは今でいう大阪のこと。
 そして今回も、酔った芹沢さんの鶴の一声で、私も一緒に来ているのだった。



 大坂滞在中は京屋という船宿に宿泊し、私は宿に残って主に雑用をしていた。
 そしてこの日は、夜にみんなで遊郭へ行くらしく、朝から隊士たちが浮き足だっていた。

 遊郭……。女の私からしてみるとあまり良いイメージがなく、誘われたけれど宿で留守番をすることにした。
 夜になり、浮かれきった隊士たちを見送り部屋へ戻るも、まだ芹沢さんと永倉さんが残っていた。

「お二人は行かないんですか?」
「春こそ、みんなと楽しんで来なくてよかったのか? それとも女にゃ興味ないか?」

 冗談めかす永倉さんに、はい、ときっぱり頷けば、なぜかもの凄く驚かれた。

「は、春……。お前、男色だんしょくだったのか!? もしかして土方さんともそういう関係なのか?」
「そういう関係? というか、だんしょくって何ですか?」
「え? 何だ、その、男が好きなのかってことだ」

 永倉さんは何を言い出すのか。そりゃあ、恋愛対象として見るなら男でしょう。だって、今まで女友達に対してそんな感情を抱いたことはない。
 だから正直に頷くも、大事なことに気がついた。

 永倉さんから見た今の私は男。その私が自ら女に興味はないと言い、男色と認めたわけだ。
 おまけに、普段は土方さんと同じ部屋で寝ていて……って、完全に誤解された気がするっ!

 慌てて弁解するも、真実を言えない以上、喋れば喋るほど永倉さんの疑いは深まっていく。
 ニヤニヤ笑って傍観している芹沢さんを横目に、恋すらまだしたこともないのだと必死に訴えれば、何とか私の男色疑惑を晴らすことには成功した。
 代わりに、土方さんが男色というところに収まったけれど。

 土方さんごめんなさい、女とバレないための尊い犠牲と相成りました。



 いつのまに頼んだのか、部屋にはお酒が運ばれてきた。さっそく手を伸ばす芹沢さんを止める横で、飲むぞー! と永倉さんが呑気に盛り上がる。

「春も、そんなケチなこと言ってないで飲むといいぞ!」

 そう言って私にまで勧めてくるけれど、丁寧にお断りをして芹沢さんに向き直る。

「芹沢さん、お酒やめてください!」
「煩い奴め」

 まともに取り合うどころか全く相手にもされないけれど、それでも、苦笑いする永倉さんの横でひたすら言い続けた。

 用意された料理をつまみながら禁酒を訴えていると、二人がお気に入りの女性を呼ぶと言いだした。
 だったら最初からみんなと一緒に行けば良かったのに!
 ……という喉元まで出かかった言葉は、このまま飲み続けられるよりはマシな気がして呑み込んだ。

 いくら芹沢さんだって、女の私の前でおかしなことはしないだろうし、そもそも、私が嫌だと止めたところで聞き入れてもらえる気がしない。
 永倉さんが私にも誰か呼ぶと言ったけれど、丁重にお断りすれば苦笑いされるのだった。



 しばらくすると、二人の綺麗な女性がやって来た。
 芹沢さんがお気に入りだという芸妓の小寅ことらさんと、永倉さんがお気に入りだという仲居のお鹿しかさんらしい。

 永倉さんの隣にはお鹿さんが座り、楽しそうにお喋りをしながらお酒を飲んでいる。
 芹沢さんには小寅さんがついて、私は一人お膳と向き合い、芹沢さんを逐一説得しながら残りの料理を片づけていく。

 小寅さんが気を使ってお酌をしに来てくれたけれど、二十歳になるまでは飲めないので、と丁重にお断りすれば、永倉さんが不思議そうに理由を訊いてくる。
 咄嗟に、願掛けみたいなものです、と笑っておいた。
 それより、どこか残念そうに芹沢さんの元へ戻って行く小寅さんを見て、気がついた。
 この人、芹沢さんのことが嫌いなんだ、と。

 芹沢さんが小寅さんに触れた時、小寅さんは笑顔でやんわりかわしているけれど、芹沢さんから見えない角度では逆の表情をする。お酌をする時もそう。芹沢さんには笑顔を向けるけれど、視界から外れた途端、やっぱり嫌そうな顔をする。
 もちろん、見えないとはいえあからさまな変化じゃない。たぶん、私は同じ女だから気がついたのだと思う。それくらいの些細な変化。

 たとえ偽りでも、嫌いな相手に笑顔を向けられるプロ根性に感服すると同時に、どの時代でも客商売って大変なんだなぁなんて思った。

 それから少しして、小寅さんは芹沢さんを酔い潰す作戦に出たのか、明らかにお酌のペースが上がった。
 慌てて注意するも、あまり……というより全く効果がなくて、芹沢さんはなおも自ら杯を差し出す始末。
 いったいどんだけ酒豪なのか!

 呆れながらもしつこく禁酒を迫れば、芹沢さんは急に立ち上がり、閉じたままの鉄扇を私の顔の前に突きつけた。
 反射的に目を瞑れば、芹沢さんの冷たい声が降ってくる。

「厠だ」

 かわっ……厠!?
 豪快に笑いだす芹沢さんは、鉄扇を開いて優雅に扇ぎながら部屋を出ていった。
 お、驚かさないでよっ!

 からかわれたな~、とすでに酔っぱらっている永倉さんに笑われながらお茶に手を伸ばすと、小寅さんが私の隣に来ておもむろにしなだれかかった。

「こ、小寅さん?」
「なんや琴月さん、女の子みたいに可愛いいわぁ」

 やたらと甘ったるい声音の次は、両手を伸ばして私の頬っぺたを包む。
 間近で見つめ合った次の瞬間、くすりと笑われた。

「林檎みたいや」

 待って。同性に頬っぺを触られたくらいで、何で赤くなっているの、私!

「春、照れてるのか~? わかるぞ、小寅は綺麗だから無理もないよな~。そういや、まだ恋もしたことないんだろう? そのまま大人にしてもらうか~?」
「はっ!? な、な、何、言ってるんですか!」

 相当、酔っぱらっているだろう!? 喋り方もおかしいし!
 そもそも私は女なんだってば!

 心ではそう叫ぶも、実際は固まっているであろう私の反応を面白がるように、小寅さんが耳元に顔を寄せる。
 そして、袖で口元を隠し、内緒話をするように囁いた。

「うちな、芹沢さんのこと苦手なん。せやからちょびっとだけでええ、協力してくれへん? 

 驚いて小寅さんの顔を見れば、大人びた綺麗な顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

 あ、女だってバレてる……そう思った。
 助けを求めているのだと。

 芹沢さんのこと、心底嫌そうにしていたもんね。
 これは、同じ女として放っておけるはずがない。小寅さんの目を見つめて、無言で頷いた。

 しばらくすると、芹沢さんが戻って来た。
 そして、いつまでも自分のもとへ戻らない小寅さんに向かって、面白くなさそうに言う。

「小寅、いつまで春と話してる? お前は俺の隣へ来い。酌をしろ」

 相変わらずの自分勝手さに、少しだけカチンときた。

「芹沢さん飲み過ぎです。それに小寅さんは今、私とお喋りしてるんです。邪魔しないでください」
「ほう。酒だけでなく女まで取り上げる気か。ならば、俺は何をすればいい?」
「し、知りませんよ、そんなの。子供じゃないんだから自分で考えてください!」

 威勢良く突っぱねてみたものの、正直、あの鉄扇が飛んで来やしないかと背中は嫌な汗をかいている……。

「そうか。ならば寝るとするか」

 そう言って、芹沢さんは立ち上がり隣の部屋へと続く襖に手をかけた。
 どうやら、ふて寝でもすることにしたらしい。
 思わず小寅さんと顔を見合わせて笑みをこぼせば、次の瞬間、予想もしなかった台詞が私たちの耳に突き刺さった。

「小寅、こっちへ来い。帯を解け」

 帯を……解け?
 それってつまり、夜の相手をしろってそういうこと?
 触れられるのすらあんなに嫌がっていたのに、そんなこと出来るわけないじゃない。そんなの許すわけにいかない!

「芹沢さん! 小寅さんは今、私の相手で忙しいって言ってるじゃないですか!」
「黙れ、春。俺は小寅に言っている」

 そう吐き捨てると、不機嫌な足音を響かせながら私たちのもとへとやって来る。
 行灯の淡い光に照らされる小寅さんの背中が小さく震えていて、咄嗟に手を添え抱きしめれば、絞り出すような小さな声が聞こえた。

「お鹿さんも解くんなら……」

 ……うん? あまりの恐怖に気が動転したのかもしれないけれど……この状況でお鹿さんに振る?
 けれど、お鹿さんは全く慌てる様子もなく、居ずまいを正した。

「明朝、早うから用事があるさかい、うちは泊まってはいかれまへん。ほんまにすんまへん」

 そう言って、丁寧に頭を下げた。
 嫌な沈黙が部屋を支配するも、芹沢さんの不機嫌な声が打ち破る。

「それがどうした? さっさと来い」

 次の瞬間、芹沢さんが小寅さんの腕を荒々しく掴もうとするから、その手を強く払った。

「いい加減にしてください! 嫌がる女性を無理やり抱くなんて犯罪です!」
「ほう……。いい度胸だな、春。そうまでして庇うなら、お前が代わりに相手しろ」

 今さっき払ったばかりの手が今度は私の腕を掴めば、それまで様子を伺っていた永倉さんが、酔いの抜けきらない声で茶化す。

「芹沢さん、春は可愛い顔してるが男ですよ~」

 ……けれど、芹沢さんは私が女だと知っているから意味なんてない。
 引きずられながら芹沢さんを睨みつけるけれど、捕まれた腕の痛みと交わるその視線の鋭さに、冗談ではないのだと思い知らされる。

「……ゃ、……嫌っ」

 情けないほどか細い声が出た。自身から発せられた声なのだと気がつけば、妙に冷静さを取り戻し、恐怖はすぐに怒りへと変貌した。
 直後、一度だけ乾いた音が鳴り響き、芹沢さんに捕まれていない方の掌が、じんじんと熱を持って痛む。

 芹沢さんの頬を平手打ちするのは二度目だった。
 今度こそただじゃ済まない気がして謝りかけるけれど、喉元まで出かかった謝罪の言葉はすぐに呑み込んだ。
 だって、私は悪くない。嫌がることを無理やりしようとする芹沢さんが全面的に悪い。
 誰も動けずしんと静まり返るなか、芹沢さんがひどくつまらなそうに吐き捨てた。

「興が醒めた。終いだ。お前らもとっとと帰れ」

 そう言い残すと、一人で隣の部屋へいき襖も閉めるのだった。



 いくらか酔いも覚めたという永倉さんが、帰る二人のために駕籠を呼んでくれたので、見送りをしようと一緒に外へ出た。
 そして、駕籠へ乗り込むその直前、小虎さんがこっそり教えてくれる。

 お鹿さんとの帯のやり取りは、前もって示し合わせていたのだと。どうりでお鹿さんも落ちついていたわけだ、と苦笑すれば、小寅さんはその綺麗な顔をさらに私の耳元へ寄せて囁いた。

「男の成りしとるんは、何や理由があるんやろう? 誰にも言わへんから安心してな。助けてくれて、ほんまおおきに」

 そう言って、微笑むその顔に嘘はない……確証なんてないけれど、そんな気がしたのだった。
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