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17話 譲れないもの1

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「この俺と決闘だ!!」

 ペシン、と綺麗な石のタイルの床に白い手袋が叩きつけられる。
 手袋を投げられた相手はアラン・ナルシアくん。投げた相手はグレイス・ダルトナ。グレイスくんの赤い瞳は鋭くナルシアくんを睨みつけていて、悔しそうに唇まで噛んでいる。
 ホーエンさんは楽しそうに「これはこれは」と呟き、ホーエンさんの取り巻きの女の子はキャアキャアと何故かテンション高めだ。
 ここでテンションが低いのは私を含めて四人。

「おい、手袋が落ちたぞ」

 一人は手袋を投げられた本人、アラン・ナルシアくん。
 すっとぼけて回避したようだけど、グレイスくんが「投げつけたに決まっているだろう! 決闘だ!」と高らかに叫んだ事で、逃亡チャレンジ失敗だ。

「お、落ち着いて、グレイスくん……」
「サーシャ、君はそこで見ていてくれ。この男がどれほど君に相応しくないか、ここで証明してみせる」

 二人目は今回のお茶会とリリアム商会の新商品お披露目会を親子で開催した、サーシャ。顔色はとても良くない。
 当たり前だ。まさかいきなりグレイスくんがこんな事を言うなんて思っていなかったのだろう。
 そして三人目。
 グレイスくんが連れてきた人物であり、私が現在テンションがマイナス値までいっている原因。

「決闘の審判はレオ・ブラッドリー防衛機関長に執り行なってもらう! 我がダルトナ家の命だ!」
「……承知いたしました」

 ブラッドリーさんだ。
 冷え冷えとした眼差しと声に私はきっと目が死んでいるだろう。
 ブラッドリーさんは温厚な人。たとえ生意気な子供相手でイラッとするような人間ではない。
 ホーエンさん家の血筋を除いてと、ダニエル家の血筋を除いて。
 前者は私怨。後者は職務をする上で何度もぶつかり合っているからだろう。
 どんなに生意気な命令でもダニエル家の者となれば、いくら防衛機関長のブラッドリーさんでもそう簡単に歯向かえない。ましてや子供。どこで自分が行った事が捻じ曲げられるか分かったものではない。
 そうでなくても、こんな事に巻き込んでくれるな、と思ってそう。

 さて、何故こんなことになってしまったかは、元を辿ればアクセル全開だったサーシャの発案によるものだ。

 お茶会があるの!

 サーシャは私とホーエンさんとナルシアくんに、そう伝えた。聞けば、この間ナルシアくんと熱い対話をしている案をサーシャの両親に話したら、なんとリリアム商会で新しい商品になる候補になったのだとか。
 だからナルシアくんを呼びたい、という事らしい。
 ホーエンさんは自分も行きたい、と言ったことでサーシャが招待状を出す話で終わった。そう、その話はそこで終わったはずなのだ。
 だが休日、ポストにはサーシャからお茶会の招待状が届いたのはすぐのこと。行ってみるかぁ、とのんびりと紅茶を飲みながら読んでいた。
 文末に書いてある言葉を読むまでは。

 ブラッドリーさんも誘ったから、目一杯オシャレをして来てね!

 当時の私、紅茶を噴き出さなかったことを褒めてもらいたい。
 私がブラッドリーさんに渡さないと見込んでいたのだろう。ブラッドリーさん宛ての招待状はまさかの防衛機関宛てだったらしい。
 結果、私とブラッドリーさんはお茶会に参加する事になった。

 だけどまさか、こんな事になるなんて思ってもいなかっただろう。もちろんサーシャも。

「僕は決闘を受けないです」

 冷たく警戒心の滲む声。
 ナルシアくんがブラッドリーさんに向けた眼差しは良いものとは言い難い。二人の関係を考えれば、友好的なものの方がおかしいけど、私はその睨むような目を見て少しだけ悲しくなった。
 別にブラッドリーさんは何も悪いことはしていないんだ。

「それでもいい。その場合は不戦勝として、グレイス・ダルトナの勝利になるだけだ」
「ならそれで――」
「もし俺が勝ったらお前はサーシャと話すな」
「はぁ?」

 グレイスくんの条件にナルシアくんが眉間に皺を寄せた。サーシャは「え!?」と顔を青くしながら、可哀想なほどにうろたえている。
 なんだその決闘。聞いたことないんだが。
 これは公式の決闘ではない。ただのままごとだ。
 でも決闘を行うには、ルールというものがある。それが公式でなくても。
 大半が前例にのっとるものだけど、そんな一人の女性を奪い合うなんて遥か昔の話しかないはず。ルールが出来る前の。
 つまりは決闘として成り立たない。

 だというのに、グレイスくんはどこか得意げな表情。

「もし俺が勝ったら、二人で会うことは禁止する。もちろん学友としての枠は縛らない。サーシャ・リリアムには縛りは無しだ。だがお前からはアクションを起こす事は禁止だ!」
「めちゃくちゃ過ぎる。そんな前例なんて――」
「あるんだよ。公式で行われた決闘で」

 え、マジかい。いつの話だ。
 そんな事があったなんて知らなかった。

「八年前。サンテールとルトブルクの軍人にて行われた決闘だ。一人の女性をどちらの国に置いておくか、軍で行われた決闘だ」

 ……ん? そんな決闘あったっけ?
 まだ私が部隊に入って間もない頃だったはず。そんなしょうもない決闘なら、絶対にお酒の席とかで笑い話になっているはず。
 だが私は一度も聞いたことがない。一応情報部隊に居たんだぞ。なにも入ってこないなんてあるのか。

「前例があれば非公式で行われても審判は出来る。更に当事者まで居るんだからな」

 ……当事者? それはいったい――。

「ここに居るレオ・ブラッドリーがそうなのだからな!!」

 え。

 え!?!?!?

「え、なんですかそれ」
「なんだ? 知らないのか?」

 つい出た声に、仕方のないやつめ、と呆れた眼差しをグレイスくんに向けられるが今はそんな事気にもならない。
 八年前にとある女性を巡ってルトブルクの将と口論になったらしい。その女性をどちらの国で住まわせるか、と。それで決闘を行ったそうだ。

「……へー」

 く、

 くだらない……!!!

 とんでもなくくだらないぞ!!

 そんな事あったの!? 知らないんだけど!? てかブラッドリーさん、また軍に入って間もない時に何してんの!? それにルトブルクと!? マジで何してんの!?
 その女性はどんな人なのかは分からないらしい。公言出来ないような魔法がかかっているとか。きっと女性の事を考えてなのだろう。
 ルトブルクの誰かとブラッドリーさんが取り合った女性なんて見てみたいものだ。
 私だって思うんだから、きっとこの決闘を知っている人たちはみんな気になるだろう。

 どんな人だったのかな。
 マキ・ナルシアのように口を揺るがすほどの才気の持ち主だったとか? いやそれだったら、ブラッドリーさん個人での決闘とかの話ではない。
 つまりはブラッドリーさんが好きな人?

「ん?」

 あれ? でも待って。
 そのあと私と付き合ってるよね??

「さあアラン・ナルシア! どうする!?」

 佳境に入っているらしいが、私は今そっちを気にする余裕がない。自分のことで精一杯だ。

 ……私と付き合ってブラッドリーさんと恋人らしいことをした事はない。一度も。
 デートだって仕事の合間の休憩に散歩とかだし。手なんて繋いだことはない。デート場所は職場。職場でイチャイチャではなく、忙殺されている中で同じ空間なだけ。

 もしかして私と付き合ったのって、その決闘の人を忘れるためとか?

 決闘の勝敗は不明らしいけど、もしブラッドリーさんが決闘に負けて、好きな人がルトブルクに行ってしまったとしよう。
 その好きな人と私が何か似ていて、それであの日つい言ってしまったとか。付き合ったはいいけど、好きな人と違うところばかり目について、あえて距離を置いていた。

 ……合点がいってしまった。

 なんということでしょう。
 こんな事ってある???

 更にテンションを低くする私の目の前では、ナルシアくんが「引き受ける」と言っていた。サーシャはナルシアくんの言葉に顔色を更に悪くする。
 ナルシアくん、体術とか剣術はそこまでだ、ってホーエンさんから聞いているし、そうなんだろうね。

 だけど私は緊迫した空気についていけない。今しがた、ブラッドリーさんはフィオナであった私自身を好きじゃなかった問題にぶち当たっている。

「魔法はアリでどうだ? お前の得意魔法を使えばいい」
「アラン・ナルシア、どうする」
「……分かりました」
「ではここに決闘を開催する」

 ブラッドリーさんは自分の声を合図に、ナルシアくんとグレイスくんの周りを簡易的な結界魔法を使った。その間も眉間に皺を寄せて不機嫌そうだ。
 あの表情も好きな人の前だったら、優しげなものに変わるのだろうか。

 あー。結構きついなぁ。

「始め」

 グレイスくんが勢いよく踏み込んで、ナルシアくんの剣を弾こうとする。ナルシアくんは飛び退いたことで弾かれることなく、少しバランスを崩した。
 グレイスは大きく剣を振りかぶったところで、ナルシアくんが剣に魔法をかけて形状変化をさせる。小さなホウキになったものへナルシアくんが跨がり、グレイスくんの攻撃範囲から逃げる。

「ちょこまかと! 男なら正々堂々としろ!」

 グレイスが剣をゆっくり振れば、切っ先に赤い球体が三つ浮かび、ナルシアくんの方へ剣を振り下ろした。すると弾かれたように赤い球体がナルシアくん目掛けて飛んでいく。それをナルシアくんは水魔法で防いだと思ったら、赤い球体が爆発した。

「アランくんっ!」

 サーシャが悲痛な声でナルシアくんを呼ぶ。当の本人は少し地面に転がった後に、他の球体も同じように水魔法で防いでは爆風で小さな身体が転がる。
 さすがにこれはやり過ぎでは。

「……ブラッドリーさん、これは止めた方がいいんじゃないでしょうか」
「決闘というのはそう簡単に止めてはいけないものだ。この場合は剣が折れたり、出血があれば即時終了だが」
「でも……」
「そう簡単に譲れないものがあれば水を差すのはなるべくしたくない」

 たしかにナルシアくんの表情は嫌々ではない。むしろ何か狙っているような、鋭い眼差しには光が宿っている。それはグレイスくんだって同じだ。いたぶるためではなく、あちらだって必死。
 どちらもサーシャを譲れない、ということだ。

「ブラッドリーさんもそうだったんですか」

 聞いて後悔した。
 だってどんな答えであれ、私にとって良いものは一つもない。でもつい聞いてしまった。

 グレイスくんは火魔法を使って、ナルシアくんは水魔法。ナルシアくんは防戦一方だ。
 少し遠くに居た大人たちも段々と集まってきて、みんなして感心した表情で決闘を見ている。
 グレイスくんもナルシアくんも相当の魔法の使い手だ。
 ダルトナ家は昔から火の魔法を得意とする。グレイスくんもその才能を受け継いでいるのだろう。ナルシアくんは頭脳明晰が故に、まだ教えていない魔法を駆使している。
 だから見応えがある、ということだ。

「ああ、そうだな」

 僅かに笑みを含んだ言葉。
 馬鹿にしたわけではない。ただ昔のことを懐かしむかのように、むしろ楽しげな。
 それを聞いて確信してしまった。

 これは、私の仮説が正しいんだと。

「譲れないものだったんだ」

 ブラッドリーさんを横目で見つめて、後悔する。
 悲しげで苦しそう。でも優しい眼差し。
 きっとその瞳には今は居ない、ブラッドリーさんの好きな人のことを思い出しているのだろう。

 マリーでもフィオナでもない、誰かを想う瞳。
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