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13話 カップケーキに込めた想い
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今回の掃除用ホウキでした事件でアラン・ナルシアくんのことで分かった。彼、いじめられている。しかも男子たちから。
「高貴な方でもいじめってするんですね」
「むしろそういう奴らは、時間と金と持て余しているからこそすると言うが」
「うわぁ」
ちなみにナルシアくんはあの後、訓練用ホウキで試してみたらすんなりと飛べていた。そりゃそうだよね。魔法理論が分かっているのに、飛べないのわけがない。
先生に調べてもらった結果、ホウキに何らかの認識誤差魔法がかけられていたらしい。決定的なことはナルシアくんの訓練用ホウキが消えて、隣のクラスメイトから「落ちてたぜ」と渡されたこと。
いじめの主犯格。
名前はグレイス・ドルタナ。騎士一家のダルトナ。
ダルトナは貴族の中でも高貴な家系だ。私たち軍の者もその家系が関わってくるとなると、二の足を踏んでしまう。
騎士、というのは王族直属の兵だ。騎士は王族を守るため、防衛機関や攻撃機関は国を守るため。少しだけ目的が異なる。
ダルトナ家は古くからある故に、血族も多い。それがまた困る。
今は叔父にあたる人が戦争孤児のために施設を作り、慈善活動に勤しんでいるためそこまで黒い噂は聞かないが、騎士一家となると色々な噂は私でさえ知っているくらいだ。
「ナルシアくんが自国の裏切り者一家だからですかね」
「違うだろう。嫉妬だ」
「嫉妬? も、もしかして! グレイスくん、私のことが好き――」
「グレイスが好きなのはサーシャだ」
「アッハイ」
マジでこの人、冗談通じないな。その辺の頭の固さ、どうにかならないのか。
サーシャ、というのは私のクラスの女の子。リリアム大商会の娘。サンテール随一の商会だ。
おおらかで少し引っ込み思案だけど、思慮に長けた子。算数と社会ではナルシアくんといい勝負だ。
だが、私は納得がいかない。
グレイスくんが私のことが好きじゃないことは分かっているし、確かにナルシアくんがムカつくのも分かる。あんなツンケンされたら誰だってムッとするものだ。
でも納得出来ない。
だってそうだろう。もし恋の嫉妬ならナルシアくんに矛先がいかないはずだ。行くのはバディーである――。
「なんでホーエンさんがいじめられてないんですか」
「酷いことを言うじゃないか」
「いや、だってサーシャのバディーってホーエンさんじゃん。前はサーシャとナルシアくん、バディーだったけど今は関係ないですよね?」
「そうとも言い切れんぞ?」
「……まさかいじめられるの嫌で、わざとナルシアくんと仲良くして矛先をそっちに向ける作戦ですか? さすがにそれは卑劣では」
「君の中で俺はどういう人物になっているんだ」
手段を選ばない人ですよ。任務遂行のためには。
私は根に持ってるからな。ギドに飼われていた時に、どんなに私がギドのおもちゃにされようが「楽しそうだな」と眺めていて助けてくれなかったことを。
疑いの眼差しを向けていれば、やれやれ、みたな表情でため息を吐くホーエンさん。こちらがやれやれだわ。
「君、この後調理実習だろう? その時にサーシャとペアになるといい。久しぶりに若い話が聞けるぞ」
「あの、ホーエンさん。ちゃんとショタしてます? ちょくちょくシジくさい発言していません?」
「子供にダニエルくんは大人っぽい、とは言われる」
「やめてくださいよ。ルトブルク大将ショタになって子供を誘惑か、なんて新聞記事一面で見たくないです」
「はは。そんなヘマはしないさ。怒られてしまう」
早く怒られてくれないかなぁ。私の胃が痛くて仕方ないんだけど。
さて、調理実習というのはマルクス学園伝統のもの。女性は調理、裁縫を身につけて、男性は政治、実践魔法をそれぞれ必ず身に付ける。選択授業は中等部からとれるので、そこから自分の将来に向けて考えていく。
マルクス学園でなくても必修科目はあまり変わらない。では私も子供の頃に調理はやったことあるのか、と問われれば、ない。
だって私の子供の頃なんて、戦争が激化していて食べ物で何かする授業は全て廃止されていたから。
そうなると起きることは、調理はその職に就かないとなかなか触れることがないというものだ。更に私は軍に入った。故に調理をする暇もないし、寮食があった。
ここまで言って分かるだろう。
今まで私は料理どころか料理包丁を握ったことがないのだ。
そんなやつが料理をするとなったらどうなるか。
「サーシャ、ごめん……」
「う、ううん! いいんだよ! 気にしないで!」
爆発させるんだよ。
おいおい、せめてメシマズになってしまったくらいにしとけよ。誇張表現だぞ、と思われるかもしれないが爆発したんだ。カップケーキが。
いったいどういう事だろう。
オーブンは防護魔法がかかっている事で破壊はされていないけど、魔法が少し取れかかっていることに先生は口の端を痙攣らせたのを見た。
「最後に振りかけたのがいけなかったのかな」
「何を振りかけたの?」
「粉糖……?」
「マリーちゃん、これ、小麦粉だよ」
なんだと。
サーシャが手に持つのは白い粉。それはどうやら小麦粉らしい。
つまり粉塵爆発が起きたの? 私は調理実習を戦場にしようとしていた? 恐ろしい。
もう一度謝る私にサーシャは「初めてだったら仕方ないよね!」と必死で励ましてくれる。いい子だ。
サーシャと私は見事に調理実習のペアになれた。私から誘うのでもなく、サーシャから来てくれたのだ。サーシャ曰く「前のバディーが気になって」らしい。優しい子だ。
「マリーちゃんはこのカップケーキ出来たらどうするの?」
「え……毒味役を立てて、ってことの質問?」
「え!? 違うよ!? ……あげたい人って居るのかなぁ、って」
あ~~そういう事ね。
周りの女の子を見れば、みんなキャッキャッと頬を赤らめながら楽しそうに話している。どうやら調理実習は一つの恋イベントらしい。
これがホーエンさんの言っていた若い話だろうか。若過ぎない? この話を聞いていつも楽しんでるの? あの人大丈夫? 疲れてないか?
「私は……居ないかなぁ」
ふと思い浮かんだのはブラッドリーさん。
でもすぐに脳内で却下ボタンが押される。
ブラッドリーさんは料理について、とても気をつける。料理だけでなく、自身の身体に摂取するものは全て。
毒や薬を盛られる可能性があるから。もしそれで弱っているところに敵が来たら、と考えてのものだ。
貴族の方からの贈り物はもちろん、部下や上司からのものも。それはハマーさんもだ。
だから食べるものは自分の家にあるもの。私はもちろん料理なんてした事がない。
きっと私が作って渡したとしても困った表情をしながら「すまない」と謝るんだろうな。あの人、子供だからとかで嘘つかないし。真面目で不器用な人だ。
「ほ、本当に!?」
ぼんやりと考えていると、サーシャが前のめり気味に聞いてきた。彼女にしては珍しい。いつも人の話を静かに聞いている感じだから。
表情は明るく、まるで好機を掴んだもの。さっきよりも嬉しそう。
そんなにも私が誰かにあげる事が嬉しいのか。サーシャ、なかなかの意地の悪さでは? それとも私のこのお菓子スキルで誰かのお腹が犠牲になる事を憂いていたのか。
あげるとしたらハマーさんかな。ホーエンさんはきっと他の子から貰うし、私があげると周りからの嫉妬が……ん?
「あ、なるほど。サーシャってホーエ、ダニエルくんのことが好きなのか」
「え? え!?」
「大丈夫大丈夫。言わないでおくから。きっと貰って――」
「違うよ! なんでダニエルくんが出てくるの!?」
「え、だっていつもダニエルくんと話してる感じがするし」
サーシャ含め、ダニエルの周りには女の子が沢山居る。いつもダニエルくんダニエルくん、とラブコール。
ホーエンさんはそれに嫌な顔どころか楽しんでいる気がする。頼むから女子の恋心を弄ぶような事だけはやめてほしい。たしかに文武両道な素敵な方だけど、中身は四十代のおじさんだぞ。
サーシャはダニエルくんコールはしなくてもいつも仲良さそうに話しているし、きっと彼女もホーエンさんが好きなんだろう。罪作りなおじさんだよ、全く。
「ち、違う! 違うの! ダニエルくんは私の相談に乗ってくれてて、ほら、ダニエルくんってマリーちゃんと同じ時期に来たし、それに私の前のバディーとか」
ん? なんかよく分からないぞ?
私のことを相談しているなら、こんなに友好的にしてこないだろう。それに前にバディー? サーシャの前のバディーってナルシアくん…………あ。
そういうことか。
「ナルシアくんか」
ポツリ、と名前を言えば、サーシャは分かりやすく顔を赤らめて俯いてしまった。数秒して小さく頷く。オレンジ色の髪の毛から覗く耳や首まで真っ赤。
ん~~~!!! 青春だ!!
それでホーエンさんに相談か~!! たしかにあの人、相談しやすそうだもんね! 口も固いし!
だから私に朝、サーシャと組めって…………。
あれ? なんで組めって言ったんだっけ?
朝はナルシアくんのいじめについて話してて、グレイスくんが主犯格で嫉妬とか言って、嫉妬の原因がサーシャで……あ。
「……これが三角関係」
「え? 三角? 算数?」
「算数というより国語かな……」
あー!! あー!! そういうこと! そういうことね!
グレイスくんはサーシャが好きで、サーシャはナルシアくんが好き。ナルシアくんは…………お母さんかな?
とりあえず三角関係だ。まさかこんな事がリアルで起きるとは。楽しくなってきましたねぇ!!
――と、喜べたらいいけど、ナルシアくんがいじめに気付いて不登校にならないか心配だ。
……待てよ? これでサーシャとナルシアくんが付き合えば問題ないのでは?? ほら、グレイスくんは許嫁とか居るだろうし。学生時代の恋とか、絶対に叶わないし。可哀想だけど、グレイスくんは将来に目を向けてほしい。
決めた。私、サーシャとナルシアくんをいい感じにする!
その恩で仲良くなって、マキ・ナルシアのことを聞き出すんだ! あわよくば接触出来たら万々歳!
フィオナ復帰も近いぞ!!
「サーシャ、私協力するよ」
「……え? いいの?」
「もちろん!」
ギュッと手を握れば、サーシャはパァと表情を明るくした。花が綻ぶような笑みで「ありがとう」と言うサーシャは可愛い。
サーシャ・リリアムは家柄も問題ない。昔からの貴族のようなお固い考えもない。サーシャ自身は性格は穏やかで賢い女の子。
いける。いけるぞ!!
「じゃあ頑張ってカップケーキ作ろうね!」
「う、うん! でもマリーちゃんはオーブンじゃなくて材料混ぜてほしいかな」
「これ全部入れればいい?」
「私が言った通りにやってもらってもいいかな?」
やんわりと止められた気がする。
バターや小麦粉、砂糖、卵。ココアも作るらしいので途中で二つに分けて、ココアパウダーを入れていく。
すごいな。私が子供の頃は最高級品だった材料が子供の調理実習に。やっぱり戦争で色々と大変だったんだなぁ。
「これをさっくり、さっくりと混ぜてね」
「さっくり?」
「こんな感じ」
サーシャは家でもお母さんとお菓子を作るらしくて、慣れた手つきで混ぜていく。混ぜている間もサーシャは優しい眼差しで材料を見つめる。
どう考えても材料は劇的な変化は何もないし、面白いことは起きていないのに笑顔になる要因なんてあるのか。それともお菓子作りというのは笑顔を絶やさないことなのか。
「出来そう?」
「うん。もちろん」
「じゃあ混ぜながら、好きな人のこと思い浮かべて美味しくなーれ、って心の中で言ってね」
「お菓子作りの儀式ってなかなか難しいね」
「違うよ。そうすると美味しくなる気がするの」
ふふ、と笑うサーシャはやっぱり可愛い。この間もナルシアくんのことを思い浮かべているのだろうか。
好きな人、ねぇ。
「それって片想いでもいいんだよね?」
「うん。マリーちゃんがあげたい人の事を想えばいいの」
「そっか」
そうか。こうして女の子は好きな人への想いを込めていくのか。思い浮かべるのは自由だもんね。
思い浮かべる相手は一人しか居ない。
金糸のような指通りの良さそうな髪の毛。
エメラルドの宝石のように輝きを失わない瞳。
あまり笑いかけてくれなかったけど、少しだけ口角の上がった表情と目尻を和らげながら「フィオナ」って呼んでくれた。
一度だけ頬を撫でてくれた。その時にキスされるのかな、と思ったけどそんな事なくて、僅かに香った彼の匂いは今も覚えている。
「……ふは」
「マリーちゃん?」
「いや、案外覚えているもんだなぁ、って思って」
このカップケーキも気持ちも、彼に届くことはないけれど。
だからこそ、私が覚えている全てを彼を込めて作ってもいいのかもしれない。
ああ、そうだ。私が何故、彼と共に居たいと思ったのか。
それを思い出しながら混ぜていれば、自然と口角が上がる自分になんだか笑えてしまった。
「高貴な方でもいじめってするんですね」
「むしろそういう奴らは、時間と金と持て余しているからこそすると言うが」
「うわぁ」
ちなみにナルシアくんはあの後、訓練用ホウキで試してみたらすんなりと飛べていた。そりゃそうだよね。魔法理論が分かっているのに、飛べないのわけがない。
先生に調べてもらった結果、ホウキに何らかの認識誤差魔法がかけられていたらしい。決定的なことはナルシアくんの訓練用ホウキが消えて、隣のクラスメイトから「落ちてたぜ」と渡されたこと。
いじめの主犯格。
名前はグレイス・ドルタナ。騎士一家のダルトナ。
ダルトナは貴族の中でも高貴な家系だ。私たち軍の者もその家系が関わってくるとなると、二の足を踏んでしまう。
騎士、というのは王族直属の兵だ。騎士は王族を守るため、防衛機関や攻撃機関は国を守るため。少しだけ目的が異なる。
ダルトナ家は古くからある故に、血族も多い。それがまた困る。
今は叔父にあたる人が戦争孤児のために施設を作り、慈善活動に勤しんでいるためそこまで黒い噂は聞かないが、騎士一家となると色々な噂は私でさえ知っているくらいだ。
「ナルシアくんが自国の裏切り者一家だからですかね」
「違うだろう。嫉妬だ」
「嫉妬? も、もしかして! グレイスくん、私のことが好き――」
「グレイスが好きなのはサーシャだ」
「アッハイ」
マジでこの人、冗談通じないな。その辺の頭の固さ、どうにかならないのか。
サーシャ、というのは私のクラスの女の子。リリアム大商会の娘。サンテール随一の商会だ。
おおらかで少し引っ込み思案だけど、思慮に長けた子。算数と社会ではナルシアくんといい勝負だ。
だが、私は納得がいかない。
グレイスくんが私のことが好きじゃないことは分かっているし、確かにナルシアくんがムカつくのも分かる。あんなツンケンされたら誰だってムッとするものだ。
でも納得出来ない。
だってそうだろう。もし恋の嫉妬ならナルシアくんに矛先がいかないはずだ。行くのはバディーである――。
「なんでホーエンさんがいじめられてないんですか」
「酷いことを言うじゃないか」
「いや、だってサーシャのバディーってホーエンさんじゃん。前はサーシャとナルシアくん、バディーだったけど今は関係ないですよね?」
「そうとも言い切れんぞ?」
「……まさかいじめられるの嫌で、わざとナルシアくんと仲良くして矛先をそっちに向ける作戦ですか? さすがにそれは卑劣では」
「君の中で俺はどういう人物になっているんだ」
手段を選ばない人ですよ。任務遂行のためには。
私は根に持ってるからな。ギドに飼われていた時に、どんなに私がギドのおもちゃにされようが「楽しそうだな」と眺めていて助けてくれなかったことを。
疑いの眼差しを向けていれば、やれやれ、みたな表情でため息を吐くホーエンさん。こちらがやれやれだわ。
「君、この後調理実習だろう? その時にサーシャとペアになるといい。久しぶりに若い話が聞けるぞ」
「あの、ホーエンさん。ちゃんとショタしてます? ちょくちょくシジくさい発言していません?」
「子供にダニエルくんは大人っぽい、とは言われる」
「やめてくださいよ。ルトブルク大将ショタになって子供を誘惑か、なんて新聞記事一面で見たくないです」
「はは。そんなヘマはしないさ。怒られてしまう」
早く怒られてくれないかなぁ。私の胃が痛くて仕方ないんだけど。
さて、調理実習というのはマルクス学園伝統のもの。女性は調理、裁縫を身につけて、男性は政治、実践魔法をそれぞれ必ず身に付ける。選択授業は中等部からとれるので、そこから自分の将来に向けて考えていく。
マルクス学園でなくても必修科目はあまり変わらない。では私も子供の頃に調理はやったことあるのか、と問われれば、ない。
だって私の子供の頃なんて、戦争が激化していて食べ物で何かする授業は全て廃止されていたから。
そうなると起きることは、調理はその職に就かないとなかなか触れることがないというものだ。更に私は軍に入った。故に調理をする暇もないし、寮食があった。
ここまで言って分かるだろう。
今まで私は料理どころか料理包丁を握ったことがないのだ。
そんなやつが料理をするとなったらどうなるか。
「サーシャ、ごめん……」
「う、ううん! いいんだよ! 気にしないで!」
爆発させるんだよ。
おいおい、せめてメシマズになってしまったくらいにしとけよ。誇張表現だぞ、と思われるかもしれないが爆発したんだ。カップケーキが。
いったいどういう事だろう。
オーブンは防護魔法がかかっている事で破壊はされていないけど、魔法が少し取れかかっていることに先生は口の端を痙攣らせたのを見た。
「最後に振りかけたのがいけなかったのかな」
「何を振りかけたの?」
「粉糖……?」
「マリーちゃん、これ、小麦粉だよ」
なんだと。
サーシャが手に持つのは白い粉。それはどうやら小麦粉らしい。
つまり粉塵爆発が起きたの? 私は調理実習を戦場にしようとしていた? 恐ろしい。
もう一度謝る私にサーシャは「初めてだったら仕方ないよね!」と必死で励ましてくれる。いい子だ。
サーシャと私は見事に調理実習のペアになれた。私から誘うのでもなく、サーシャから来てくれたのだ。サーシャ曰く「前のバディーが気になって」らしい。優しい子だ。
「マリーちゃんはこのカップケーキ出来たらどうするの?」
「え……毒味役を立てて、ってことの質問?」
「え!? 違うよ!? ……あげたい人って居るのかなぁ、って」
あ~~そういう事ね。
周りの女の子を見れば、みんなキャッキャッと頬を赤らめながら楽しそうに話している。どうやら調理実習は一つの恋イベントらしい。
これがホーエンさんの言っていた若い話だろうか。若過ぎない? この話を聞いていつも楽しんでるの? あの人大丈夫? 疲れてないか?
「私は……居ないかなぁ」
ふと思い浮かんだのはブラッドリーさん。
でもすぐに脳内で却下ボタンが押される。
ブラッドリーさんは料理について、とても気をつける。料理だけでなく、自身の身体に摂取するものは全て。
毒や薬を盛られる可能性があるから。もしそれで弱っているところに敵が来たら、と考えてのものだ。
貴族の方からの贈り物はもちろん、部下や上司からのものも。それはハマーさんもだ。
だから食べるものは自分の家にあるもの。私はもちろん料理なんてした事がない。
きっと私が作って渡したとしても困った表情をしながら「すまない」と謝るんだろうな。あの人、子供だからとかで嘘つかないし。真面目で不器用な人だ。
「ほ、本当に!?」
ぼんやりと考えていると、サーシャが前のめり気味に聞いてきた。彼女にしては珍しい。いつも人の話を静かに聞いている感じだから。
表情は明るく、まるで好機を掴んだもの。さっきよりも嬉しそう。
そんなにも私が誰かにあげる事が嬉しいのか。サーシャ、なかなかの意地の悪さでは? それとも私のこのお菓子スキルで誰かのお腹が犠牲になる事を憂いていたのか。
あげるとしたらハマーさんかな。ホーエンさんはきっと他の子から貰うし、私があげると周りからの嫉妬が……ん?
「あ、なるほど。サーシャってホーエ、ダニエルくんのことが好きなのか」
「え? え!?」
「大丈夫大丈夫。言わないでおくから。きっと貰って――」
「違うよ! なんでダニエルくんが出てくるの!?」
「え、だっていつもダニエルくんと話してる感じがするし」
サーシャ含め、ダニエルの周りには女の子が沢山居る。いつもダニエルくんダニエルくん、とラブコール。
ホーエンさんはそれに嫌な顔どころか楽しんでいる気がする。頼むから女子の恋心を弄ぶような事だけはやめてほしい。たしかに文武両道な素敵な方だけど、中身は四十代のおじさんだぞ。
サーシャはダニエルくんコールはしなくてもいつも仲良さそうに話しているし、きっと彼女もホーエンさんが好きなんだろう。罪作りなおじさんだよ、全く。
「ち、違う! 違うの! ダニエルくんは私の相談に乗ってくれてて、ほら、ダニエルくんってマリーちゃんと同じ時期に来たし、それに私の前のバディーとか」
ん? なんかよく分からないぞ?
私のことを相談しているなら、こんなに友好的にしてこないだろう。それに前にバディー? サーシャの前のバディーってナルシアくん…………あ。
そういうことか。
「ナルシアくんか」
ポツリ、と名前を言えば、サーシャは分かりやすく顔を赤らめて俯いてしまった。数秒して小さく頷く。オレンジ色の髪の毛から覗く耳や首まで真っ赤。
ん~~~!!! 青春だ!!
それでホーエンさんに相談か~!! たしかにあの人、相談しやすそうだもんね! 口も固いし!
だから私に朝、サーシャと組めって…………。
あれ? なんで組めって言ったんだっけ?
朝はナルシアくんのいじめについて話してて、グレイスくんが主犯格で嫉妬とか言って、嫉妬の原因がサーシャで……あ。
「……これが三角関係」
「え? 三角? 算数?」
「算数というより国語かな……」
あー!! あー!! そういうこと! そういうことね!
グレイスくんはサーシャが好きで、サーシャはナルシアくんが好き。ナルシアくんは…………お母さんかな?
とりあえず三角関係だ。まさかこんな事がリアルで起きるとは。楽しくなってきましたねぇ!!
――と、喜べたらいいけど、ナルシアくんがいじめに気付いて不登校にならないか心配だ。
……待てよ? これでサーシャとナルシアくんが付き合えば問題ないのでは?? ほら、グレイスくんは許嫁とか居るだろうし。学生時代の恋とか、絶対に叶わないし。可哀想だけど、グレイスくんは将来に目を向けてほしい。
決めた。私、サーシャとナルシアくんをいい感じにする!
その恩で仲良くなって、マキ・ナルシアのことを聞き出すんだ! あわよくば接触出来たら万々歳!
フィオナ復帰も近いぞ!!
「サーシャ、私協力するよ」
「……え? いいの?」
「もちろん!」
ギュッと手を握れば、サーシャはパァと表情を明るくした。花が綻ぶような笑みで「ありがとう」と言うサーシャは可愛い。
サーシャ・リリアムは家柄も問題ない。昔からの貴族のようなお固い考えもない。サーシャ自身は性格は穏やかで賢い女の子。
いける。いけるぞ!!
「じゃあ頑張ってカップケーキ作ろうね!」
「う、うん! でもマリーちゃんはオーブンじゃなくて材料混ぜてほしいかな」
「これ全部入れればいい?」
「私が言った通りにやってもらってもいいかな?」
やんわりと止められた気がする。
バターや小麦粉、砂糖、卵。ココアも作るらしいので途中で二つに分けて、ココアパウダーを入れていく。
すごいな。私が子供の頃は最高級品だった材料が子供の調理実習に。やっぱり戦争で色々と大変だったんだなぁ。
「これをさっくり、さっくりと混ぜてね」
「さっくり?」
「こんな感じ」
サーシャは家でもお母さんとお菓子を作るらしくて、慣れた手つきで混ぜていく。混ぜている間もサーシャは優しい眼差しで材料を見つめる。
どう考えても材料は劇的な変化は何もないし、面白いことは起きていないのに笑顔になる要因なんてあるのか。それともお菓子作りというのは笑顔を絶やさないことなのか。
「出来そう?」
「うん。もちろん」
「じゃあ混ぜながら、好きな人のこと思い浮かべて美味しくなーれ、って心の中で言ってね」
「お菓子作りの儀式ってなかなか難しいね」
「違うよ。そうすると美味しくなる気がするの」
ふふ、と笑うサーシャはやっぱり可愛い。この間もナルシアくんのことを思い浮かべているのだろうか。
好きな人、ねぇ。
「それって片想いでもいいんだよね?」
「うん。マリーちゃんがあげたい人の事を想えばいいの」
「そっか」
そうか。こうして女の子は好きな人への想いを込めていくのか。思い浮かべるのは自由だもんね。
思い浮かべる相手は一人しか居ない。
金糸のような指通りの良さそうな髪の毛。
エメラルドの宝石のように輝きを失わない瞳。
あまり笑いかけてくれなかったけど、少しだけ口角の上がった表情と目尻を和らげながら「フィオナ」って呼んでくれた。
一度だけ頬を撫でてくれた。その時にキスされるのかな、と思ったけどそんな事なくて、僅かに香った彼の匂いは今も覚えている。
「……ふは」
「マリーちゃん?」
「いや、案外覚えているもんだなぁ、って思って」
このカップケーキも気持ちも、彼に届くことはないけれど。
だからこそ、私が覚えている全てを彼を込めて作ってもいいのかもしれない。
ああ、そうだ。私が何故、彼と共に居たいと思ったのか。
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