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12話 バディーはつらいよ2

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 居残りは一緒にやると言った。言ったよ。
 私の予測では飛行訓練も魔法理論を理解して、簡単にナルシアくんは飛ぶんだろうなぁ、と思っていたさ。
 天才というのは何かが秀でていると、何かが破滅的に出来ないとか色んな俗説を聞いた事がある。
 まさか~、なんて思っていたけど、その説を私はこれから馬鹿に出来ないかもしれない。

「くそっ! 今ちょっと浮いたのに!」
「……」

 現在、下校時刻ギリギリ。
 私とナルシアくん、グラウンドに二人で残っています。
 放課後に青春だね! なんて思うか。
 どこぞのマネージャーのようにスポドリを用意するのでもなく、可愛く「頑張って!」と応援するのでもなく、ただ座っているだけ。近くに咲いているタンポポの花びらを全て数え終わってしまった。つまりは暇で仕方ない。
 ちなみにだけど、ナルシアくんはちょっとも浮いていない。きっと願望が見せた幻覚だ。
 地面から十秒浮いたら合格。
 普通に軽くジャンプをするくらいなら、一秒にならない。さっきからナルシアくんは一秒にも満たない時間を何度も繰り出している。浮いてるんじゃない、ジャンプしている。

 もうクラスメイトは帰っちゃったし、先生も職員室だろう。「今度でいいのよ?」なんて優しい言葉をかけてくれたのに、ナルシアくんは「出来るまでやる!」との一点張り。
 そんなに空を飛びたかったのか。それともプライドが高過ぎて、出来ない自分が許せないのか。
 いつもサラサラの緑の髪の毛は砂がついてるし、体操着だって洗濯する人は顔を仰ぎたくなるレベルで汚い。もう諦めてもいいんじゃないだろうか。

「ねえ、ナルシアくん。今日はもうやめない?」
「うるさいな! 帰ればいいだろ!」
「だって私たちバディーじゃん」
「これは自主練だ! バディーは関係ないから帰れよ!」

 そうなんだけどさ。
 帰ったとしても、成績にも悪く反映はされないだろう。ただ、こんなにもボロボロになって頑張るナルシアくんを置いていくのは良心が痛む。
 どうするべきか、と悩んでいると、ナルシアくんがジャンプしたと同時に、ふわり、と浮いた。三秒くらい。

「うわっ!?」

 僅かに飛べたことに喜んだことで緊張の緩みか、ナルシアくんは盛大にすっ転んだ。顔面から。
 いかんいかん。さすがに今のは痛い。
 ナルシアくんはうずくまって、鼻をすすったのが聞こえてくる。
 泣いてる。どうしよ。

「なんで出来ないんだよ……くそっ」
「……ナルシアくんさ、重力魔法と風魔法の応用って分かる?」
「分かってるっつーの! 分かってるけど出来ないんだよ!」
「……ああ、そう」

 ナルシアくん、破壊的に飛行魔法が出来ないんだ。ここまで出来ないと、ギャグとかじゃなくて同情すら感じる。
 地面に向かって叫ぶナルシアくんはなかなか顔を上げない。そうなると、私も治癒魔法を使ってやれない。身体全身を治せるくらいの大きな魔法なんて、私は使えないので。

「こんなのも出来ない僕じゃ、母さんなんて迎えに来てくれないんだ」
「え」

 まさかの。
 母さん、というのはアラン・ナルシアくんのお母さん。マキ・ナルシアのことだ。
 こんな早い展開でナルシアくんの口からお母さんの事が出てくると思わなかった。これは重大な情報では??
 ナルシアくんの隣に膝を抱えて座り込む。
 言葉を間違えるな。ここで間違えれば、情報の取りこぼしになるぞ、フィオナ。

「お母さんと約束したの?」
「…………してないけど」
「先生と約束したの?」
「してない。僕が決めた」

 なんだよ~~!!! ただの自分ルールかよ~~~!! 緊張して損したじゃん!
 一瞬にしてどうでもよくなかった私は「へぇ」と、気の抜けた返事をする。
 そういやホーエンさん、ナルシアくんと仲良くなりたいとか言っておいて先に帰ってんじゃん。お呼ばれしたとか言ってた気がする。
 あの人、ショタライフを謳歌し過ぎでは?? 本当は戻りたくないんじゃないの?? 大丈夫??

「お前、聞いてこないんだな」
「え? ああ、お母さんのこと?」
「……お前も僕の母さんの事、知ってるんだろ。他のヤツはみんな、自分の親に言われて知ってるんだ」

 マキ・ナルシア、という人物はザントピアの天才だった。
 だけど元々ザントピアに居た人ではない。
 ザントピアに無理矢理連れて来られたらしい。その時にアラン・ナルシアを身篭っていて、ザントピアで産まれた。
 マキ・ナルシアはザントピアに居る前から有名だ。それほどにまで天才だったから。だから誘拐されたと聞いて、サンテールもルトブルクも頭を悩ませたものだ。

 情勢について、貴族たちはよく知っている。こちらが言わなくても、どこからか集める。情報というのは鮮度と正確さが大事だ。明日の自分の命に関わるとなれば尚更。
 だからマキ・ナルシアがザントピアについたことも、アラン・ナルシアという息子が存在していることも知られているだろう。……もしかしたら、今、マキ・ナルシアが逃亡していることも知っている可能性がある。

 そんなヤバい案件バチバチの子供と自分の愛子を仲良くさせたいか。体裁を大切にする貴族は皆揃って首を横に振るに決まっている。

「だって君はお母さんが好きなんでしょ?」
「なぁ!? か、関係ないだろ!?」
「え。いやいや。好きな人のこと、他の人にとやかく言われたくないじゃん」

 自分が好きだから好き。シンプルでいい。
 だけど貫き通すのは難しい。大人になればなるほど。好きだけじゃ、どうにもならない事が沢山あるから。

 勢いよく上体を起き上がらせたナルシアくんは、驚いた表情で私を見つめてくる。初めてちゃんと目が合った。

「僕が母さん好きなの、変だと思わないのかよ」
「思うものがないよ」
「この年でまだ母さん母さん、って言ってるのは」
「いいんじゃない? あ、でも結婚して、お嫁さん側につかないでずっと姑ポジションのお母さんの味方してきるのは地雷だからね。離婚待ったなしな案件」
「なんでそんなドロドロした事言うんだよお前……。ちげーし! じゃあお前も親の事好きなのかよ!」
「え、好きですけど。大好き」
「……うげぇ」

 なんだその不味いもの食べましたみたいな顔は。露骨過ぎるな? 失礼なやつだ。貴族とかでも良い親だって居るんだぞ。

「お前、あの全然笑わない怖い親がいいのかよ」

 ん?? 笑わない怖い親……?
 ……あ、そうか。
 私の親、ブラッドリーさんってことになってるのか。
 もしかしてブラッドリーさんがナルシアくんは嫌いなのでは? 軍に就くというのは色々な恨みごとは付き物だ。ましてやザントピアを滅ぼした一因であるブラッドリーさんなんて特に。
 なるほど。だから私は嫌われているのね、理解理解。

「あの人は私を養子にしてくれたの。両親は結構前に死んじゃった」
「え……」

 私の両親はとっくに他界している。
 まだ私が中等部に通ってきた時、両親は軍に勤めていた。それに防衛機関。
 戦況はザントピアと互角で、どちらも攻撃機関が熾烈を争うものだった。一方、防衛機関はそこまで戦々恐々としていなかったし、国の中は平和とは言い難いけど、穏やかなものだった。

 でもその穏やか日常が一変する事件が起きる。
 敵、ザントピアはサンテールに潜入して作戦を企てていた。食料を燃やすのでも、民衆を人質にとるのでもない。
 未来の軍の卵、学校を壊滅させようとしていた。
 王立タルリナ学園襲撃戦線。
 そこで両親は学生を守って死んだのだ。私は当時は普通の学校に通っていて、突然顔色を変えた先生に知らされた。
 両親たちの必死な防衛戦もあってか、そこまで被害は甚大ではなかった。

「仕事人間だったけどね、いい人たちだったよ」
「なんで死んだんだよ」
「うーん。仕事中にね」
「ふぅん。……僕の母さんはさ」

 どうやら話をしてくれるらしい。
 マキ・ナルシアという人物を私は資料でしか見たことがない。もしこれから彼女に近付くならば、もっと細かい情報が必要だ。きっとアラン・ナルシアくんの話は有効的なものになる。

「いつも僕の事を褒めてくれた。周りは怒ることでも」
「例えば?」
「イモムシ、ってタンパク質が豊富だって言うから、研究員のヒョロヒョロに食わせて栄養源にしてやろうとしたりした」
「なかなかな悪魔だね、ナルシアくんって」

 何かの拷問かな。きっとその研究員はトラウマになっただろう。
 ナルシアくんが言うには、根拠のある行動らしいが私にとってはただの狂気じみたものだ。マキお母さん、さすがに生きたイモムシを口に入れようとすることに肯定するのはやめましょうよ。
 それともザントピアへのストレスをそこでぶつけていたのか。大いにあり得る。

「僕が何か一つ出来るようになったら、母さんは喜んでくれて、いつでも抱きしめてくれて――グスッ」

 ポロポロと涙を零しながら、お母さんとの思い出を話してくれる。
 マキ・ナルシアは研究資料を盗んだサンテールにとっては悪人だ。だから私の中で手段は選ばない、非道な女性なのかと思ったけど、アラン・ナルシアくんの話ではどうもそう思えない。
 もしかして資料を持ち去ったのにも意味があるんじゃないか? 保身ではなく、むしろ何か違う理由とか。

「僕が、飛行訓練で成功したら、きっと母さんは迎えに、来てくれ、るんだ!」
「いやそれは難しいんじゃない?」
「そこは頷けよ! 馬鹿ァ!」

 睨みながら涙を流すナルシアくんは全く怖くない。もう飛行訓練なんてやりたくないだろう。私だってそうだった。残された時のやさぐれようって嫌な思い出になるし。
 それでもナルシアくんはやめないらしい。お母さんが迎えに来てくれると信じて。

「可愛いとこあるんだなぁ」
「なんか言ったか!? 悪口だろ!?」
「言ってない言ってない」
「もうお前なんなんだよぉ……! 帰れよぉ……!」

 あの時私は一人じゃなかった。ブラッドリーさんが居た。別に彼は何か手伝ってくれたわけではなかったし、お手本を見せてくれたわけでもない。ただ居ただけ。
 ブラッドリーさんも今の私みたいな気持ちなのかな。頑張れ、ってちょっとでも思っていたりして。
 そうだったら、少しでもブラッドリーさんが理解出来たみたいで、嬉しいな。

「ナルシアくん、ちょっとホウキ貸して」
「な、なんだよ。お前の指図なんて――」
「いいからいいから」

 頑張っている子は誰だって応援したくなる。それになんとなく、私はナルシアくんが親に会いたいがために努力する気持ちが分かる。
 これが出来たら沢山褒めてもらいたい。
 中等部の私にもあった気持ちだった。

 ナルシアくんが持っているホウキを半ば強奪するように貰って跨がる。
 飛行するためにはまずは身体の重力を軽くして、その後に風で自分の身体を飛ばす。今回は身体でなくて、魔法がかかりやすい魔法ホウキの重力を操作するんだ。微量の魔法でも飛空が試せるお手軽アイテム。
 下手すると、重力を軽くし過ぎてぶっ飛んでしまうから。貴族の子供に生傷が絶えないことはやらせないためのものだ。

「一気にやろうとしないんだよ。まずは重力魔法を少しずつ使って、ホウキの重力を軽くする。その後に風魔法も徐々に使う。蛇口の水を少しずつ出すみたいに」

 ふわり、と私とナルシアくんの周りの草が円状に揺れる。まだ地面に地は着いたまま。もう少し重力魔法を使うべきということ。

「最初は誰だって出来ないよ。だから一つずつやっていこう。そのためのバディーなんだから!」

 ドヤ顔含めの笑顔をナルシアくんにお見舞いする。ここで飛んだら、スゲー! ってなってナルシアくんから尊敬の眼差しで見られるはず。そこから私はナルシアくんと仲を縮めていけばいい。
 最高の作戦だ。
 さあ! 今こそ飛ぶ時だ!!


「…………あれ?」

 地面を見つめる。足がぶらん、と宙に浮いて――ない。地面に足が着いたまま。
 どういうことだ。なんで? まさかの魔法使えなくなった? おかしくない? こんな初歩的なこと出来なくなったの?? 魔法の能力も幼女化してる? そんなわけ。

「飛べないのに威張るなよ……」
「やめて。その同情じみた目はやめて」

 あれれ?? おかしいな?? そんなわけないんだけどな??
 試しにホウキから降りて、僅かに飛空魔法を使えば数センチ浮くことが出来る。よかった。

 意味が分からない、とホウキを見つめてそこで気付く。

「ナルシアくん、これって掃除用のホウキだよ。魔法ホウキじゃない」
「え……」

 そりゃ飛べないわけですよ。
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