幼女ライフを送っていたら、恋人の左手に知らない指輪が存在しているのですが

緒海ちろ

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8話 最強の懐刀は敵と結託していました2

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 ザントピアが壊滅して少し経った頃。
 サンテールとルトブルクで勃発している事件がある。
 連続幼児連れ去り事件とザントピア捕虜失踪事件。
 幼児連れ去りは身分は関係なく、さまざまなもの。だから犯人は絞れないし、目的も分からない。そのまま幼児が帰ってこないならば、貴族のお偉いさんは黙っていないだろうがそうではない。
 数日したら何もなかったかのように帰ってくる。
 でも幼児は連れ去られた期間の記憶がなくて、記憶が消されている。心身に異常は今のところない。だから妖精のイタズラでは、と噂が回っているのだ。

「……で、それとザントピアの捕虜失踪事件の関係が全く見当たらないのですが」

 ミーティのホーエンさんのことを問い質そうとしたら「まあ待て。まずは説明を聞け」とストップされてしまった。
 なんで私、そんな宥めるように言い聞かせられてるの?? 誰だってこんな反応するよ。まだ私はソフトな方だと思っているのだけど。

「子供には確かに記憶がない。だが記憶が失くなる魔法を使えば、少しはその残渣が残るだろう。それが全くない」
「魔法の使い手がすごい上手い人なんじゃないですかね」
「それが僅かに魔法薬が子供から検出された。サンテールでもルトブルクでも開発していないものをな」
「他の国とかの可能性があります」
「ああ。だから俺はそれを調べていた。そうしたらミーティに会ったということだ」

 分かったか? みたいな様子で説明を終えました、の表情でコーヒーを飲み始める。
 いや?? え?? 終わり??
 なにこれ。私は今、試されてる??
 ホーエンさんがショタになった理由が話されてた?? 今私の中で起承転結もいってなかった気がする。序章じゃない??

「ちょっとあなた。全然説明してないじゃない」
「そうか? 俺は話したつもりだが」
「もう最強の懐刀じゃなくて、最強の言葉足らずに名前を変更した方がいいですよ」

 ミーティの話によると、ホーエンさんが原因を探している時に薬に長けたミーティに辿り着いたらしい。
 それでミーティはミーティで自分が研究していた資料が盗まれたとかで、ザントピアの研究者――マキ・ナルシアを探していたらしい。
 盗まれた資料は子供に戻る薬と一定の記憶を失くすもの。

 最初は二人とも別々に探していたけど、なかなかうまくいかずこれは協力しよっかとなったらしい。

「大人でダメなら子供になってあえて捕まってやろう、作戦ですか」
「ああそうだ」
「……ルトブルクが心配になるんですけど」

 嘘でしょ。それで子供になっちゃうの?? それに戻る薬が作られてないのに?? なんで?? なんでそうなったの?? ヤケクソ過ぎでは??
 ルトブルクの皆さん、心中お察しする。

「で、なんで私のことを知ってたんですか」
「そんなのミーティから聞いたに決まっているだろう」
「……ん???」

 ミーティから聞いた??
 紅茶を飲んでいるミーティを見つめると、カップをソーサーに置いたあとにニッコリと笑う。

「ギドがあなたを拾って来た時から知っていたわ。白髪に赤い目なんてそうそう居ないもの。最初の試験薬の副作用だったから。ああそう。その試験薬は私の管轄じゃないから知らないわよ」
「…………え?」

 拾って来た時から知っていたわ???
 知っていた。
 知って、いた???
 待って。ちょっと待って。

「じゃあホーエンさんとブラッドリーさんの事は」
「途中から知っていたわね」
「なんで言わなかったんですか」
「だってその方が楽しいじゃない?」

 ダメだ。もう私の理解出来る範疇を超えた。
 え? なに。ミーティが有能なのは知ってたけど、こんな愉快犯だったの?? それでザントピア滅びちゃった一端になるんじゃない??
 もしかしてミーティってルトブルクの仲間だった? いや、そんなわけがない。そうならばブラッドリーさんはミーティを血眼になって探すわけがない。

「元に戻りたくないか?」

 ホーエンさんの言葉に私は僅かに前のめりになって「あるんですか」と聞く。
 あるならばもちろん戻りたい。社畜は嫌だけど、また子供の頃からやり直すなんてごめんだ。
 もう遅いかもしれないけど。
 大人になって最初に行うことはブラッドリーさんの結婚式の参列かな。ツラッ。ブーケトスは貰ってもいいよね。私だって早く幸せになりたいし。

 本当はブラッドリーさんの隣で笑っていたかったんだけどね。

「マキ・ナルシアに息子が居る。彼女はどうやら時折、息子にプレゼントや手紙を送っているらしい。その息子に近付くんだ」
「その子は?」
「王立マルクス学園の初等部生徒だ。君と俺がそこに通う。どうだ?」

 王立マルクス学園。それはサンテールの中の名門中の名門校。貴族から王族まで。庶民でも特別試験に合格すれば入れる、将来が約束された学校。
 サンテールでは名門と呼ばれる学校は、王立タルリナ学園と王立マルクス学園。タルリナは軍人になる事が約束された学校ならば、マルクスは貴族になる事が約束された学校ということだ。
 王立となるとセキュリティはなかなか厳しい。寮生活をしているなら、尚更に。

 なるほど~そりゃあ手が出せないわ~。ブラッドリーさんだってそこに潜入するのは嫌がりそうだもんね~。

 大人に戻れる糸口が見つかった!!

 ――と、喜ぶはずだが私の表情は虚無だ。

「違う方法を考えましょう」
「どうした? 嫌か?」
「嫌です。チェンジです。私はまだ自分の尊厳を保ちたい」
「そんなにか?」

 そんなにだ。確かにホーエンさんは問題ないだろう。あそこの学校は制服と素晴らしいセンスだし、きっと似合う。
 だが女子の制服は何があっても着たくない。
 幼稚舎の制服はまだいい。Aラインの淡い水色なのだから。
 だけど初等部からは違う。カラーリングはオフホワイトかピンクブラウンの膝丈ワンピース。くびれには大きなリボンがついており、レースが袖口とスカートの下から見える仕様。
 そう、スカート。めちゃくちゃに可愛いやつ。

 何が嬉しくて、三十路手前でお姫様コーデをしなきゃいけない。無理。私の尊厳を守って。死んでしまう。
 きっとブラッドリーさんとハマーさんは私がそこに行きたい、と言ったら喜ぶだろう。それできっと合格までありつけて、可愛い可愛いと言いながら制服の着せてくるだろう。
 その間、私の心境を察せよ。
 よかったじゃん、男から可愛いって言われるなんてさ。なんて思うか。
 ひらひらのどこをとっても可愛いの制服を三十路が着て、可愛いと言われる。
 無理ですね私は。

「すみません。それはホーエンさんだけで――」
「ブラッドリーくんは君が居なくなってから、危うげだった」
「それは……潜入作戦と重なったからじゃないですか?」

 戦争をしていたんだ。死人は出る。それは仕方なのないこと。
 ブラッドリーさんだってよく分かっているだろう。確かに私は恋人関係だったけど、婚約者さんみたいにラブラブしていないし?
 私のことなんて、きっと過去の存在なんだから。

「それはどうかな。まあ君が戻れる手立てというのはそれが一番早い。乗るか乗らないかは君次第だ。このまま人生を歩み直したいのなら別だが」
「……やります」

 きっと幼児連れ去り事件はブラッドリーさんだって知っているはずだ。防衛機関長だし。あのブラッドリーさんが解決出来ない事件。
 もしこれを私が解決したら、私は戻れるかもしれないし更には功績は私のものだ。戻る時に「実はザントピアのことを追っていて戻れなかったですー」と言えば、ワンチャン防衛部隊に戻れるかもしれない。
 ……ブラッドリーさんだって褒めてくれるかもしれないし。部下として。

 ホーエンさんは私の言葉を聞いて機嫌よく唇を持ち上げた。
 ホーエンさんはどうにかしてマルクス学園に入るのだろうけど、もうちょい子供らしさを出した方がいいと思う。今のままだと怪しまれる。それこそザントピアの残党が子供になって潜入してきたか、なんて思われそう。

 時計を見ると、なかなかな時間が経っている。そろそろ戻らないと、ハマーさんが可哀想――。
 あれ??

「今、幼児連れ去り事件が勃発しているんですよね」
「そうだが」
「それってサンテールももちろん知っていますよね」
「ああ」
「私、もしかして連れ去られたと思われていません?」
「「あ」」

 ホーエンさんとミーティが声をあげたと同時だった。いや、それよりも少し先にホーエンさんが転移魔法を使ったのだろう。
 突然、喫茶店が誰かの魔法に支配される。

「あらまあ」

 ミーティは優雅なものだ。楽しげに声をあげて、ふふ、と笑ってさえいる。アイスブルーの瞳が机のある物を見つめた。

「結構魔法頑張ったのだけど、さすがというべきかしら」

 ミーティの瞳の先にはグラスの水。
 僅かに氷が張っていた。

「その子から離れてもらおうか」

 この声は――ブラッドリーさんだ。
 ミーティは優雅に椅子に座ったまま、私の背後を見てクスクスと笑う。余裕なものだ。
 氷のブラッドリー。
 ブラッドリーさんは氷魔法の使い手。彼の氷の前では逃げることは許されない。
 僅かに冷えついてきた室内に、白い息が出る。

「嫌だわ。そんな顔しないで。昔の仲間じゃない」
「お前のことなんぞ、仲間と思ったことは一度もない。その子を連れ去ってどうするつもりだ」
「久しぶりにお茶をしてただけ。何もしてないわよ。そんな顔したら怖いわよ。ねぇ、マリー?」

 いや私に話を振らないでほしいのですが。
 チクショウ。ホーエンさんは魔力察知をして逃げたな。酷い人だ。こんな修羅場に置いていくんじゃない。
 何も言わずに黙っていれば、僅かに室温が上がった気がする。ブラッドリーさんが魔法を弱めたのだろう。

「取引しましょう。私がここから逃げるまで見逃して」
「そんな事を許すと思っているのか」
「さっきね、この子の飲んでいるコーヒーに薬を入れたの」
「へ?」

 初耳なんですが。え? いつ? 知らんのだけど。ミーティ、一回も触ってなかったじゃん。
 ミーティの言葉に私の背後からは殺気に近いものが増す。ブラッドリーさんが怒っているんだ。
 やってしまった。これは私のミスだ。
 せっかく捕まえられるようなチャンスなのに、私という人質のせいで上手くいかないんだろう。これは怒るに決まっている。

「私が魔法を使えばその子の身体には猛毒が駆け回って、数分もしないうちに血を吐くわね」

 殺意高。でもミーティならやれる。彼女はそういう人だ。
 これは仕方ない。
 ふう、と息を吐いて後ろに居るであろうブラッドリーさんの方を向く。エメラルドの瞳とかち合うと、僅かに目が揺らぐ。確かにブラッドリーさんは動揺した。
 私をとるか。国の防衛をとるか。
 そんなの決まっている。

「ブラッドリーさん、ミーティを捕まえ――」
「今すぐにここから立ち去れ。ただしこの店を出た瞬間、約束は守らない。解毒薬を」
「話が分かる男で助かるわ」

 ミーティは小瓶をブラッドリーさんに投げる。ブラッドリーさんは小瓶を受け取ると、私を抱きかかえてミーティを睨みつける。
 いや、待って。ねえ待って。

「ブラッドリーさ――」
「ここはサンテール。お前たちがのうのうと闊歩していいところではない。即刻、この国から去れ。これは最後の警告だ」
「分かったわよ。じゃあねマリー。しっかりやるのよ」

 機嫌良さそうな笑みを浮かべたミーティはすぐに目の前から居なくなる。逃げたのだろう。

「ハマー、今すぐに追え」
「はい」
「あの、ブラッドリーさん」

 デートは? 婚約者は? 今からいいところだったやつでしょ? それなのに来ちゃったの?
 それにミーティを取り逃がすなんて、これから何を言われるか分からない。だってミーティだよ? 私とミーティの命なんて――。

「マリー、無事か?」
「無事だけど……」
「それなら良い。よかった」

 小瓶の中をすぐに魔法解析して、安全だと分かると私に渡してくる。その間もブラッドリーさんは安堵の笑みを浮かべて私の頭を撫でてくれた。

 彼にとってマリーという存在はなんなんだろうか。
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