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ナポリタン
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転がり込んだのは、二丁目だった。
右も左も分からない街。
なんとなく……って気分でお洒落なカフェに入った……。
五人がけのカウンターと二人がけのテーブルが三つ。
マスターらしき男の人が一人、カウンターの中で料理をしながら客と話をしていた。
「いらっしゃい、こちらへどうぞ」
カウンターの一番端の席を手で示されて、僕は素直に座った。
メニューを見る。
お酒がメインで、簡単な軽食とデザートが楽しめる店らしかった。
お腹が空いていたので、ナポリタンを頼む。
他の客の視線が刺さるようだった……。
「初めてでしょう?」
僕は頷いて、二丁目に来たの初めてなんで。と答えた。
マスターは、宝塚の男役みたいな華やかな顔立ちの人だった。
茶色い髪はショートで、耳には大きな幾何学模様を象ったイヤリング。化粧っ気はないけど唇だけは真っ赤で、男にしても女にしてもとにかくきれいな人だった。
折り返した袖口から覗く、うっすらと筋肉の付いた腕。
どうやらフライパンを振ることで、筋肉は付くらしい。と、重そうな鉄のフライパンを見て思った。
客はカウンターに三人、二人掛けに二組。
マスターが話し掛けてくる。
内容は他愛のないことだった。
ナポリタンは魚肉ソーセージとベーコンどっちが好き? 今度チョコレートパフェを出そうと思うんだけど、チョコはHERSHEY'Sと森永どっちが良いと思う?
「ナポリタンはハム」
僕の答えに、へぇ。と、マスターは感心したように言った。
「僕、バカの一つ覚えみたいにナポリタンばっかり頼んでて、どっかの店で食べた、五ミリ角のハムのが美味しかった」
「薄切りじゃないんだ」
「厚いのが好き。
チョコは……味が分かんない……」
じゃあ。と言いながら、美味しそうな匂いの湯気を撒き散らしつつ、目の前にナポリタンを置いてくれた。
「ナポリタン食べたら試食してちょうだい。小っさなパフェ作るから」
やった! と小さくバンザイすると、周りから、俺も、僕も、とリクエストが飛び交った。
「分かった分かった。
あら、バナナが足りないかも」
「バナナならここにでっかいのがあるぜ」
二人掛けに座る一人が、ふざけた調子でズボンの前を叩く。
「ありがとう。じゃあ、まな板に載せてちょうだいな」
包丁を持ってマスターはにっこり笑う。
ふざけた客は前を両手で押さえて、ヒエ~なんて情けない声を出している。
ひとしきり笑った後、僕はナポリタンを口に運んだ。
「美味しい……」
ケチャップが、口を真っ赤にするくらいべったり付いていて、なんとなく和風の味わいもあって、でも、ベーコンがコクを出していて……とにかく美味しかった。
「お気に召して頂けたみたいで良かった」
マスターはまるで、保育士さんみたいに優しい笑顔を見せた。
ピーマンとタマネギ、人参ベーコン。ありきたりの具材なのに、今までで一番美味しい。
男客がメインだけあってガッツリ系の量だったけど、あっさりと食べきった。
「ちょっとお願い」
お盆の上にコーヒーカップが八個載っている。差し出されて僕は、怖々受け取った。
「あの人達に配ってくれる?」
はい。と素直に返事をして、落とさぬようゆっくりと歩く。
「青いのがHERSHEY'S、赤いのが森永よ」
僕は四人の前に赤と青のコーヒーカップを置くと、開放感に浸りながら大股で席まで戻った。
「ありがとう、ご褒美」
僕の前には、小ぶりのパフェグラスが二つ。皆に配ったコーヒーカップの二倍はあった。
贔屓だ贔屓だ。と、ブーイングの中、僕はスプーンを手にし、一つを口に運ぶと、水で舌をリセットし、もう一つのパフェをまた口に運んだ。
食べ終えると、美味しいと思う方を高く掲げる。
「えぇ! 四対四!? 」
「これまた見事な結果だな」
「小さいパフェで食べ比べって、面白いかも」
マスターの動きが止まった……。
「それ、良いアイディアね」
それから閉店の十時まで、パフェに入れる果物、入れ物のサイズ、デザインと、皆でアイディアを出し合い、時々脱線しては大笑いした。
あの日以来、笑ったのは初めてだった……。
右も左も分からない街。
なんとなく……って気分でお洒落なカフェに入った……。
五人がけのカウンターと二人がけのテーブルが三つ。
マスターらしき男の人が一人、カウンターの中で料理をしながら客と話をしていた。
「いらっしゃい、こちらへどうぞ」
カウンターの一番端の席を手で示されて、僕は素直に座った。
メニューを見る。
お酒がメインで、簡単な軽食とデザートが楽しめる店らしかった。
お腹が空いていたので、ナポリタンを頼む。
他の客の視線が刺さるようだった……。
「初めてでしょう?」
僕は頷いて、二丁目に来たの初めてなんで。と答えた。
マスターは、宝塚の男役みたいな華やかな顔立ちの人だった。
茶色い髪はショートで、耳には大きな幾何学模様を象ったイヤリング。化粧っ気はないけど唇だけは真っ赤で、男にしても女にしてもとにかくきれいな人だった。
折り返した袖口から覗く、うっすらと筋肉の付いた腕。
どうやらフライパンを振ることで、筋肉は付くらしい。と、重そうな鉄のフライパンを見て思った。
客はカウンターに三人、二人掛けに二組。
マスターが話し掛けてくる。
内容は他愛のないことだった。
ナポリタンは魚肉ソーセージとベーコンどっちが好き? 今度チョコレートパフェを出そうと思うんだけど、チョコはHERSHEY'Sと森永どっちが良いと思う?
「ナポリタンはハム」
僕の答えに、へぇ。と、マスターは感心したように言った。
「僕、バカの一つ覚えみたいにナポリタンばっかり頼んでて、どっかの店で食べた、五ミリ角のハムのが美味しかった」
「薄切りじゃないんだ」
「厚いのが好き。
チョコは……味が分かんない……」
じゃあ。と言いながら、美味しそうな匂いの湯気を撒き散らしつつ、目の前にナポリタンを置いてくれた。
「ナポリタン食べたら試食してちょうだい。小っさなパフェ作るから」
やった! と小さくバンザイすると、周りから、俺も、僕も、とリクエストが飛び交った。
「分かった分かった。
あら、バナナが足りないかも」
「バナナならここにでっかいのがあるぜ」
二人掛けに座る一人が、ふざけた調子でズボンの前を叩く。
「ありがとう。じゃあ、まな板に載せてちょうだいな」
包丁を持ってマスターはにっこり笑う。
ふざけた客は前を両手で押さえて、ヒエ~なんて情けない声を出している。
ひとしきり笑った後、僕はナポリタンを口に運んだ。
「美味しい……」
ケチャップが、口を真っ赤にするくらいべったり付いていて、なんとなく和風の味わいもあって、でも、ベーコンがコクを出していて……とにかく美味しかった。
「お気に召して頂けたみたいで良かった」
マスターはまるで、保育士さんみたいに優しい笑顔を見せた。
ピーマンとタマネギ、人参ベーコン。ありきたりの具材なのに、今までで一番美味しい。
男客がメインだけあってガッツリ系の量だったけど、あっさりと食べきった。
「ちょっとお願い」
お盆の上にコーヒーカップが八個載っている。差し出されて僕は、怖々受け取った。
「あの人達に配ってくれる?」
はい。と素直に返事をして、落とさぬようゆっくりと歩く。
「青いのがHERSHEY'S、赤いのが森永よ」
僕は四人の前に赤と青のコーヒーカップを置くと、開放感に浸りながら大股で席まで戻った。
「ありがとう、ご褒美」
僕の前には、小ぶりのパフェグラスが二つ。皆に配ったコーヒーカップの二倍はあった。
贔屓だ贔屓だ。と、ブーイングの中、僕はスプーンを手にし、一つを口に運ぶと、水で舌をリセットし、もう一つのパフェをまた口に運んだ。
食べ終えると、美味しいと思う方を高く掲げる。
「えぇ! 四対四!? 」
「これまた見事な結果だな」
「小さいパフェで食べ比べって、面白いかも」
マスターの動きが止まった……。
「それ、良いアイディアね」
それから閉店の十時まで、パフェに入れる果物、入れ物のサイズ、デザインと、皆でアイディアを出し合い、時々脱線しては大笑いした。
あの日以来、笑ったのは初めてだった……。
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