僕と先輩のその後

岡倉弘毅

文字の大きさ
上 下
12 / 20

ナポリタン

しおりを挟む
 転がり込んだのは、二丁目だった。


 右も左も分からない街。


 なんとなく……って気分でお洒落なカフェに入った……。
 

 五人がけのカウンターと二人がけのテーブルが三つ。


 マスターらしき男の人が一人、カウンターの中で料理をしながら客と話をしていた。


「いらっしゃい、こちらへどうぞ」


 カウンターの一番端の席を手で示されて、僕は素直に座った。


 メニューを見る。


 お酒がメインで、簡単な軽食とデザートが楽しめる店らしかった。


 お腹が空いていたので、ナポリタンを頼む。


 他の客の視線が刺さるようだった……。


「初めてでしょう?」


 僕は頷いて、二丁目に来たの初めてなんで。と答えた。


 マスターは、宝塚の男役みたいな華やかな顔立ちの人だった。


 茶色い髪はショートで、耳には大きな幾何学模様を象ったイヤリング。化粧っ気はないけど唇だけは真っ赤で、男にしても女にしてもとにかくきれいな人だった。


 折り返した袖口から覗く、うっすらと筋肉の付いた腕。


 どうやらフライパンを振ることで、筋肉は付くらしい。と、重そうな鉄のフライパンを見て思った。


 客はカウンターに三人、二人掛けに二組。


 マスターが話し掛けてくる。


 内容は他愛のないことだった。


 ナポリタンは魚肉ソーセージとベーコンどっちが好き? 今度チョコレートパフェを出そうと思うんだけど、チョコはHERSHEY'Sと森永どっちが良いと思う?


「ナポリタンはハム」


 僕の答えに、へぇ。と、マスターは感心したように言った。


「僕、バカの一つ覚えみたいにナポリタンばっかり頼んでて、どっかの店で食べた、五ミリ角のハムのが美味しかった」


「薄切りじゃないんだ」


「厚いのが好き。


 チョコは……味が分かんない……」


 じゃあ。と言いながら、美味しそうな匂いの湯気を撒き散らしつつ、目の前にナポリタンを置いてくれた。


「ナポリタン食べたら試食してちょうだい。小っさなパフェ作るから」


 やった! と小さくバンザイすると、周りから、俺も、僕も、とリクエストが飛び交った。


「分かった分かった。


 あら、バナナが足りないかも」


「バナナならここにでっかいのがあるぜ」


 二人掛けに座る一人が、ふざけた調子でズボンの前を叩く。


「ありがとう。じゃあ、まな板に載せてちょうだいな」


 包丁を持ってマスターはにっこり笑う。


 ふざけた客は前を両手で押さえて、ヒエ~なんて情けない声を出している。


 
 ひとしきり笑った後、僕はナポリタンを口に運んだ。


「美味しい……」


 ケチャップが、口を真っ赤にするくらいべったり付いていて、なんとなく和風の味わいもあって、でも、ベーコンがコクを出していて……とにかく美味しかった。


「お気に召して頂けたみたいで良かった」


 マスターはまるで、保育士さんみたいに優しい笑顔を見せた。


 ピーマンとタマネギ、人参ベーコン。ありきたりの具材なのに、今までで一番美味しい。


 男客がメインだけあってガッツリ系の量だったけど、あっさりと食べきった。


「ちょっとお願い」


 お盆の上にコーヒーカップが八個載っている。差し出されて僕は、怖々受け取った。


「あの人達に配ってくれる?」


 はい。と素直に返事をして、落とさぬようゆっくりと歩く。


「青いのがHERSHEY'S、赤いのが森永よ」


 僕は四人の前に赤と青のコーヒーカップを置くと、開放感に浸りながら大股で席まで戻った。


「ありがとう、ご褒美」


 僕の前には、小ぶりのパフェグラスが二つ。皆に配ったコーヒーカップの二倍はあった。


 贔屓だ贔屓だ。と、ブーイングの中、僕はスプーンを手にし、一つを口に運ぶと、水で舌をリセットし、もう一つのパフェをまた口に運んだ。


 食べ終えると、美味しいと思う方を高く掲げる。


「えぇ! 四対四!? 」


「これまた見事な結果だな」


「小さいパフェで食べ比べって、面白いかも」


 マスターの動きが止まった……。


「それ、良いアイディアね」


 それから閉店の十時まで、パフェに入れる果物、入れ物のサイズ、デザインと、皆でアイディアを出し合い、時々脱線しては大笑いした。



 あの日以来、笑ったのは初めてだった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...