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第四十七章
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目を開くと、心配そうな隼人の顔が見えた。
一瞬、自分がどこにいるのかが分からず、瞳だけで視線を彷徨わせ、自室だと理解し、安堵する。
「気分はどう?」
隼人の言葉の意味が分からず、首を傾げる。学校にいたはずが、なぜ、自室で寝かされているのかが、理解できなかった。
「ちょっと待ってて」
隼人は部屋を出ると、ペットボトルを持って戻って来た。
「学校で気を失ったんだよ。四時間は眠ってた。まずは、水分補給しないと」
圭の体を支えると、スポーツドリンクを口に宛がった。
少しずつ流し込まれる液体は、自覚のなかった喉の渇きを思い出させた。口を離さず、一気に半分近く飲み、ほ。と、ため息をついた。
腕に違和感を覚えて、ゆっくりと動かす。何かに戒められている。
「不便だろうけど、腕はあまり動かさないでくれよ。結構縫ったからな」
見れば、左腕は肘まで包帯を巻き付けられている。
「あ……」
頭の中に、涼介の顔が浮かんだ。狂気を含んだ目と、カッターナイフ。
「落ち着いて。無理に思い出す必要はない」
優しく肩に腕を回し、宥めるように抱き締めてくれた。
「どうする? もう少し眠る?」
「いや」
「じゃあ、リビングに行こうか」
ベッドから下りて初めて、まだ制服を身につけていることに気付いた。着替える気力も無く、リビングに出て、ソファに身を沈めた。
気紛らわせだろうか、テレビを点けると、衛星放送の、景色を主に映し出すチャンネルに合わせた。ニュースは一切流れない。
隼人の行動に、事件としてニュースに流されているのだと気がついた。
校内で、教師が生徒に切り掛かったのだ。理由は何であれ、ニュースにならない方が不思議か。
台所から、隼人が戻って来た。ガラスの平皿に梨と柿が盛られている。梨の良い香りに誘われて、一切れ口に運ぶと、隼人が笑顔を見せた。
あぁ、そうだったのか。圭は思った。お腹が空いている訳でもなく、梨が食べたかった訳でもない。梨を口にしたのは、隼人を安心させたかったからだ。と。
本当に欲しているのは……。
隼人に顔を向け、ゆっくりと目を閉じる。すぐに、唇が重ねられ、ようやく圭は、涙を流すことができた。
当たり前だが、鍵は掛けていた。インターフォンの音に、涼介は気怠い体を起こした。
学生服だから変化はないが、白かった靴下は真っ赤に染まっていた。フローリングに、赤い足跡が次々生まれていく。
扉を開く。いつも通りの山上がいた。
無言で入って来たが、すぐに眉をひそめた。血の臭いが気になったらしい。
「まだ、警察に通報してないんだ」
山上は部屋を見渡すと、涼介の目を見た。
「通報すればいいんだな」
「うん。お願い」
山上は落ち着いた態度で、通報をした。住所は、ドアポストに届いていた郵便物を確認して。
通話を切ると、再び視線を涼介に戻した。
「なぜだ? なぜ西島を殺した?」
「三年前、西島の兄貴の武にレイプされてね、僕、殺したんだ。
今日、僕が圭を切り付けたでしょう。今度は圭を殺すつもりかって」
涼介は、中途半端に閉められたカーテンに、目をやった。
「あの蜜柑の木、前にも見た。監禁されてて、ずっと、あの枝になった蜜柑を見てた。あれ以来、蜜柑が怖かった。けど、もう、怖くなくなっちゃった」
涼介は視線を、山上に戻した。
「もう、マンションにある蜜柑の木は、お守りにならないね」
「お前まさか、麻上を」
「圭を呼んで! 話したい事がある」
「無茶言うなよ。俺にそんな権限あるわけないだろう」
当然の言葉に、涼介は納得しなかった。
「呼んでよ! でなきゃ、とんでもないことになるんだ!」
サイレンの、けたたましい音が近づいて来る。残された時間は少ない。
「呼んでくれなきゃ、僕はなにも話さないからね」
サイレンが途切れた。扉の閉まる音。複数の足音。扉を叩く音がした。
「山上さんですね。通報ありがとうございます」
語尾に、金属音が重なった。涼介は両手を揃えると、警察官に差し出す。
「麻上圭を呼んで下さい」
「アサガミケイ?」
「山上先生が知ってます。彼と会えなければ、なにも話しません」
警察官同士でなにやら話し合い、頷いた。
「会えれば、素直に話すんだね?」
「はい」
「分かった。
まずは、手の平の手当てをしなければ。その後で、手はずを整えよう」
涼介は山上に向き直ると、ニコリと笑った。
「巻き込んで、ごめんなさい」
「気にすんな」
全く、山上はいつも通りの態度だった。
大丈夫。心の中で独りごちる。圭は大丈夫。と。
泣き疲れて、圭はソファの上で眠っていた。
なにが起こったのか、隼人は殆ど知らないままだった。圭に付き添っていた教師は、首を傾げるばかりで要領を得ず、逃げるように帰ってしまった。
山上に連絡を取ろうと、何度も電話をかけてはいるが、一向に通じない。
山上から連絡があったのは、翌朝の七時だった。
「昨日のことだけど」
済まないが。と、山上は隼人の言葉を遮った。
『その話は明日にでも説明に行く。
頼みがあるんだ』
隼人は初めて、山上に対して苛立ちを感じた。大怪我を負って、気を失った圭を後回しにして、なにを頼むつもりだ!
『西島が水野に殺された』
怒鳴ろうとしていた隼人は、怒りのやり場を失い、はぁ? と、不必要に大きな声を出してしまった。圭の起きた様子が窺われる。
『麻上と一緒に来てくれないか?
麻上を外に出すのが、難しいってことは分かっているけど、頼む。水野がどうしても、麻上に話したい事があるって聞かないんだ。今話しておかないと、大変なことになるって』
「大変なこと?」
圭に伝えてから折り返すと約束して、通話を切った。
一瞬、自分がどこにいるのかが分からず、瞳だけで視線を彷徨わせ、自室だと理解し、安堵する。
「気分はどう?」
隼人の言葉の意味が分からず、首を傾げる。学校にいたはずが、なぜ、自室で寝かされているのかが、理解できなかった。
「ちょっと待ってて」
隼人は部屋を出ると、ペットボトルを持って戻って来た。
「学校で気を失ったんだよ。四時間は眠ってた。まずは、水分補給しないと」
圭の体を支えると、スポーツドリンクを口に宛がった。
少しずつ流し込まれる液体は、自覚のなかった喉の渇きを思い出させた。口を離さず、一気に半分近く飲み、ほ。と、ため息をついた。
腕に違和感を覚えて、ゆっくりと動かす。何かに戒められている。
「不便だろうけど、腕はあまり動かさないでくれよ。結構縫ったからな」
見れば、左腕は肘まで包帯を巻き付けられている。
「あ……」
頭の中に、涼介の顔が浮かんだ。狂気を含んだ目と、カッターナイフ。
「落ち着いて。無理に思い出す必要はない」
優しく肩に腕を回し、宥めるように抱き締めてくれた。
「どうする? もう少し眠る?」
「いや」
「じゃあ、リビングに行こうか」
ベッドから下りて初めて、まだ制服を身につけていることに気付いた。着替える気力も無く、リビングに出て、ソファに身を沈めた。
気紛らわせだろうか、テレビを点けると、衛星放送の、景色を主に映し出すチャンネルに合わせた。ニュースは一切流れない。
隼人の行動に、事件としてニュースに流されているのだと気がついた。
校内で、教師が生徒に切り掛かったのだ。理由は何であれ、ニュースにならない方が不思議か。
台所から、隼人が戻って来た。ガラスの平皿に梨と柿が盛られている。梨の良い香りに誘われて、一切れ口に運ぶと、隼人が笑顔を見せた。
あぁ、そうだったのか。圭は思った。お腹が空いている訳でもなく、梨が食べたかった訳でもない。梨を口にしたのは、隼人を安心させたかったからだ。と。
本当に欲しているのは……。
隼人に顔を向け、ゆっくりと目を閉じる。すぐに、唇が重ねられ、ようやく圭は、涙を流すことができた。
当たり前だが、鍵は掛けていた。インターフォンの音に、涼介は気怠い体を起こした。
学生服だから変化はないが、白かった靴下は真っ赤に染まっていた。フローリングに、赤い足跡が次々生まれていく。
扉を開く。いつも通りの山上がいた。
無言で入って来たが、すぐに眉をひそめた。血の臭いが気になったらしい。
「まだ、警察に通報してないんだ」
山上は部屋を見渡すと、涼介の目を見た。
「通報すればいいんだな」
「うん。お願い」
山上は落ち着いた態度で、通報をした。住所は、ドアポストに届いていた郵便物を確認して。
通話を切ると、再び視線を涼介に戻した。
「なぜだ? なぜ西島を殺した?」
「三年前、西島の兄貴の武にレイプされてね、僕、殺したんだ。
今日、僕が圭を切り付けたでしょう。今度は圭を殺すつもりかって」
涼介は、中途半端に閉められたカーテンに、目をやった。
「あの蜜柑の木、前にも見た。監禁されてて、ずっと、あの枝になった蜜柑を見てた。あれ以来、蜜柑が怖かった。けど、もう、怖くなくなっちゃった」
涼介は視線を、山上に戻した。
「もう、マンションにある蜜柑の木は、お守りにならないね」
「お前まさか、麻上を」
「圭を呼んで! 話したい事がある」
「無茶言うなよ。俺にそんな権限あるわけないだろう」
当然の言葉に、涼介は納得しなかった。
「呼んでよ! でなきゃ、とんでもないことになるんだ!」
サイレンの、けたたましい音が近づいて来る。残された時間は少ない。
「呼んでくれなきゃ、僕はなにも話さないからね」
サイレンが途切れた。扉の閉まる音。複数の足音。扉を叩く音がした。
「山上さんですね。通報ありがとうございます」
語尾に、金属音が重なった。涼介は両手を揃えると、警察官に差し出す。
「麻上圭を呼んで下さい」
「アサガミケイ?」
「山上先生が知ってます。彼と会えなければ、なにも話しません」
警察官同士でなにやら話し合い、頷いた。
「会えれば、素直に話すんだね?」
「はい」
「分かった。
まずは、手の平の手当てをしなければ。その後で、手はずを整えよう」
涼介は山上に向き直ると、ニコリと笑った。
「巻き込んで、ごめんなさい」
「気にすんな」
全く、山上はいつも通りの態度だった。
大丈夫。心の中で独りごちる。圭は大丈夫。と。
泣き疲れて、圭はソファの上で眠っていた。
なにが起こったのか、隼人は殆ど知らないままだった。圭に付き添っていた教師は、首を傾げるばかりで要領を得ず、逃げるように帰ってしまった。
山上に連絡を取ろうと、何度も電話をかけてはいるが、一向に通じない。
山上から連絡があったのは、翌朝の七時だった。
「昨日のことだけど」
済まないが。と、山上は隼人の言葉を遮った。
『その話は明日にでも説明に行く。
頼みがあるんだ』
隼人は初めて、山上に対して苛立ちを感じた。大怪我を負って、気を失った圭を後回しにして、なにを頼むつもりだ!
『西島が水野に殺された』
怒鳴ろうとしていた隼人は、怒りのやり場を失い、はぁ? と、不必要に大きな声を出してしまった。圭の起きた様子が窺われる。
『麻上と一緒に来てくれないか?
麻上を外に出すのが、難しいってことは分かっているけど、頼む。水野がどうしても、麻上に話したい事があるって聞かないんだ。今話しておかないと、大変なことになるって』
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