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第二十四章
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「先輩」
いつも通り、圭を教室の前で待ち構え、声をかけると、あからさまにギョッとした顔をされた。なんだろう? と考えていると、ティッシュを一枚渡された。
「口紅」
「あー、水野君カワイイ!」
名前までは知らないが、すっかり顔なじみになった二年二組の生徒に、明るく手を振りながら、口紅を拭う。
「口紅って、気持ち悪くありませんか?」
「もう、慣れちゃった」
圭の目は、羨ましい性格。と、伝えてくる。
「ねぇ先輩、今日長瀬さん、早いの?」
「今日は飲み会があるらしく、早くて九時でしょう」
「じゃあさ、僕のアパートに来ない? 誰にも聞かれる心配のない場所で、話したいことがあるんだ。先輩も、あるでしょう?」
圭は、切れ長な目を少し伏せて、迷うような様子を見せた。
「そう、ですね」
「じゃ、決まり」
圭は、神妙な顔をしながらも、どこか、ホッとした表情も見せた。
学園から歩いて二十分。壱番館というワンルームのアパートに、涼介は住んでいた。折り畳みの背の低い机と本棚しかない、殺風景な部屋。床には、昔流行ったプロファイリングの本を、放り出したまま。
「これ、私も読みました。隼人が持っていたので」
本に手を伸ばした圭は、その下にある本の題名を読んで、動きを止めた。
「アメリカの本だよ」
涼介は本を取り出した。『死体のある光景』と書かれた本は、アメリカの警察官の持つ、死体の写真を集めた物だった。射殺体、交通事故死体など、衝撃的な写真がまとめられている。
「FBI捜査官になるのですか?」
嫌悪を見せるでもなく、圭は数ページ捲ると、涼介に戻した。
「そういうわけじゃないけど。
ごめん、クッションも、椅子もないんだ」
「床に座れば良いでしょう」
圭は床に直接正座すると、視線で、涼介にも座ることを要求した。
「ねぇ先輩、精神科にかかったこと、あるんじゃないの?」
圭は無表情のままで、あぐらをかいた涼介を見た。
「貴方もあるのですね」
涼介は、ニコリと笑いかけた。
「先輩、レイプされたことがあるんじゃない? 心配しなくていいよ。僕、誰にも言わないから。口にした方が楽になることだってあるでしょう?」
圭は目を閉じて、未遂です。と、呟くように言った。
「いえ、レイプをしようとしたのかどうか、今となってはわかりません。私が抵抗したために、そういうふうになってしまっただけなのかも」
圭は、十一才の時、家庭教師から受けた告白と、その後の暴力を、涼介に話した。
「左手を刺された際、神経に少し傷がついてしまい、細かい作業を受け付けてくれなくなりました。私は元々左利きで、その後右手に直したものですから、なかなか上手く使いこなせません。
あの日以来、私に触れてくる人は皆、殺意を持っているのではないかという被害妄想に取り憑かれて、考えるよりも先に、体が動いてしまうようになりました。殺される前に、殺さなければ」
「だから、精神科にかかったの?」
「はい。
ただ、この事件は私にとってショックではありましたが、性的な後遺症としては、軽いものでした。
問題は、精神科医」
圭の目に、怒りと怯えが生まれた。
「母と共に通っている間は、良い医者でした。
しかし、一人で通院するよう指示され、それに従ったら、毎回、服を脱ぐよう言われました。下着一枚にされて、体を撫で回しながら、痩せ過ぎだのと、医者らしいことを言うのです。
怖くて、恥ずかしくて、誰にも相談できずにいました。でも、現状から逃げ出したかったので、私は、事件前に戻ったふりをしたのです。そうすれば、精神科に通っていることを恥だと思っている母は、すぐに通院を止めさせてくれるとわかっていましたから。
勉強に夢中になり、人との関わりをできる限り避けて、小学校の間は、それでどうにかなりました。
でも、中学に進むと、男の子は少年になります。そして、性への興味を示し始める」
通っていた学校名を問うと、小学校から大学まであるいわゆるお坊っちゃま、お嬢ちゃま校だった。
圭の生活に足を踏み入れてわかったのは、思っていたよりもお坊っちゃんである。ということ。男の恋人がいるのに、ちょっとしたことですぐ赤くなる、箱入り。
十七でこれなら、中学時代はどうだったか、想像できなくもない。
圭は唇を噛み締めていたが、やがて、覚悟を決めたのか、ゆっくりと唇を開いた。
いつも通り、圭を教室の前で待ち構え、声をかけると、あからさまにギョッとした顔をされた。なんだろう? と考えていると、ティッシュを一枚渡された。
「口紅」
「あー、水野君カワイイ!」
名前までは知らないが、すっかり顔なじみになった二年二組の生徒に、明るく手を振りながら、口紅を拭う。
「口紅って、気持ち悪くありませんか?」
「もう、慣れちゃった」
圭の目は、羨ましい性格。と、伝えてくる。
「ねぇ先輩、今日長瀬さん、早いの?」
「今日は飲み会があるらしく、早くて九時でしょう」
「じゃあさ、僕のアパートに来ない? 誰にも聞かれる心配のない場所で、話したいことがあるんだ。先輩も、あるでしょう?」
圭は、切れ長な目を少し伏せて、迷うような様子を見せた。
「そう、ですね」
「じゃ、決まり」
圭は、神妙な顔をしながらも、どこか、ホッとした表情も見せた。
学園から歩いて二十分。壱番館というワンルームのアパートに、涼介は住んでいた。折り畳みの背の低い机と本棚しかない、殺風景な部屋。床には、昔流行ったプロファイリングの本を、放り出したまま。
「これ、私も読みました。隼人が持っていたので」
本に手を伸ばした圭は、その下にある本の題名を読んで、動きを止めた。
「アメリカの本だよ」
涼介は本を取り出した。『死体のある光景』と書かれた本は、アメリカの警察官の持つ、死体の写真を集めた物だった。射殺体、交通事故死体など、衝撃的な写真がまとめられている。
「FBI捜査官になるのですか?」
嫌悪を見せるでもなく、圭は数ページ捲ると、涼介に戻した。
「そういうわけじゃないけど。
ごめん、クッションも、椅子もないんだ」
「床に座れば良いでしょう」
圭は床に直接正座すると、視線で、涼介にも座ることを要求した。
「ねぇ先輩、精神科にかかったこと、あるんじゃないの?」
圭は無表情のままで、あぐらをかいた涼介を見た。
「貴方もあるのですね」
涼介は、ニコリと笑いかけた。
「先輩、レイプされたことがあるんじゃない? 心配しなくていいよ。僕、誰にも言わないから。口にした方が楽になることだってあるでしょう?」
圭は目を閉じて、未遂です。と、呟くように言った。
「いえ、レイプをしようとしたのかどうか、今となってはわかりません。私が抵抗したために、そういうふうになってしまっただけなのかも」
圭は、十一才の時、家庭教師から受けた告白と、その後の暴力を、涼介に話した。
「左手を刺された際、神経に少し傷がついてしまい、細かい作業を受け付けてくれなくなりました。私は元々左利きで、その後右手に直したものですから、なかなか上手く使いこなせません。
あの日以来、私に触れてくる人は皆、殺意を持っているのではないかという被害妄想に取り憑かれて、考えるよりも先に、体が動いてしまうようになりました。殺される前に、殺さなければ」
「だから、精神科にかかったの?」
「はい。
ただ、この事件は私にとってショックではありましたが、性的な後遺症としては、軽いものでした。
問題は、精神科医」
圭の目に、怒りと怯えが生まれた。
「母と共に通っている間は、良い医者でした。
しかし、一人で通院するよう指示され、それに従ったら、毎回、服を脱ぐよう言われました。下着一枚にされて、体を撫で回しながら、痩せ過ぎだのと、医者らしいことを言うのです。
怖くて、恥ずかしくて、誰にも相談できずにいました。でも、現状から逃げ出したかったので、私は、事件前に戻ったふりをしたのです。そうすれば、精神科に通っていることを恥だと思っている母は、すぐに通院を止めさせてくれるとわかっていましたから。
勉強に夢中になり、人との関わりをできる限り避けて、小学校の間は、それでどうにかなりました。
でも、中学に進むと、男の子は少年になります。そして、性への興味を示し始める」
通っていた学校名を問うと、小学校から大学まであるいわゆるお坊っちゃま、お嬢ちゃま校だった。
圭の生活に足を踏み入れてわかったのは、思っていたよりもお坊っちゃんである。ということ。男の恋人がいるのに、ちょっとしたことですぐ赤くなる、箱入り。
十七でこれなら、中学時代はどうだったか、想像できなくもない。
圭は唇を噛み締めていたが、やがて、覚悟を決めたのか、ゆっくりと唇を開いた。
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