進まない時間 前編

岡倉弘毅

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第十ニ章

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 部屋に戻った明は、着替えてからベッドに腰掛けて、ノートを捲っていた。
 この部屋は、兄のたけるが住んでいた部屋だった。三年前に、遺書も残さず、この世を去った。両親は、家主へのお詫びなのか、武の思い出を失いたくないからか、ずっと、部屋を借りっぱなしにしている。
 高校進学を期に、半ば、両親を脅すような形で、この部屋に移り住んだ。食事は、コンビニや出前に頼り、両親すら、近づけないようにしている。
 その理由が、一冊のノートだった。
 引き出しの底に、隠されるようにしまわれていたノートには、武の苦しい胸の内が綴られていた。
(彼に会いたい。しかし、会ってはいけない。)
 そんな言葉から始まる日記は、明の知らない武の一面を知らしめた。
 武は、SNSで知り合った男と関係を持つと、一気に身持ちを崩していったようだ。新宿二丁目にある、「Yes  or  No」と言うクルージングバーに通い、次から次と、見知らぬ男に身を任せるようになったらしい。
(男を抱き、抱かれている間だけ、彼は俺だけのものだった。男の上に、彼の幻影を重ねて、束の間の蜜月を貪る。浅ましいとは思うけれど、今の俺には、必要なのだ。)
(初めて、バー以外で男を誘った。その男が同性愛者だということは、二丁目で何度か見たことがあったため知っていたが、両親とも顔見知りの相手だけに、危険な賭けだった。
 男のマンションに押しかけた時、何も言わずに俺を招き入れ、何も言わずに抱いた。
 男は何度も俺を、男とも女とも取れる名で呼んだ。誰なのかと聞くと、片思いの相手だと、切な気に答えた。あまりに幼い少年なので、思いを告げることはできないのだと。
 確かに、二十代後半の男にとって、半分ほどの年齢の少年に思いを告げるのは難しいだろう。それは分かりすぎるほど分かる。
 もし、少年も同じ思いを抱いていたらどうする? と、意地の悪い質問をしたら、拒んだ。という意外な答えが帰ってきた。大人の男への憧れかもしれない感情を、受け入れてはいけないと、自分に言い聞かせていると。
 マンションの入り口にある、色付きかけた蜜柑をもいで、『熟することなく枝を離れた蜜柑は、本来の香りを持つことができないんだ』そう言った。それでも俺は、彼の思いが成就されることを願っている。決して叶うことのない俺の分まで、男には幸せになって欲しかった)
「この男とは、何度も会ってる。あと、SNSの男」
 何度も読み返すが、身体的な特徴も、名前も書かれてはいない。万が一、誰かに読まれた場合を考えてのことだろう。
 武はなぜ、死を選ばなければならなかったのか。叶わぬ恋のために、人は死ねるものなのか。
 明には理解できなかった。武がこの世からいなくなって以来、人に興味を失った。自他共に認めるブラコンで、誰よりも武が好きだったのだ。大学が忙しいからと、引っ越しを決めた時にも、付きまとって、家に留まるよう説得した。にも関わらず、武は出て行き、ほとんど家には戻らなかった。忙しいから。と言っていたのに、男と遊ぶ時間はあったのか。明の心の中には、怒りと、虚しさと、悲しみしか存在しない。
 明は知りたかった。武が死を覚悟した時、自分はその心の中にいたのかどうかを。
「あ」
(彼と同じ中学の制服を着た少年を見た。彼とは全く似ても似つかぬ子だったが、一時間経った今でも、胸の高鳴りがやまない。まだ彼を忘れていない。
 いや、わかっていた。俺は彼を忘れることなどできない。狂いそうなこの思いを告げて、彼に軽蔑されるよりは、留学でもっと距離を取るか、あるいは、もっと遠く、一生会わずにすむ方法を選ぶか。
 本当に狂ってしまうまで、もう時間は残されていないだろう)
「中学生?」
 日付を確認すると、三年前。武が自殺する二日前。
 「二十代後半の半分ってことは、中学生だ」
 武が何度も関係を結び、思いが成就することを願ったのは、想い人が中学生という共通点があったためだろうか。
 しかし、武は当時、二十二歳。二十代後半の男に比べれば、まだ、ましに思える。なぜ、男は良くて、武はだめだったのか。
「真実を知るためには、答えのある場所に行かなければならない」
「Yes or No」
   明は小さく呟いた。
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