上 下
23 / 24

18.「宵闇に憂う。」

しおりを挟む
12月の宵の口。早い時間であるが、すでに外は暗い。
つい数時間前まで石畳の上を帰路につく生徒達が行きかうざわめきで賑やかだったこの界隈。


だが、今は文化祭関係者が時折通り過ぎるのみである。


ここは教職員棟近くのカフェテリア。
昼は絶品のケーキと軽食、夜はアルコールも提供されるレストランになる隠れ家的な場所だ。


間接照明で雰囲気のある店内に着信音が響く。


窓際の端のテーブルに陣取った二人組、その1人ライオネル・ヴァーノンはズボンのポケットにいれていたスマホを取り出した。


着信の在ったメッセージの内容を確認する。
今学園を震わせている渦中の二人のゴシップメールのようだ。


「やるよね、ソーン。あんなことができるやつとは思わなかったわ。正直見直した。昨日も寮でしでかしたんだろ?」

「らしいね。寮生から聞いた」


ライオネルの向かいに座り、もくもくと肉を口に運んでいたイビスは秀麗な眉をゆがめた。


文化祭直前のここ数日。
当然実行委員であるイビスも遅くまで作業をしている。

昨夜もどろどろに疲れて寮に戻るとすぐに寮生たちの報告会が始まったのである。


「僕も疲れてるんだからね、勘弁して欲しいわ」

「同情するよ、イビス」


ライオネルは芝居がかった仕草でイビスを慰めると、「麗しのイビス・アイビン卿に乾杯!」と一気にエールを飲み干した。


デイアラでは18歳で成人だ。
成人になることで色々な権利が許され義務もまた課せられる。


納税の義務、参政権、そして結婚……飲酒。


グレンロセス王立学園は中等教育学校ではあるが、自己責任を基に生徒の自立と自制を尊重している。


よって最高学年で成人に達する生徒の権利施行に対しては寛容だ。
飲酒も然り(ただし敷地内の飲酒に関しては許可の在るカフェテリアでのみ認めている。)


――とはいえ法令で定められていても、本音と建前があるわけで。


貴族階級や労働者階級でも富裕層が大半の生徒にとって、特に7年生となるとアルコールはもう飲みなれた物である。


イビスよりも一足先に成人を迎えたライオネルの前には2杯目のエールが置かれた。


「マジで絶妙なタイミングだったな。事が起こる前に全校に宣言したわけだから。あれやられて手だそうなんて奴いないよな。守護者カレンも絶賛してたわ」


テオフィルスのことだ。
あれは計算ずくだよね。
全ての条件をそろえた上での結果だよね。
当然。


イビスはそう確信していた。


雑談ついでに殿下にエマの写真を見られたと洩らしただけだが、その情報だけでも機運が高まったと判断したのだろう。


「テオフィルスは昔からエマしか見てなかったからね。何かきっかけがあれば動くだろうとは思ってた。……きっかけが殿下だってことは、ちょっとため息しか出ないけど」


「まぁこれであの殿下も下手には動けない。よかったじゃん、妹が殿下の女性遍歴カタログの1ページになる事もなくなったし。ソーンやカレンがデイアラ王家相手に暴れることもない」


「そこはね、安心したけどさ」


イビスは心底うんざりした顔をした。


「……テオフィルスは僕にとっても幼馴染なんだよね。気心しれた幼馴染が、全力で妹を口説いているのを眼前で見せられる地獄って、レオ分かる?」

「あ~それ、わかりたくもない……イビス、ほら“妹夫妻”だ」


ライオネルの指の動きに合わせて窓の外に視線を動かすと、エマとテオフィルスが紙筒をいくつか持ち――文化祭実行委員の事務室に向かうのだろうか――事務所の入った棟に向かい歩いていた。


空いた手はしっかり繋がれている。


ゴシップの発端となった例のカフェテラス案件のように密着はしておらず、今夜は適度な距離があった。


エマが怒ったように小声で何か言うとテオフィルスは意に介さない様子で笑いかけた。

ますます逆上しつっかかっていき、一言二言返される。
と今度は街灯の明かりしかない中でも判別できるほど派手に赤面した。
 

二人は兄が覗いていることなど気づいていないようだ。


……きっとクソ恥ずかしいやつ言われたな。
てかさ、あいつらには節度というものはどこいったんだ。


イビスは頭を抱えた。
その姿にライオネルは大爆笑する。


「やばい、まさに地獄だな」


笑いが止まらない親友を、イビスは肉を突き刺したままのフォークを向け、


「明日は我が身だ。レオ」

「お前、カレン口説くの?」


「は? お前の妹を? 見た目は可愛いけどあんな猛獣趣味じゃないよ。残念だったね」


外見は誰もが振り返るたおやかな美少女のカレンは、実のところ実業界を牛耳るヴァーノン商会で鍛えられたサラブレットである。
並大抵のことでは揺るがない胆力は賞賛に値するほどだ。


「猛獣然りだな!! カレンなら殿下程度なら手のひらで転がせるのになぁ。カレンの見た目、殿下の好みじゃん?」


ライオネルは心にも無いことをさも残念そうに言った。


付け合せのサラダを食べながらイビスは胸がチリつくのを感じる。


――いや。殿下はこれで引き下がるお方だったか?


イビスとウィンダム第二王子との付き合いは学園に入学して以来になる。
もう7年だ。

ライオネルと共に他のどの学友よりも近くで殿下と向き合ってきた。
殿下の性格も性癖も、おそらく王室の殿下付き従者《ヴァレット》よりも見知ってるはずだ。


幾多の恋愛(といえるのか分からないが)を経て確信した事があるじゃないか。



――殿下は他人のモノを奪うのがお好きだ。


誰かの妻、誰かの婚約者、誰かの恋人。


フリーの相手よりも、より制約がかかり大きな罪になる恋の方が、明らかに殿下は盛り上がっていた。


週末に迫る文化祭と後夜祭。
イビスは何か不吉な予感がしてならない。


エマの身に何も起こらなきゃいいけどな……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

処理中です...