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閑話「イビス・アイビンの憂鬱」
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※閑話になります。エマの兄イビス目線の話です。
エマからメールが届いたのは、文化祭の準備が一段落して、カフェテリアで一息ついているときだった。
テーブルの上におきっぱなしだったスマホに着信音と同時にポップアップメッセージが表示されると、一緒にカフェに来ていた仲間の注目が集まった。
いつもは放置するのだがこうも注視されると無視するわけにも行かず、仕方なくスマホを手に取る。
「はぁ? エマ?」
メール登録された名前を見て思わず声が出た。
兄妹であるが寮も同じで毎日顔をあわすのでメールはほぼつかわない。
このメールも半年振りくらいに届いたものだった。
何か急用なのだろうか?
「エマってイビスの妹のか? 今5年だったか」
自分の隣に座っている青年、このデイアラ王国現国王の次男ウィンダム王子が、カフェラテを口に運びながら言った。
自分、イビス・アイビンは、この国の王位継承権第4位のこの貴公子の“ご学友”である。
まぁ言い方変えれば、友人とか側近だとか取り巻きとかその辺り。
「ええ。久しぶりにメールが来ました」
ロックを解除しメールをひらくと、着飾ったドレス姿のエマの写真と感想を求めるメッセージがあった。
後夜祭の晩餐会で着るドレスらしい。
ストレートの髪をゆるく結い上げ、肩と背中が大きく開いた美しいラインのドレスは程よく鍛えられたエマに似合っている。
年齢よりもずいぶん大人っぽく見えるが、本人の雰囲気に合っていてなかなかのものだ。
「へぇ美人じゃないの」
殿下がスマホの画面を覗き込んだ。
「まぁ僕の血のつながった妹ですからね。美形でないわけが無いです。本人は不細工だとかコンプレックス持っているようですが」
「確かにね。イビスにコンプレックスを抱くのは理解できるが、同じ血で不器量とかはありえないよな。“神の如く”の栄光は妹まで続くのかぁ。モーベン男爵家はつくづく神に祝福された家ってことだな。……なぁイビス、俺的に美人はほっときたくないんだけどさ、紹介してくれない?」
ウィンダム王子は現国王の次男であるのにも関わらず王位継承権第4位という、現代では即位の可能性の全く無い立ち位置である。
その立場の気楽さからか学園での学生生活を満喫している。
俗な言葉でいえば“遊びまくっている”のだ。
今の王室では結婚相手は必ずしも政略結婚というわけではなく、貴族・労働者階級から自由恋愛で選ぶ。
それを言い訳にそれはもう幅広く女性と付き合っていた。
……この件では自分も殿下のことをとやかく言える立場ではないけどさ。
自分から見てもちょっと殿下は迂闊に動きすぎな感もあるんだよね。
落とし胤が出てくるのも時間の問題であるような気がする……。
今上がお気の毒でならない。
国民に知られたら大スキャンダルな奔放さは側で見ている分は面白いが、ほんっと王族の下半身事情などに関わるもんじゃないなぁと身にしみる。
――だから自分が殿下の学友であろうと、侍従関係であろうと、妹を殿下と引き合わす気はない。
エマはあの妖精事件以来、どこか浮ついた考えをするようになったが、モーベン人が誇るべき善良な気質を残した大切な妹であることに変わりはない。
首都住まいである生粋の都会人であり遊び人の殿下と関わって傷つけられない保障はないのだ。
それに、もしも何かあったとしたらエマの周りの人間は決して殿下を許さないだろう。
”周りの人間”がどんな嵐を巻き起こすか考えただけでもうんざりする。
ほら、とばっちり受けたくないよね?
自分に咎がないのに色々ダメージ受けたくない。
人生安泰にいきたい。
「殿下はデイアラを崩壊させるご覚悟はおありですか?」
エマのメールに返信し、スマホを制服のジャケットのポケットに片付けると、殿下へ向き合った。
「自分の妹ながらおこがましいですが、エマには強靭な騎士と守護者がいます。彼らは国家や王族に対してとても従順ではありますが、それらに価値を見出さない人間です。もしもエマに何かあったら、デイアラに大打撃を与えるくらいのことをやりかねません」
「ハハハ、さすがに女1人のためにそこまでの覚悟は無いなぁ……しかし、すごいね、お前の妹は。ただの男爵令嬢とは思えないね」
「全くもって、兄としても驚く限りです」
ここグレンロセス王立学園は7年の間同じ敷地内で生徒がすごす。
閉ざされた学園で恋愛に興味がある男女が長い間過ごすわけだ。
貞操観念が緩い上流階級が多いここは恋愛ゴシップに事欠かない環境なんだよね。
ただし5年以上の男子生徒の間ではある不文律がある。
それは1~4年の女子生徒には手を出さないこと。
女子生徒の方から望めばその限りではないが、18歳が11歳手をだすのはモラル的にどうなのかという自省から決められたものだ。
ただそれも4年まで。
5年になると不文律も適用されなくなる。
エマの自己評価は低いが、実際の見た目は良い。
モーベンで育った肢体はしなやかだし健康的だ。
たまにおかしな事を口走るが、二心がなく明るいところは陰鬱な上流階級にはとても魅力的でもある。
尚且つ恋愛に対して訳の分からない積極性もある。
つまりは不埒な男どもの格好のターゲットだということ。
それでもエマが今まで無事で居られたのは不文律で守られていたというのもあるが、ほとんどは、
騎士と守護者が秘密裏に手を回し排除していたから、
らしい。
気づいたときは戦慄したよね。
もちろん彼らも5年になれば守りきれなくなるということには気づいている。
エマが口説かれて了承したらどうしようもないからね。
愚妹は押しには弱い。
決して表に出ようとしなかった騎士が最近になって人目もはばからず動きだしたのは、満を持してというところだろうけど、結局のところ想いに耐えられなくなったのかもしれない。
兄として感情的には気持ちが良いもんじゃないよな。複雑ってやつだ。
なぁテオフィルス。
……どうせ誰にも渡す気ないんだろ?
頑張って世間の好色漢から僕の大事な妹を守ってやって。
こっちはこの王子を抑えるからね。
あぁでも今まではなんとか隠し通すつもりだったけどさ、失敗しちゃったよね。
もう知られちゃったからやばいかも。
全力で口説きまわるはずだよ。王子はハードルが高ければ高いほどチャレンジしちゃうタイプだし。
王子を抑えられなかったらごめんね?
エマからメールが届いたのは、文化祭の準備が一段落して、カフェテリアで一息ついているときだった。
テーブルの上におきっぱなしだったスマホに着信音と同時にポップアップメッセージが表示されると、一緒にカフェに来ていた仲間の注目が集まった。
いつもは放置するのだがこうも注視されると無視するわけにも行かず、仕方なくスマホを手に取る。
「はぁ? エマ?」
メール登録された名前を見て思わず声が出た。
兄妹であるが寮も同じで毎日顔をあわすのでメールはほぼつかわない。
このメールも半年振りくらいに届いたものだった。
何か急用なのだろうか?
「エマってイビスの妹のか? 今5年だったか」
自分の隣に座っている青年、このデイアラ王国現国王の次男ウィンダム王子が、カフェラテを口に運びながら言った。
自分、イビス・アイビンは、この国の王位継承権第4位のこの貴公子の“ご学友”である。
まぁ言い方変えれば、友人とか側近だとか取り巻きとかその辺り。
「ええ。久しぶりにメールが来ました」
ロックを解除しメールをひらくと、着飾ったドレス姿のエマの写真と感想を求めるメッセージがあった。
後夜祭の晩餐会で着るドレスらしい。
ストレートの髪をゆるく結い上げ、肩と背中が大きく開いた美しいラインのドレスは程よく鍛えられたエマに似合っている。
年齢よりもずいぶん大人っぽく見えるが、本人の雰囲気に合っていてなかなかのものだ。
「へぇ美人じゃないの」
殿下がスマホの画面を覗き込んだ。
「まぁ僕の血のつながった妹ですからね。美形でないわけが無いです。本人は不細工だとかコンプレックス持っているようですが」
「確かにね。イビスにコンプレックスを抱くのは理解できるが、同じ血で不器量とかはありえないよな。“神の如く”の栄光は妹まで続くのかぁ。モーベン男爵家はつくづく神に祝福された家ってことだな。……なぁイビス、俺的に美人はほっときたくないんだけどさ、紹介してくれない?」
ウィンダム王子は現国王の次男であるのにも関わらず王位継承権第4位という、現代では即位の可能性の全く無い立ち位置である。
その立場の気楽さからか学園での学生生活を満喫している。
俗な言葉でいえば“遊びまくっている”のだ。
今の王室では結婚相手は必ずしも政略結婚というわけではなく、貴族・労働者階級から自由恋愛で選ぶ。
それを言い訳にそれはもう幅広く女性と付き合っていた。
……この件では自分も殿下のことをとやかく言える立場ではないけどさ。
自分から見てもちょっと殿下は迂闊に動きすぎな感もあるんだよね。
落とし胤が出てくるのも時間の問題であるような気がする……。
今上がお気の毒でならない。
国民に知られたら大スキャンダルな奔放さは側で見ている分は面白いが、ほんっと王族の下半身事情などに関わるもんじゃないなぁと身にしみる。
――だから自分が殿下の学友であろうと、侍従関係であろうと、妹を殿下と引き合わす気はない。
エマはあの妖精事件以来、どこか浮ついた考えをするようになったが、モーベン人が誇るべき善良な気質を残した大切な妹であることに変わりはない。
首都住まいである生粋の都会人であり遊び人の殿下と関わって傷つけられない保障はないのだ。
それに、もしも何かあったとしたらエマの周りの人間は決して殿下を許さないだろう。
”周りの人間”がどんな嵐を巻き起こすか考えただけでもうんざりする。
ほら、とばっちり受けたくないよね?
自分に咎がないのに色々ダメージ受けたくない。
人生安泰にいきたい。
「殿下はデイアラを崩壊させるご覚悟はおありですか?」
エマのメールに返信し、スマホを制服のジャケットのポケットに片付けると、殿下へ向き合った。
「自分の妹ながらおこがましいですが、エマには強靭な騎士と守護者がいます。彼らは国家や王族に対してとても従順ではありますが、それらに価値を見出さない人間です。もしもエマに何かあったら、デイアラに大打撃を与えるくらいのことをやりかねません」
「ハハハ、さすがに女1人のためにそこまでの覚悟は無いなぁ……しかし、すごいね、お前の妹は。ただの男爵令嬢とは思えないね」
「全くもって、兄としても驚く限りです」
ここグレンロセス王立学園は7年の間同じ敷地内で生徒がすごす。
閉ざされた学園で恋愛に興味がある男女が長い間過ごすわけだ。
貞操観念が緩い上流階級が多いここは恋愛ゴシップに事欠かない環境なんだよね。
ただし5年以上の男子生徒の間ではある不文律がある。
それは1~4年の女子生徒には手を出さないこと。
女子生徒の方から望めばその限りではないが、18歳が11歳手をだすのはモラル的にどうなのかという自省から決められたものだ。
ただそれも4年まで。
5年になると不文律も適用されなくなる。
エマの自己評価は低いが、実際の見た目は良い。
モーベンで育った肢体はしなやかだし健康的だ。
たまにおかしな事を口走るが、二心がなく明るいところは陰鬱な上流階級にはとても魅力的でもある。
尚且つ恋愛に対して訳の分からない積極性もある。
つまりは不埒な男どもの格好のターゲットだということ。
それでもエマが今まで無事で居られたのは不文律で守られていたというのもあるが、ほとんどは、
騎士と守護者が秘密裏に手を回し排除していたから、
らしい。
気づいたときは戦慄したよね。
もちろん彼らも5年になれば守りきれなくなるということには気づいている。
エマが口説かれて了承したらどうしようもないからね。
愚妹は押しには弱い。
決して表に出ようとしなかった騎士が最近になって人目もはばからず動きだしたのは、満を持してというところだろうけど、結局のところ想いに耐えられなくなったのかもしれない。
兄として感情的には気持ちが良いもんじゃないよな。複雑ってやつだ。
なぁテオフィルス。
……どうせ誰にも渡す気ないんだろ?
頑張って世間の好色漢から僕の大事な妹を守ってやって。
こっちはこの王子を抑えるからね。
あぁでも今まではなんとか隠し通すつもりだったけどさ、失敗しちゃったよね。
もう知られちゃったからやばいかも。
全力で口説きまわるはずだよ。王子はハードルが高ければ高いほどチャレンジしちゃうタイプだし。
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