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2.「異世界に転生しました」
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「ダザイオサム!! ダザイオサムだ!!!」
私はスプリングの効いたベッドから身を起こしながら叫んだ。
静まり返った真夜中の屋敷に、異国の聞き覚えのない言葉が響き渡る。
重厚な石造りの簡素としか例え様がない屋敷に、その声は明らかに大きすぎたようだ。
屋敷中の電灯がつけられると、離れたところから慌てて走り出す複数の足音がし、私を呼ぶ声とともに大げさな音をたてて樫のドアが開いた。
「エマ!! エマ!! どうしたの??」
やや高めの心地のいい少年の声がする。
私は声のほうを向いた。
室内灯はつけられたばかりらしく、まだ薄暗いままだが、声の主は誰かすぐに分かった。
淡い光を背に光を反射する金色の髪とさわやかに整った顔の輪郭が浮かぶ。
「イビス兄さま」
2歳離れた次兄だ。
数年後には美しく男らしくなろうと思われるその姿も、今はまだ背だけが高い。
線の細い少年だ。
いつもであれば思春期の大人でもなく子どもでもない独特の危うさに見惚れるのだが、今の私はそれどころではなかった。
次々と見知らぬ言葉が頭に浮かぶ。
「おにいさま、あれ、ダザイオサムだったの! 私、忘れてたの。どうしてわすれてたんだろう?!」
ベッドに腰をかけながら震える私の背中をさする兄に向かって言う。
ダザイオサム。
そうだ、ダザイオサム。
はっきり記憶にある。
あれは誰が書いたのか、ニホンのブンゴウ・ダザイオサムだ。
わかる。わかるのに、
――ニホンというのはそもそもなに??
それに、言葉の響きも。
とても不思議な耳慣れない響きがする。
ダザイオサムというのはきっと人名であろうということは想像がつくが、全く意味が分からない。
家名や名前があるのかも、ダザイオサムは個人の名前かそうでないのかも。
アクセントは?
センテンスはどこで切る?
ああ、分からない。
けれど唐突にはっきりと頭にうかぶのだ、ダザイオサムと。
「そうだ、ハジノオオイショウガイヲオクッテキマシタ。あの恥の多い生涯の人は、ダザイオサム。……え、ダザイオサムって誰なのよ?! 私は何をいってるの?! あれ?? え?? なに?!」
「は? ハ・ジ?? ダザ……?? エマ、何をいっている??」
「何か急にね、出てくるの。頭の中に。ハジノオオイショウガイヲオクッテキマシタだよ! ニンゲンシッカク、うん、ニンゲンシッカク。何かはわかんないの。何の意味かもわかんないの。ああ、本当によくわかんない。でも知ってるの! わかんないけど、知ってるの……」
私は聞いた事もない未知の言葉を吐きつつ錯乱する。
その様子を見て、兄に続いて部屋に入ってきた壮年の男性と、繊細な刺繍の施された絹のガウンを着た女性は深い困惑を顔に浮かべていた。
「あなた、エマは何を言ってるのかしら? どこかの国の言葉? それとも祝詞かなにかかしら?……明日スミス先生に診ていただいたほうがいいかしらね?」
ガウンの女性、私の母は隣で顎に手をあてて唖然としている父を見上げた。
「聞いた事のない言葉だが、いや言葉というのすら判断できぬがな……どこぞの何かすら見当もつかん。かといってあのエマが心を病んでしまったとは思えんが……」
大抵の事には動じない父も当惑顔である。
「お父さま。お母さま。わたし……わ……」
「エマ、落ち着いて? ほら深呼吸してみよう?」
要領を得ないままの落ち着かない私の背をゆっくりとさすりながら、兄・イビスは優しくささやいた。
私の頬に涙が伝う。
いつの間にか泣いてしまったようだ。
「イビス兄さま、ニホンなの。ニホンって何だかわからない。わからないんだけど……ニホンゴなの。何か大事なことなの。私に……」
「エマ・アイビン、かわいい娘」
父が私の前に跪き、手を握ってくれた。
農作業で硬く荒れた手。
私は大好きだった。
「大丈夫だよ。お前の家族はここにいる。怖がることはない」
「おとおさま……」
涙が止まらなかった。
兄は幼い子を諭すように私のほほを伝う涙をぬぐい、
「怖い夢でもみたのかもしれないね。きっと混乱してるんだよ。飲み物取ってきてあげよう。落ち着くからね。ちょっとまってて」
と告げ母と入れ替わると足早に部屋をでた。
ベッドに座った母がそっと私を抱きしめた。
「大丈夫よ、エマ。昨日お誕生日のパーティがすばらしかったから、まだ脳が興奮しちゃってるのかもしれないわ。10歳のお誕生日は特別だったものね。久しぶりにマクダナルのお爺様にもお会いしたし、従兄弟たちともたくさんお話ししたし。あぁ、ソーン男爵のところのテオも来てたわね。エマはものすごくはしゃいでた。疲れちゃったのね」
母の言葉を聞くと、なんだか本当に疲れてきた。
私は母に抱きついた。
あぁ、少し甘い森と土の香りがする。
気持ち良い、お母様の香りだ。本当落ち着く。
10歳の誕生日は特別だ。
盛大にお祝いする習慣がこの国にはある。
屋敷の庭にテントをはって、たくさんのごちそうとたくさんのお客様がいてお祭りのような華やかさだった。
お父様が奮発して大道芸人も雇ってくれた。
マクダナルのおじい様、従兄弟たち、ソーン男爵、テオ。
――ん?
男爵?
確か貴族の称号よね?
えっ、貴族?
「おかあさま……私は……」
私は母の腕の中から顔をあげた。
私は、そう、エマ・アイビン。
エルシディアという大陸にあるデイアラ王国。
その僻地・モーベン地方を治める第7代モーベン男爵ジャック・アイビンの末娘。
突然理解した。
そうか、私は転生したのね。
斉藤優奈はエルシディアという異世界に。
私はスプリングの効いたベッドから身を起こしながら叫んだ。
静まり返った真夜中の屋敷に、異国の聞き覚えのない言葉が響き渡る。
重厚な石造りの簡素としか例え様がない屋敷に、その声は明らかに大きすぎたようだ。
屋敷中の電灯がつけられると、離れたところから慌てて走り出す複数の足音がし、私を呼ぶ声とともに大げさな音をたてて樫のドアが開いた。
「エマ!! エマ!! どうしたの??」
やや高めの心地のいい少年の声がする。
私は声のほうを向いた。
室内灯はつけられたばかりらしく、まだ薄暗いままだが、声の主は誰かすぐに分かった。
淡い光を背に光を反射する金色の髪とさわやかに整った顔の輪郭が浮かぶ。
「イビス兄さま」
2歳離れた次兄だ。
数年後には美しく男らしくなろうと思われるその姿も、今はまだ背だけが高い。
線の細い少年だ。
いつもであれば思春期の大人でもなく子どもでもない独特の危うさに見惚れるのだが、今の私はそれどころではなかった。
次々と見知らぬ言葉が頭に浮かぶ。
「おにいさま、あれ、ダザイオサムだったの! 私、忘れてたの。どうしてわすれてたんだろう?!」
ベッドに腰をかけながら震える私の背中をさする兄に向かって言う。
ダザイオサム。
そうだ、ダザイオサム。
はっきり記憶にある。
あれは誰が書いたのか、ニホンのブンゴウ・ダザイオサムだ。
わかる。わかるのに、
――ニホンというのはそもそもなに??
それに、言葉の響きも。
とても不思議な耳慣れない響きがする。
ダザイオサムというのはきっと人名であろうということは想像がつくが、全く意味が分からない。
家名や名前があるのかも、ダザイオサムは個人の名前かそうでないのかも。
アクセントは?
センテンスはどこで切る?
ああ、分からない。
けれど唐突にはっきりと頭にうかぶのだ、ダザイオサムと。
「そうだ、ハジノオオイショウガイヲオクッテキマシタ。あの恥の多い生涯の人は、ダザイオサム。……え、ダザイオサムって誰なのよ?! 私は何をいってるの?! あれ?? え?? なに?!」
「は? ハ・ジ?? ダザ……?? エマ、何をいっている??」
「何か急にね、出てくるの。頭の中に。ハジノオオイショウガイヲオクッテキマシタだよ! ニンゲンシッカク、うん、ニンゲンシッカク。何かはわかんないの。何の意味かもわかんないの。ああ、本当によくわかんない。でも知ってるの! わかんないけど、知ってるの……」
私は聞いた事もない未知の言葉を吐きつつ錯乱する。
その様子を見て、兄に続いて部屋に入ってきた壮年の男性と、繊細な刺繍の施された絹のガウンを着た女性は深い困惑を顔に浮かべていた。
「あなた、エマは何を言ってるのかしら? どこかの国の言葉? それとも祝詞かなにかかしら?……明日スミス先生に診ていただいたほうがいいかしらね?」
ガウンの女性、私の母は隣で顎に手をあてて唖然としている父を見上げた。
「聞いた事のない言葉だが、いや言葉というのすら判断できぬがな……どこぞの何かすら見当もつかん。かといってあのエマが心を病んでしまったとは思えんが……」
大抵の事には動じない父も当惑顔である。
「お父さま。お母さま。わたし……わ……」
「エマ、落ち着いて? ほら深呼吸してみよう?」
要領を得ないままの落ち着かない私の背をゆっくりとさすりながら、兄・イビスは優しくささやいた。
私の頬に涙が伝う。
いつの間にか泣いてしまったようだ。
「イビス兄さま、ニホンなの。ニホンって何だかわからない。わからないんだけど……ニホンゴなの。何か大事なことなの。私に……」
「エマ・アイビン、かわいい娘」
父が私の前に跪き、手を握ってくれた。
農作業で硬く荒れた手。
私は大好きだった。
「大丈夫だよ。お前の家族はここにいる。怖がることはない」
「おとおさま……」
涙が止まらなかった。
兄は幼い子を諭すように私のほほを伝う涙をぬぐい、
「怖い夢でもみたのかもしれないね。きっと混乱してるんだよ。飲み物取ってきてあげよう。落ち着くからね。ちょっとまってて」
と告げ母と入れ替わると足早に部屋をでた。
ベッドに座った母がそっと私を抱きしめた。
「大丈夫よ、エマ。昨日お誕生日のパーティがすばらしかったから、まだ脳が興奮しちゃってるのかもしれないわ。10歳のお誕生日は特別だったものね。久しぶりにマクダナルのお爺様にもお会いしたし、従兄弟たちともたくさんお話ししたし。あぁ、ソーン男爵のところのテオも来てたわね。エマはものすごくはしゃいでた。疲れちゃったのね」
母の言葉を聞くと、なんだか本当に疲れてきた。
私は母に抱きついた。
あぁ、少し甘い森と土の香りがする。
気持ち良い、お母様の香りだ。本当落ち着く。
10歳の誕生日は特別だ。
盛大にお祝いする習慣がこの国にはある。
屋敷の庭にテントをはって、たくさんのごちそうとたくさんのお客様がいてお祭りのような華やかさだった。
お父様が奮発して大道芸人も雇ってくれた。
マクダナルのおじい様、従兄弟たち、ソーン男爵、テオ。
――ん?
男爵?
確か貴族の称号よね?
えっ、貴族?
「おかあさま……私は……」
私は母の腕の中から顔をあげた。
私は、そう、エマ・アイビン。
エルシディアという大陸にあるデイアラ王国。
その僻地・モーベン地方を治める第7代モーベン男爵ジャック・アイビンの末娘。
突然理解した。
そうか、私は転生したのね。
斉藤優奈はエルシディアという異世界に。
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