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第4章:婚約しちゃいました!
62.知らない女。
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「ライト! ライト家ってあのライトで間違いないの?」
お母様がふらりとよろめきました。
オーウェンは素早く腕を差し出し、お母様を支えると穏やかに頷きました。
「ええ、奥様の想像している家で間違いないかと」
「まぁまぁ、なんてことでしょう! 大変だわ! さぁお入りになって。ダイナ、私は先に戻るわね。……ライトさんをご案内して差し上げて」
お母様は慌てふためいて屋敷に戻っていきました。
私はお母様の背中がドアに吸い込まれたのを見計らい、口を開きました。
「オーウェン。馬車で待っててって言ったのにどうして来たの?」
「言っただろ? ダイナと離れたくなかったからね。二人の時間は一瞬も無駄にしたくないんだ」
オーウェンは甘い言葉を紡ぎ、飄々とはぐらかします。
本心は別にありそうです。
私の大好きな人はいつもこう。肝心なところは教えてくれないのです。ちょっとむかつきます。
「もう。言いたくないのならいいわ。……ね。お母様、ライトのこと知ってたわね。意外だった」
「何が? 当然だろ。ダイナのお母さんはフェルトンの出だろ? この国で商売しててラーケンを知らないとか許されないさ」
「言われてみれば、そうかも」
お母様の実家はフェルトン準男爵家。
代々商売をしている家門です。
ですので商人の常識として、例え女性でもラーケンに連なる家系の把握は必須であるはずです。
娘時代、お母様も教育を受けていたのでしょう。
ただ家業の教育を受けたのにお母様には商人としての才覚がまるでないのは、娘としてがっかりです。
少しでも目鼻がきけば、ベネットがこんなことにはならないはずでした。
屋敷の無惨な姿を晒すこともなかったのです。
(こんな貧乏で、オーウェンに嫌われないかな……)
私はオーウェンの腕に自分の腕を絡め、そしてしっかりと手を繋ぎます。
オーウェンは何も言わず、指を絡め握り返してくれました。
(ううん、オーウェンなら、きっと大丈夫。幻滅されることはない、はず……)
祈るような気持ちを胸に抱え、私は玄関へ向かいました。
屋敷の中は、幸いなことに外観ほどは荒れてはいませんでした。
見苦しくない程度には掃除され、整えられています。
ただ、私がいた頃よりも家具や調度品が幾分減っているようです。
玄関ホールに置かれていた年代物のオークのキャビネットや、有名な画家の一品(家宝でした!)がなくなっていました。
おそらく手放してしまったのでしょう。
侍女のお給金はほとんど仕送りしていたのに、それでも家宝を人手に渡すほど生活が厳しいということは……。
この3年で私の知らない“かなりの額の出費“があった、ということです。
なんてことでしょう。
私は応接室に向かいながら、お母様に訊きます。
「お母様、お父様は?」
「首都にね、出かけてるのよ。フェルトンの家にね」
(……そういうことね。これいつものパターンだ)
私は過去何度があった出来事を思い出しました。
お父様は何度失敗しようがへこたれない強メンタル&強心臓の持ち主です。
過去に幾つかビジネスを潰したことがあります。
お父様がフェルトンお祖父様に会いに行ったということは、資金援助のお願いに行ったのです。
きっとまた何かしらの商売に手を出すつもりなのです。
思いついては起業し失敗するまでがセットだというのに。懲りないというか。
いつまでたっても夢だけは見続ける幸せな人なのですが、いい年ですし、そろそろ現実を見ても良いと思います。
家財が減っている理由もそれかと納得しました。
「せっかくお休みをとってまで帰ってきてくれたのに。ごめんなさいね、ダイナ。知ってたら引き止めていたのに」
「ううん。連絡なしで来たのだから、私もいけなかったの」
私たちが応接室に入ると同時に、女中がティーセットを運び入れました。
ここ一番・勝負用のティーセットが並べられます。
これは売らずに残されていたようです。よかった。
お母様は女中を下がらせ、自ら茶を淹れました。
いつものだらっとしたお母様とは違う、テキパキとした凛々しい姿にびっくりです。こんなお母様見たことありません。
お母様はオーウェンに着座を勧め、
「ライトさんにも申し訳ないわ。せっかく遠いところを来ていただいたのに、主人がいないなんて。……今日はダイナとの結婚の挨拶に来たのでしょ?」
え?
結婚のケの字も言っていないのに!
今お母様は結婚のご挨拶と言いましたよね??
婚約の許可ではなく、挨拶。これってもう決定してるのよね? なニュアンスがあるじゃないですか!
さすが母親です。お見通しなのですね。
まぁ疎遠な娘が男性を連れて来てるってことはそれしかないといえば、そうなのですけどね。
対してオーウェンはティーカップを持ち上げ、落ち着いた様子で紅茶を啜ります。
「おっしゃる通りです。結婚の報告に参りました。男爵にお会いすることは叶いませんでしたが、男爵夫人とお話をできただけでも幸運でした」
「あら。嬉しいことを言ってくださるのね」
お母様は少し間をおき、
「ところで、ライトさん。アメリア様はお元気かしら?」
(アメリア?)
聞いたことのない名前です。
オーウェンの眉間に一瞬、皺がよります。
お母様がふらりとよろめきました。
オーウェンは素早く腕を差し出し、お母様を支えると穏やかに頷きました。
「ええ、奥様の想像している家で間違いないかと」
「まぁまぁ、なんてことでしょう! 大変だわ! さぁお入りになって。ダイナ、私は先に戻るわね。……ライトさんをご案内して差し上げて」
お母様は慌てふためいて屋敷に戻っていきました。
私はお母様の背中がドアに吸い込まれたのを見計らい、口を開きました。
「オーウェン。馬車で待っててって言ったのにどうして来たの?」
「言っただろ? ダイナと離れたくなかったからね。二人の時間は一瞬も無駄にしたくないんだ」
オーウェンは甘い言葉を紡ぎ、飄々とはぐらかします。
本心は別にありそうです。
私の大好きな人はいつもこう。肝心なところは教えてくれないのです。ちょっとむかつきます。
「もう。言いたくないのならいいわ。……ね。お母様、ライトのこと知ってたわね。意外だった」
「何が? 当然だろ。ダイナのお母さんはフェルトンの出だろ? この国で商売しててラーケンを知らないとか許されないさ」
「言われてみれば、そうかも」
お母様の実家はフェルトン準男爵家。
代々商売をしている家門です。
ですので商人の常識として、例え女性でもラーケンに連なる家系の把握は必須であるはずです。
娘時代、お母様も教育を受けていたのでしょう。
ただ家業の教育を受けたのにお母様には商人としての才覚がまるでないのは、娘としてがっかりです。
少しでも目鼻がきけば、ベネットがこんなことにはならないはずでした。
屋敷の無惨な姿を晒すこともなかったのです。
(こんな貧乏で、オーウェンに嫌われないかな……)
私はオーウェンの腕に自分の腕を絡め、そしてしっかりと手を繋ぎます。
オーウェンは何も言わず、指を絡め握り返してくれました。
(ううん、オーウェンなら、きっと大丈夫。幻滅されることはない、はず……)
祈るような気持ちを胸に抱え、私は玄関へ向かいました。
屋敷の中は、幸いなことに外観ほどは荒れてはいませんでした。
見苦しくない程度には掃除され、整えられています。
ただ、私がいた頃よりも家具や調度品が幾分減っているようです。
玄関ホールに置かれていた年代物のオークのキャビネットや、有名な画家の一品(家宝でした!)がなくなっていました。
おそらく手放してしまったのでしょう。
侍女のお給金はほとんど仕送りしていたのに、それでも家宝を人手に渡すほど生活が厳しいということは……。
この3年で私の知らない“かなりの額の出費“があった、ということです。
なんてことでしょう。
私は応接室に向かいながら、お母様に訊きます。
「お母様、お父様は?」
「首都にね、出かけてるのよ。フェルトンの家にね」
(……そういうことね。これいつものパターンだ)
私は過去何度があった出来事を思い出しました。
お父様は何度失敗しようがへこたれない強メンタル&強心臓の持ち主です。
過去に幾つかビジネスを潰したことがあります。
お父様がフェルトンお祖父様に会いに行ったということは、資金援助のお願いに行ったのです。
きっとまた何かしらの商売に手を出すつもりなのです。
思いついては起業し失敗するまでがセットだというのに。懲りないというか。
いつまでたっても夢だけは見続ける幸せな人なのですが、いい年ですし、そろそろ現実を見ても良いと思います。
家財が減っている理由もそれかと納得しました。
「せっかくお休みをとってまで帰ってきてくれたのに。ごめんなさいね、ダイナ。知ってたら引き止めていたのに」
「ううん。連絡なしで来たのだから、私もいけなかったの」
私たちが応接室に入ると同時に、女中がティーセットを運び入れました。
ここ一番・勝負用のティーセットが並べられます。
これは売らずに残されていたようです。よかった。
お母様は女中を下がらせ、自ら茶を淹れました。
いつものだらっとしたお母様とは違う、テキパキとした凛々しい姿にびっくりです。こんなお母様見たことありません。
お母様はオーウェンに着座を勧め、
「ライトさんにも申し訳ないわ。せっかく遠いところを来ていただいたのに、主人がいないなんて。……今日はダイナとの結婚の挨拶に来たのでしょ?」
え?
結婚のケの字も言っていないのに!
今お母様は結婚のご挨拶と言いましたよね??
婚約の許可ではなく、挨拶。これってもう決定してるのよね? なニュアンスがあるじゃないですか!
さすが母親です。お見通しなのですね。
まぁ疎遠な娘が男性を連れて来てるってことはそれしかないといえば、そうなのですけどね。
対してオーウェンはティーカップを持ち上げ、落ち着いた様子で紅茶を啜ります。
「おっしゃる通りです。結婚の報告に参りました。男爵にお会いすることは叶いませんでしたが、男爵夫人とお話をできただけでも幸運でした」
「あら。嬉しいことを言ってくださるのね」
お母様は少し間をおき、
「ところで、ライトさん。アメリア様はお元気かしら?」
(アメリア?)
聞いたことのない名前です。
オーウェンの眉間に一瞬、皺がよります。
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