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第3章:乱れ飛ぶプロポーズ。
51.あなたとなら幸せ。
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何度目かのキスを交わした頃、外から歓声が聞こえて来ました。
イーディス様とカイル殿下のお式が終盤に差し掛かったようです。
私は、ハッと我にかえります。
(ちょっと……待って。私……)
オーウェンと過ごすことに夢中で、すっかり、すっかり!
結婚式のことを忘れてしまっていました。
なんてことでしょう。
晩餐会の準備はもちろんあるのですが、お仕えしている主人の一大事そっちのけで彼氏と楽しんでいた、ということになります。
私事を優先してしまいました。
侍女として不覚……一生の不覚です!
「……微妙な顔してるけど、どうしたの?」
オーウェンは隣に座ったまま、唇が名残惜しいのか私の肩に顔を埋めます。
「ごめん、オーウェン。そろそろ現実に戻らないといけないみたい。一緒にいれることが幸せすぎて、仕事のことすっかり忘れてたの……。お式の間にイーディス様のお召し替えと晩餐会の準備をしなくちゃいけなかったのに、してないわ」
「……そういえば、そうだったな。殿下の結婚式中だった。俺も忘れてたわ」
すごくどうでも良さそうな口調です。
ついこの間まで上司であった方なのに。
「オーウェン、半年前までお仕えしていたご主人なのにその言い方。やけに冷たくない?」
「もう主人じゃないからね。ただの取引先だし。……俺にはダイナの方が大切だよ」
さらりと、さらりと紡がれる言葉に舞い上がりそうになります。
好きな人ってのは特別なのですね。
一つ一つの言葉が輝いているように聞こえるのですから。
ただ、とても甘くて心地いいんですけど。
若干胃もたれが……。
過去の人生でも恋愛は経験していますけど、ダイナとしては初めて。
トータルでみても超久しぶりなので、甘味シャワーにまだ身体が慣れていないようです。
私の葛藤を他所にオーウェンは熱っぽく私の頬に触れてきます。
ちょっとこの辺で止めておかないと、オーウェンはこのまま色々行き着いちゃう勢いです。さすがに職場ではNOと言っていいんじゃないかなと思います。
「オーウェン。ね、仕事しなきゃ。嬉しいけど。我慢しよ?」
「ダイナと一緒だと難しいんだけどな……。まぁでもダイナのキャリアの為だしね。今日はここまででお終いにしとくわ」
オーウェンは意外とあっさり引き下がりました。
鈍くはない人なので室外の様子を察してくれたみたいです。潮時ってところなのでしょう。
ほんの少しの時間でしたけど、活力が一気に貯まりました。
この後の晩餐会に向けて怒涛のお仕度ラッシュも乗り切れそうです。
「あ、そうだ。ダイナにこれ貸してあげるよ」
オーウェンはシャツの襟元から金鎖のネックレスを取り出し、首から外しました。
繊細な金糸を幾重にも束ね、一本一本丁寧に編み込まれたネックレスが、室内の淡い光を受けて煌めきます。
とても優美ですが、男性用にしては華奢すぎるような気がします。
「女性用のネックレス?」
「そう」
オーウェンは私の首にかけながら、微笑みます。
「俺の母親の形見。俺の代わりに持ってて」
「え、お母さんの?? だめだよ。貰えないわ」
「ダイナ、あげるんじゃないよ。貸すんだ。来年、俺と結婚する時に返してくれればいい。それまで大切に持っていて」
オーウェンのお母さんは数ヶ月前に亡くなったばかりです。
そんな大切なものを私に預けるってことは、つまり……。
「婚約の証だよ。とりあえずのね。正式にはおいおい申し込みに行く。その時にはちゃんとしたのを渡すよ。これは、ダイナが俺のものだっていう証……他の男から守るために、ね。離れている間に俺を忘れないように」
(オーウェンが不安になる程、そんなにモテやしないわよ……)
という言葉はぐっと飲み込みました。
十人並みの私が、美女揃いの王宮で、誰かの目に留まることなんてあり得ないのですから。
心配なのはむしろオーウェンの方です。
だってイケメンで名門の大金持ち。そして正式には婚約していない=フリー。
婚活女子の大好物じゃないですか。
お礼に私も何か……と考えましたが、宝石類は何もつけていません(むしろ持ってもいないんですよね)。少し悩みましたが、髪に編み込んでいたリボンを一本抜き取りました。
オーウェンが似合うと褒めてくれたターコイズ色のサテンのリボンに、この慶事に合わせて、大好きな黄色のヒヤシンスの刺繍をしたものです。
「こんなものしかないんだけど」とオーウェンの手首にまきます。
黄色のヒヤシンスの花言葉は「あなたとなら幸せ」。
この意味をわかってくれたらいいな。
ね、オーウェン。
イーディス様とカイル殿下のお式が終盤に差し掛かったようです。
私は、ハッと我にかえります。
(ちょっと……待って。私……)
オーウェンと過ごすことに夢中で、すっかり、すっかり!
結婚式のことを忘れてしまっていました。
なんてことでしょう。
晩餐会の準備はもちろんあるのですが、お仕えしている主人の一大事そっちのけで彼氏と楽しんでいた、ということになります。
私事を優先してしまいました。
侍女として不覚……一生の不覚です!
「……微妙な顔してるけど、どうしたの?」
オーウェンは隣に座ったまま、唇が名残惜しいのか私の肩に顔を埋めます。
「ごめん、オーウェン。そろそろ現実に戻らないといけないみたい。一緒にいれることが幸せすぎて、仕事のことすっかり忘れてたの……。お式の間にイーディス様のお召し替えと晩餐会の準備をしなくちゃいけなかったのに、してないわ」
「……そういえば、そうだったな。殿下の結婚式中だった。俺も忘れてたわ」
すごくどうでも良さそうな口調です。
ついこの間まで上司であった方なのに。
「オーウェン、半年前までお仕えしていたご主人なのにその言い方。やけに冷たくない?」
「もう主人じゃないからね。ただの取引先だし。……俺にはダイナの方が大切だよ」
さらりと、さらりと紡がれる言葉に舞い上がりそうになります。
好きな人ってのは特別なのですね。
一つ一つの言葉が輝いているように聞こえるのですから。
ただ、とても甘くて心地いいんですけど。
若干胃もたれが……。
過去の人生でも恋愛は経験していますけど、ダイナとしては初めて。
トータルでみても超久しぶりなので、甘味シャワーにまだ身体が慣れていないようです。
私の葛藤を他所にオーウェンは熱っぽく私の頬に触れてきます。
ちょっとこの辺で止めておかないと、オーウェンはこのまま色々行き着いちゃう勢いです。さすがに職場ではNOと言っていいんじゃないかなと思います。
「オーウェン。ね、仕事しなきゃ。嬉しいけど。我慢しよ?」
「ダイナと一緒だと難しいんだけどな……。まぁでもダイナのキャリアの為だしね。今日はここまででお終いにしとくわ」
オーウェンは意外とあっさり引き下がりました。
鈍くはない人なので室外の様子を察してくれたみたいです。潮時ってところなのでしょう。
ほんの少しの時間でしたけど、活力が一気に貯まりました。
この後の晩餐会に向けて怒涛のお仕度ラッシュも乗り切れそうです。
「あ、そうだ。ダイナにこれ貸してあげるよ」
オーウェンはシャツの襟元から金鎖のネックレスを取り出し、首から外しました。
繊細な金糸を幾重にも束ね、一本一本丁寧に編み込まれたネックレスが、室内の淡い光を受けて煌めきます。
とても優美ですが、男性用にしては華奢すぎるような気がします。
「女性用のネックレス?」
「そう」
オーウェンは私の首にかけながら、微笑みます。
「俺の母親の形見。俺の代わりに持ってて」
「え、お母さんの?? だめだよ。貰えないわ」
「ダイナ、あげるんじゃないよ。貸すんだ。来年、俺と結婚する時に返してくれればいい。それまで大切に持っていて」
オーウェンのお母さんは数ヶ月前に亡くなったばかりです。
そんな大切なものを私に預けるってことは、つまり……。
「婚約の証だよ。とりあえずのね。正式にはおいおい申し込みに行く。その時にはちゃんとしたのを渡すよ。これは、ダイナが俺のものだっていう証……他の男から守るために、ね。離れている間に俺を忘れないように」
(オーウェンが不安になる程、そんなにモテやしないわよ……)
という言葉はぐっと飲み込みました。
十人並みの私が、美女揃いの王宮で、誰かの目に留まることなんてあり得ないのですから。
心配なのはむしろオーウェンの方です。
だってイケメンで名門の大金持ち。そして正式には婚約していない=フリー。
婚活女子の大好物じゃないですか。
お礼に私も何か……と考えましたが、宝石類は何もつけていません(むしろ持ってもいないんですよね)。少し悩みましたが、髪に編み込んでいたリボンを一本抜き取りました。
オーウェンが似合うと褒めてくれたターコイズ色のサテンのリボンに、この慶事に合わせて、大好きな黄色のヒヤシンスの刺繍をしたものです。
「こんなものしかないんだけど」とオーウェンの手首にまきます。
黄色のヒヤシンスの花言葉は「あなたとなら幸せ」。
この意味をわかってくれたらいいな。
ね、オーウェン。
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