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第3章:乱れ飛ぶプロポーズ。

48.一緒に暮らしませんか?

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「ごめん。ダイナ」

 
 背中にまわされたオーウェンの腕に力が入ります。


「連絡できなくてごめん。辛い思いさせて、ほんとごめんね」


 私はオーウェンの胸に顔を埋めました。

 あぁ、もう限界です。
 耐えに耐えていた涙腺が決壊します。

 泣くとブスになるので、オーウェンには見られたくないけど(乙女心)、どうしようもありません。

 まさかここで会えるとは思わないじゃないですか!
 捨てられた可能性に占められていたのに、そうじゃなかったんですから。

 子供のように泣きじゃくる私を、オーウェンは服が汚れるのも厭わず、抱きしめてくれます。


「ダイナ。大丈夫?」

「大丈夫じゃない。ひどいよ。オーウェン。何で連絡くれなかったの。死ぬほど不安だった」

「うん。俺が悪かった。ごめん」


『ごめん』

 たった三文字の言葉。
 オーウェンの心からの言葉が、ゆっくりと、確実に私の身体に染み入ります。
 あっという間に心の底に燻っていたドス黒い塊にとどくと、音もなく消えていきました。

 そうして心に残ったのは、澄み切った喜びだけです。


(なんて単純なの、私。抱きしめられただけで、もうどうでも良くなっちゃった)


 アーティガル祭で別れてから今まで、いつも心の隅にオーウェンとのことが渦巻いていました。
 醜い感情に苦しんできました。
 疑い、悩み、時に涙し……。

 それがオーウェンのたった一言で、胡散し、なくなってしまったのです。

 私にとってオーウェンの存在がどれだけ大切でかけがえのないものだったのか。ひしひしと実感します。

 うん。
 私は彼を失いたくなかったのです。

 そして誰にも奪われたくなかった。
 思っている以上に、オーウェンを好きになってしまっているようです。
 そんな自分に驚愕します。
 これまでの人生でここまで異性を熱く思ったことなどなかったのですから。

 私は涙を拭い、顔をあげました。


「ねぇ、オーウェン。顔見せて」と手を伸ばしオーウェンの顔をなぞります。


 形の良い額に涼やかな青い瞳も、黒子も、通った鼻筋も……完璧。記憶の中のオーウェンよりもずっとイケメンです。

 こんなにかっこいい人っているのでしょうか。
 これは現実なのでしょうか。不安になります。

 オーウェンは目を細め、私の手のひらを左手で包むと、


「満足した? ダイナ」

「ううん、全然足りないわ。満足してない。……それより毎週手紙書いていたのに、返事がないっていうのはどういうことなの? 裕福なライトの家に戻って、私のことなんて忘れたのかと思った」

「忘れるはずはないだろう? 言い訳になるから、理由は言わないけど、俺もダイナのことはずっと思ってた」


 言えない理由とは、どんなことなのでしょうか。
 知りたい。
 彼のことは何でも知りたいです(まるでイーディス様ですね!)。


「オーウェン、隠さないで言って。お願い」


 私の願いに、オーウェンは渋々といった様子で語り始めました。

 ライトの家に戻ったオーウェンへの風当たりは半端なく強く、周囲は皆、敵だらけといったところなのだそうです。
 
 当然、行動は監視付き。
 手紙は全て検閲が入り、オーウェンに届く手紙だけではなく、出す手紙も対象で、当主であるオーウェンのお祖父様自らがチェックするらしいのです。
 ライト家は商売をしている家ですけども、重要な情報が漏れないように神経質になってしまうのでしょうか。


「俺はダイナを守りたいからね、あえて手紙を書かなかったんだ」

「私を守る?」

「ダイナはもう知っているだろうけど、俺の両親は誰からも歓迎されない関係だった。祖父は恥じ、そして反省したんだ。今度こそ失敗しないように、とね」


 オーウェンは大げさなほど深く息を吐きました。


「唯一の後継者である孫息子に、娘のように駆け落ちをされたら困るからね。だから交友関係は特に厳しく監視されている。ダイナのことを知られたら、何をされるかわからない。あの人たちは躊躇ためらわずに手を下すたぐいだから」

「そんな……」


 守るために疎遠を装っていただなんて。
 嬉しいけれど、複雑です。

 上流階級ほどに結婚は慎重になるもの。
 ライト家は庶民ですが、その辺の貴族とは比べものにならないくらいの格式がある名門です。
 オーウェンのお母さんのスキャンダルに家門は傷つき、より頑なになったのだと想像ができます。

 つまりお互いの家の益になる相手以外は絶対に認められない、ということです。

 ということは。
 貧乏男爵家出身、現侍女職の私は言うまでもなく不合格となります。


 ……不幸な結末しかみえないじゃないですか!


「もう私たち会えないの?」


 こんな思いはしたくありません。
 ほんの数ヶ月でもこんなに辛かったのに、会えない、別れなきゃいけないとか、正直無理です。

 でも別れるしかないのでしょうか。


「そんなことはない。別れないし、会える」


 そう応えるとオーウェンはしばらく考え込みました。そして目を煌めかせ私をもう一度抱きしめると、


「ねぇダイナ。面倒くさいから一緒に暮らそうか」


 と掠れた声で囁きました。


 これって、あれでしょう?





 ――プロポーズ!
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