上 下
94 / 102
2章 失い、そして全てを取り戻す。

94話 全てが終わった後は?

しおりを挟む
 私のマンティーノス所有が正式に認められた。
 爵位も何もかもが、私の元に再び戻って来るということだ!


(やっと……、やっと!!!)


 この日を迎えることができた!!!

 あの日。
 うららかな春の日に。


 ーーーーー私は殺された。


 信じていた人たちに裏切られた絶望。
 冷えていく体の痛みと土の臭い。
 凍えるような寒さと虚しさ。腹の底から激しく体を駆け巡る怒り。
 何一つ忘れていない。

 無念に支配されたままに土塊と化すところに奇跡が起こった。

 あの御方に拾われたのだ。
 思いを叶えるために、二度目の人生を歩むことを許された。


(全ては……復讐を果たせたのは、あの御方のおかげ)


 あの御方のお慈悲によって私はフェリシアに生まれ変わり、宿願が成就したのだ!


 ーーーー失ったマンティーノスの地がヨレンテの元に戻ってきた!


(お父様に奪われた私の領。私の故郷が、ヨレンテの正当な主人のもとに)


 肩がふっと軽くなると同時に、熱い涙が頬を伝う。
 あぁ終わった。終わったのだ。
 私の願いは叶ったのだ!!


(目標を達することができたわ)


 喜びと飛び上がりたいほどの高揚感に包まれる。


(あれ。でも私……)


 
 
 喪失感すら感じるのはなぜ?



「フェリシア?」

 レオンの呼ぶ声に我に戻る。
 私は慌てて手の甲で涙を拭った。


「……あ、大丈夫よ。ちょっと感動しちゃって」


 レオンは優しく私を抱きしめ、


「おめでとう。ウェステ女伯爵。きみの思いが叶って僕も嬉しいよ」
「あ……ありがとう……」
「フィリィ。今はそんな気分じゃないだろうけど、そろそろ移動しない?」


 いつの間にやら客間には使用人以外の姿はなかった。
 客は私たちだけだ。
 どうやら国王夫妻、サグント侯爵夫妻、そしてルーゴのお父様は午餐会の行われる庭園の東屋に移った後のようだ。

 元々午餐会への招待が名目である。本来ならばこちらがメインなのだ。
 ウェステ女伯爵として初仕事、となる。
 私はレオンを見上げる。


「午餐会……。ウェステ女伯爵として参加しとかなきゃね。エスコートしてくれる?」

「もちろん。どうぞ、愛しの細君殿?」と未来の夫が腕を差し出した。






 私は湯船の中でゆっくりと目を閉じた。
 熱いお湯からはかすかにラベンダーの香りがする。
 侍女が気を利かせて湯にオイルを足しておいてくれたのだろう。疲れがすっと溶けていくような気がする。ありがたいことだ。


「はぁ……。長い一日だった……」


 王妃主催の午餐会はトラブルもなく滞りなく終わった。

 極上の素材で作られたご馳走たちーー仔羊のあばら肉を炭火で焼き上げたものにヒヨコ豆のペースト、野菜のスープ。軽い飲み口の赤ワインーーは絶品だった……だろうに、残念なことに食事の味は覚えていない。

 人間というもの思いもよらぬ感情に支配されると、細々としたものを感じることは難しいらしいものなのか。
 昼間の宴席で交わされた言葉も、断片的にしか記憶がなかった。


(色々ありすぎて、疲れたわ……)


 この二十四時間、なんと心身ともに激しく揺さぶられた一日だったことだろう。

 愛している(と自分では思うのだが)相手との一夜と、落胆した朝。
 そこからウェステ伯爵位の復権。

 感情の濁流に投げ込まれ、もみくちゃにされたかのようだ。


 私は身を起こし、泡立てた石鹸を海綿にぬすりつけて肌に這わせた。
 ほんの少しばかりそばかすの浮かぶ肌は、エリアナよりも日焼けしてはいるが肌理は細かく艶やかだ。


エリアナと似ているけれど、違うのね……)


 なんの教育も受けていず虐げられて生きてきたフェリシアに(例え魂がエリアナとなったとしても)ここまで登ることができるとは誰も想像していなかったに違いない。


(よく頑張ったわ。私もフェリシアも)


 これからはもう少しゆっくり進んでいけるはずだ。
 マンティーノスの領主として、じっくりと施作を考え実行してゆけばいい。


(明日から色々な手続きもあるだろうし。もう少し頑張らなきゃね)


 コンコン。


「あの、フェリシア様。よろしいでしょうか」

 浴室の扉の向こうから、ビカリオ夫人の遠慮がちな声がする。
 入浴は一人でリラックスしたい私の希望で、邪魔はしないように申し伝えている。

 それなのに呼びだてるとは。
 ビカリオ夫人にしては珍しい。イレギュラーな何かがあったのだろう。


「ああ、ちょっと待って。すぐに出るわ」と応え慌てて布を体に巻き浴室を出ると、ビカリオ夫人が困り顔で待っていた。

「申し訳ございません。アンドーラ子爵様が……」と夫人は私に夜着を着せながらそっと寝台の方へ顔を向ける。

「お断りはしたのですが、お聞き入れくださいませんでした」


 広い寝台の半ば下ろされた天蓋の薄絹に映る影ーーナイトガウン姿のレオンが、リラックスした様子で本のページをめくっているようだーーにため息をついた。


「……でしょうね。勝手な人だもの」


 客人の寝室なのに当然のように居座っているのに呆れてしまう。
 いつも通りの勝手気ままな姿。
 疲れきった今の私には抗議する気力も湧かない……。

 だけど。


(嫌味の一つくらい言ってもいいんじゃない?)


 故意ではないにせよ、初夜の明けた朝のレオンのあの態度が非常に不愉快だったのは確かなのだ。
 弁明の一つでも聞いてみたいものだ。
 
 私はビカリオ夫人を退室させると、あえて足音を立てながら大股で歩み寄った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

溺愛されたのは私の親友

hana
恋愛
結婚二年。 私と夫の仲は冷え切っていた。 頻発に外出する夫の後をつけてみると、そこには親友の姿があった。

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...