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14話 きみに利用して欲しい。僕を。
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母家から堆肥くさい離れに着いた頃には、周囲はすでに真っ暗で灯りがないと足元がおぼつかないほどだった。
(無駄に時間を取られてしまったわ)
伯爵から命題を示された後、さっさと退場するつもりが、『目上の者の訪問には最大限のもてなしをしなければならない(つまりは食事を振る舞うことだ)』というルーゴ伯爵家のくだらない家訓のために、この時間まで足止めを食らうことになってしまったのだ。
微妙な雰囲気に包まれた胃の痛くなるようなひとときだったのだが……。
(食事だけは素晴らしかったわ)
レオンの歓迎のための晩餐会用にテーブルにぎっしりと並べられた食事は、目を見張るばかりに豪華だった。
スパイスをたっぷり使った豚のローストと豆の煮込み。オリーブオイルで揚げた魚介。
香ばしい焼きたてのパンに新鮮な野菜のサラダ……。
アーモンドケーキや採れたてのオレンジ。
(エリアナ時代にはこれが日常であり当たり前だったのよね)
だが、フェリシアとしては数年ぶりの貴族としてまともな食事だ。
噛みきれない筋ばかりの肉や具のないスープをただ腹に流し込むことが、フェリシアにとっての食事だったのだ。
この全てがレオンをもてなす為に用意されたと分かっていても、悔しいくらい美味しかった。
人は単純だ。
どんなに辛酸を舐めようとも屈辱に塗れていようとも、上質な食事をするだけでも喜びを感じてしまうものだ。
なので。
つくづくフェリシアが置かれた環境には怒りを感じてしまう。喜びを感じることすら許されない日々だったのだから。
「眉間に皺が寄ってるよ、フィリィ」
居間に入ると同時に、レオンが私の顔を覗きこんだ。
私は慌てて額を隠し、
「もう。めざとい。ちょっとイライラしてただけよ」
「ははは。今日はすごかったものね」
私は女中に茶の用意を頼み、ソファに深々と身を沈める。
病み上がりということもあるが、ずっと気を張っていたせいか心身ともに悲鳴をあげていた。
「フィリィ、正直見直したよ。伯爵にあんなに堂々と意見を言えるとは思いもよらなかった。素晴らしいね。今までのきみなら考えられないことだよ」
「お褒めいただきありがとうございます。アンドーラ子爵様」
「子爵? んー? 誰のこと?」
レオンはわざとらしく驚いた顔を作る。私も釣られて少し口元を緩めた。
「はいはい。忘れるところだった。ごめんなさいね。愛しのレオン様」
軽口を叩くこの婚約者は、見た目通り女性にモテてカロリーナを含めた色々な女性と浮名を流しているらしい。
「私の婚約者殿は女性を手玉に取るのがお得意なのね?」
「誤解してもらっては困るから伝えとくけど、カロリーナとは何もなかったよ。そもそも僕は遊ぶなら後腐れがない人とって決めているんだ。カロリーナは情が深すぎ……え、もしかして気にしてる?」
「いいえ」
私は速攻で否定する。
レオンがカロリーナと関係を持っていようがどうでもいいことだ。
「過去のことでしょう? そもそも私たちは政略結婚だし、あなたの私生活には興味ないわ」
「ふぅん。残念だな。未来の夫に少しは興味持って欲しいんだけどな?」
「よく言うわ。それはお互い様でしょ。あなたも私に興味ないくせに、何を言ってるのかしら」
「心外だな。僕はすごく興味あるんだけどな?」
レオンは私の手を取り自らの頬に当てると、上目遣いで私を見つめた。
微かに潤んだ瞳が魅惑的だ。
「今のフェリシアはとても魅力的だ。誰にも渡したくないほどに」
この社交界で話題の貴公子は照れることなく熱く甘い言葉を垂れ流した。
無駄に端正な顔立ちなだけに胸が高鳴る。何も知らない女性であればすぐに恋に落ちてしまうだろうが。
(紛らわしいことするんだから)
これは演技なのか。それとも本心からか……。
(……違う。嘘ね)
レオンは私を見ていない。
ヘーゼルの瞳は私を通して別のものを見ている。
(それが何かわからないけど。私ではないことは確かね。とりあえず目的がある限りレオンは味方だということ)
今の私にはそれで十分だ。
他に考えなければならないことがあるのだから。
(課題。どうしようかな……)
お父様に認められねば、ルーゴ伯爵家への入籍を果たすことができない。
(伯爵領や家政の改革が1番評価が高いんでしょうけど)
それを成すには不義の子として虐げられ離れに軟禁されていた私には難易度が高い。
足りないものが多すぎるのだ。
知識、人脈、経験。資金。
そして時間。
領地改革、家政改革を行うには一朝一夕で成すことなど不可能だ。それこそ年単位の期間が必要だろう。
けれどそんな余裕はない。
数ヶ月以内には貴族としての立場を確立する必要がある。
ウェステ伯爵位とマンティーノスを取り戻すために1秒でも早く動かねばならないのだ。
(あの裏切り者たちにヨレンテが完全に奪われる前に、世間に私の存在を知らしめさないといけないわ)
さて。
どうするべきか。
「で。フィリィ。何か考えはあるの?」
レオンが私の肩にショールをかけながら訊いた。
好奇心からか表情はとても明るい。
「そうね……」とゆっくり言葉を選びながら答える。
「領地改革をするには力がなさすぎるわ。家政にしてもそう」
「うん。そんな大それたことは無理だろうね」
レオンは足を組み直し、私の髪を撫でる。
「きみの目的は何?」
「ルーゴ伯爵家の娘として公的に表明してもらうこと」
貴族としての身分の保証。
そして社交界に進出する基盤を作ることだ。
「じゃあ難しく考えなくてもいいんじゃないかな。僕を利用すればいい」
(利用する?)
レオン。
アンドーラ子爵レオン・マッサーナ。
大貴族サグント侯爵家の嗣子。
代々引き継がれた財産と権力を持ち上流階級に絶大な影響力があるフェリシアの婚約者。
(そうね。確かにレオンの言う通りだわ。これがいい)
私が持ち得ないものがある。
――人脈。
遠慮なく使わせてもらおう。
(無駄に時間を取られてしまったわ)
伯爵から命題を示された後、さっさと退場するつもりが、『目上の者の訪問には最大限のもてなしをしなければならない(つまりは食事を振る舞うことだ)』というルーゴ伯爵家のくだらない家訓のために、この時間まで足止めを食らうことになってしまったのだ。
微妙な雰囲気に包まれた胃の痛くなるようなひとときだったのだが……。
(食事だけは素晴らしかったわ)
レオンの歓迎のための晩餐会用にテーブルにぎっしりと並べられた食事は、目を見張るばかりに豪華だった。
スパイスをたっぷり使った豚のローストと豆の煮込み。オリーブオイルで揚げた魚介。
香ばしい焼きたてのパンに新鮮な野菜のサラダ……。
アーモンドケーキや採れたてのオレンジ。
(エリアナ時代にはこれが日常であり当たり前だったのよね)
だが、フェリシアとしては数年ぶりの貴族としてまともな食事だ。
噛みきれない筋ばかりの肉や具のないスープをただ腹に流し込むことが、フェリシアにとっての食事だったのだ。
この全てがレオンをもてなす為に用意されたと分かっていても、悔しいくらい美味しかった。
人は単純だ。
どんなに辛酸を舐めようとも屈辱に塗れていようとも、上質な食事をするだけでも喜びを感じてしまうものだ。
なので。
つくづくフェリシアが置かれた環境には怒りを感じてしまう。喜びを感じることすら許されない日々だったのだから。
「眉間に皺が寄ってるよ、フィリィ」
居間に入ると同時に、レオンが私の顔を覗きこんだ。
私は慌てて額を隠し、
「もう。めざとい。ちょっとイライラしてただけよ」
「ははは。今日はすごかったものね」
私は女中に茶の用意を頼み、ソファに深々と身を沈める。
病み上がりということもあるが、ずっと気を張っていたせいか心身ともに悲鳴をあげていた。
「フィリィ、正直見直したよ。伯爵にあんなに堂々と意見を言えるとは思いもよらなかった。素晴らしいね。今までのきみなら考えられないことだよ」
「お褒めいただきありがとうございます。アンドーラ子爵様」
「子爵? んー? 誰のこと?」
レオンはわざとらしく驚いた顔を作る。私も釣られて少し口元を緩めた。
「はいはい。忘れるところだった。ごめんなさいね。愛しのレオン様」
軽口を叩くこの婚約者は、見た目通り女性にモテてカロリーナを含めた色々な女性と浮名を流しているらしい。
「私の婚約者殿は女性を手玉に取るのがお得意なのね?」
「誤解してもらっては困るから伝えとくけど、カロリーナとは何もなかったよ。そもそも僕は遊ぶなら後腐れがない人とって決めているんだ。カロリーナは情が深すぎ……え、もしかして気にしてる?」
「いいえ」
私は速攻で否定する。
レオンがカロリーナと関係を持っていようがどうでもいいことだ。
「過去のことでしょう? そもそも私たちは政略結婚だし、あなたの私生活には興味ないわ」
「ふぅん。残念だな。未来の夫に少しは興味持って欲しいんだけどな?」
「よく言うわ。それはお互い様でしょ。あなたも私に興味ないくせに、何を言ってるのかしら」
「心外だな。僕はすごく興味あるんだけどな?」
レオンは私の手を取り自らの頬に当てると、上目遣いで私を見つめた。
微かに潤んだ瞳が魅惑的だ。
「今のフェリシアはとても魅力的だ。誰にも渡したくないほどに」
この社交界で話題の貴公子は照れることなく熱く甘い言葉を垂れ流した。
無駄に端正な顔立ちなだけに胸が高鳴る。何も知らない女性であればすぐに恋に落ちてしまうだろうが。
(紛らわしいことするんだから)
これは演技なのか。それとも本心からか……。
(……違う。嘘ね)
レオンは私を見ていない。
ヘーゼルの瞳は私を通して別のものを見ている。
(それが何かわからないけど。私ではないことは確かね。とりあえず目的がある限りレオンは味方だということ)
今の私にはそれで十分だ。
他に考えなければならないことがあるのだから。
(課題。どうしようかな……)
お父様に認められねば、ルーゴ伯爵家への入籍を果たすことができない。
(伯爵領や家政の改革が1番評価が高いんでしょうけど)
それを成すには不義の子として虐げられ離れに軟禁されていた私には難易度が高い。
足りないものが多すぎるのだ。
知識、人脈、経験。資金。
そして時間。
領地改革、家政改革を行うには一朝一夕で成すことなど不可能だ。それこそ年単位の期間が必要だろう。
けれどそんな余裕はない。
数ヶ月以内には貴族としての立場を確立する必要がある。
ウェステ伯爵位とマンティーノスを取り戻すために1秒でも早く動かねばならないのだ。
(あの裏切り者たちにヨレンテが完全に奪われる前に、世間に私の存在を知らしめさないといけないわ)
さて。
どうするべきか。
「で。フィリィ。何か考えはあるの?」
レオンが私の肩にショールをかけながら訊いた。
好奇心からか表情はとても明るい。
「そうね……」とゆっくり言葉を選びながら答える。
「領地改革をするには力がなさすぎるわ。家政にしてもそう」
「うん。そんな大それたことは無理だろうね」
レオンは足を組み直し、私の髪を撫でる。
「きみの目的は何?」
「ルーゴ伯爵家の娘として公的に表明してもらうこと」
貴族としての身分の保証。
そして社交界に進出する基盤を作ることだ。
「じゃあ難しく考えなくてもいいんじゃないかな。僕を利用すればいい」
(利用する?)
レオン。
アンドーラ子爵レオン・マッサーナ。
大貴族サグント侯爵家の嗣子。
代々引き継がれた財産と権力を持ち上流階級に絶大な影響力があるフェリシアの婚約者。
(そうね。確かにレオンの言う通りだわ。これがいい)
私が持ち得ないものがある。
――人脈。
遠慮なく使わせてもらおう。
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