10 / 102
10話 幽霊から人間になるための第一歩。
しおりを挟む
レオンは深いため息をついた。
「ウェステ伯爵ね……。今まで知ろうともしなかったのに。急にどうしたんだ? 自分のルーツでも知りたくなった?」
ウェステ伯爵と名を出しただけで、この反応とは。
フェリシアの婚約者はどこまでフェリシアのことを知っているのだろう。
(私よりも知っていることは確かね。それに……)
フェリシアは真実を告げられて卒倒するほどに繊細な娘だったのだ。自分とは根本から違う。
私は苦笑いし、
「私の出自を知ってるのね」
「当然。公には語られないけどね。幼馴染だった僕が知らないわけない。むしろ……」
レオンは座ったまま横柄に足を組み、身を乗り出して私を凝視する。
「なんで今のきみが知ってるの? 記憶、なくなったんだよね?」
「ええっと。ビ……ビカリオ夫人に教えてもらったのよ」
私は言葉を濁した。
ビカリオ夫人は母の浮気相手の具体的な情報は一言も漏らさなかったけれど、仄めかしたのは事実だ。
100パーセント嘘というわけでもない。
「へぇ。ビカリオ夫人がねぇ。ああ見えてあのご婦人は自分の主人への忠誠心があついんだよ。きみが嫌がることを伝えるなど考えにくいけど」
信じられないね、とレオンは肩をすくめた。
「まぁいいや。で、僕の愛しの婚約者殿はウェステ伯爵家の何が知りたいんだ?」
「ウェステ伯爵家の当主のことを教えて欲しいの。あと最近のヨレンテ家の動向とか」
有名な貴族、しかも領主一族の長の死だ。
死因はなんであれマンティーノスを治める女伯爵が亡くなったことを隠し通せる訳がない。
毒殺したという不都合な事実は表には出差ないだろうが、表向きにはどうなっているのか。
そして伯爵家は、父や継母はどうしているのだろう。
「当主はウェステ女伯爵エリアナ・ヨレンテだったかな。1ヶ月前に病気で亡くなったそうだよ。まだ十代だったらしいけど、突然倒れてそのまま息を引き取ったらしい」
「病気で??」
「ああ。直接使いを出して確認した。間違いではないよ。慣れない伯爵の仕事の重圧で体調を崩していたところからの心臓発作だってさ。現在は亡くなった当主の父親が業務を代行しているみたいだ」
(上手く隠蔽されているのね。忌々しいわ)
まぁ、『娘である当主を実父が毒殺しました』なんて世間に発表できるはずがないか。
レオンは手を伸ばし私の前髪を弄る。
「フィリィ。ウェステ伯爵位に興味があるの?」
直球できた。また応え辛い質問だ。
戸惑う私に構わずにレオンは続ける。
「マンティーノスは土地は肥えているし天候も安定している最高に恵まれている領だ。さらにね、王家の直轄港を抱えているだろ? ここ数年、国内外で存在感を増しているんだよね。ただの田舎領ではないんだ」
レオンの言う通りマンティーノス周辺の政情が安定し諸外国との貿易量も右肩上がりだ。
貿易港を抱えた豊かな穀倉地帯はカディス国内の貴族だけでなく、諸国の野心の矛先ともなっている。
「臆病で繊細なきみが本当にマンティーノスの当主の座が欲しいの?」
「……その質問、答えないといけないかな?」
私は立ち上がり窓辺に歩み寄った。
窓の外にはさまざまな野菜の植えられた畑と牧草地の片隅で羊がのんびりと草を喰む光景が広がっている。
のどかで平和な素敵な風景……。
(でもここは私の居場所じゃない)
私は腹に力を込めた。
「もう決めたの」
私はあの御方から与えられたこの機会を最大限に利用し、前世の無念をはらす。違う。はらさなければならない。
堆肥の臭いが漂うこの酷い住まいで、いつまでも燻っている時間はない。
1秒でも早く成し遂げたいのだ。
「僕ならまだしも、フィリィにはかなり大変だと思うよ」
レオンも席を立ち私の横に並ぶ。
頭半分高い位置からヘーゼルの瞳が私を捕らえていた。
憐れみと微かな軽蔑を含んで。
「きみは優しくて泣くことしかできない、……弱い人なんだよ」
(は? なんて言いぶり?)
ひどく馬鹿にされた感じがして不快だ。
オリジナルのフェリシアはそんな人だったのかもしれない。
でも、今は違う。
魂はフェリシアではないのだ。
(成り代わったんだから。見下すなんて許さない)
「レオン。あなたの知るフェリシアのことは知らないわ。ただね、以前の私とは違うってことをわかって欲しいの。私にはマンティーノスを望む資格があるでしょ。それがとても厳しい道であっても、進む覚悟はあるの」
「……わかった」
レオンは頷くと突然私を引き寄せるとそのまま抱きしめた。
「え?? レオン?」
戸惑う私を無視しレオンは顔を寄せ、
「僕のフェリシアとは思えないんだけど。きみは誰だい?」
「さぁわからないわ。あなたのフェリシアよ? ただ記憶と同時に性格も変わっただけ。ひどく頭を打ったんだから、あり得ることでしょ?」
「うーん。なるほど?」
納得したのかしてないのかよく分からない口調でレオンは相槌を打った。
「どっちにしろきみが最初にやらなきゃいけないことは、この家で自分を認めさせることからだ。きみはこの家でも世間でも存在しない。幽霊と一緒だ。何かをするのなら人にならなければならない。きみにできるの?」
(伯爵一族に認めさせる……難易度高い……)
でも、通らねばならない道だ。
とりあえずルーゴ伯爵家の一員であることを公にして存在感を出していかないとならない。
身分が保証されれば、ヨレンテ家に接触するのにも有利になる。
第一歩すら上手くできないようならば復讐など遠い夢だ。
私は拳を握りしめる。
「怪我も落ち着いたし、そろそろ本邸にご機嫌伺いに行かなきゃと思ってたの。レオン、あなたも一緒に来て? 婚約者でしょ」
レオンは「愛しの婚約者殿のお願いならきかなきゃいけない」とにこやかな笑顔で私に腕を差し出した。
家族との対面。
面会謝絶といえどもフェリシアの見舞いに一度も現れなかった家族だ。気を引き締めて挑まなければ。
「ウェステ伯爵ね……。今まで知ろうともしなかったのに。急にどうしたんだ? 自分のルーツでも知りたくなった?」
ウェステ伯爵と名を出しただけで、この反応とは。
フェリシアの婚約者はどこまでフェリシアのことを知っているのだろう。
(私よりも知っていることは確かね。それに……)
フェリシアは真実を告げられて卒倒するほどに繊細な娘だったのだ。自分とは根本から違う。
私は苦笑いし、
「私の出自を知ってるのね」
「当然。公には語られないけどね。幼馴染だった僕が知らないわけない。むしろ……」
レオンは座ったまま横柄に足を組み、身を乗り出して私を凝視する。
「なんで今のきみが知ってるの? 記憶、なくなったんだよね?」
「ええっと。ビ……ビカリオ夫人に教えてもらったのよ」
私は言葉を濁した。
ビカリオ夫人は母の浮気相手の具体的な情報は一言も漏らさなかったけれど、仄めかしたのは事実だ。
100パーセント嘘というわけでもない。
「へぇ。ビカリオ夫人がねぇ。ああ見えてあのご婦人は自分の主人への忠誠心があついんだよ。きみが嫌がることを伝えるなど考えにくいけど」
信じられないね、とレオンは肩をすくめた。
「まぁいいや。で、僕の愛しの婚約者殿はウェステ伯爵家の何が知りたいんだ?」
「ウェステ伯爵家の当主のことを教えて欲しいの。あと最近のヨレンテ家の動向とか」
有名な貴族、しかも領主一族の長の死だ。
死因はなんであれマンティーノスを治める女伯爵が亡くなったことを隠し通せる訳がない。
毒殺したという不都合な事実は表には出差ないだろうが、表向きにはどうなっているのか。
そして伯爵家は、父や継母はどうしているのだろう。
「当主はウェステ女伯爵エリアナ・ヨレンテだったかな。1ヶ月前に病気で亡くなったそうだよ。まだ十代だったらしいけど、突然倒れてそのまま息を引き取ったらしい」
「病気で??」
「ああ。直接使いを出して確認した。間違いではないよ。慣れない伯爵の仕事の重圧で体調を崩していたところからの心臓発作だってさ。現在は亡くなった当主の父親が業務を代行しているみたいだ」
(上手く隠蔽されているのね。忌々しいわ)
まぁ、『娘である当主を実父が毒殺しました』なんて世間に発表できるはずがないか。
レオンは手を伸ばし私の前髪を弄る。
「フィリィ。ウェステ伯爵位に興味があるの?」
直球できた。また応え辛い質問だ。
戸惑う私に構わずにレオンは続ける。
「マンティーノスは土地は肥えているし天候も安定している最高に恵まれている領だ。さらにね、王家の直轄港を抱えているだろ? ここ数年、国内外で存在感を増しているんだよね。ただの田舎領ではないんだ」
レオンの言う通りマンティーノス周辺の政情が安定し諸外国との貿易量も右肩上がりだ。
貿易港を抱えた豊かな穀倉地帯はカディス国内の貴族だけでなく、諸国の野心の矛先ともなっている。
「臆病で繊細なきみが本当にマンティーノスの当主の座が欲しいの?」
「……その質問、答えないといけないかな?」
私は立ち上がり窓辺に歩み寄った。
窓の外にはさまざまな野菜の植えられた畑と牧草地の片隅で羊がのんびりと草を喰む光景が広がっている。
のどかで平和な素敵な風景……。
(でもここは私の居場所じゃない)
私は腹に力を込めた。
「もう決めたの」
私はあの御方から与えられたこの機会を最大限に利用し、前世の無念をはらす。違う。はらさなければならない。
堆肥の臭いが漂うこの酷い住まいで、いつまでも燻っている時間はない。
1秒でも早く成し遂げたいのだ。
「僕ならまだしも、フィリィにはかなり大変だと思うよ」
レオンも席を立ち私の横に並ぶ。
頭半分高い位置からヘーゼルの瞳が私を捕らえていた。
憐れみと微かな軽蔑を含んで。
「きみは優しくて泣くことしかできない、……弱い人なんだよ」
(は? なんて言いぶり?)
ひどく馬鹿にされた感じがして不快だ。
オリジナルのフェリシアはそんな人だったのかもしれない。
でも、今は違う。
魂はフェリシアではないのだ。
(成り代わったんだから。見下すなんて許さない)
「レオン。あなたの知るフェリシアのことは知らないわ。ただね、以前の私とは違うってことをわかって欲しいの。私にはマンティーノスを望む資格があるでしょ。それがとても厳しい道であっても、進む覚悟はあるの」
「……わかった」
レオンは頷くと突然私を引き寄せるとそのまま抱きしめた。
「え?? レオン?」
戸惑う私を無視しレオンは顔を寄せ、
「僕のフェリシアとは思えないんだけど。きみは誰だい?」
「さぁわからないわ。あなたのフェリシアよ? ただ記憶と同時に性格も変わっただけ。ひどく頭を打ったんだから、あり得ることでしょ?」
「うーん。なるほど?」
納得したのかしてないのかよく分からない口調でレオンは相槌を打った。
「どっちにしろきみが最初にやらなきゃいけないことは、この家で自分を認めさせることからだ。きみはこの家でも世間でも存在しない。幽霊と一緒だ。何かをするのなら人にならなければならない。きみにできるの?」
(伯爵一族に認めさせる……難易度高い……)
でも、通らねばならない道だ。
とりあえずルーゴ伯爵家の一員であることを公にして存在感を出していかないとならない。
身分が保証されれば、ヨレンテ家に接触するのにも有利になる。
第一歩すら上手くできないようならば復讐など遠い夢だ。
私は拳を握りしめる。
「怪我も落ち着いたし、そろそろ本邸にご機嫌伺いに行かなきゃと思ってたの。レオン、あなたも一緒に来て? 婚約者でしょ」
レオンは「愛しの婚約者殿のお願いならきかなきゃいけない」とにこやかな笑顔で私に腕を差し出した。
家族との対面。
面会謝絶といえどもフェリシアの見舞いに一度も現れなかった家族だ。気を引き締めて挑まなければ。
0
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。
可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】お飾りではなかった王妃の実力
鏑木 うりこ
恋愛
王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。
「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」
しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。
完結致しました(2022/06/28完結表記)
GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。
★お礼★
たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます!
中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
忘れられた妻
毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。
セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。
「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」
セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。
「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」
セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。
そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。
三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる