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10話 幽霊から人間になるための第一歩。

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 レオンは深いため息をついた。


「ウェステ伯爵ね……。今まで知ろうともしなかったのに。急にどうしたんだ? 自分のルーツでも知りたくなった?」


 ウェステ伯爵と名を出しただけで、この反応とは。
 フェリシアの婚約者はどこまでフェリシアのことを知っているのだろう。


(私よりも知っていることは確かね。それに……)


 フェリシアは真実を告げられて卒倒するほどに繊細な娘だったのだ。自分エリシアとは根本から違う。
 私は苦笑いし、


「私の出自を知ってるのね」
「当然。公には語られないけどね。幼馴染だった僕が知らないわけない。むしろ……」


 レオンは座ったまま横柄に足を組み、身を乗り出して私を凝視する。


「なんで今のきみが知ってるの? 記憶、なくなったんだよね?」
「ええっと。ビ……ビカリオ夫人に教えてもらったのよ」


 私は言葉を濁した。
 ビカリオ夫人は母の浮気相手の具体的な情報は一言も漏らさなかったけれど、仄めかしたのは事実だ。
 100パーセント嘘というわけでもない。


「へぇ。ビカリオ夫人がねぇ。ああ見えてあのご婦人は自分の主人への忠誠心があついんだよ。きみが嫌がることを伝えるなど考えにくいけど」


 信じられないね、とレオンは肩をすくめた。


「まぁいいや。で、僕の愛しの婚約者殿はウェステ伯爵家の何が知りたいんだ?」

「ウェステ伯爵家の当主のことを教えて欲しいの。あと最近のヨレンテ家の動向とか」


 有名な貴族、しかも領主一族の長の死だ。
 死因はなんであれマンティーノスを治める女伯爵が亡くなったことを隠し通せる訳がない。
 毒殺したという不都合な事実は表には出差ないだろうが、表向きにはどうなっているのか。
 そして伯爵家は、父や継母はどうしているのだろう。


「当主はウェステ女伯爵エリアナ・ヨレンテだったかな。1ヶ月前に病気で亡くなったそうだよ。まだ十代だったらしいけど、突然倒れてそのまま息を引き取ったらしい」

「病気で??」

「ああ。直接使いを出して確認した。間違いではないよ。慣れない伯爵の仕事の重圧で体調を崩していたところからの心臓発作だってさ。現在は亡くなった当主の父親が業務を代行しているみたいだ」


(上手く隠蔽されているのね。忌々しいわ)


 まぁ、『娘である当主を実父が毒殺しました』なんて世間に発表できるはずがないか。

 レオンは手を伸ばし私の前髪を弄る。


「フィリィ。ウェステ伯爵位に興味があるの?」


 直球できた。また応え辛い質問だ。
 戸惑う私に構わずにレオンは続ける。


「マンティーノスは土地は肥えているし天候も安定している最高に恵まれている領だ。さらにね、王家の直轄港を抱えているだろ? ここ数年、国内外で存在感を増しているんだよね。ただの田舎領ではないんだ」


 レオンの言う通りマンティーノス周辺の政情が安定し諸外国との貿易量も右肩上がりだ。
 貿易港を抱えた豊かな穀倉地帯はカディス国内の貴族だけでなく、諸国の野心の矛先ともなっている。


「臆病で繊細なきみが本当にマンティーノスの当主の座が欲しいの?」
「……その質問、答えないといけないかな?」


 私は立ち上がり窓辺に歩み寄った。

 窓の外にはさまざまな野菜の植えられた畑と牧草地の片隅で羊がのんびりと草を喰む光景が広がっている。
 のどかで平和な素敵な風景……。


(でもここは私の居場所じゃない)


 私は腹に力を込めた。


「もう決めたの」


 私はあの御方から与えられたこの機会を最大限に利用し、前世の無念をはらす。違う。はらさなければならない。
 堆肥の臭いが漂うこの酷い住まいで、いつまでも燻っている時間はない。
 1秒でも早く成し遂げたいのだ。


「僕ならまだしも、フィリィにはかなり大変だと思うよ」


 レオンも席を立ち私の横に並ぶ。
 頭半分高い位置からヘーゼルの瞳が私を捕らえていた。
 憐れみと微かな軽蔑を含んで。


「きみは優しくて泣くことしかできない、……弱い人なんだよ」


(は? なんて言いぶり?)


 ひどく馬鹿にされた感じがして不快だ。

 オリジナルのフェリシアはそんな人だったのかもしれない。
 でも、今は違う。
 魂はフェリシアではないのだ。


(成り代わったんだから。見下すなんて許さない)


「レオン。あなたの知るフェリシアのことは知らないわ。ただね、以前の私とは違うってことをわかって欲しいの。私にはマンティーノスを望む資格があるでしょ。それがとても厳しい道であっても、進む覚悟はあるの」

「……わかった」


 レオンは頷くと突然私を引き寄せるとそのまま抱きしめた。


「え?? レオン?」
 

 戸惑う私を無視しレオンは顔を寄せ、
 

「僕のフェリシアとは思えないんだけど。きみは誰だい?」

「さぁわからないわ。あなたのフェリシアよ? ただ記憶と同時に性格も変わっただけ。ひどく頭を打ったんだから、あり得ることでしょ?」

「うーん。なるほど?」


 納得したのかしてないのかよく分からない口調でレオンは相槌を打った。


「どっちにしろきみが最初にやらなきゃいけないことは、この家で自分を認めさせることからだ。きみはこの家でも世間でも存在しない。幽霊と一緒だ。何かをするのなら人にならなければならない。きみにできるの?」


(伯爵一族に認めさせる……難易度高い……)


 でも、通らねばならない道だ。

 とりあえずルーゴ伯爵家の一員であることを公にして存在感を出していかないとならない。
 身分が保証されれば、ヨレンテ家に接触するのにも有利になる。
 第一歩すら上手くできないようならば復讐など遠い夢だ。

 私は拳を握りしめる。


「怪我も落ち着いたし、そろそろ本邸にご機嫌伺いに行かなきゃと思ってたの。レオン、あなたも一緒に来て? 婚約者でしょ」

 レオンは「愛しの婚約者殿のお願いならきかなきゃいけない」とにこやかな笑顔で私に腕を差し出した。

 家族との対面。
 面会謝絶といえどもフェリシアの見舞いに一度も現れなかった家族だ。気を引き締めて挑まなければ。  
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