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第1話 ボーイ・ミーツ・ボーイ
勝利
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魔物は、体のどこかにコアを持っている。
それを破壊しない限り、奴らは永遠に体を再生し続ける。
故に、魔物はその強さに関わらず、人間にとって厄介な相手なのだ。
幸い、目の前の魔物は、魔法も使えず、知能もそう高くはない。
ただ、食事のために本能のままに攻撃してくるタイプだ。
とはいえ、アウロラの体力がいつまでもつか分からない以上、楽観視はできなかった。
彼が負けるようなことがあれば、ここにいる全員が食われる。
「このっ……!」
アウロラは、魔物の攻撃を躱し、時にハンマーで軌道を逸らしながら、攻撃を続けた。
その度に、蹴った砂のように魔物の身体は霧散するも、すぐに元の形へ戻ってしまう。
その戦いの様子を観察していた俺は、手応えを覚えて舌を舐めた。
魔物は一瞬で元の形に戻れるからか、アウロラの攻撃を防ごうとはしない。
にもかかわらず、左足だけはしっかりと攻撃を避けているのだ。
なぜ、その箇所だけを庇うのか。そんなことは考えるまでもない。
「左足の付け根らへんだ!」
俺の声に頷き、アウロラが魔物の頭蓋から左足までを一気に砕くべく高く飛ぶ。
しかし、魔物は自らの弱点を悟られたことに感づいたのか、飛び退いた。
「逃がしません」
中空を蹴ったアウロラが、コマのようにハンマーを振り回し魔物に接近。
その回転に巻き込まれるようにして、魔物の体が徐々に削られていく。
魔物が逃げ切るよりも、アウロラの方が速かった。
あとはただ、左足を破壊するのを待つばかり……と、不意に魔物の左足だけが遠くへ飛んだ。
コアを破壊されることを恐れ、奴は左足を切り離したのだ。
「だから、逃がさないって……言ったでしょう?」
それを見逃さず、アウロラは回転を利用してハンマーを投擲した。
恐ろしいまでの速度でハンマーは逃げた左足へ迫り、それを撃ち抜き、地面に突き刺さる。
何かが割れる甲高い音が響いたかと思えば、魔物は耳をつんざく悲鳴を上げながら、霧散した。
後には、手のひら大の黒い石だけが残った。
破壊した魔物のコア――『魔石』だ。
アウロラは肩で息をしつつ、霧散した魔物を見つめる。それから、トドメをさしたと理解すると、パタパタと走ってハンマーを拾った。
淡い光が弾けて、元の細くて質素な杖に戻る。
「……ありがとう。お陰で助かった」
俺は杖を腰に下げるアウロラに歩み寄ると、頭を下げた。
助けるつもりが、助けられてしまった。やはり、この身体はいろいろと不便すぎる。
彼はキョトンとして俺を見ると、眉根を寄せてそっぽを向いた。
「いえ……お礼を言うべきは僕の方です。ありがとうございました」
抑揚のない声で言う。
その頬は微かに赤い。もしかしたら、照れているのかもしれない。
「俺がいなくてもなんとかできてたよ」
「杖を持ってきてくれたのは、あなたですから」
「……なら、お互いありがとうってことで」
「そうですね」
アウロラが薄く笑う。
それに微笑み返す。と、視線の端で魔石がキラリと輝いた。
俺は魔物が霧となって消えた場所に座り込むと、ひび割れたそれを拾い上げ、明かりに透かした。
魔物は、魔石の濃淡で強さがわかる。
濃度が濃ければ強く、淡ければ弱い。
今回のアズは、下の中レベルだろうか。
「あなたは、魔石も鑑定できるんですか?」と、アウロラ。
「軽くな」
そう応えてから、俺は魔石を彼の手に握らせた。
「ほらよ」
「どうして、これを僕に?」
「お前が倒したから、お前が貰うのが道理だろ」
「僕が、倒した……」
まじまじと手のひらを見下ろして、彼はちょっと嬉しそうにした。
「ありがたく貰います」
凄まじく強いのに奢るわけでもなく、かと言って、謙遜が過ぎるわけでもない。
感情表現が独特な、なんとも不思議な少年だ。
俺はふと、イーシャを思い出して慌てて頭を振った。
* * *
その後、掴まっていた御者の男が町に走り自警団の人たちを呼んでくれて、ならず者たちは全員お縄についた。
その間、スキルが発動するのを恐れて隠れていた俺は、今、馬を引いてアウロラと一緒に街道を歩いている。
「へぇ。ばーさんと二人暮らしなんだ。俺、突然行って大丈夫か? 迷惑だったりしない?」
「大丈夫ですよ。……たぶん」
「たぶん、って……そこは言い切って欲しかったんだけど……」
まだ宿を取っていないと話した俺に、アウロラはうちに泊まればいいと提案してくれた。
しかも、強奪された荷を店へ届けるついでに、預けていた俺の馬まで取ってきてくれたのだ。
もう彼には足を向けて眠れない。
「あなたは、ひとりで旅を?」
「おう。会いたい人がいてさ」
「……凄いですね」
「ん?」
「見たところ、僕とあまり年は変わらないように見えます。それなのに、ひとりで旅をしているなんて……凄いと思います」
「凄いってことはねぇよ。ただ、ちょっと……自分の欲望に忠実っていうか」
笑って頭を掻く。
ちょっとではなく、かなりだが……ここは、控えめに申告しておく。
「僕からしたら、凄いですよ」
アウロラは薄く笑うと、薄紫色になりつつある夕空を見上げた。
「あの……旅の話、もう少し聞かせてくれませんか」
「まだ家出て1週間だけど、それで良ければ」
俺は頷く。
アウロラとの会話をとても楽しむ自分がいた。
それもそうだろう、レオンは家から出たこともなければ、まともな友人ひとりいなかったのだ。こうして年頃の近い相手と話すのはとても新鮮だった。
ふたつの影が、街道に長く黒く伸びる。
アウロラの家に辿り着くまで、他愛もない話は尽きることはなかった。
* * *
この日から、俺は第2の人生を歩き始めたんだと思う。
非力で、子供で、前世とは比べようもないほど自分ひとりでは何一つできない――そんな俺が、イーシャと再会し、恋を成就するまでの長く険しい運命の歯車が、ゆっくりと音を立てて回り出したのだ。
第1話 おしまい
それを破壊しない限り、奴らは永遠に体を再生し続ける。
故に、魔物はその強さに関わらず、人間にとって厄介な相手なのだ。
幸い、目の前の魔物は、魔法も使えず、知能もそう高くはない。
ただ、食事のために本能のままに攻撃してくるタイプだ。
とはいえ、アウロラの体力がいつまでもつか分からない以上、楽観視はできなかった。
彼が負けるようなことがあれば、ここにいる全員が食われる。
「このっ……!」
アウロラは、魔物の攻撃を躱し、時にハンマーで軌道を逸らしながら、攻撃を続けた。
その度に、蹴った砂のように魔物の身体は霧散するも、すぐに元の形へ戻ってしまう。
その戦いの様子を観察していた俺は、手応えを覚えて舌を舐めた。
魔物は一瞬で元の形に戻れるからか、アウロラの攻撃を防ごうとはしない。
にもかかわらず、左足だけはしっかりと攻撃を避けているのだ。
なぜ、その箇所だけを庇うのか。そんなことは考えるまでもない。
「左足の付け根らへんだ!」
俺の声に頷き、アウロラが魔物の頭蓋から左足までを一気に砕くべく高く飛ぶ。
しかし、魔物は自らの弱点を悟られたことに感づいたのか、飛び退いた。
「逃がしません」
中空を蹴ったアウロラが、コマのようにハンマーを振り回し魔物に接近。
その回転に巻き込まれるようにして、魔物の体が徐々に削られていく。
魔物が逃げ切るよりも、アウロラの方が速かった。
あとはただ、左足を破壊するのを待つばかり……と、不意に魔物の左足だけが遠くへ飛んだ。
コアを破壊されることを恐れ、奴は左足を切り離したのだ。
「だから、逃がさないって……言ったでしょう?」
それを見逃さず、アウロラは回転を利用してハンマーを投擲した。
恐ろしいまでの速度でハンマーは逃げた左足へ迫り、それを撃ち抜き、地面に突き刺さる。
何かが割れる甲高い音が響いたかと思えば、魔物は耳をつんざく悲鳴を上げながら、霧散した。
後には、手のひら大の黒い石だけが残った。
破壊した魔物のコア――『魔石』だ。
アウロラは肩で息をしつつ、霧散した魔物を見つめる。それから、トドメをさしたと理解すると、パタパタと走ってハンマーを拾った。
淡い光が弾けて、元の細くて質素な杖に戻る。
「……ありがとう。お陰で助かった」
俺は杖を腰に下げるアウロラに歩み寄ると、頭を下げた。
助けるつもりが、助けられてしまった。やはり、この身体はいろいろと不便すぎる。
彼はキョトンとして俺を見ると、眉根を寄せてそっぽを向いた。
「いえ……お礼を言うべきは僕の方です。ありがとうございました」
抑揚のない声で言う。
その頬は微かに赤い。もしかしたら、照れているのかもしれない。
「俺がいなくてもなんとかできてたよ」
「杖を持ってきてくれたのは、あなたですから」
「……なら、お互いありがとうってことで」
「そうですね」
アウロラが薄く笑う。
それに微笑み返す。と、視線の端で魔石がキラリと輝いた。
俺は魔物が霧となって消えた場所に座り込むと、ひび割れたそれを拾い上げ、明かりに透かした。
魔物は、魔石の濃淡で強さがわかる。
濃度が濃ければ強く、淡ければ弱い。
今回のアズは、下の中レベルだろうか。
「あなたは、魔石も鑑定できるんですか?」と、アウロラ。
「軽くな」
そう応えてから、俺は魔石を彼の手に握らせた。
「ほらよ」
「どうして、これを僕に?」
「お前が倒したから、お前が貰うのが道理だろ」
「僕が、倒した……」
まじまじと手のひらを見下ろして、彼はちょっと嬉しそうにした。
「ありがたく貰います」
凄まじく強いのに奢るわけでもなく、かと言って、謙遜が過ぎるわけでもない。
感情表現が独特な、なんとも不思議な少年だ。
俺はふと、イーシャを思い出して慌てて頭を振った。
* * *
その後、掴まっていた御者の男が町に走り自警団の人たちを呼んでくれて、ならず者たちは全員お縄についた。
その間、スキルが発動するのを恐れて隠れていた俺は、今、馬を引いてアウロラと一緒に街道を歩いている。
「へぇ。ばーさんと二人暮らしなんだ。俺、突然行って大丈夫か? 迷惑だったりしない?」
「大丈夫ですよ。……たぶん」
「たぶん、って……そこは言い切って欲しかったんだけど……」
まだ宿を取っていないと話した俺に、アウロラはうちに泊まればいいと提案してくれた。
しかも、強奪された荷を店へ届けるついでに、預けていた俺の馬まで取ってきてくれたのだ。
もう彼には足を向けて眠れない。
「あなたは、ひとりで旅を?」
「おう。会いたい人がいてさ」
「……凄いですね」
「ん?」
「見たところ、僕とあまり年は変わらないように見えます。それなのに、ひとりで旅をしているなんて……凄いと思います」
「凄いってことはねぇよ。ただ、ちょっと……自分の欲望に忠実っていうか」
笑って頭を掻く。
ちょっとではなく、かなりだが……ここは、控えめに申告しておく。
「僕からしたら、凄いですよ」
アウロラは薄く笑うと、薄紫色になりつつある夕空を見上げた。
「あの……旅の話、もう少し聞かせてくれませんか」
「まだ家出て1週間だけど、それで良ければ」
俺は頷く。
アウロラとの会話をとても楽しむ自分がいた。
それもそうだろう、レオンは家から出たこともなければ、まともな友人ひとりいなかったのだ。こうして年頃の近い相手と話すのはとても新鮮だった。
ふたつの影が、街道に長く黒く伸びる。
アウロラの家に辿り着くまで、他愛もない話は尽きることはなかった。
* * *
この日から、俺は第2の人生を歩き始めたんだと思う。
非力で、子供で、前世とは比べようもないほど自分ひとりでは何一つできない――そんな俺が、イーシャと再会し、恋を成就するまでの長く険しい運命の歯車が、ゆっくりと音を立てて回り出したのだ。
第1話 おしまい
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