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プロローグ 勇者転生、その理由
失恋、そして転生へ
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――約7年前。
魔王討伐の要請を、一介の冒険者だった勇者はいつものクエストを受けるノリで請け負った。
報酬も良かったし、好みの男たちが参加していたからだ。
魔王討伐戦はかなり厳しい戦況が続いた。多くの優秀な冒険者が死に、世界は着実に滅びの道を歩んでいた。
そんな中、人間は妖精王という最大の助っ人を得たのである。
初めてイーシャと出会った時、勇者の胸に湧き上がった感情は、ある種の有用な武器を得た時の高揚感だった。
イーシャは人形のようだった。笑わない、怒らない、悲しまない……他の妖精たちと違い、彼からは感情がスッポリと抜け落ちていたのである。
しかし仲間たちと過ごすうちに、彼はとても感情豊かになっていった。と言っても、近しい者だけが気付く程度の変化だったが。
彼は薄く笑ったし、苛立ちをまとうようになったし、冗談も皮肉も言うようになった。
その変化に気づく度に、勇者は自分の中でむず痒い愛おしさが募るのを感じた。
そして気がつけば這い上るのも不可能なほど、深い恋に落ちていたのだ。
「戦いが終わったら、言おうって決めてたんだ」
勇者はイーシャを真っ直ぐと見つめて、口を開いた。
「イーシャ。あんたを愛してる。あんたの長い一生のひとこまを、俺にくれないか」
「おー」「かんぱくせんげんなんだ」「これはすきゃんだる」
ふたりによじ登っていた下級妖精が間の手を入れる。
イーシャは形の良い眉を寄せつつ、肩に乗る妖精を地面に下ろした。
困惑するのも無理はない。
妖精とは世界を慈しみ育てる、草花や風、神に近い存在だ。
たとえ言葉を交わすことはできても、恋愛感情の対象にはなり得ない。
……普通ならば。しかし、勇者は普通の範疇に収まる男ではなかった。
しばらくの沈黙の後、イーシャは短く嘆息した。
「私は、お前を愛してはいない」
「うん、それはわかってるよ。
俺とあんたは仲間であって、それ以上でもそれ以下でもない。
だから、これから……仲間としてじゃなくて、俺自身のことを知って欲しいんだ」
人並み以上に恋多き人生を歩んできた勇者だが、これほど強い情熱を抱いた相手は彼が最初で最後だと、そんな確信めいたものを覚えている。
「愛せると思えたらでいいんだ。そうしたら、一緒に過ごし――」
「私がお前を愛することなどありえない」
言葉を遮るようにして、イーシャはにべもなく答えた。
ポンッと音を立てて、ふたりを囲んでいた妖精たちが姿を消す。
「……それは、俺が人間だから? 男だから?
それとも心に決めている相手がいる、とか?」
勇者は冷静に問いを重ねる。
「……いや、そうではなく……」
イーシャは口籠もると、ふいと視線を外した。口元に手をやり、思案げにし、次いでゆるりと頭を振った。
「私は……少年にしか興味がないんだ」
「へ……?」
「育ちきった男を、そう言った目で見ることは出来ない」
勇者の口の端がヒクリと震える。
このとびきり美しい男は、今、何と言った?
「少年が好き? ええと、それは……性的に?」
「……そうだ」
イーシャは至極真面目な様子で頷いた。
一瞬、勇者は気が遠くなるのを感じた。
しかし、なんとか放棄しかけた思考をつなぎ止め、彼は食い下がった。
「あ、あんたから見たら、俺だって少年みたいなもんだと思うけど……」
イーシャは妖精王――不老の存在だ。
今までいろいろな話をしたが、それから察するに、彼は1000歳はゆうに超えている。
それならば二十代の自分など、少年どころでなく赤ん坊だと勇者は思う。
イーシャは細く長い指を勇者の幹のように太い腕に伸ばし、ふに、と揉んで、長い溜息をついた。
「お前のどこが少年だ。こんなに育った子供がどこにいる」
「ほ、本気なのか……」
ドラゴンに踏み潰された時を彷彿させる衝撃。
清廉潔白な妖精王の斜め上の告白に、勇者は愕然として項垂れた。
その頭をイーシャはポン、と軽く撫で、
「だから私のことは諦めろ」
言って、立ち上がる。
その長いローブの裾を、勇者は咄嗟に掴んだ。
……人様の趣味趣向を、おかしいだなんだと品定めする権利は誰にもない。
そもそもイーシャが少年好きだとして、自分の気持ちはそれで変わるようなものなのだろうか?
そんな自問自答に、勇者は「いな」と答える。
魔王との絶望的な戦いの中で、彼は学んだのだ。
最後まで諦めず、模索することの大切さを。
「……俺が少年になれば、ワンチャンあんたと愛し合える、ってこと?」
慎重に問いを重ねる。
イーシャは項垂れる勇者を見下ろし、躊躇いがちに口を開いた。
「……そうだな。だが、そんなことは」
「できる」
力強く宣言した勇者は、立ち上がった。
イーシャを見下ろしニッと微笑む。
「できる……? 何をするつもりだ?」
イーシャは訳が分からないというように、美しい相貌をしかめた。
「転生するよ、俺」
「なに?」
普通に考えれば、少年愛者と成人の男が結ばれることなど不可能だ。
だが、勇者は『人』で『転生でき』、妖精王イーシャは『不老の存在』。
「俺、生まれ直して、あんたにもう一度告白する。
もちろん、少年のうちにさ」
イーシャはますます混乱したようだ。
けれど勇者は気にせず続けた。
「だから、その時は俺と恋をしよう。約束だ」
触れたい気持ちをグッと抑え込み、勇者は颯爽と踵を返した。
その足で、彼は賢者・フロルの下へ向かった。
記憶をそのままに転生するにはそれなりのデメリットもあったが、イーシャの他に欲しいものなど何もない。
そういうわけで、勇者はさっさと今世に別れを告げたのである。
プロローグ おしまい
魔王討伐の要請を、一介の冒険者だった勇者はいつものクエストを受けるノリで請け負った。
報酬も良かったし、好みの男たちが参加していたからだ。
魔王討伐戦はかなり厳しい戦況が続いた。多くの優秀な冒険者が死に、世界は着実に滅びの道を歩んでいた。
そんな中、人間は妖精王という最大の助っ人を得たのである。
初めてイーシャと出会った時、勇者の胸に湧き上がった感情は、ある種の有用な武器を得た時の高揚感だった。
イーシャは人形のようだった。笑わない、怒らない、悲しまない……他の妖精たちと違い、彼からは感情がスッポリと抜け落ちていたのである。
しかし仲間たちと過ごすうちに、彼はとても感情豊かになっていった。と言っても、近しい者だけが気付く程度の変化だったが。
彼は薄く笑ったし、苛立ちをまとうようになったし、冗談も皮肉も言うようになった。
その変化に気づく度に、勇者は自分の中でむず痒い愛おしさが募るのを感じた。
そして気がつけば這い上るのも不可能なほど、深い恋に落ちていたのだ。
「戦いが終わったら、言おうって決めてたんだ」
勇者はイーシャを真っ直ぐと見つめて、口を開いた。
「イーシャ。あんたを愛してる。あんたの長い一生のひとこまを、俺にくれないか」
「おー」「かんぱくせんげんなんだ」「これはすきゃんだる」
ふたりによじ登っていた下級妖精が間の手を入れる。
イーシャは形の良い眉を寄せつつ、肩に乗る妖精を地面に下ろした。
困惑するのも無理はない。
妖精とは世界を慈しみ育てる、草花や風、神に近い存在だ。
たとえ言葉を交わすことはできても、恋愛感情の対象にはなり得ない。
……普通ならば。しかし、勇者は普通の範疇に収まる男ではなかった。
しばらくの沈黙の後、イーシャは短く嘆息した。
「私は、お前を愛してはいない」
「うん、それはわかってるよ。
俺とあんたは仲間であって、それ以上でもそれ以下でもない。
だから、これから……仲間としてじゃなくて、俺自身のことを知って欲しいんだ」
人並み以上に恋多き人生を歩んできた勇者だが、これほど強い情熱を抱いた相手は彼が最初で最後だと、そんな確信めいたものを覚えている。
「愛せると思えたらでいいんだ。そうしたら、一緒に過ごし――」
「私がお前を愛することなどありえない」
言葉を遮るようにして、イーシャはにべもなく答えた。
ポンッと音を立てて、ふたりを囲んでいた妖精たちが姿を消す。
「……それは、俺が人間だから? 男だから?
それとも心に決めている相手がいる、とか?」
勇者は冷静に問いを重ねる。
「……いや、そうではなく……」
イーシャは口籠もると、ふいと視線を外した。口元に手をやり、思案げにし、次いでゆるりと頭を振った。
「私は……少年にしか興味がないんだ」
「へ……?」
「育ちきった男を、そう言った目で見ることは出来ない」
勇者の口の端がヒクリと震える。
このとびきり美しい男は、今、何と言った?
「少年が好き? ええと、それは……性的に?」
「……そうだ」
イーシャは至極真面目な様子で頷いた。
一瞬、勇者は気が遠くなるのを感じた。
しかし、なんとか放棄しかけた思考をつなぎ止め、彼は食い下がった。
「あ、あんたから見たら、俺だって少年みたいなもんだと思うけど……」
イーシャは妖精王――不老の存在だ。
今までいろいろな話をしたが、それから察するに、彼は1000歳はゆうに超えている。
それならば二十代の自分など、少年どころでなく赤ん坊だと勇者は思う。
イーシャは細く長い指を勇者の幹のように太い腕に伸ばし、ふに、と揉んで、長い溜息をついた。
「お前のどこが少年だ。こんなに育った子供がどこにいる」
「ほ、本気なのか……」
ドラゴンに踏み潰された時を彷彿させる衝撃。
清廉潔白な妖精王の斜め上の告白に、勇者は愕然として項垂れた。
その頭をイーシャはポン、と軽く撫で、
「だから私のことは諦めろ」
言って、立ち上がる。
その長いローブの裾を、勇者は咄嗟に掴んだ。
……人様の趣味趣向を、おかしいだなんだと品定めする権利は誰にもない。
そもそもイーシャが少年好きだとして、自分の気持ちはそれで変わるようなものなのだろうか?
そんな自問自答に、勇者は「いな」と答える。
魔王との絶望的な戦いの中で、彼は学んだのだ。
最後まで諦めず、模索することの大切さを。
「……俺が少年になれば、ワンチャンあんたと愛し合える、ってこと?」
慎重に問いを重ねる。
イーシャは項垂れる勇者を見下ろし、躊躇いがちに口を開いた。
「……そうだな。だが、そんなことは」
「できる」
力強く宣言した勇者は、立ち上がった。
イーシャを見下ろしニッと微笑む。
「できる……? 何をするつもりだ?」
イーシャは訳が分からないというように、美しい相貌をしかめた。
「転生するよ、俺」
「なに?」
普通に考えれば、少年愛者と成人の男が結ばれることなど不可能だ。
だが、勇者は『人』で『転生でき』、妖精王イーシャは『不老の存在』。
「俺、生まれ直して、あんたにもう一度告白する。
もちろん、少年のうちにさ」
イーシャはますます混乱したようだ。
けれど勇者は気にせず続けた。
「だから、その時は俺と恋をしよう。約束だ」
触れたい気持ちをグッと抑え込み、勇者は颯爽と踵を返した。
その足で、彼は賢者・フロルの下へ向かった。
記憶をそのままに転生するにはそれなりのデメリットもあったが、イーシャの他に欲しいものなど何もない。
そういうわけで、勇者はさっさと今世に別れを告げたのである。
プロローグ おしまい
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