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日常6

妄想過激と誤算スパイス(6)

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* * *

 翌朝。
 予想通り、類さんたちが起きてくる気配はなかった。

 僕と帝人さんは、遅い朝ご飯にカップラーメンを食べた。

 食後の歯磨きをし終えてリビングに戻れば、
 コーヒーを片手に携帯を弄っていた帝人さんが口を開いた。

「……君は俺に怒らないんだね。しばらく類のこと独占しちゃってたのに」

 言葉に僕は目を瞬かせる。

「怒る理由がないでしょう?
 類さんはお仕事で帝人さんと一緒にいたんですから」

 言って、キッチンに向かった。
 僕は帝人さんが煎れてくれたコーヒーをマグカップに注ぎ牛乳を入れてソファに戻る。

「信じてるの?」と、帝人さん。

 僕は半眼になって彼を睨めつけた。

「……そうやって挑発しようとしても無駄ですよ」

「うん?」

「嫉妬で、ワタワタする僕を見て楽しむつもりでしょう。
 でも、お生憎様です。嘘だってわかってるんですから」

「どうして嘘だって思うの?」

「だって、結局あなたは明言しなかったじゃないですか」

 僕は余裕の表情で足を組むと、カフェラテを口にした。

 類さんとセックスしなかったのか、と問うたニャン太さんに、彼は仕事だったと言った。
 その後、嘘を付いたのか? という問いには、明言していないと答えていた。
 ニャン太さんは彼の回答を「隠していた」と受け取った。もちろん会話の文脈から考えれば、そういう意味になる。

 しかし、だ。

 帝人さんの言葉だけを追いかければ、彼が何一つ答えていないのがわかるだろう。

 彼は嘘を付くことに何の躊躇もない。
 それなのに「した」と言わなかったのは、類さんと嘘でも関係を持ったと言いたくなかったから。
 そして、「しなかった」と言わなかったのは、
 類さんがニャン太さんたちに嫉妬をさせたいとわかっていたから――
 と、僕は帝人さんに自分の推理を披露する。

「だから嫉妬することなんてないんです。
 類さんの言ったこと自体に信憑性がないんですから」

 類さんは、焼きもちを焼かせたかっただけだ。
 たぶん仕事が進んでいないから。または、もう書きたくないから。
 そして、それに帝人さんは協力させられ……

「抱いたよ、類のこと」

 スマホから顔を上げて、彼は言った。

「え?」

 僕はハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていたに違いない。
 帝人さんはクスリとも笑わずに続けた。

「さすがに毎晩したりはしなかったけど」

 それから、彼はまた携帯に目線を落とした。

 僕は押し黙った。言葉が見つからなかった。
 次第に胸の鼓動が大きくなっていくのを感じる。

 この感情はなんだろう?
 動揺、だろうか。
 帝人さんを見る。彼の涼しげな横顔を眺めて、真偽を確かめようとする。

 嘘をつかれた……んじゃないのか……?
 本当に? 本当に類さんのこと、抱いたのか?
 でも、そうなら何かしらふたりの関係に変化があるはず……いや、帝人さんも類さんも、嘘が上手だ。

 もしも。もしも、帝人さんの言葉が嘘じゃなかったら。

 そんなの……
 そんなの、なんていうか、凄く……
 凄く、悔しい。

 帝人さんは類さんのことが好きだというわけじゃない。
 一方で、類さんは帝人さんのことを意識している。それが愛や恋とは違うものだとはわかってはいる。
 ふたりが性的なことをしたとしても、相互オナニー、いうなればストレス発散に近い行為だ。なのに……

 その時だ。

「くっそ……ケツ痛ぇ……」

 ニャン太さんの部屋から、ボサボサ髪のままの類さんが出てきた。
 トレーナーの中に手を突っ込んで、お腹の辺りをポリポリかきながら、彼は大きな欠伸をした。
 掠れた声とは裏腹に、スッキリ爽快な顔色だった。

「おはよ、ふたりとも……」

「おはようございます」

「もう1時だよ」と、帝人さん。
 それに類さんは鬱陶しそうに肩を竦ませた。

「あん? 太陽があるうちに起きたんだから、100点満点だろ」

 彼は食器棚からグラスを取ると、ウォーターサーバーに向かった。
 それから水を飲み、僕等の方にやってきた。

「それより、髪の毛凄いことになってるよ」

 帝人さんの指摘に、類さんが髪に触れる。

「マジ? 寝癖? どこ?」

「この辺……」

 ソファに座る帝人さんに向かって、類さんが身体を屈ませた。
 僕は知れず立ち上がると、帝人さんが触れるよりも早く、1番大きく跳ねている箇所を手ぐしで撫でた。

「寝癖は、ここです」

「お。サンキュ」

「ここも跳ねてるよ」と、帝人さんが大きな手を類さんに伸ばす。
 僕は帝人さんと、類さんの間に身体を滑り込ませた。

「伝くん?」

「帝人さんは……類さんに触っちゃダメです」

 帝人さんが目を丸くした。
 類さんも驚いていた。僕だって……自分の行動に説明をつけられない。
 しかし、悔しいんだから仕方ない。

 類さんとのことを、なんともないみたいに話さないで欲しい。
 僕はいつだって類さんに夢中で、余裕がなくて、彼の後を必死で追いかけているのに。
 余裕綽々で類さんに触れるだなんてズルイじゃないか。

 独占欲。嫉妬。ジェラシー。
 久々にそんな感情の起伏に襲われた。

 帝人さんが口の端を持ち上げた。
 それから、彼はゆったりとした動きでソファを立ち、類さんの手を引いた。

「お、おい、帝人?」

 類さんがギョッとして、彼の腕から逃れようとする。

「ちょっと、帝人さん……」

 顔をしかめた僕に、帝人さんは類さんの項当たりの髪の毛に指を絡ませた。

「伝くん、聞きたい? どんな風に類と楽しんだか」

「は? 今更その話?」

 類さんが戸惑った様子で僕を見た。
 それから帝人さんと僕を見比べてから、楽しそうに目を輝かせた。

「……伝。興味ある?」

 態とらしく両手を持ち上げ、帝人さんに巻きつける類さん。
 そこはかとなく、淫らな雰囲気を醸し出すふたりに、顔に熱が集まってくる。

 僕は。
 僕は……

「類さんの……ばかっっ!」

 混乱のまま声を荒げて、踵を返した。

「伝……!」

 帝人さんはソウさんのことが好きなのに。
 これ以上、類さんの関心を持っていかないで欲しい……!

 僕はやっと昨晩のニャン太さんの気持ちがわかる気がした。
 帝人さんも類さんが好きなら、こんな気持ちにはならなかっただろう。
 でも……
 ふたりがどんな風に触れ合ったのか興味があるのも事実で。
 それで僕の気持ちが類さんから離れることもないわけで。
 むしろもっとドはまりしてしまうまであって。
 ……僕は自分の変態さに打ちのめされたのだった。
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