上 下
73 / 75
日常6

妄想過激と誤算スパイス(5)

しおりを挟む
「る、るる類ちゃん!? 帝人!? い、いつからいたのっ!?」

ニャン太さんの問いに「『キスはするな』辺りから」と、帝人さんが上着を脱ぎながら言う。

「ほぼ全部聞いてたんですね……」

僕は眼鏡を持ち上げて目をこすった。
自分の問題発言を全て聞かれていたと思うと、今すぐ灰になってしまいたい。

「ったく、お前らはまたくだらねぇことで盛り上がりやがって」

と、呆れながら、類さんはお土産だろう紙袋をローテーブルに放った。
それにニャン太さんが勢いよく立ち上がる。

「くだらなくないでしょ! ボクら、ひと月もセックスしてないんだよ!?」

 僕とソウさんはそこまで気にはしていなかったが、黙ってふたりのやり取りを見守った。

「仕事だよ、仕事」

「仕事で何で帝人とつるむのさ!? 全然ジャンルが違うじゃん!」

「次の舞台、病院にしようと思ってるんだよ。
 で、見学させてもらったり、いろいろ相談してたんだって」

「……本当に?」

 ニャン太さんが帝人さんを振り返る。
 疑わしげな眼差しで、じーっと見つめる彼に帝人さんは肩を竦めた。

「本当だよ。というか、つるむってほど一緒にはいなかったから。
 知人にアポとって、繋げて、そのついでに食事したくらいで……」

「アヘアヘセックスしてないの?」

「ニャン太……俺は仕事だよ……」

 帝人さんがガクリと肩を落とした。

 僕は苦笑いを浮かべる。
 まあ、そんなことだろうとは思っていた。

 ニャン太さんは、類さんと帝人さんを見比べて、それから大きな大きな溜息をついた。
 それから頭の後ろに手をやって、パッと笑顔を浮かべた。

「なーんだ、そっか~~。心配して損した~~!」

 瞬時に沈鬱な気配を打ち払い、彼はニコニコ上機嫌でお土産の紙袋に手を伸ばす。

「ね、ね、何買ってきてくれたの?」

「チョコだよ。お前がこの前、食べたいーつってたネコの店の」

「わ、マジで!? チョー嬉しいんだけど!」

 嬉々として、包装を破いていくニャン太さん。
 ソウさんが対面の席から、その中身を覗き込む。

……良かった。
 家族会議はひとまずお開きのようだ。

「じゃあ、僕はコーヒーを淹れてきますね」

 言って、席を立てば、

「ま、帝人とアヘアヘセックスはしたけどな」

 ソウさんの頬にただいまのキスをしてから、類さんが軽い調子で言った。
 チョコの包装を取り除いていたニャン太さんの手が、ピタリと止まった。

「類……」

 帝人さんが嘆息する。

「……帝人、嘘ついたってこと?」とニャン太さんが俯いたまま問い掛ける。

「したか、してないかは明言してないよ」

 帝人さんは降参を示すように両手を上げた。

「それって嘘だよねぇ!?」

 顔を上げたニャン太さんは、泣きそうな表情で唇を戦慄かせた。
 類さんはケラケラ笑いながら、踵を返し――

 と、その手を、ソウさんが掴んだ。

「ソウ?」

 ソウさんは何も言わない。
 類さんは小首を傾げた。その口元は少し嬉しそうに歪んでいる。

 ああ……そういうことか……

 僕は小さく笑った。
 嫉妬って最高のスパイスだよな、と笑っていた彼を思い出したのだ。

「ソウちゃん、そのまんま捕まえてて。
 ボクらには、説得する義務があるんだよ。そこそこサイズも悪くないってね……!」

 ニャン太さんの言葉に、頷くソウさん。

「わかったわかった、シャワー浴びたらな」

「シャワーなんて浴びなくていいでしょ。どーせ汗だくになるんだから」

 フラリと立ち上がったニャン太さんの目は据わっていた。

 たぶん類さんが予想していたより、僕らが思っていたより、彼は本気で悩んでいたのだろう。
 肌に感じる圧に、僕はひぇと息を飲んだ。
 類さんも軽薄な笑顔を引き攣らせている。

「や、やっぱ、また今度にすっか。今日はもう遅いし……」

「うるさいうるさいうるさーーい!」

 危機を察知しても、時既に遅し。

 逃げようとする類さんの腕を、ソウさんはしっかり掴んだままで、そこへ歩み寄ったニャン太さんが軽々と彼を荷物みたいに背負った。

「ちょっ、ニャン太っ……!?」

「行くよ、ソウちゃん!」

 鼻息をフンと吐き出す。
 それから彼は僕を振り返った。

「デンデンも!」

「え、あ、僕は大丈夫ですっ……!」

「わかった! じゃあまた今度ね!」

 本当にいいの~? とか、みんなでイチャイチャしよー! とか、
 いつもの明るいお誘いはない。
 それが彼の本気度合いを語っている気がする。

「やっ、待て! 伝! 伝も一緒にっ……!」

 類さんが僕に手を伸ばし、そのままニャン太さんの部屋へと消えていった。
 ソウさんが静かに扉を閉める。僕はそれをヒラヒラと手を振って見送った。

 しばらくするとギャーと断末魔みたいな悲鳴が部屋から聞こえてきて、
 やがて、静かになった。

「じゃあ……チョコは片付けますね」

 僕はテーブルに広げられていたチョコの箱を手に冷蔵庫へと向かう。

「あの感じ、明日は夕方まで起きてこないだろうね」

 帝人さんがソファにかけていた上着を手に取った。

「僕、ご飯用意しますよ。食べたいものあります?」

「カップラーメンかな」

 彼はニコリと笑って答えた。
 僕は口の端を引き攣らせる。
 ソウさんの食事以外には、全く興味を示さない帝人さんの徹底ぶりには閉口するばかりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病み男子

迷空哀路
BL
〈病み男子〉 無気力系主人公『光太郎』と、4つのタイプの病み男子達の日常 病み男子No.1 社会を恨み、自分も恨む。唯一心の支えは主人公だが、簡単に素直にもなれない。誰よりも寂しがり。 病み男子No.2 可愛いものとキラキラしたものしか目に入らない。溺れたら一直線で、死ぬまで溺れ続ける。邪魔するものは許せない。 病み男子No.3 細かい部分まで全て知っていたい。把握することが何よりの幸せ。失敗すると立ち直るまでの時間が長い。周りには気づかれないようにしてきたが、実は不器用な一面もある。 病み男子No.4 神の導きによって主人公へ辿り着いた。神と同等以上の存在である主を世界で一番尊いものとしている。 蔑まれて当然の存在だと自覚しているので、酷い言葉をかけられると安心する。主人公はサディストではないので頭を悩ませることもあるが、そのことには全く気づいていない。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

支配された捜査員達はステージの上で恥辱ショーの開始を告げる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

処理中です...