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日常5

誰でもいいと君だから(8)

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* * *

 自室に戻ると明かりがついていて、ベッドにワインレッドの髪が見えた。

「おかえり、伝」

 そう言って、身体を起こしたのは類さんだ。

「類さん!?」

 僕は急いでベッドに駆け寄った。

「どうかしたんですか?」

「悪い、勝手に入って」

「いえ、それは構わないのですが……」

「最近、元気なかったから。何か悩んでんのかなーって思ってさ」

 類さんが優しい微笑みを浮かべて僕の手を引く。
 僕は彼の隣に寝転がった。

「ご心配をおかけして、すみません」

「いいよ。もう平気なんだろ」

「わかるんですか?」

「わかるよ。お前のことは何だって」

 それは僕がわかりやすいということだろうか?
 それとも、それだけ気に掛けてくれているということだろうか。

 ……前向きに、後者だと思うことにする。

 じゃれるように、顔を寄せる。鼻先をくっつけ、視線を合わせる。
 と、彼は目を細めた。

「平気になったの、帝人のお陰?」

「ぅえっ!?」

 唐突な問いに仰け反れば、彼は笑い声を立てた。

「ははっ、すげー声」

「な、ど、どうして帝人さんだって……」

「便所行こーって部屋出たら、お前が帝人んとこ行くの見たんだよ。もしかして……知られたらマズイことしてた?」

 類さんが距離を詰めてくる。
 顔を覗き込まれて、口の端が引き攣った。

 おもむろに彼は僕の首筋に触れた。
くすぐるみたいに指先が滑る。

「んー……ちょっと身体、温かいな。それに」

 1度言葉を切ると、彼は親指で僕の唇をゆっくりとなぞって言った。

「唇。赤くなってる。――帝人とキスしたんだ?」

「……」

 確信を込めた言葉。
 真っ直ぐ向けられた視線から、目を反らせない。

「え、ええと……あの……」

 口の中にたまった唾液を飲み下し、僕は無意味に唇を開閉させた。
 静寂がちくちくと肌に突き刺さるみたいだ。
 
「し……しました」なんとか搾り出した声は掠れていた。

「それから?」

「そ、それだけです!」

「へぇ?」

 顔を傾けて、器用に片眉を持ち上げる類さんは微笑んだままだ。

 もしかして……怒って、る?

 しかし、さっきのは理由が――
 と、考えて僕は口元を覆った。

 事情があっても、キスしたらダメだろ。
 普通に考えて、恋人以外としちゃダメだろ!?!?

 いやでも、ニャン太さんやソウさんとは何度もしているし、それで類さんが怒ったことはなくて……なんていうのは、言い訳だろう。

 焦りで、頭が真っ白になる。

「なんで帝人とキスしたの」

 真剣な表情で、問いかけられた。

「悩んでたのはソウとのことじゃなかったのか?」

「それは……」

「俺には頼れなかった? それとも帝人のとは別?」

「……別では、ないです」

 僕はおずおずと続けた。

「あの夜……その、ソウさんにキスをされた時……」

 ああ、どうしよう。
 くだらなすぎて呆れられたらどうしよう。

「……ぼ、勃起を、してしまって」

「ん?」と、類さんが目を瞬かせる。

 僕は顔に熱を感じながら、続く言葉を早口でまくしたてた。

「それで! ぼ、僕は、エッチなことが出来れば誰でもいい――やりっ、ヤリチンっ、なのかとっ!?」

「いや、ねーだろ」

「でも、勃っちゃったんです! 今まで、ソウさんとそういうことしたいとか思ったことなかったのに! き、キスだけで、あんなっ……」

「ソウのキス気持ちいいもんな」

「そうなんです……――じゃなくて!」

 勢いで頷いてしまった。
 慌てて話を戻そうとすれば、類さんに先取りされる。

「わかったよ。それで、帝人相手に確かめたんだな」

「……はい」

 帝人さんもそうだけど、類さんも話が早くて助かる。
 というか、僕の思考回路はそんなに単純だということだろうか。

「なるほどなぁ」

 と、言って、類さんが俯く。
 ついで、クックッと喉奥で笑う声が聞こえてきた。

「伝って、やっぱズレてるよ」

「う……」

「それで? どっちだったんだ?」

 優しく髪を撫でられて、先を促される。
 僕はいじけた気持ちで、顔を背けたままボソボソと応えた。

「あの夜は……ソウさんとのキスだから、気持ち良くなったんだと、その……理解できました」

「なんだ。帝人には勃たたなかったんだ」

 一拍の間の後、僕は類さんに向き直る。

「やっぱり僕って浮気性ですよね!? それとも色情狂!?」

「色情狂……って言葉を会話で聞くとは思わなかったな」

 類さんが腹を抱えて笑う。

「わ、笑い事じゃないですよ……! 類さんはいいんですか。こんな僕で……こんな……」

「別に色情狂でいいじゃん。俺はそんなお前が好きだよ」

「え、えぇ……そんなバカな――」

 唇が触れて、僕の戸惑いは遮られてしまう。

「夜な夜な相手を探して彷徨ってる……ってわけじゃねぇし。問題なし」

 手指を絡められ、再び口付けられた。
 それは甘く情熱的で、脳髄がとろけていく。

「は……ふ、類さ……ん、んん、ん……」

 銀糸を引いて唇が離れると、陶然とする僕を見下ろして彼は口の端を吊り上げた。

「お前のこと、こんなにエロくしたのは俺だとはいえ……そーか、そーか。帝人にも勃ったか」

「る、類さん?」

「伝のこと待ってる間な、帝人とどんな風に過ごしてんのかとか考えて……めちゃくちゃイライラした。んで、ムラムラした」

「は? む、ムラムラ……?」

「そう。……ほら」

 手を彼の足の間に導かれる。
 そこはスラックスの上からでもわかるくらい、固く膨らんでいて思わず喉が鳴る。

「嫉妬ってヤバいな。どんな強壮剤より効くわ」

 嫉妬? 類さんが?

「嫉妬って……その、ニャン太さんとかソウさんにも、するんですか?」

「ん? んー……」

 類さんが整った面差しをしかめる。ついで、苦笑いを浮かべた。

「たぶん、しねぇな。帝人だけ特別」

「特別?」

「おう」

 頷いた類さんはちょっと照れたように唇を舐めた。

「ほら、アイツ……格好イイじゃん。
 背も高いし、肩幅あるし、身体厚いし、根性あるし。立ち居振る舞いに品がある」

 思わぬ告白に、僕は虚を突かれる。

「俺の欲しいもん全部持ってる。だから、灼けるんだな。あと……」

 それから彼はポカンとする僕の額に額で触れた。

「伝と仲がいい」

「ええ? どこを見てそんな……」

「伝が遠慮しねぇの、帝人だけだろ」

「そう、でしょうか?」

「そうだよ。お前、帝人にだけ結構辛辣だし。俺とかニャン太とか、ソウには絶対言わないことを帝人には言ってる」

「帝人さんがめちゃくちゃな事をするからですよ」

「ほら、そうとこ。お前、絶対俺のせいとか言わねぇし」

 ぐりぐりと額を押しつけられた。

「灼けるなあ、マジで」

 再び唇が重なる。
 ついでトレーナーを捲り上げられ、類さんの唇が胸の突起に触れた。

「……早く俺にも心を開いてくれ」

 ノックするみたいに、逆側の乳首を指先で弄り回される。

「類さん……以上に僕の恥ずかしい部分を見せてる人なんていませんよ……。
 これで心を開いていないなんて……何が開いていることになるんですか……」

「……それもそうか」

 胸を弄っていた類さんが顔を持ち上げた。
 手は思わせぶりに脇腹をなで、次第に下方へ向かって行く。

「類さん……」

「スキだよ、伝」

「僕もです……」

 舌を絡めれば、類さんがもどかしげに腰を押しつけてきた。

「お互い、ガチガチだな」
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