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日常5

誰でもいいと君だから(7)

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「ぅ……うう……」

 僕は、号泣した。

「うわっ……!? ちょ、泣いてっ……!?」

「ずみ゛ま゛ぜん……っ」

 帝人さんが物凄い勢いで飛び退る。
 僕は止めどもなく溢れる涙を手の甲で拭い、何度も嗚咽をこぼした。

「……ごめん。ふざけ過ぎた」と帝人さん。

 僕は力なく頭を左右に振る。

「ぅ、ヒック……ち、違います……ぼ、僕がっ……悪っ……う……」

「伝くん?」

「ぼ……勃起しちゃいましたぁ……っ」

 差し出されたティッシュを貰って、鼻をかむ。
 見かねた帝人さんが、涙を拭うのを手伝ってくれた。

 僕はそれに甘えながら、声を上げて泣いた。

 もう言い逃れなんて出来ない。
 僕は誰とでもセックスができる淫乱な人間だ。
 この陽だまりのような、愛の溢れる家族の中にいていい人間じゃない。

「こ、こんなんじゃ、僕……みんなといられません……類さんに大事にされる資格、ぅ、あ、あ゛り゛ま゛ぜんんっ……」

 言葉にすれば、ますますその事実は重くのし掛かってくる。

「誰でも、いいなんて……僕は、僕は……」

 鼻水が垂れた。
 それを帝人さんが押すようにして拭いてくれる。
 ついで、彼は困ったように口を開いた。

「面白いから言わなかったけどさ……あのね、伝くん。君は、誰でもこうなるわけじゃないよ」

 僕は視線を持ち上げる。
 手を引かれて身体を起こせば、優しく背中を撫でられた。

「俺がテクニシャンなんだ」

 至極真面目に彼は言う。

「え……?」

 僕は目を瞬いた。鼻水を拭うのも忘れて、彼を見る。
 と、頬を抓り上げられた。

「……伝くん? その顔はどういう意味かな?」

「ふ、ふみまひぇん……」

 青筋を浮かべた彼は、僕の両頬を無遠慮に引っ張る。

「……冗談はさておき」

 しばらく僕の頬で遊んでから、彼は手を離した。

「簡単な質問をするよ。
 君、カンナギくんの部屋でふたりきりになれる?」

「え……カンナギさん、ですか……?」

 ニャン太さんのお店のカンナギさんを思い浮かべる。
 スタイルの良い、超絶美女だ。彼女の部屋で、彼女とふたりきり……

 僕は店での一件が脳裏を過り、僕はブンブン首を振る。

「それは、ええと……なれないかもしれません……」

 怖い。ふたりきりは怖い。若干、誰かがいても怖いのに。

「じゃあ、君の友達の……ええと、マサオミくん。彼とラブホテルに行ける?」

「絶対に行きませんよ!!」

 即答だった。
 そんな僕に、帝人さんは呆れたように頷く。

「だろう? じゃあ、誰でもいいわけじゃないじゃないか。
 それとも押し倒されちゃったら、そのままセックスを楽しめるのかな?」

「む、ムリです」

 相手には失礼だが、ムリなものはムリだ。
 だいぶ前にマサオミにキスをされかけたが、血の気が引くくらい無理だった。

「ですが……でも……」

「ついつい忘れがちになってしまうけどさ。
 セックスって、性欲を満たすだけじゃなくて愛情表現の延長にあるものじゃない?
 だから、君がソウを拒絶できなかったのも、当たり前なんじゃないかな。
 大事に思ってるってことだろう」

「…………そんな風に納得してしまって、いいことなのでしょうか」

「どうしてダメなの?」

「やっぱり……不誠実というか……」

 簡単な問題ではない気がする。
 パートナーと家族にも関わる問題だし、もっとしっかり考えて、納得しないといけないのではと思う。

「そんなことを言ったら類はどうなるのさ」

 そう言って、帝人さんが鼻を鳴らす。

「僕と類さんは違いますよ! 類さんはちゃんと時間をかけて関係性を築いていて、僕は――」

「ないない。君、類たちに夢を見すぎ。そんなに丁寧に生きてないって。もっと大雑把だよ。サル並み」

「サルて……」

 最も近くで見て来た帝人さんが言うのだから、あながち間違ってはいないのかもしれないが……サルって……

 本当に?
 本当に僕が考えすぎなのか?

 顎に手を当てて考える。何かがつっかえているみたいに納得できないのは何故だろう。

「セックスするパートナーが複数いることの、何が問題なの?
 ……君は、誰から赤丸を付けてもらいたいのかな」

「え……」

 帝人さんの言葉に、喉が鳴る。

「そもそもの疑問なんだけどさ、許される、認められるセックスってなに?
 セックスに正否があるってこと?」

「それは……」

「正しいか正しくないかを判断するなら、ヒトは動物なんだから生殖行為以外の性行為は全て間違いになってしまうよね。
 つまり、同性同士のセックスは100パーセント間違っているし、子供を作らない、作れない男女のカップルのセックスも認められないことになる。
 それって凄く差別的な考えだと思うよ」

 淀みなく告げられた言葉に、僕は唇を引き結んだ。

「ねえ。君の好きは、誰かを傷付けるもの?」

 問いを口の中で反芻する。
 それから慎重に答えた。

「……いいえ。たぶん」

「なら、別にいいんだよ」

 大きな手が頭に触れた。

「それにさ、実際の恋人や夫婦なんて、ひとつやふたつ人に言えないことをしてるものなんだから。デリケートな話題だから、表に出ないだけさ」

 帝人さんがクスクス笑う。
 そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。でも、それは天蓋の奥に隠されて、他人では知るよしもない。

「……覚悟してたつもりだったんですけど」

 僕は呻くように言った。
 類さんと一緒に生きると決めた時、世間一般的な尺度に照らし合わせるのは辞めようと決めたのに……自分が情けなくなる。

「社会的に生きてる証拠だよ。うちのはみんな、倫理観壊れてるから」

 僕は苦笑いを浮かべた。
 つまりみんなは、倫理よりも自分を選んだということだ。
 そういうところが眩しく感じる。

「話、聞いてくれてありがとうございました。今日はちゃんと眠れそうです」


「もう戻るの?」

 ベッドから立ち上がると、腕を引かれた。

「ええ、帝人さん明日も早いでしょう? あまり長いしちゃうと貴重な睡眠時間が……」

「せっかくだし、本当に俺と最後までできるかどうか試していけばいいのに」

 指に指を絡ませるようにして、彼は続ける。

「俺が言ったことは所詮、推論だしね」

 ニヤリと笑って。親指の腹で、手のひらをくすぐるようにする。
 僕は肩をすくめた。

「……帝人さんは間違ってません。僕はあなたともできちゃうと思います。でも……」

 帝人さんを見下ろして、僕は続ける。

「でも、あなたは違うと思うから」

 帝人さんが目を瞬かせる。
 僕はそっと彼から手を離した。

「では、お世話になりました。おやすみなさい」

「……うん。おやすみ、伝くん」

 頭を下げて、彼の部屋を後にした。

「いつも頼ってばっかりだな……」

 そそくさと自室へ急ぐ。
 いろいろと感じるところはあるけれど、やっぱり帝人さんは優しいのだ。

* * *

 部屋の扉が静かに閉まった。
 伝が出て行って少しすると、帝人はふぅとため息をついて大袈裟にベッドに寝転がった。

「……俺は違う、か」

 天井に貼られた、フォダンショコラを頬張るソウの写真。

「やっぱり馬鹿だな。伝くんは」

 帝人は前髪を大きく掻き上げると、つまらなそうに嘆息した。
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