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日常5
誰でもいいと君だから(6)
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* * *
扉を開けた帝人さんは、突然訪れた僕に戸惑ったようだった。
「伝くん? どうかしたの、こんな夜遅くに」
「すみません……その、ご相談したいことがあって」
「相談? 俺に?」
帝人さんは訝しげにしながらも、部屋に入れてくれた。
デスクチェアを進めてくれる。
僕はそれを断って、彼を見た。
「その……」
何を言うかは、ここに来る前に考えてきていた。のだが。
内容が内容なので、いざ口にするとなると多大な勇気が必要だった。
帝人さんはベッドに腰掛け、待っていてくれた。
僕は肺の中が空っぽになるような息を吐き出して、また大きく息を吸い、拳を握り締めると顔を上げた。
「ぼ、僕に……やらしいことをしてくれませんか!?」
目を閉じ、言葉を絞り出す。
……。
空気が凍りつく気配。
わかってはいた。わかってはいたが、物凄い後悔に襲われた。
ダラダラと脂汗が背中を流れる。
「……は?」と、1テンポ遅れて帝人さんの声。
僕は堪えかねて、踵を返した。
「……すみません、今のは忘れてください! 申し訳ありませんでした!」
逃げるように、足早に扉を引き開ける。
「ちょっと待って」
すると、開きかけた扉を、追ってきた帝人さんが閉じた。
「とりあえず事情を聞いてもいいかな。だいぶ追い詰められてるみたいだし」
「いえ……すみません。本当にバカなことを言いました。今すぐ忘れてください。おやすみなさい」
「……ソウと何かあったんじゃないの?」
ワントーン低い声で告げられた言葉に、ドアノブを握る手が凍り付いた。
「あはは。気付かないと思った? 君、あからさまにソウのことを意識しているじゃないか」
一歩、帝人さんが近づき、うなじに吐息が触れる。
「君が来なかったら、俺の方から尋ねに行こうと思ってたんだ。
ね、話してよ。……怒らないから、さ」
ポン、と肩を叩かれた。
後ろから伝わってくる、絶対零度のプレッシャー……
「…………」
相談するということは、帝人さんに事情を話さねばならないわけで。
つまりはこの間のことを彼に知られるというわけで。
肩を抱かれ、僕はベッドに連れて行かれた。
そして促されるまま腰を下ろすと、膝を見つめて事情を話し始めた。
* * *
洗いざらい話し終えても、僕は、俯いたままだった。……帝人さんを見る勇気なんて、あるわけがない。
「そんなことがあったんだね」と、聞こえたのは穏やかな声。
「お、怒らないんですか……?」
「怒らないって言ったでしょ」
恐る恐る顔を持ち上げる。
彼は困ったように笑って、肩を竦めて見せた。
本当に怒ってはいないようだ。
「つまり、君は……ソウとの一件で、自分は誰とでもやらしいことができる人間なんじゃないか、と心配になった。
それで、性的対象じゃない俺とそういったことをしてみて、ニャン太やソウへの気持ちが特別であると証明したい、と」
「話が早くて助かります……」
「君、馬鹿だなあ」
帝人さんが爽やかに笑った。
その通り過ぎて「ぐっ……」と呻き声が漏れ出る。
自分の中で渦巻く悩みに、僕はこの世の終わりみたいな絶望を覚えていたが、こうして他人に指摘されてみると、本当に愚かしいことに思える。
帝人さんに、自分は淫乱ではないと証明して貰ってどうなると言うのだろう。
ソウさんのことも特別に思っているかどうかなんて、結局は僕の気の持ちようひとつではないのか。しかし、それでも……
「まあ、いいや。ほら、おいで」
鬱陶しい思考を遮ったのは、帝人さんだった。
彼は気軽い様子で、両手を広げる。
躊躇えば、腕を引かれた。
「み、帝人さ――」
唇が触れて、すぐ離れた。
「類たちに相談しても答えは出せないし、だからって他人に相談できる内容でもない」
大きな手が頬に触れる。
「試してみたらいいじゃない。あんな真似をした俺で、気持ち良くなっちゃうのかどうか」
帝人さんは自嘲の笑み口元に湛え、再び僕の唇を塞いだ。
ぎこちない動きで、舌が侵入してくる。
歯磨き粉の味がした。
「ふ……」
図らずも、抱きしめ合うような体勢になって、所在ない腕を、躊躇いがちに広い背中に回す。
「ん……っ、ンぅ……」
「伝くん……もっと口、開いて――」
舌を絡め取られる。
吐息を取り上げるような、キスに目まいがした。
薄目を開けると、精悍な顔が視界に広がり、慌てて目を閉じる。
頬を包んでいた手が、ゆっくりと下がった。
指先が首筋をなぞり、意味ありげに脇腹を辿り……
そっと、ベッドに押し倒された。
膝で割るように両足を開かれている。
手がトレーナーの下に伸びた。
「ふ、ぅ、んむっ、はぁ……ま、待って、帝人さ――ぁ」
息継ぎするみたいに名前を呼ぶが無視される。
帝人さんの口付けは尚も続いた。戸惑い、慚愧、羞恥、不安……さまざまな感情が浮かんでは消えていく。やがてある時、全身の血がカッと沸騰した。
途端に顔が熱くなって、口付けの心地が一変する。
僕は帝人さんの胸板を叩いた。
彼は気にした風もなく、お腹を撫でていた手を上へ向けて……
扉を開けた帝人さんは、突然訪れた僕に戸惑ったようだった。
「伝くん? どうかしたの、こんな夜遅くに」
「すみません……その、ご相談したいことがあって」
「相談? 俺に?」
帝人さんは訝しげにしながらも、部屋に入れてくれた。
デスクチェアを進めてくれる。
僕はそれを断って、彼を見た。
「その……」
何を言うかは、ここに来る前に考えてきていた。のだが。
内容が内容なので、いざ口にするとなると多大な勇気が必要だった。
帝人さんはベッドに腰掛け、待っていてくれた。
僕は肺の中が空っぽになるような息を吐き出して、また大きく息を吸い、拳を握り締めると顔を上げた。
「ぼ、僕に……やらしいことをしてくれませんか!?」
目を閉じ、言葉を絞り出す。
……。
空気が凍りつく気配。
わかってはいた。わかってはいたが、物凄い後悔に襲われた。
ダラダラと脂汗が背中を流れる。
「……は?」と、1テンポ遅れて帝人さんの声。
僕は堪えかねて、踵を返した。
「……すみません、今のは忘れてください! 申し訳ありませんでした!」
逃げるように、足早に扉を引き開ける。
「ちょっと待って」
すると、開きかけた扉を、追ってきた帝人さんが閉じた。
「とりあえず事情を聞いてもいいかな。だいぶ追い詰められてるみたいだし」
「いえ……すみません。本当にバカなことを言いました。今すぐ忘れてください。おやすみなさい」
「……ソウと何かあったんじゃないの?」
ワントーン低い声で告げられた言葉に、ドアノブを握る手が凍り付いた。
「あはは。気付かないと思った? 君、あからさまにソウのことを意識しているじゃないか」
一歩、帝人さんが近づき、うなじに吐息が触れる。
「君が来なかったら、俺の方から尋ねに行こうと思ってたんだ。
ね、話してよ。……怒らないから、さ」
ポン、と肩を叩かれた。
後ろから伝わってくる、絶対零度のプレッシャー……
「…………」
相談するということは、帝人さんに事情を話さねばならないわけで。
つまりはこの間のことを彼に知られるというわけで。
肩を抱かれ、僕はベッドに連れて行かれた。
そして促されるまま腰を下ろすと、膝を見つめて事情を話し始めた。
* * *
洗いざらい話し終えても、僕は、俯いたままだった。……帝人さんを見る勇気なんて、あるわけがない。
「そんなことがあったんだね」と、聞こえたのは穏やかな声。
「お、怒らないんですか……?」
「怒らないって言ったでしょ」
恐る恐る顔を持ち上げる。
彼は困ったように笑って、肩を竦めて見せた。
本当に怒ってはいないようだ。
「つまり、君は……ソウとの一件で、自分は誰とでもやらしいことができる人間なんじゃないか、と心配になった。
それで、性的対象じゃない俺とそういったことをしてみて、ニャン太やソウへの気持ちが特別であると証明したい、と」
「話が早くて助かります……」
「君、馬鹿だなあ」
帝人さんが爽やかに笑った。
その通り過ぎて「ぐっ……」と呻き声が漏れ出る。
自分の中で渦巻く悩みに、僕はこの世の終わりみたいな絶望を覚えていたが、こうして他人に指摘されてみると、本当に愚かしいことに思える。
帝人さんに、自分は淫乱ではないと証明して貰ってどうなると言うのだろう。
ソウさんのことも特別に思っているかどうかなんて、結局は僕の気の持ちようひとつではないのか。しかし、それでも……
「まあ、いいや。ほら、おいで」
鬱陶しい思考を遮ったのは、帝人さんだった。
彼は気軽い様子で、両手を広げる。
躊躇えば、腕を引かれた。
「み、帝人さ――」
唇が触れて、すぐ離れた。
「類たちに相談しても答えは出せないし、だからって他人に相談できる内容でもない」
大きな手が頬に触れる。
「試してみたらいいじゃない。あんな真似をした俺で、気持ち良くなっちゃうのかどうか」
帝人さんは自嘲の笑み口元に湛え、再び僕の唇を塞いだ。
ぎこちない動きで、舌が侵入してくる。
歯磨き粉の味がした。
「ふ……」
図らずも、抱きしめ合うような体勢になって、所在ない腕を、躊躇いがちに広い背中に回す。
「ん……っ、ンぅ……」
「伝くん……もっと口、開いて――」
舌を絡め取られる。
吐息を取り上げるような、キスに目まいがした。
薄目を開けると、精悍な顔が視界に広がり、慌てて目を閉じる。
頬を包んでいた手が、ゆっくりと下がった。
指先が首筋をなぞり、意味ありげに脇腹を辿り……
そっと、ベッドに押し倒された。
膝で割るように両足を開かれている。
手がトレーナーの下に伸びた。
「ふ、ぅ、んむっ、はぁ……ま、待って、帝人さ――ぁ」
息継ぎするみたいに名前を呼ぶが無視される。
帝人さんの口付けは尚も続いた。戸惑い、慚愧、羞恥、不安……さまざまな感情が浮かんでは消えていく。やがてある時、全身の血がカッと沸騰した。
途端に顔が熱くなって、口付けの心地が一変する。
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