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日常4
雨と心(15)
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* * *
帝人さんと入れ違いでシャワーを浴びてから、僕は東京から持ってきていた紙袋を手にリビングへ向かった。
「ケーキおかわり!」
「ぼくも!ぼくも!!」
「待ちなって! 帝人くんの分がなくなっちゃうじゃん!」
そんな賑やかな声が部屋の外まで聞こえてくる。
僕はそっとリビングに足を踏み入れた。
部屋の中央の大きなテーブルには、ウィンナーに唐揚げ、味付きのうずらの卵……と子供の好きそうなオードブルや、切り分けられたチョコレートのホールケーキが用意されている。
その机の下には、餌皿に顔を突っ込みご飯を食べる『くつした』がいた。
「ふたりが食べたらいいよ。俺はそんなに甘いものは食べられないから……」
困ったように、帝人さんが双子に微笑みかける。
「そうそう。俺らで食っちまおうぜ。残したらもったいねぇし」
そう笑って、類さんがケーキを2切れ自分の皿に取り、それから双子たちにも同じようにした。と、彼は僕に気付いて片手を上げた。
「伝。伝も甘いもの好きだったよな?」
「あ、はい……っ」
足早に近付き、皿を受け取る。それから僕は帝人さんに向き直ると口を開いた。
「帝人さん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
持っていた紙袋――プレゼントを手渡す。
……そうなのだ。今回の慰安旅行は、帝人さんのサプライズ誕生日会も兼ねていたのである。
ユウユウくんたちが帝人さんにだけ折り紙を渡さなかったのも、あの花束はふたりからのプレゼントだったからだ。
「いろいろと準備してくれてたんだね。全然気付かなかったよ」と、帝人さん。
「気付かれないように細心の注意を払ってましたからね」
と言っても、ヒヤヒヤする場面はいくつかあったけれども。
「プレゼント、開けても?」
「どうぞ」
帝人さんがプレゼントの包装紙を丁寧に剥がし始める。すると、類さんが拗ねたように唇を尖らせた。
「伝のプレゼントは素直に受け取るのな」
首を傾げた僕に、彼は「コイツ、俺のプレゼントは突っ返してきたんだよ」と続けた。
「へ? どうしてですか?」
類さんが用意していたのは、例の露天風呂の鍵だったはず。
オセロにかこつけて、ソウさんとのふたりきりのバスタイムをプレゼントしたと思っていたのだが……
「よくよく考えたらさ、ソウとふたりきりで露天風呂は、ちょっとね……」
帝人さんが気恥ずかしそうに言った。
確かに、好きな人とふたりきりのお風呂は照れるだろう。今まで、帝人さんが誰かとお風呂に入るのは見たことがなかったし。
しかし、せっかく雨宿りの時に「慣れよう」という話をしたのだから、ここは勇気を出して欲しかった。などと思っていると、
「やっぱり初めてはベッドの上がいいな、って」
「露天風呂で何しようとしてんですか!?」
慣れるとか慣れないとかの前に、一足飛び過ぎな発言が飛び出てきた。
「そういう意図じゃなかったの?」
「すまん。全然そんなつもりはなかった」と類さん。
「まったく、あなたはソウさんのことになると――」
僕ははたとして唇を引き結ぶと、言葉を飲み込み眉間を指先で揉んだ。
……マズい。ここには、ユウユウくんたちがいる。
こんな会話、子供に聞かせるわけにはいかない……と思ったが、幸い彼らはケーキに夢中だった。まあ、ニャン太さんのお姉さんは半眼になってこちらを見ていたけれど。
「で。伝からのプレゼント、何なの」
類さんに促されて、帝人さんが箱を開けた。
「待ってね。……ええと、靴? あっ、ランニングシューズだ」
僕は気を取り直して口を開いた。
「ソウさんと一緒に走るのもいいなあと思いまして」
ソウさんが陸上を辞めたことを始め、彼らの青春の思い出は、あまり触れてはいけないような気配がある。だから今のところランニングに付き合っているのは僕だけだった。
でも、それじゃあ少し寂しいと思う。
いろいろあったとは言え、ソウさんの好きなことならたぶん帝人さんだって一緒に楽しみたいだろう。いな、楽しんだっていいのだ。そう思っての、チョイスだった。
帝人さんと、類さんが顔を見合わせる。
それから小さく噴き出した。
「俺らじゃその発想には至らなかったな」
「本当に」と帝人さん。
「そういえば、ソウさんとニャン太さんはまだ来てないんですか」」
ふと、ふたりの姿が見えないことに気づいて僕は問いかけた。
「うん、プレゼントの用意してくれてるみたいなんだけど……確かに遅いね」
着替えるというのは前もって聞いていたから、ハロウィーン的なコスプレでもしているのかもしれない。
にしても、これだけ時間がかかるということは、なかなかにこった衣装なのだろうか?
どんなコスプレを……?
考えを巡らせていると、ニャン太さんが部屋にやって来た。
「ごめん、お待たせ~」
彼はとっても楽しそうにニヤニヤしている。
帝人さんを見やり、更に笑顔を深め、ついで後ろを振り返って手招きした。
「ソウちゃん、来て来て!」
そして、
「じゃじゃーーーん! ボクとソウちゃんからのプレゼント!」
そんな掛け声と共に「帝人、誕生日おめでとう」と言って、ソウさんが現れる。
「ネクタイの結び方忘れちゃっててさ~。手間取っちゃった」
テヘッと笑うニャン太さん。
ソウさんは……ブレザー姿だった。
……類さんが固まっている。
帝人さんも固まっている。
ふたりの様子を見るに、当時の制服なのだろう。
僕のランニングシューズなんて比じゃない、ぶっ込み方だった。
さ、さすがにマズいのではなかろうか……? 空気が凍りついている気がする。
「ソウちゃん、あの頃から全然体型変わってないのチョー凄いよね」
「腕は太くなったが」
ニャン太さんとソウさんはいつもの調子で話している。
「あ、あの、類さん……帝人さん……」
「……信じられねぇ」と、類さんが呻いた。
いろいろと思い出してしまったのでは、と心配になれば、
「マジでまんまじゃん、蒼悟」
そう言って、彼は笑い出した。
「本当に。本当に、まんまだよ……わ、うわ、うわあ、わ……」
帝人さんはと言えば、口を両手で覆うと、言葉にならない声を発し続ける。
僕は脱力感を覚えると同時に胸を撫で下ろした。
思っていた以上に、ふたりはもう過去に囚われてはいないようだ。
「あの、さ、ソウ。ひとつ質問してもいいかな。……その、プレゼントっていうのは……つまり……?」
帝人さんが躊躇いがちに手を上げて問いかける。
ソウさんは至極真面目な様子で口を開いた。
「一緒に写真撮るか?」
「……っ」
息を飲む気配。
良かったですね帝人さん……、と心の内で語りかけていた僕は、つ、と彼の鼻の下に赤いものが垂れたのを目にしてギョッとした。
「帝人さん!?」
興奮しすぎて鼻血を出すだなんて、どこの子供だ。
「い、一緒に写真は……いい……大丈夫……本当に……」
慌ててティッシュを鼻に詰め込みながら帝人さんが首を横に振る。
やがて、彼は「でも……」と続けた。
「でも、拝ませて……」
「わかった。好きなだけ拝め」
わけがわからないが、ソウさんは気にしないようで両手を広げた。
帝人さんが恭しく手を合わせる。
……なんかの宗教画に、こんな構図があったような気がする。
「ねーねー。なんで、みかどにぃは、にょーにょーしてるの?」
夢中でケーキを食べていた双子が、手を合わせる帝人さんを不思議そうに見やって言った。
僕は気が遠くなるような感覚に襲われながら、答えた。
「凄く……嬉しいから、かな……」
何はともあれ、帝人さんが喜んでくれたのならばヨシとしよう。そのための会なのだ……。
「聞いてはいたけどさ。帝人くん、変わったねぇ」と、ニャン太さんのお姉さん。
「でしょ」
頷くニャン太さんに、僕は肩をすくめてみせる。
「時々心配になりますけどね……」
「まあ、今の帝人の方が、ずっと人間らしくていいだろ」
類さんが笑う。
それに同意するみたいに、床に寝そべっていた『くつした』が、わふっと鳴いた。
* * *
こんな風にして、僕らの夏は賑やかな終わりを迎えたのだった。
「雨と心」おしまい
帝人さんと入れ違いでシャワーを浴びてから、僕は東京から持ってきていた紙袋を手にリビングへ向かった。
「ケーキおかわり!」
「ぼくも!ぼくも!!」
「待ちなって! 帝人くんの分がなくなっちゃうじゃん!」
そんな賑やかな声が部屋の外まで聞こえてくる。
僕はそっとリビングに足を踏み入れた。
部屋の中央の大きなテーブルには、ウィンナーに唐揚げ、味付きのうずらの卵……と子供の好きそうなオードブルや、切り分けられたチョコレートのホールケーキが用意されている。
その机の下には、餌皿に顔を突っ込みご飯を食べる『くつした』がいた。
「ふたりが食べたらいいよ。俺はそんなに甘いものは食べられないから……」
困ったように、帝人さんが双子に微笑みかける。
「そうそう。俺らで食っちまおうぜ。残したらもったいねぇし」
そう笑って、類さんがケーキを2切れ自分の皿に取り、それから双子たちにも同じようにした。と、彼は僕に気付いて片手を上げた。
「伝。伝も甘いもの好きだったよな?」
「あ、はい……っ」
足早に近付き、皿を受け取る。それから僕は帝人さんに向き直ると口を開いた。
「帝人さん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
持っていた紙袋――プレゼントを手渡す。
……そうなのだ。今回の慰安旅行は、帝人さんのサプライズ誕生日会も兼ねていたのである。
ユウユウくんたちが帝人さんにだけ折り紙を渡さなかったのも、あの花束はふたりからのプレゼントだったからだ。
「いろいろと準備してくれてたんだね。全然気付かなかったよ」と、帝人さん。
「気付かれないように細心の注意を払ってましたからね」
と言っても、ヒヤヒヤする場面はいくつかあったけれども。
「プレゼント、開けても?」
「どうぞ」
帝人さんがプレゼントの包装紙を丁寧に剥がし始める。すると、類さんが拗ねたように唇を尖らせた。
「伝のプレゼントは素直に受け取るのな」
首を傾げた僕に、彼は「コイツ、俺のプレゼントは突っ返してきたんだよ」と続けた。
「へ? どうしてですか?」
類さんが用意していたのは、例の露天風呂の鍵だったはず。
オセロにかこつけて、ソウさんとのふたりきりのバスタイムをプレゼントしたと思っていたのだが……
「よくよく考えたらさ、ソウとふたりきりで露天風呂は、ちょっとね……」
帝人さんが気恥ずかしそうに言った。
確かに、好きな人とふたりきりのお風呂は照れるだろう。今まで、帝人さんが誰かとお風呂に入るのは見たことがなかったし。
しかし、せっかく雨宿りの時に「慣れよう」という話をしたのだから、ここは勇気を出して欲しかった。などと思っていると、
「やっぱり初めてはベッドの上がいいな、って」
「露天風呂で何しようとしてんですか!?」
慣れるとか慣れないとかの前に、一足飛び過ぎな発言が飛び出てきた。
「そういう意図じゃなかったの?」
「すまん。全然そんなつもりはなかった」と類さん。
「まったく、あなたはソウさんのことになると――」
僕ははたとして唇を引き結ぶと、言葉を飲み込み眉間を指先で揉んだ。
……マズい。ここには、ユウユウくんたちがいる。
こんな会話、子供に聞かせるわけにはいかない……と思ったが、幸い彼らはケーキに夢中だった。まあ、ニャン太さんのお姉さんは半眼になってこちらを見ていたけれど。
「で。伝からのプレゼント、何なの」
類さんに促されて、帝人さんが箱を開けた。
「待ってね。……ええと、靴? あっ、ランニングシューズだ」
僕は気を取り直して口を開いた。
「ソウさんと一緒に走るのもいいなあと思いまして」
ソウさんが陸上を辞めたことを始め、彼らの青春の思い出は、あまり触れてはいけないような気配がある。だから今のところランニングに付き合っているのは僕だけだった。
でも、それじゃあ少し寂しいと思う。
いろいろあったとは言え、ソウさんの好きなことならたぶん帝人さんだって一緒に楽しみたいだろう。いな、楽しんだっていいのだ。そう思っての、チョイスだった。
帝人さんと、類さんが顔を見合わせる。
それから小さく噴き出した。
「俺らじゃその発想には至らなかったな」
「本当に」と帝人さん。
「そういえば、ソウさんとニャン太さんはまだ来てないんですか」」
ふと、ふたりの姿が見えないことに気づいて僕は問いかけた。
「うん、プレゼントの用意してくれてるみたいなんだけど……確かに遅いね」
着替えるというのは前もって聞いていたから、ハロウィーン的なコスプレでもしているのかもしれない。
にしても、これだけ時間がかかるということは、なかなかにこった衣装なのだろうか?
どんなコスプレを……?
考えを巡らせていると、ニャン太さんが部屋にやって来た。
「ごめん、お待たせ~」
彼はとっても楽しそうにニヤニヤしている。
帝人さんを見やり、更に笑顔を深め、ついで後ろを振り返って手招きした。
「ソウちゃん、来て来て!」
そして、
「じゃじゃーーーん! ボクとソウちゃんからのプレゼント!」
そんな掛け声と共に「帝人、誕生日おめでとう」と言って、ソウさんが現れる。
「ネクタイの結び方忘れちゃっててさ~。手間取っちゃった」
テヘッと笑うニャン太さん。
ソウさんは……ブレザー姿だった。
……類さんが固まっている。
帝人さんも固まっている。
ふたりの様子を見るに、当時の制服なのだろう。
僕のランニングシューズなんて比じゃない、ぶっ込み方だった。
さ、さすがにマズいのではなかろうか……? 空気が凍りついている気がする。
「ソウちゃん、あの頃から全然体型変わってないのチョー凄いよね」
「腕は太くなったが」
ニャン太さんとソウさんはいつもの調子で話している。
「あ、あの、類さん……帝人さん……」
「……信じられねぇ」と、類さんが呻いた。
いろいろと思い出してしまったのでは、と心配になれば、
「マジでまんまじゃん、蒼悟」
そう言って、彼は笑い出した。
「本当に。本当に、まんまだよ……わ、うわ、うわあ、わ……」
帝人さんはと言えば、口を両手で覆うと、言葉にならない声を発し続ける。
僕は脱力感を覚えると同時に胸を撫で下ろした。
思っていた以上に、ふたりはもう過去に囚われてはいないようだ。
「あの、さ、ソウ。ひとつ質問してもいいかな。……その、プレゼントっていうのは……つまり……?」
帝人さんが躊躇いがちに手を上げて問いかける。
ソウさんは至極真面目な様子で口を開いた。
「一緒に写真撮るか?」
「……っ」
息を飲む気配。
良かったですね帝人さん……、と心の内で語りかけていた僕は、つ、と彼の鼻の下に赤いものが垂れたのを目にしてギョッとした。
「帝人さん!?」
興奮しすぎて鼻血を出すだなんて、どこの子供だ。
「い、一緒に写真は……いい……大丈夫……本当に……」
慌ててティッシュを鼻に詰め込みながら帝人さんが首を横に振る。
やがて、彼は「でも……」と続けた。
「でも、拝ませて……」
「わかった。好きなだけ拝め」
わけがわからないが、ソウさんは気にしないようで両手を広げた。
帝人さんが恭しく手を合わせる。
……なんかの宗教画に、こんな構図があったような気がする。
「ねーねー。なんで、みかどにぃは、にょーにょーしてるの?」
夢中でケーキを食べていた双子が、手を合わせる帝人さんを不思議そうに見やって言った。
僕は気が遠くなるような感覚に襲われながら、答えた。
「凄く……嬉しいから、かな……」
何はともあれ、帝人さんが喜んでくれたのならばヨシとしよう。そのための会なのだ……。
「聞いてはいたけどさ。帝人くん、変わったねぇ」と、ニャン太さんのお姉さん。
「でしょ」
頷くニャン太さんに、僕は肩をすくめてみせる。
「時々心配になりますけどね……」
「まあ、今の帝人の方が、ずっと人間らしくていいだろ」
類さんが笑う。
それに同意するみたいに、床に寝そべっていた『くつした』が、わふっと鳴いた。
* * *
こんな風にして、僕らの夏は賑やかな終わりを迎えたのだった。
「雨と心」おしまい
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