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日常4
雨と心(13)
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* * *
「伝くん、起きて。ニャン太たちが迎えに来たみたいだよ」
いつの間にやら眠っていた僕は、帝人さんに揺すられて瞼を持ち上げた。
眩いほどの陽光が窓から差し込んでいる。昨晩の雨が嘘みたいだ。
玄関先でタオルに伏せて寝ていた『くつした』も、落ち着かない様子でグルグル回ったりして外を気にしていた。その尻尾は左右に激しく振れていて、全身から喜色が滲んでいる。
そして、
「デンデン! 帝人!!」
勢いよく扉が開いて、ニャン太さんが現れた。
わふっ! と鳴いて、『くつした』が彼に飛びかかる。
「わっ……! くつしたも元気そうじゃん! はあ~、良かったよー見つかって。ユウユウたち、めちゃくちゃ心配してたんだからね!」
わしゃわしゃと『くつした』を撫でるニャン太さん。
「伝」
その後ろに類さんがいた。
陽光を照り返して、赤い髪がキラキラと輝いている。
僕と目が合うと彼は柔らかく目を細めた。
「悪い、遅くなった。ふたりとも風邪とかひいてねぇか」
「はい。大丈夫です」
頷くと、すかさず隣の帝人さんが僕の肩を抱き寄せて付け加えた。
「うん。ふたりでぴったりくっついて、暖を取ってたからね」
「その言い方やめてください……」
「え、なんで?……あっ、もしかして、やらしいこと連想しちゃう?」
「何でそうなるんですか……!」
「エッチだなあ……」呆れたように、帝人さんが言う。
「だからっ……! ああもう、いい加減にしてくださいっっ!」
僕は肩に触れていた彼の手を、思い切りつねり上げる。
「いたたたたた……」
「あはは、元気そうでホント良かったよ~」
ケラケラ笑うニャン太さん。
ついで彼は類さんを振り返った。
「言った通りだったでしょ。心配ないって」
「そうな。……まあ別の心配が出来たけど」
「べ、別の心配って――っ」
彼を不安にさせるだなんて、冗談でもイヤだ。
椅子から立ち上がった僕は、足に走った痛みに息を飲んだ。
捻ったことをスッカリ忘れていたのだ。
「伝? 足、どうかしたのか」
椅子に尻餅をつくみたいに座り直した僕に、すかさず類さんが走り寄ってきてくれる。
「すみません、少し捻っちゃいまして」
「ええっ!? 大変じゃん!」
「右足か?……あー……少し腫れてるな」
類さんの長い指が、僕の汚れた足に触れた。
ちょっとドキドキしてしまった自分を内心殴る。
「あんま歩かない方が良さそうだな」
「なら、ボクがおぶってくよ!」と言って、ニャン太さんが『くつした』のリードを帝人さんに手渡した。
「ほい。おいで、デンデン」
こちらに背中を向け、しゃがむ。
「あっ、いや、大したことないのでっ」
「大したことあるよ! 腫れてるんだから!」
「で、でも……」
「甘えときなよ、伝くん。無理すると悪化するよ」と帝人さん。
僕は類さんを見た。
もちろん彼も、甘えとけと頷く。
……確かに、痛い足をかばって歩いたら速度は出ないし、悪化したらますます心配をかけてしまうだろう。
「……わかりました。すみません、ニャン太さん」
「いいってことよ!」
僕はおずおずと小さな背中に手をかける。
と、軽々と地面から足が離れた。
「ってか思ったんだけどさ、せっかく来たんだしお風呂入ってから帰ればいいんじゃない?」
「露天風呂なら無理だよ。さっき見てみたけど、葉っぱが凄いことになってたから」
ニャン太さんの提案に、帝人さんが答える。
僕が寝ている間に、いろいろと確認していたらしい。
「あー……そいえば姉ちゃん、掃除するとか言ってたかも……」
しょんぼりと俯いたニャン太さんだったが、彼はすぐに元気良く顔を持ち上げた。
「ま、後でまた来ればいいか! ケガとかにも効くって聞いたし!」
それから僕らは露天風呂を後にした。
ニャン太さんは僕を背負っているなんて思わせない様子で、軽い足取りで濡れた山道を進んでいく。
「そうだ、ニャン太さん……。あの、泥だらけにしちゃったタオルのこと、ちゃんとお姉さんに謝らせてください」
「え、全然問題ないと思うけど。非常事態だったんだし」
「いえ、それはそれ、これはこれ、ですので……」
「デンデンは真面目だなあ」
貸別荘への道すがら、ニャン太さんとそんな話をした。
帝人さんと類さんは僕らの後ろをゆっくりとした歩みでついてくる。
雨の上がった空は、吸い込まれそうなほど澄んだ青色をしていた。
気温も、昨日よりも少しだけ下がったように思う。
「伝くん、起きて。ニャン太たちが迎えに来たみたいだよ」
いつの間にやら眠っていた僕は、帝人さんに揺すられて瞼を持ち上げた。
眩いほどの陽光が窓から差し込んでいる。昨晩の雨が嘘みたいだ。
玄関先でタオルに伏せて寝ていた『くつした』も、落ち着かない様子でグルグル回ったりして外を気にしていた。その尻尾は左右に激しく振れていて、全身から喜色が滲んでいる。
そして、
「デンデン! 帝人!!」
勢いよく扉が開いて、ニャン太さんが現れた。
わふっ! と鳴いて、『くつした』が彼に飛びかかる。
「わっ……! くつしたも元気そうじゃん! はあ~、良かったよー見つかって。ユウユウたち、めちゃくちゃ心配してたんだからね!」
わしゃわしゃと『くつした』を撫でるニャン太さん。
「伝」
その後ろに類さんがいた。
陽光を照り返して、赤い髪がキラキラと輝いている。
僕と目が合うと彼は柔らかく目を細めた。
「悪い、遅くなった。ふたりとも風邪とかひいてねぇか」
「はい。大丈夫です」
頷くと、すかさず隣の帝人さんが僕の肩を抱き寄せて付け加えた。
「うん。ふたりでぴったりくっついて、暖を取ってたからね」
「その言い方やめてください……」
「え、なんで?……あっ、もしかして、やらしいこと連想しちゃう?」
「何でそうなるんですか……!」
「エッチだなあ……」呆れたように、帝人さんが言う。
「だからっ……! ああもう、いい加減にしてくださいっっ!」
僕は肩に触れていた彼の手を、思い切りつねり上げる。
「いたたたたた……」
「あはは、元気そうでホント良かったよ~」
ケラケラ笑うニャン太さん。
ついで彼は類さんを振り返った。
「言った通りだったでしょ。心配ないって」
「そうな。……まあ別の心配が出来たけど」
「べ、別の心配って――っ」
彼を不安にさせるだなんて、冗談でもイヤだ。
椅子から立ち上がった僕は、足に走った痛みに息を飲んだ。
捻ったことをスッカリ忘れていたのだ。
「伝? 足、どうかしたのか」
椅子に尻餅をつくみたいに座り直した僕に、すかさず類さんが走り寄ってきてくれる。
「すみません、少し捻っちゃいまして」
「ええっ!? 大変じゃん!」
「右足か?……あー……少し腫れてるな」
類さんの長い指が、僕の汚れた足に触れた。
ちょっとドキドキしてしまった自分を内心殴る。
「あんま歩かない方が良さそうだな」
「なら、ボクがおぶってくよ!」と言って、ニャン太さんが『くつした』のリードを帝人さんに手渡した。
「ほい。おいで、デンデン」
こちらに背中を向け、しゃがむ。
「あっ、いや、大したことないのでっ」
「大したことあるよ! 腫れてるんだから!」
「で、でも……」
「甘えときなよ、伝くん。無理すると悪化するよ」と帝人さん。
僕は類さんを見た。
もちろん彼も、甘えとけと頷く。
……確かに、痛い足をかばって歩いたら速度は出ないし、悪化したらますます心配をかけてしまうだろう。
「……わかりました。すみません、ニャン太さん」
「いいってことよ!」
僕はおずおずと小さな背中に手をかける。
と、軽々と地面から足が離れた。
「ってか思ったんだけどさ、せっかく来たんだしお風呂入ってから帰ればいいんじゃない?」
「露天風呂なら無理だよ。さっき見てみたけど、葉っぱが凄いことになってたから」
ニャン太さんの提案に、帝人さんが答える。
僕が寝ている間に、いろいろと確認していたらしい。
「あー……そいえば姉ちゃん、掃除するとか言ってたかも……」
しょんぼりと俯いたニャン太さんだったが、彼はすぐに元気良く顔を持ち上げた。
「ま、後でまた来ればいいか! ケガとかにも効くって聞いたし!」
それから僕らは露天風呂を後にした。
ニャン太さんは僕を背負っているなんて思わせない様子で、軽い足取りで濡れた山道を進んでいく。
「そうだ、ニャン太さん……。あの、泥だらけにしちゃったタオルのこと、ちゃんとお姉さんに謝らせてください」
「え、全然問題ないと思うけど。非常事態だったんだし」
「いえ、それはそれ、これはこれ、ですので……」
「デンデンは真面目だなあ」
貸別荘への道すがら、ニャン太さんとそんな話をした。
帝人さんと類さんは僕らの後ろをゆっくりとした歩みでついてくる。
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