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日常4
雨と心(8)
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和気藹々としたおやつの時間の後、僕らはユウユウたちと一緒に折り紙で花を作ることになった。赤、青、黄、紫……色とりどりの折り紙がテーブルに広げられる。
「はい、これはルイにぃ。こっちがニャンにぃで、これが、ええと……」
ひとりひとりに折り紙を数枚ずつ手渡しながら、ふたりは僕の顔を見て困ったようにした。
「あ、僕は……」
「伝だよ」
と、すかさず類さんが口を開く。
「デンにぃ」
ふたりはニコリと笑うと、僕に紫の折り紙をくれた。そして早速、折り始めてしまう。
キッチンにいるソウさんはいいとして、同席していた帝人さんは肩透かしを食らったように目を瞬かせた。
「ええと、俺のは……?」
「「ミカドにぃはダメ!」」
「えっ!?」
即座に応えた双子に、帝人さんはますます困惑した様子だ。
「なんで俺だけ……?」
「むこうであそんでなさい」「すぐおわるから」と、ふたりは大人びた調子で続ける。
「こら。そんなイジワルしちゃダメでしょ」
「「でも……」」
「いいよいいよ。俺、ソウの手伝いするから」
叱るニャン太さんに、帝人さんは首を振って席を立った。
「あっ、キッチンは――」
帝人さんを呼び止めようとしたが、いい言葉が思い浮かばず僕は無意味に口を開閉させる。類さんもニャン太さんも一拍出遅れた。顔に「マズイ」と書いてあった。
「み、帝人! 料理はソウちゃんに任せよう!?」
「お前が手伝うと……ほ、ほら、レシピと違う物入れちまったら大変だしさ!」
「類じゃないんだから、そんなことしないよ」
軽くあしらって、帝人さんの姿がキッチンに消える。
が、すぐに彼は戻ってきた。
「……ソウにも、こっちに来るなって言われた」
ゴロリと畳に横になり、身体を丸めて小さくなる帝人さん。
僕は何だか居た堪れなくなって、口を開いた。
「あの、帝人にぃにも折り紙を……」
「「だめ!」」
ですよね、と僕は心の内で嘆息した。
双子たちは決して意地悪をしているわけではないのだ。
しばらく気まずい沈黙が落ちた。
僕と類さん、ニャン太さんは目配せをしたが、誰も何も言わず大人しく紙を折り始める。
それから数分して、2、3の花を折り終えた頃、類さんが色紙をテーブルの上に放った。
「俺、ギブ」
彼の手元には、花になれなかった折り紙の残骸があった。
見える必要のない部分の裏地が見えていて、所々千切れている。
「類ちゃん、壊滅的に不器用だね……」
「俺からしたら、何でお前らがそんな風に折れるのか信じられねぇ」
彼は「悪いな」と色紙を双子に返すと、帝人さんのところに向かった。
それから彼のことを踏んづけるようにする。
「帝人。オセロしようぜ」
「……俺のことは放っておいていいよ。ゴロゴロしてるし」
完全にいじけた声だった。
「寝転がってるよりお得だぞ。俺に勝てたら、お前の欲しいもんなんでもプレゼントしてやる」
「……別に欲しいものなんてないよ。あっても自分で買うし」
「お前が自分で買えるものを、俺がプレゼントすると思ってんの?」
類さんはしゃがみ込むと、帝人さんの耳に唇を寄せた。
その瞬間、帝人さんの目付きが変わる。
「勝負しよう」と、彼は勢いよく身体を起こした。
「そうこなくちゃ」
さすが類さんだ。
帝人さんの気持ちが上向いた気配に胸をなで下ろしつつ、僕は折り紙を再開する。
ふたりがゲームを始めた気配。
ピリッとした緊張がこちらにまで漂ってくる。
やがて――
「もしかして、類ってオセロ得意……?」
「ん? 何で?」
「明らかに定石知ってるよね……」
そんなやり取りが聞こえてきた。
「え? オセロって定石があるんですか?」
思わず口を挟んだ僕に、「あるよ」と帝人さんが応える。
彼もまた覚えているのだろうか。それなら全く歯が立たなかったのも頷けた。
それからまた時間が経過して……
「もう1戦」と帝人さん。
再び、初めからふたりはオセロを始めたようだ。
しかし、またすぐ、
「待って。今の、ナシ」
盤面から駒を取り除く音がした。
更には……
「もう少しで勝てそうだった……!」「まだだよ。まだ終われない……!」
折り紙が全て小さな花になり、ニャン太さんがそれらを球体の花束にまとめ始めたが、類さんと帝人さんの勝負が終える様子はない。
「……そろそろ終わりにしねぇか?」
類さんのゲンナリした声。
「断る」
「いやさ、コレもうやるから」
そう言って、類さんがポケットから取り出し万丈に置いたのは小さな鍵だった。
帝人さんは眉根を吊り上げた。
「勝ってもいないのに受け取れないよ」
「俺に勝つまでやるつもりかよ……」
類さんが額を抑える。
それから彼は、僕を呼んだ。
「伝。代打ち頼む」
言って、鍵を投げてくる。
思わず受け取ってしまったものの、僕はすぐに首を振った。
「いや、僕じゃ代打ちになりませんよ……」
さっき帝人さんにはコテンパンに負けたのだ。
僕では真剣勝負に水を刺すことになりかねないのでは――
「ほら、早く席に着きなよ」
と思ったが、そんなことはなかった。
そういえば帝人さんはこういう人だったな。
僕は鍵をズボンのポケットに入れると、渋々、オセロの盤の前まで膝を進める。
と、その時だった。
ゴロリと空が鳴ったかと思えば、数分と立たずに雨が屋根にぶつかる激しい音が聞こえてきた。
「ウソ、雨降ってきた!? あんなに晴れてたのに!」
ニャン太さんが声を裏返らせる。
折り紙に夢中で気付かなかったが、いつの間にやら空は厚い雲で覆われていた。
次いで、間を置かずにドォン! と、家屋が揺れるほどの雷鳴がとどろいた。
甲高い悲鳴を上げて、ユウユウたちがニャン太さんに飛びつく。
大人の僕でも身が竦んだのだから、幼いふたりは相当怖かっただろう。
「ちょっとソウの様子見てくるわ。アイツ、固まってるだろうし」と類さんが立ち上がる。
「僕は、『くつした』のこと、中に入れてきます」
くつしたとは、ふたりが連れてきた豆柴犬の名前だ。名前を呼ぶ度に、縁側に手を乗せるその手が、靴下を履いたように白いから『くつした』。
「玄関なら、あげても大丈夫そうですか?」
「ここペットOKだから部屋の中も平気だよ~」
ニャン太さんが双子を抱きしめながら言う。
「この雨じゃ、ふたりともお母さんのところに戻れないだろうし、泊まらせちゃえば?」
帝人さんが窓の外を眺めて続けた。
「そうですね。じゃあ、くつした連れて、お風呂場直行しちゃいます」
僕はサンダルに足を突っ込み縁側を下りる。
「くつした、雨が降ってきたから中に入ろう」
伏せていた場所に姿がなくて、僕は縁側の下を覗き込んだ。
雷の音で驚いて隠れてしまったのかと思ったのだ。
しかし、事態は予想よりも遥かに悪かった。
「え……」
縛り付けてあったリードごと、くつしたの姿が消えていたのだ。
「はい、これはルイにぃ。こっちがニャンにぃで、これが、ええと……」
ひとりひとりに折り紙を数枚ずつ手渡しながら、ふたりは僕の顔を見て困ったようにした。
「あ、僕は……」
「伝だよ」
と、すかさず類さんが口を開く。
「デンにぃ」
ふたりはニコリと笑うと、僕に紫の折り紙をくれた。そして早速、折り始めてしまう。
キッチンにいるソウさんはいいとして、同席していた帝人さんは肩透かしを食らったように目を瞬かせた。
「ええと、俺のは……?」
「「ミカドにぃはダメ!」」
「えっ!?」
即座に応えた双子に、帝人さんはますます困惑した様子だ。
「なんで俺だけ……?」
「むこうであそんでなさい」「すぐおわるから」と、ふたりは大人びた調子で続ける。
「こら。そんなイジワルしちゃダメでしょ」
「「でも……」」
「いいよいいよ。俺、ソウの手伝いするから」
叱るニャン太さんに、帝人さんは首を振って席を立った。
「あっ、キッチンは――」
帝人さんを呼び止めようとしたが、いい言葉が思い浮かばず僕は無意味に口を開閉させる。類さんもニャン太さんも一拍出遅れた。顔に「マズイ」と書いてあった。
「み、帝人! 料理はソウちゃんに任せよう!?」
「お前が手伝うと……ほ、ほら、レシピと違う物入れちまったら大変だしさ!」
「類じゃないんだから、そんなことしないよ」
軽くあしらって、帝人さんの姿がキッチンに消える。
が、すぐに彼は戻ってきた。
「……ソウにも、こっちに来るなって言われた」
ゴロリと畳に横になり、身体を丸めて小さくなる帝人さん。
僕は何だか居た堪れなくなって、口を開いた。
「あの、帝人にぃにも折り紙を……」
「「だめ!」」
ですよね、と僕は心の内で嘆息した。
双子たちは決して意地悪をしているわけではないのだ。
しばらく気まずい沈黙が落ちた。
僕と類さん、ニャン太さんは目配せをしたが、誰も何も言わず大人しく紙を折り始める。
それから数分して、2、3の花を折り終えた頃、類さんが色紙をテーブルの上に放った。
「俺、ギブ」
彼の手元には、花になれなかった折り紙の残骸があった。
見える必要のない部分の裏地が見えていて、所々千切れている。
「類ちゃん、壊滅的に不器用だね……」
「俺からしたら、何でお前らがそんな風に折れるのか信じられねぇ」
彼は「悪いな」と色紙を双子に返すと、帝人さんのところに向かった。
それから彼のことを踏んづけるようにする。
「帝人。オセロしようぜ」
「……俺のことは放っておいていいよ。ゴロゴロしてるし」
完全にいじけた声だった。
「寝転がってるよりお得だぞ。俺に勝てたら、お前の欲しいもんなんでもプレゼントしてやる」
「……別に欲しいものなんてないよ。あっても自分で買うし」
「お前が自分で買えるものを、俺がプレゼントすると思ってんの?」
類さんはしゃがみ込むと、帝人さんの耳に唇を寄せた。
その瞬間、帝人さんの目付きが変わる。
「勝負しよう」と、彼は勢いよく身体を起こした。
「そうこなくちゃ」
さすが類さんだ。
帝人さんの気持ちが上向いた気配に胸をなで下ろしつつ、僕は折り紙を再開する。
ふたりがゲームを始めた気配。
ピリッとした緊張がこちらにまで漂ってくる。
やがて――
「もしかして、類ってオセロ得意……?」
「ん? 何で?」
「明らかに定石知ってるよね……」
そんなやり取りが聞こえてきた。
「え? オセロって定石があるんですか?」
思わず口を挟んだ僕に、「あるよ」と帝人さんが応える。
彼もまた覚えているのだろうか。それなら全く歯が立たなかったのも頷けた。
それからまた時間が経過して……
「もう1戦」と帝人さん。
再び、初めからふたりはオセロを始めたようだ。
しかし、またすぐ、
「待って。今の、ナシ」
盤面から駒を取り除く音がした。
更には……
「もう少しで勝てそうだった……!」「まだだよ。まだ終われない……!」
折り紙が全て小さな花になり、ニャン太さんがそれらを球体の花束にまとめ始めたが、類さんと帝人さんの勝負が終える様子はない。
「……そろそろ終わりにしねぇか?」
類さんのゲンナリした声。
「断る」
「いやさ、コレもうやるから」
そう言って、類さんがポケットから取り出し万丈に置いたのは小さな鍵だった。
帝人さんは眉根を吊り上げた。
「勝ってもいないのに受け取れないよ」
「俺に勝つまでやるつもりかよ……」
類さんが額を抑える。
それから彼は、僕を呼んだ。
「伝。代打ち頼む」
言って、鍵を投げてくる。
思わず受け取ってしまったものの、僕はすぐに首を振った。
「いや、僕じゃ代打ちになりませんよ……」
さっき帝人さんにはコテンパンに負けたのだ。
僕では真剣勝負に水を刺すことになりかねないのでは――
「ほら、早く席に着きなよ」
と思ったが、そんなことはなかった。
そういえば帝人さんはこういう人だったな。
僕は鍵をズボンのポケットに入れると、渋々、オセロの盤の前まで膝を進める。
と、その時だった。
ゴロリと空が鳴ったかと思えば、数分と立たずに雨が屋根にぶつかる激しい音が聞こえてきた。
「ウソ、雨降ってきた!? あんなに晴れてたのに!」
ニャン太さんが声を裏返らせる。
折り紙に夢中で気付かなかったが、いつの間にやら空は厚い雲で覆われていた。
次いで、間を置かずにドォン! と、家屋が揺れるほどの雷鳴がとどろいた。
甲高い悲鳴を上げて、ユウユウたちがニャン太さんに飛びつく。
大人の僕でも身が竦んだのだから、幼いふたりは相当怖かっただろう。
「ちょっとソウの様子見てくるわ。アイツ、固まってるだろうし」と類さんが立ち上がる。
「僕は、『くつした』のこと、中に入れてきます」
くつしたとは、ふたりが連れてきた豆柴犬の名前だ。名前を呼ぶ度に、縁側に手を乗せるその手が、靴下を履いたように白いから『くつした』。
「玄関なら、あげても大丈夫そうですか?」
「ここペットOKだから部屋の中も平気だよ~」
ニャン太さんが双子を抱きしめながら言う。
「この雨じゃ、ふたりともお母さんのところに戻れないだろうし、泊まらせちゃえば?」
帝人さんが窓の外を眺めて続けた。
「そうですね。じゃあ、くつした連れて、お風呂場直行しちゃいます」
僕はサンダルに足を突っ込み縁側を下りる。
「くつした、雨が降ってきたから中に入ろう」
伏せていた場所に姿がなくて、僕は縁側の下を覗き込んだ。
雷の音で驚いて隠れてしまったのかと思ったのだ。
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