上 下
50 / 75
日常4

雨と心(8)

しおりを挟む
 和気藹々としたおやつの時間の後、僕らはユウユウたちと一緒に折り紙で花を作ることになった。赤、青、黄、紫……色とりどりの折り紙がテーブルに広げられる。

「はい、これはルイにぃ。こっちがニャンにぃで、これが、ええと……」

 ひとりひとりに折り紙を数枚ずつ手渡しながら、ふたりは僕の顔を見て困ったようにした。

「あ、僕は……」

「伝だよ」

 と、すかさず類さんが口を開く。

「デンにぃ」

 ふたりはニコリと笑うと、僕に紫の折り紙をくれた。そして早速、折り始めてしまう。
 キッチンにいるソウさんはいいとして、同席していた帝人さんは肩透かしを食らったように目を瞬かせた。

「ええと、俺のは……?」

「「ミカドにぃはダメ!」」

「えっ!?」

 即座に応えた双子に、帝人さんはますます困惑した様子だ。

「なんで俺だけ……?」

「むこうであそんでなさい」「すぐおわるから」と、ふたりは大人びた調子で続ける。

「こら。そんなイジワルしちゃダメでしょ」

「「でも……」」

「いいよいいよ。俺、ソウの手伝いするから」

 叱るニャン太さんに、帝人さんは首を振って席を立った。

「あっ、キッチンは――」

 帝人さんを呼び止めようとしたが、いい言葉が思い浮かばず僕は無意味に口を開閉させる。類さんもニャン太さんも一拍出遅れた。顔に「マズイ」と書いてあった。

「み、帝人! 料理はソウちゃんに任せよう!?」

「お前が手伝うと……ほ、ほら、レシピと違う物入れちまったら大変だしさ!」

「類じゃないんだから、そんなことしないよ」

 軽くあしらって、帝人さんの姿がキッチンに消える。
 が、すぐに彼は戻ってきた。

「……ソウにも、こっちに来るなって言われた」

 ゴロリと畳に横になり、身体を丸めて小さくなる帝人さん。
 僕は何だか居た堪れなくなって、口を開いた。

「あの、帝人にぃにも折り紙を……」

「「だめ!」」

 ですよね、と僕は心の内で嘆息した。
 双子たちは決して意地悪をしているわけではないのだ。

 しばらく気まずい沈黙が落ちた。
 僕と類さん、ニャン太さんは目配せをしたが、誰も何も言わず大人しく紙を折り始める。
 それから数分して、2、3の花を折り終えた頃、類さんが色紙をテーブルの上に放った。

「俺、ギブ」

 彼の手元には、花になれなかった折り紙の残骸があった。
 見える必要のない部分の裏地が見えていて、所々千切れている。

「類ちゃん、壊滅的に不器用だね……」

「俺からしたら、何でお前らがそんな風に折れるのか信じられねぇ」

 彼は「悪いな」と色紙を双子に返すと、帝人さんのところに向かった。
 それから彼のことを踏んづけるようにする。

「帝人。オセロしようぜ」

「……俺のことは放っておいていいよ。ゴロゴロしてるし」

 完全にいじけた声だった。

「寝転がってるよりお得だぞ。俺に勝てたら、お前の欲しいもんなんでもプレゼントしてやる」

「……別に欲しいものなんてないよ。あっても自分で買うし」

「お前が自分で買えるものを、俺がプレゼントすると思ってんの?」

 類さんはしゃがみ込むと、帝人さんの耳に唇を寄せた。
 その瞬間、帝人さんの目付きが変わる。

「勝負しよう」と、彼は勢いよく身体を起こした。

「そうこなくちゃ」

 さすが類さんだ。
 帝人さんの気持ちが上向いた気配に胸をなで下ろしつつ、僕は折り紙を再開する。

 ふたりがゲームを始めた気配。
 ピリッとした緊張がこちらにまで漂ってくる。
 やがて――

「もしかして、類ってオセロ得意……?」

「ん? 何で?」

「明らかに定石知ってるよね……」

 そんなやり取りが聞こえてきた。

「え? オセロって定石があるんですか?」

 思わず口を挟んだ僕に、「あるよ」と帝人さんが応える。
 彼もまた覚えているのだろうか。それなら全く歯が立たなかったのも頷けた。

 それからまた時間が経過して……

「もう1戦」と帝人さん。

 再び、初めからふたりはオセロを始めたようだ。
 しかし、またすぐ、

「待って。今の、ナシ」

 盤面から駒を取り除く音がした。
 更には……

「もう少しで勝てそうだった……!」「まだだよ。まだ終われない……!」

 折り紙が全て小さな花になり、ニャン太さんがそれらを球体の花束にまとめ始めたが、類さんと帝人さんの勝負が終える様子はない。

「……そろそろ終わりにしねぇか?」

 類さんのゲンナリした声。

「断る」

「いやさ、コレもうやるから」

 そう言って、類さんがポケットから取り出し万丈に置いたのは小さな鍵だった。
 帝人さんは眉根を吊り上げた。

「勝ってもいないのに受け取れないよ」

「俺に勝つまでやるつもりかよ……」

 類さんが額を抑える。
 それから彼は、僕を呼んだ。

「伝。代打ち頼む」

 言って、鍵を投げてくる。
 思わず受け取ってしまったものの、僕はすぐに首を振った。

「いや、僕じゃ代打ちになりませんよ……」

 さっき帝人さんにはコテンパンに負けたのだ。
 僕では真剣勝負に水を刺すことになりかねないのでは――

「ほら、早く席に着きなよ」

 と思ったが、そんなことはなかった。
 そういえば帝人さんはこういう人だったな。

 僕は鍵をズボンのポケットに入れると、渋々、オセロの盤の前まで膝を進める。

 と、その時だった。
 ゴロリと空が鳴ったかと思えば、数分と立たずに雨が屋根にぶつかる激しい音が聞こえてきた。

「ウソ、雨降ってきた!? あんなに晴れてたのに!」

 ニャン太さんが声を裏返らせる。

 折り紙に夢中で気付かなかったが、いつの間にやら空は厚い雲で覆われていた。
 次いで、間を置かずにドォン! と、家屋が揺れるほどの雷鳴がとどろいた。

 甲高い悲鳴を上げて、ユウユウたちがニャン太さんに飛びつく。
 大人の僕でも身が竦んだのだから、幼いふたりは相当怖かっただろう。

「ちょっとソウの様子見てくるわ。アイツ、固まってるだろうし」と類さんが立ち上がる。

「僕は、『くつした』のこと、中に入れてきます」

 くつしたとは、ふたりが連れてきた豆柴犬の名前だ。名前を呼ぶ度に、縁側に手を乗せるその手が、靴下を履いたように白いから『くつした』。

「玄関なら、あげても大丈夫そうですか?」

「ここペットOKだから部屋の中も平気だよ~」

 ニャン太さんが双子を抱きしめながら言う。

「この雨じゃ、ふたりともお母さんのところに戻れないだろうし、泊まらせちゃえば?」

 帝人さんが窓の外を眺めて続けた。

「そうですね。じゃあ、くつした連れて、お風呂場直行しちゃいます」

 僕はサンダルに足を突っ込み縁側を下りる。

「くつした、雨が降ってきたから中に入ろう」

 伏せていた場所に姿がなくて、僕は縁側の下を覗き込んだ。
 雷の音で驚いて隠れてしまったのかと思ったのだ。

 しかし、事態は予想よりも遥かに悪かった。

「え……」

 縛り付けてあったリードごと、くつしたの姿が消えていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

ドSな義兄ちゃんは、ドMな僕を調教する

天災
BL
 ドSな義兄ちゃんは僕を調教する。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...