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日常3

カップルとお姫様抱っこ(2)

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* * *

 出かける前日、帝人さんから待ち合わせ場所を指定するメッセージが届いた。
 同じマンションに住んでいるのに何故、待ち合わせを……? と不思議に思ったが、帝人さんは当日、さっさとひとりで出掛けてしまい、それでやっとメッセージの意味に気付いた。
 待ち合わせた方が「デートっぽい」のだ。
 たぶん、彼はソウさんと出掛ける時もわざわざこうするのだろう。

 僕は少し早めにマンションを出た。

 休日の都内は人でごった返していた。
 天気は秋晴れ、デート日和だ。

 指定された場所に着くと、一般男性より頭1つ大きい帝人さんはすぐに見つかった。

「帝人さん、すみません。お待たせしました」

「大丈夫、待ってないよ」

 とりあえず僕らは喫茶店に入る。

「伝くん、席取って待ってて。飲み物買ってくるから。カフェラテでいいんだよね? それともフローズン系にする?」

「アイスのカフェラテでお願いします」

 運良くふたり席が取れた。
 丸テーブルに腰掛け、僕はレジの方を見やる。
 帝人さんのゆっくりとした所作は優雅ですらあって、育ちの良さが伺えた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 飲み物を受け取り、一息つく。
 僕はさっそく本題に取り掛かることにした。

「それで、今日は何処に行くんですか? ソウさんとのデートの下見なんですよね?」

「まずはこれを読んで欲しいんだ」

 言って、彼はカバンから分厚いレポート用紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
 ドン、と低い音が鳴る。

「な、何ですかこれ」

「計画表だよ」

 計画表、って、デートのか……?

「つかぬ事をお伺いしますが……」

「なに?」

「帝人さんって、デートとか……したことがなかったり……?」

 問いに帝人さんがキョトンとする。それからあからさまに不機嫌そうに眉根を寄せた。

「さすがにあるよ」

「え、あるんですか!?」

「君、俺のこと何だと思ってるんだよ……」

 聞けば、学部時代に一度だけデートをしたことがあるという。しかも驚くことに相手は女性だった。

「いろいろ……悩んでた時期だったんだよ。このままソウのこと思い続けてても、叶わないのはわかりきってたしさ。それなら別の誰かを好きになる努力をした方がいいんじゃないかって」

「帝人さん……」

「まあ、無駄だって思い知っただけなんだけどね」

 彼はつまらなそうに肩をすくめる。
 それから、半眼になって顎を持ち上げた。

「というかさ、もしかして君、俺がその計画表片手にソウとデートするとでも思ったの?」

「へっ!?……さ、さすがにそんなことはっ」

 正直なところ、可能性はあると思っていた。ソウさんのことになると、彼は思わぬ動きをするし……

 帝人さんが疑わしげにこちらを見つめてくる。
 僕はそれから逃れるように、レポート用紙を手に取った。
 そして、うわっ、と出かかった呻き声を飲み込む。
 レポート用紙は文字でびっしりだった。

「か、確認しますね……」

 一度メガネを外し、目と目の間を指先で揉んでから、掛け直す。

 デートの内約はオーソドックスなものだった。まず映画に行き、町をブラブラ。お茶をしてから、最後に和食器のお店に寄る。

 出掛ける場所、その目的、ソウさんの反応予測、どんな会話をするかなど事細やかに書き込まれていた。
 さすが理知的な帝人さんのレポートだ。
 文章量とは裏腹に、内容はとても読みやすくまとめられている。……しかし。

「あの……この、ちょくちょく挟んでくる心霊スポットネタは何なんですか?」

 僕はレポート用紙から顔を持ち上げると、疑問を口にした。
 何故か町をブラブラするフェーズの随所に、心霊スポットネタが差し込まれている。

「あれ? 伝くん、知らないの? この辺り昔は処刑場でさ、深夜の0時を回ると……」

「いえ、そういう話ではなくてですね。何故、そんな話をわざわざソウさんにするんでしょう……?」

 ソウさんは自分では絶対に認めないが、怖いものが好きではない。そんな彼に心霊スポットネタを振っても楽しめるとは思えない。

 帝人さんは少しだけはにかむと、カップを手の内で転がした。なんだかイヤな予感がする。

「それは、だって、ほら……ソウからくっ付いてくれるだろう?」

 やっぱり。
 僕はレポート用紙をテーブルに置いた。それから息を吸い込み、

「怖がらせて、くっつこうとしないでください」

 ちょっと強めに言った。

「だ、大丈夫だよ! 責任もってずっと俺が傍にいるから。夜も!」

「下心が醜い!!」

「みっ……」

 帝人さんが息を飲む。

「ソウさん、本当に怖いの苦手なんですから」

「…………はい」

「そういうのはナシにしましょう」

「…………はい、すみません」

 帝人さんが肩を落とす。
 僕はペンを回転させると、心霊ネタの部分に斜線を引き、レポート用紙を返した。

「問題を感じたのは、その怖がらせる点だけだと思います。と言っても、僕もデートの経験が豊富なわけではないし、類さんにエスコートされているばかりなので、これ以上のことは何も言えないのですが……」

「いや、そんなことないよ。とても助かったよ」

 用紙を見直しながら、帝人さんはふぅと吐息をこぼした。

「ソウ……楽しんでくれるといいんだけどな」

「楽しんでくれますよ」

 心霊ネタがなければ。

「でも、ほら……俺は、類じゃないからさ」

 何気ない様子で彼は言ったけれど、彼の10年の片鱗が垣間見えて切なくなった。
 誰よりもソウさんのことを見つめてきた帝人さんだからこそ、ソウさんの心に棲まう類さんの存在の大きさを知っているのだ。

 僕はカップを仰ぎ、コーヒーを飲み干した。

「それ飲んだら行きますよ」

「え……?」

「え、じゃないですよ。計画しておしまいと言うわけじゃないでしょう? 書いてある通りに、いろいろ歩いてみたら、今は気付いていない問題点が出てくるかもしれません」

 乗りかかった舟だ。今日はとことん帝人さんに付き合おう。
 ソウさんとのデートを成功させて、少しでも彼の拗らせた諸々を解消したい。
 それに……初めてのデートで緊張する彼の気持ちは、痛いほどわかるのだ。

「……ありがとう、本当に」

 帝人さんもカップを傾け、喉を鳴らす。
 それから、彼はふたり分の空のカップをトレーに乗せて席を立った。

「お待たせ、行こうか」

 僕は頷き、彼の背を追う。と、

「あっ、そうだ」

 カップを捨て店を出ようとしていた彼は、ふと歩みを止めた。

「伝くん。ちゃんとソウとしてデートしてね」

「……」

 押し黙る僕など気にも留めず、帝人さんに腕を引かれる。

 本当にこの人は……

 呆れつつ、僕は彼の隣をしぶしぶ歩いた。
 言いたいことは山ほどあるが、一生懸命な彼の横顔をみていると何故だか許してしまうのだ。
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