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日常3
カップルとお姫様抱っこ(5)
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* * *
「それでは、チャレンジスタートのお時間です! 参加者の方は、それぞれ充分な距離を取って位置についてください!」
イベント開始のアナウンスが響き渡り、僕らは移動をした。
「伝くん、出来るだけ身体にしがみついててね。正直言うと、腕力には自信ないから」
「わかりました」
すかさず「ケッ、情けねぇ奴」と隣から声が飛んでくる。
僕らの横に陣取った将臣は蔑む目でこちらを見てから、「おらぁっ!」という掛け声と共にアキトさんを軽々と抱き上げた。
おお……! っと、周囲がどよめきが立つ。
将臣が抱き上げる側だったのは予想外だ。アキトさんの方が身体が大きいのに。
「伝! いいか!」
彼はこちらを見ると、誇らしげに鼻を鳴らした。
「何人も恋人がいるような男は、そもそも性根が腐ってやがる。力も無ければ、根性も覚悟も何もかもが足りねぇ。頼りがいのねぇ奴ばっかだ。
俺を選ばなかったことを後悔するんだな!」
「……相変わらずだね、彼」
「そうですね」
腕のストレッチをしながら呟いた帝人さんに、僕は生温かな笑みで頷いた。
アキトさんがクスクス笑う。ついで彼は将臣の脇腹を抓んだ。
「……っ!? てっ、てめっ、どこつまんでっ……っ!!」
「マサくん、ちょっとお腹出てきてない?」
「あぁっ!?」
「知ってる? 運動してた人って脂肪が付きやすいんだよ。でも、オレ、ポッチャリマサくんでも愛してるからね」
「勝手にデブ扱いすんな!」
「みなさん、パートナーの方をお姫様抱っこして準備をお願いします。最後まで残ったカップルの優勝ですよ!」
そんなふたりのやり取りは、アナウンスに遮られた。
僕は帝人さんの首に腕を回す。
彼は深呼吸の後、中腰になって僕の膝裏に手を添えた。
そして足が宙に浮いた。
途端、「うっ……」と帝人さんの唇から呻き声が漏れ出る。
「す、すみませ……っ」
「動かないで、伝くん。大丈夫だから……」
「わ、わかり、ました」
僕は帝人さんにしがみつきながら、申し訳ない気持ちになった。
何故なら……実は、類さんたちと暮らし始めて僕は10キロ近く太っていたからだ。
前までヒョロガリで、食べてもちっとも体重が増えなかったのに、ソウさんの健康的な食事と、ニャン太さんたちによる適切な筋トレ指導によって着々と筋肉がついていた。
「では……カップルチャレンジ、スタート!!」
スタッフさんの掛け声と共に、タイムウォッチが動き始める。
無駄な体力を使わないよう押し黙る帝人さん。一方で、隣は賑やかだ。
「マサくん、格好いいね。もうずっと抱っこされてたいよ」
アキトさんの囁き声が聞こえてくる。彼は指先で将臣の前髪の毛先をくるくると弄ると続けた。
「横顔がとってもキュートだ。ひげの剃り残しがあってもステキだよ」
「剃り残しあんのかよ!? 出かける前に言えや!」
「ふふ、恥ずかしがるマサくんも可愛いね」
「可愛くねぇよ!」
「本当だよ。本当に可愛いよ」
アキトさんが頬にキスをする。
その途端、ボンッと爆発したみたいに将臣の顔が赤くなった。
……どのカップルよりもカップルらしいふたりだと思う。
……。
…………。
………………。
やがて、20分が経過する頃。
帝人さんのシャツはぐっしょりと汗で濡れていた。
大丈夫ですか? と、口まで出かかった言葉を僕は飲み込む。
大丈夫じゃないのは、彼の強張った顔つきを見ればわかった。
ハンカチで額から落ちる汗を拭って上げたいと思ったが、動くと彼の負担になるだろうと思い、止めた。
他のカップルはと言えば、想像以上に早くリタイアしていた。
僕らのように、たまたま出くわしたイベントがデートの中心にはなりえないのだろう。それこそ、好きな陶芸家さんの作品があった、とかではない限り……
ひと組、またひと組と参加者はイベントを去り、そして気がつけば、残っているのは将臣たちと僕らの2組になっていた。
「マサくん、腕プルプルしてるよ」
「だあああ! ツンツンすんなっっ!」
相変わらず、隣はかしましい。まだまだ余力がありそうだ。
一方、帝人さんはと言えば――
「っ……」
かなり、厳しそうだった。
「全然、まだ平気……だから……」
僕の胸の内を読んだように、帝人さんが掠れた声を漏らす。
しかし僕を抱き上げる腕は震えていたし、限界が近いのは火を見るより明らかだった。
もしも負けたら……将臣に、食器を譲って欲しいと頼んでみようか。
食器に興味がないのは知っているし、アキトさんもそれが目的ではないようだし。
けれど、将臣の性格的に頼み込んだら逆にくれないような気もする……
それからまた、20分ほどして。
「マサくん。おーいマサくん?」
「……」
「もしかして、限界来ちゃった? あれだけ大口叩いてて? ウソだろう? ザコ過ぎない?」
さっきまで、ベタベタに甘い台詞を吐いていたアキトさんが突然、手のひらを返した。
「わあ、カッコ悪いな。マサくん、カッコ悪いよ」
「う、るせ……」
「本当にザコい。でも、そこが可愛いよ。ザーーコ♡」
「……っ」
残酷なコールが始まる。
心配している場合ではないのだが、彼らの情緒は大丈夫なんだろうか……?
そして更にそれから20分経ち……
チャレンジがスタートして1時間を超える頃には、見物人はすっかり減っていた。
お店のスタッフも飽きたのか、こっちを見ないでおしゃべりしている。
……せめてイベントの主催くらいは勝負の行く末を見て欲しい。審判はどうするつもりなんだろう。
その時、ゴクリと帝人さんの喉が鳴った。
「伝くん……」
「は、はい!?」
とっくに限界を超えていた彼は、蒼白な顔をしていた。帝人さんはニャン太さんとは違うのだ。
ギブアップ、なのかもしれない。
僕は健闘を称える言葉を探した。
一時間保つなんて凄い。僕には絶対に無理だったろう。全ては愛のなせる技だ。
しかし、彼は僕の予想外の言葉を口にした。
「それでは、チャレンジスタートのお時間です! 参加者の方は、それぞれ充分な距離を取って位置についてください!」
イベント開始のアナウンスが響き渡り、僕らは移動をした。
「伝くん、出来るだけ身体にしがみついててね。正直言うと、腕力には自信ないから」
「わかりました」
すかさず「ケッ、情けねぇ奴」と隣から声が飛んでくる。
僕らの横に陣取った将臣は蔑む目でこちらを見てから、「おらぁっ!」という掛け声と共にアキトさんを軽々と抱き上げた。
おお……! っと、周囲がどよめきが立つ。
将臣が抱き上げる側だったのは予想外だ。アキトさんの方が身体が大きいのに。
「伝! いいか!」
彼はこちらを見ると、誇らしげに鼻を鳴らした。
「何人も恋人がいるような男は、そもそも性根が腐ってやがる。力も無ければ、根性も覚悟も何もかもが足りねぇ。頼りがいのねぇ奴ばっかだ。
俺を選ばなかったことを後悔するんだな!」
「……相変わらずだね、彼」
「そうですね」
腕のストレッチをしながら呟いた帝人さんに、僕は生温かな笑みで頷いた。
アキトさんがクスクス笑う。ついで彼は将臣の脇腹を抓んだ。
「……っ!? てっ、てめっ、どこつまんでっ……っ!!」
「マサくん、ちょっとお腹出てきてない?」
「あぁっ!?」
「知ってる? 運動してた人って脂肪が付きやすいんだよ。でも、オレ、ポッチャリマサくんでも愛してるからね」
「勝手にデブ扱いすんな!」
「みなさん、パートナーの方をお姫様抱っこして準備をお願いします。最後まで残ったカップルの優勝ですよ!」
そんなふたりのやり取りは、アナウンスに遮られた。
僕は帝人さんの首に腕を回す。
彼は深呼吸の後、中腰になって僕の膝裏に手を添えた。
そして足が宙に浮いた。
途端、「うっ……」と帝人さんの唇から呻き声が漏れ出る。
「す、すみませ……っ」
「動かないで、伝くん。大丈夫だから……」
「わ、わかり、ました」
僕は帝人さんにしがみつきながら、申し訳ない気持ちになった。
何故なら……実は、類さんたちと暮らし始めて僕は10キロ近く太っていたからだ。
前までヒョロガリで、食べてもちっとも体重が増えなかったのに、ソウさんの健康的な食事と、ニャン太さんたちによる適切な筋トレ指導によって着々と筋肉がついていた。
「では……カップルチャレンジ、スタート!!」
スタッフさんの掛け声と共に、タイムウォッチが動き始める。
無駄な体力を使わないよう押し黙る帝人さん。一方で、隣は賑やかだ。
「マサくん、格好いいね。もうずっと抱っこされてたいよ」
アキトさんの囁き声が聞こえてくる。彼は指先で将臣の前髪の毛先をくるくると弄ると続けた。
「横顔がとってもキュートだ。ひげの剃り残しがあってもステキだよ」
「剃り残しあんのかよ!? 出かける前に言えや!」
「ふふ、恥ずかしがるマサくんも可愛いね」
「可愛くねぇよ!」
「本当だよ。本当に可愛いよ」
アキトさんが頬にキスをする。
その途端、ボンッと爆発したみたいに将臣の顔が赤くなった。
……どのカップルよりもカップルらしいふたりだと思う。
……。
…………。
………………。
やがて、20分が経過する頃。
帝人さんのシャツはぐっしょりと汗で濡れていた。
大丈夫ですか? と、口まで出かかった言葉を僕は飲み込む。
大丈夫じゃないのは、彼の強張った顔つきを見ればわかった。
ハンカチで額から落ちる汗を拭って上げたいと思ったが、動くと彼の負担になるだろうと思い、止めた。
他のカップルはと言えば、想像以上に早くリタイアしていた。
僕らのように、たまたま出くわしたイベントがデートの中心にはなりえないのだろう。それこそ、好きな陶芸家さんの作品があった、とかではない限り……
ひと組、またひと組と参加者はイベントを去り、そして気がつけば、残っているのは将臣たちと僕らの2組になっていた。
「マサくん、腕プルプルしてるよ」
「だあああ! ツンツンすんなっっ!」
相変わらず、隣はかしましい。まだまだ余力がありそうだ。
一方、帝人さんはと言えば――
「っ……」
かなり、厳しそうだった。
「全然、まだ平気……だから……」
僕の胸の内を読んだように、帝人さんが掠れた声を漏らす。
しかし僕を抱き上げる腕は震えていたし、限界が近いのは火を見るより明らかだった。
もしも負けたら……将臣に、食器を譲って欲しいと頼んでみようか。
食器に興味がないのは知っているし、アキトさんもそれが目的ではないようだし。
けれど、将臣の性格的に頼み込んだら逆にくれないような気もする……
それからまた、20分ほどして。
「マサくん。おーいマサくん?」
「……」
「もしかして、限界来ちゃった? あれだけ大口叩いてて? ウソだろう? ザコ過ぎない?」
さっきまで、ベタベタに甘い台詞を吐いていたアキトさんが突然、手のひらを返した。
「わあ、カッコ悪いな。マサくん、カッコ悪いよ」
「う、るせ……」
「本当にザコい。でも、そこが可愛いよ。ザーーコ♡」
「……っ」
残酷なコールが始まる。
心配している場合ではないのだが、彼らの情緒は大丈夫なんだろうか……?
そして更にそれから20分経ち……
チャレンジがスタートして1時間を超える頃には、見物人はすっかり減っていた。
お店のスタッフも飽きたのか、こっちを見ないでおしゃべりしている。
……せめてイベントの主催くらいは勝負の行く末を見て欲しい。審判はどうするつもりなんだろう。
その時、ゴクリと帝人さんの喉が鳴った。
「伝くん……」
「は、はい!?」
とっくに限界を超えていた彼は、蒼白な顔をしていた。帝人さんはニャン太さんとは違うのだ。
ギブアップ、なのかもしれない。
僕は健闘を称える言葉を探した。
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