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リクエスト03

助手とクッション(10)

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 次いで順番がきたソウさんは、信じられないことに、なんの気負いもなくブロックを引き抜いて重ねた。
 お題は『好きな人に膝枕をして貰う』というもので、彼は類さんの太股を枕にして寝転がると嬉しそうに表情を綻ばせた。

 帝人さんは「なんで左隣じゃないんだよ!」と心の叫びをダダ漏れさせながらも、忙しく写メを撮っていた。

 そして、帝人さんの番になった。
 ブロックタワーは触る前から微かに揺れている……

「どうして崩れないんだろう」と帝人さん。

「普通に考えて、ここからブロックを引き抜くって無理だよね」

「諦めたら試合はそこで終了だよ」

 ニャン太さんがすかさず鼓舞するが、誰がどう考えても帝人さんが言っていることが正しい。

「もう終了してるみたいなものだけど」

 帝人さんは既に諦めモードだ。
 むしろ、何故、ソウさんがターンを回せたのか謎過ぎる。

 彼は顎をさすってから、身を乗り出し、真剣にタワーを観察した。
 すると、視線があるひとつのブロックの上で止まる。

「あれ? これって……」

「あっ……ワイルドブロックじゃん!」

 ニャン太さんの大きな声にタワーが揺れた。
……もしもこのまま倒れた場合、勝負はどうなるのだろう?

「それって、好きなことを好きな人に命じられるボーナスブロック……だったっけ?」

「そだけど……」

 帝人さんが問うのに、ニャン太さんが戸惑いつつ頷く。

「もしかして、帝人、引くつもり?」

「……」

 僕はまじまじと帝人さんの顔を見た。

 欲しいのはわかる。
 わかるが、しかし、さすがに無謀だ。

 ワイルドブロックが並ぶ列は、すでに端のひとつが引き抜かれてしまっている。
 真ん中1つで支えるにはなかなかハードだろう。

「ちなみに誰に何をさせてぇの、お前?」と、類さん。

 帝人さんはチラリとソウさんを一瞥してから、頬を指先で引っ掻いた。

「そんなの、決まってるじゃないか……」

 彼は頬を真っ赤にして、唇を戦慄かせる。
 そして、「か」と声を絞り出した。

「か?」と、僕と類さん、ニャン太さんが声を揃えて首を傾げる。
 帝人さんは何度か唇を開閉させてから、掠れる声で言った。

「間接愛撫を……」

「だから、嫌だって言いましたよね!?」

 ソファを立ち上がった僕に、帝人さんは真顔で続けた。

「嫌だとしても、ワイルドブロックは絶対だから」

 こ、この人は本当にっ……!

「僕をクッション代わりに使うの、やめてくださいって言ってるんです!」

「俺はもう、自分に素直に生きるって決めたんだよ」

「だったらソウさんに直接触ればいいじゃないですか!」

「それが出来たら苦労しないよ!」

 悲痛な叫びだった。
 彼の葛藤が真剣なものなのはわかるが、だからと言って僕を巻き込む道理はない。

 そんな応酬をピタリと止めたのは、鶴の一声――ソウさんだった。

「……帝人は俺に触りたいのか?」

「っ……!」

 帝人さんが息を飲む。
 頬が赤く染まり、彼はあたふたと膝の上の手を握ったり開いたりした。

「そ、それは、さわ、触りたいけど……でも……さ、触るのは怖いというか、触ったらダメというかっ……」

「どっちなんだ」

 ソウさんが形の良い眉をひそめる。
 帝人さんは悩ましげに顔をしかめ、目を閉じた。

「わからないんだ。わからないから……」

 彼は真っ直ぐとソウさんを見つめ返し、

「俺は――伝くんを触る」と言った。

「そうか」

「だから、何で!?」

 ソウさんは真面目な様子で頷いたけれど、僕は納得できない。意味がわからない。
 しかし帝人さんはこちらの気など完全無視して、ワイルドブロックに向き直った。

「な~んか……デンデンと帝人、仲良くなーい?」

「ホントにな」

 ニャン太さんと類さんの軽口にも反応ナシ。

……嫌な予感がした。
 これほど真剣な帝人さんを見たことがなかったから。

「いくよ」と、彼は小さな声で言った。
 大きな手がブロックへ向かう。
 彼は親指と中指でワイルドブロックを掴むと、人差し指で上の段を押さえ……

 彼は……彼は、ブロックを引き抜いてしまった。

 タワーがグラグラ揺れる。
 息を詰めて結果を見守れば、タワーは踏ん張った。

 吐息が触れるだけで崩れるだろう不安定さだと言うのに。
 彼の執念のなんと恐ろしいことか。

 帝人さんはブロックを最上段に置いた。
 成功だ。信じられないことだった。

 僕は唇を引き結ぶ。
 このままでは、何故か僕が帝人さんにイロイロされてしまう。
 勝負とは全く関係のないピンチに、パニックに陥った。

 その時だ。

「……帝人も伝が好きなんだな」

 ふいに落ちたソウさんの呟きに、「え」と、帝人さんが顔を上げた。

「ソウ、今のどういう――」

 ガンッと音がした。何にそこまで動揺したのか、帝人さんがテーブルに足をぶつけたのだ。
 それは致命的で、タワーは次の瞬間ガラガラと音を立てて崩れた。

「あ……」

 呆然とする一同。
 帝人さんの顔から血の気が引いていく。

「ほ~い。じゃあ、緊縛助手は帝人でケッテー!」

 無慈悲な宣告と共に、ジェンガゲームは幕を下ろした。
 帝人さんはしばらく固まったままだった。


■ □ ■


 後日。

 類と蒼悟、伝、帝人は寧太の水タバコ屋にやって来ていた。
 カンナギに助手の話をするついでに、シーシャを楽しむためだ。

「はい!? 帝人さんがやってくれるんですか!?」

 タバコの用意をしていたカンナギは、事のあらましを聞いて素っ頓狂な声を上げた。
 驚きの表情に、隠しようもない喜色が滲んでいく。

「え、ええ~、ホントに? すっごく、すっごく、すっごく嬉しいです~~っ!」

 胸の前で両手を合わせて、目をキラキラさせる。

(まさか帝人さんが来るとは予想外だわぁ。お酒入れ替えて大正解……!)

 そんな思いなどおくびにも出さず、カンナギは艶めかしく腰をくねらせた。

「夢みたいです~! あたしぃ、ドSな人を攻めまくるのが、ホンッッット好きでぇ……!」

「ははは、気が合うね。俺もだよ」

 帝人はタバコを受け取りながら、柔和に微笑む。
 カンナギはますます嬉しそうにした。

「うふふふふ」

「ははははは」

 水タバコのホースを握りしめ、ふたりのやり取りを見ていた伝が目元をこする。
 彼らの背後に、威嚇し合うコブラとマングースの幻覚が見えたのだ。

「あの、大丈夫なんでしょうか……?」

「だいじょぶ、だいじょぶ」と言って、寧太が水タバコの炭に息を吹きかける。

「なんだかんだで帝人なら楽しめるよ」

 類も笑い、その横のソウがドーナツ型の煙をポッと吐き出した。
 伝はそれでも不安げに、微笑み合う帝人とカンナギを遠目に見守った。

□ ■ □ 

 帝人の緊縛デビューは、また小さな事件を起こすのだが……それはまた別のお話。



「助手とクッション」 おしまい。
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