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リクエスト03
助手とクッション(7)
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……これは、とんでもないお題が来たものだ。
僕はゴクリと喉を鳴らした。
「え? だれだれ? めっちゃ気になる」
ニャン太さんがジュースをストローでズズッと飲んでから言った。
類さんはしばらく黙った後、苦虫を噛み潰したような渋い顔で、
「……してねぇよ」と、吐き捨てる。
「はい、ダウト」
即座に否定するニャン太さん。
「あのな。俺にオナる余裕があると思うか?」
「そんな淡白じゃないでしょ」
「お前と一緒にすんな」
類さんがニャン太さんの鼻を摘まむ。
その手を振り払い、ニャン太さんは×のカードを振った。
「みんなが納得する回答をよろしくお願いしまーす」
「納得するだろ。……なあ?」
類さんが僕を見て首を傾げる。
「……クリアで」
僕はおずおずと○を出した。
週2回ほど、僕は夜、類さんやニャン太さんと過ごすけど……個人的に体力の限界を感じている。
類さんはそんな時間を僕以外とも過ごしているわけで、しかも相手はニャン太さんとソウさんであることを考えれば、ひとりでする余裕なんてあるわけがない、という彼の主張は尤もだと思った。
まあ、そこまで踏み込むのはマナー違反かなとも思うし、詳しく突っ込む勇気がないというのが正直なところだ。
「なんでー!? デンデンは類ちゃんに甘すぎるよ!」
「す、すみません……!」
肩を竦めれば、対面に座るソウさんも○を挙げた。
「ちょっ……ソウちゃんまで!? 気にならないの!? 類ちゃんが誰のこと考えてオナニーしてるか!」
「気にならない」とソウさんはハッキリと告げた。
「誰のことを考えてしてもいいと思う」
「そっ、それは、そうなんだけど! でもさ、でもさぁ……うー……」
すっかり空気は、ニャン太さんのターンに移った。視界の端で、類さんがホッと胸を撫で下ろす。
……と、その時だ。×を手に、帝人さんが言った。
「最近してなかったとしても自慰の経験があるなら、『してない』は答えにならないんじゃないかな。お題の趣旨は、誰を考えてしたかを答えることなんだから」
……お題クリアに必要な○の数は3つ。ここにきて彼は勝負を仕掛けたのだ。
「……帝人、てめぇ……」
身体を起こした類さんが眉尻を吊り上げる。
視線がぶつかり、火花が散った。
タワーは既にかなり不安定だ。
もう一度引く、というのはリスクでしかない。
しかし類さんが先ほどの答えを撤回するとは思えなかった。
「……クソ。引き直しゃいーんだろ」
「ちゃんと答えればいいのに」
ニャン太さんが唇を尖らせる。
「最後にしたのなんて、昔のこと過ぎて覚えてねぇっつの」
類さんは慎重にタワーを眺めた。
それからゆっくりとゆっくりとブロックを抜き、上に重ねる……を2回繰り返す。
タワーは微動だにしなかった。……流石としか言いようがない。
「……ふぅ。で、お題は」
忌々しげに、ニャン太さんの携帯をタップする類さん。
画面にアニメーションが流れる。
僕は心の内で、類さんが答えやすいものが出ますようにとお祈りした。
と――
「げ」と、類さんが呻いた。
ディスプレイを横から覗き込んだニャン太さんが、キョトンとする。
「へ? これだけ??」
お題は『財布の中身を見せる』というもの。
ニャン太さんは思い切り顔をしかめた。
「えーっ、何コレ!? こんな楽なお題がこのタイミングでくるとかズルくない!?」
「……」
ズルい、ズルいとニャン太さんが連呼する。
その一方で、類さんはとても気まずそうにした。
彼は小さく嘆息し、ブロックタワーを再び観察した。
まるで引き直すみたいに。
「類さん……? もしかして、ブロック引き直すつもりですか……?」
思わず問いが口を突いて出る。
すると彼は短く「……おう」と頷いた。
「えっ、なんで!? ただ財布見せるだけだよ??」
「嫌なんだよ」
「でも、次引き直すとしたら3ブロックだよ。さすがにムリじゃん……?」
ニャン太さんの言う通りだった。
タワーの状態的に、たぶん、次か、次の次辺りで倒れる気がする。
順番を回さず、ひとりで引くのは負けに行くようなものだ。
類さんが押し黙った。
神経質そうに、首の後ろをかく。
「別に、お財布の中に1円とかしか入ってなくても気にしないよ? ボクなんていつも30円とかしか残ってないし」
「フォローになってないよ、ニャン太」
ニャン太さんと帝人さんの応酬にも、類さんは反応しない。
本気で悩んでいるようだ。
金銭の多寡で、こんなに頑なになることはない気がする。
ということは、一体、彼の財布の中には何が入っているというのだろう?
みんなが静かに見守る中、類さんはソファを立ち、いろんな角度からタワーを眺めた。
そして、
「……クソ」
悪態をついたかと思えば、そのまま自室へ向かい、長財布を手に戻ってきた。
「ほらよ」
それから彼は目の前に座る帝人さんに財布を投げた。
「あれ? いいの?」
「ここで順番流しておけば、たぶん勝ち確だからな。縛られるよかマシだと判断した」
帝人さんはゆっくりと類さんの長財布を開いた。
それから、クスッと噴き出す。
「……なるほどね」
「なになに、チョー気になるんだけどっ!」
「ニャン太は最後。はい、次はソウ」
ソウさんが類さんの財布を受け取る。
頬杖をついた類さんは、極力僕らをみないようにそっぽを向いていた。
「伝」
そして、僕に財布が回ってきた。
「は、はい。失礼します……」
いくら持ち主がオーケーを出しているとは言っても、財布を覗くのはなんだか気が引ける。
類さんの長財布は、赤みがかったグラデーションの革財布だった。
不思議な色合いだ。形はシンプルで、とても薄い。
僕は恐る恐る中を開いた。
諭吉が数枚、クレジットカード、それから……
「あっ……」
僕はゴクリと喉を鳴らした。
「え? だれだれ? めっちゃ気になる」
ニャン太さんがジュースをストローでズズッと飲んでから言った。
類さんはしばらく黙った後、苦虫を噛み潰したような渋い顔で、
「……してねぇよ」と、吐き捨てる。
「はい、ダウト」
即座に否定するニャン太さん。
「あのな。俺にオナる余裕があると思うか?」
「そんな淡白じゃないでしょ」
「お前と一緒にすんな」
類さんがニャン太さんの鼻を摘まむ。
その手を振り払い、ニャン太さんは×のカードを振った。
「みんなが納得する回答をよろしくお願いしまーす」
「納得するだろ。……なあ?」
類さんが僕を見て首を傾げる。
「……クリアで」
僕はおずおずと○を出した。
週2回ほど、僕は夜、類さんやニャン太さんと過ごすけど……個人的に体力の限界を感じている。
類さんはそんな時間を僕以外とも過ごしているわけで、しかも相手はニャン太さんとソウさんであることを考えれば、ひとりでする余裕なんてあるわけがない、という彼の主張は尤もだと思った。
まあ、そこまで踏み込むのはマナー違反かなとも思うし、詳しく突っ込む勇気がないというのが正直なところだ。
「なんでー!? デンデンは類ちゃんに甘すぎるよ!」
「す、すみません……!」
肩を竦めれば、対面に座るソウさんも○を挙げた。
「ちょっ……ソウちゃんまで!? 気にならないの!? 類ちゃんが誰のこと考えてオナニーしてるか!」
「気にならない」とソウさんはハッキリと告げた。
「誰のことを考えてしてもいいと思う」
「そっ、それは、そうなんだけど! でもさ、でもさぁ……うー……」
すっかり空気は、ニャン太さんのターンに移った。視界の端で、類さんがホッと胸を撫で下ろす。
……と、その時だ。×を手に、帝人さんが言った。
「最近してなかったとしても自慰の経験があるなら、『してない』は答えにならないんじゃないかな。お題の趣旨は、誰を考えてしたかを答えることなんだから」
……お題クリアに必要な○の数は3つ。ここにきて彼は勝負を仕掛けたのだ。
「……帝人、てめぇ……」
身体を起こした類さんが眉尻を吊り上げる。
視線がぶつかり、火花が散った。
タワーは既にかなり不安定だ。
もう一度引く、というのはリスクでしかない。
しかし類さんが先ほどの答えを撤回するとは思えなかった。
「……クソ。引き直しゃいーんだろ」
「ちゃんと答えればいいのに」
ニャン太さんが唇を尖らせる。
「最後にしたのなんて、昔のこと過ぎて覚えてねぇっつの」
類さんは慎重にタワーを眺めた。
それからゆっくりとゆっくりとブロックを抜き、上に重ねる……を2回繰り返す。
タワーは微動だにしなかった。……流石としか言いようがない。
「……ふぅ。で、お題は」
忌々しげに、ニャン太さんの携帯をタップする類さん。
画面にアニメーションが流れる。
僕は心の内で、類さんが答えやすいものが出ますようにとお祈りした。
と――
「げ」と、類さんが呻いた。
ディスプレイを横から覗き込んだニャン太さんが、キョトンとする。
「へ? これだけ??」
お題は『財布の中身を見せる』というもの。
ニャン太さんは思い切り顔をしかめた。
「えーっ、何コレ!? こんな楽なお題がこのタイミングでくるとかズルくない!?」
「……」
ズルい、ズルいとニャン太さんが連呼する。
その一方で、類さんはとても気まずそうにした。
彼は小さく嘆息し、ブロックタワーを再び観察した。
まるで引き直すみたいに。
「類さん……? もしかして、ブロック引き直すつもりですか……?」
思わず問いが口を突いて出る。
すると彼は短く「……おう」と頷いた。
「えっ、なんで!? ただ財布見せるだけだよ??」
「嫌なんだよ」
「でも、次引き直すとしたら3ブロックだよ。さすがにムリじゃん……?」
ニャン太さんの言う通りだった。
タワーの状態的に、たぶん、次か、次の次辺りで倒れる気がする。
順番を回さず、ひとりで引くのは負けに行くようなものだ。
類さんが押し黙った。
神経質そうに、首の後ろをかく。
「別に、お財布の中に1円とかしか入ってなくても気にしないよ? ボクなんていつも30円とかしか残ってないし」
「フォローになってないよ、ニャン太」
ニャン太さんと帝人さんの応酬にも、類さんは反応しない。
本気で悩んでいるようだ。
金銭の多寡で、こんなに頑なになることはない気がする。
ということは、一体、彼の財布の中には何が入っているというのだろう?
みんなが静かに見守る中、類さんはソファを立ち、いろんな角度からタワーを眺めた。
そして、
「……クソ」
悪態をついたかと思えば、そのまま自室へ向かい、長財布を手に戻ってきた。
「ほらよ」
それから彼は目の前に座る帝人さんに財布を投げた。
「あれ? いいの?」
「ここで順番流しておけば、たぶん勝ち確だからな。縛られるよかマシだと判断した」
帝人さんはゆっくりと類さんの長財布を開いた。
それから、クスッと噴き出す。
「……なるほどね」
「なになに、チョー気になるんだけどっ!」
「ニャン太は最後。はい、次はソウ」
ソウさんが類さんの財布を受け取る。
頬杖をついた類さんは、極力僕らをみないようにそっぽを向いていた。
「伝」
そして、僕に財布が回ってきた。
「は、はい。失礼します……」
いくら持ち主がオーケーを出しているとは言っても、財布を覗くのはなんだか気が引ける。
類さんの長財布は、赤みがかったグラデーションの革財布だった。
不思議な色合いだ。形はシンプルで、とても薄い。
僕は恐る恐る中を開いた。
諭吉が数枚、クレジットカード、それから……
「あっ……」
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