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リクエスト03

助手とクッション(5)

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「好き」は、僕にとって深い命題だ。
 全ての始まりは、類さんへの恋だった。でも、今、その好きは彼だけに向けられる感情ではない。
「好きな人」に「恋人のような」というニュアンスを付け加えるならば、ニャン太さんだって「好きな人」になる。

「……伝? なに悩んでんの?」と不満げに類さん。

「す、すみません。ただ、その、ええと……好きな人、と言われると……」

 先ほど投げつけられたクッションを手に、ソファに戻ってきたニャン太さんを、僕はチラリと見た。

 このお題、類さんだけにお願いするのは誠実ではないと思うのだ。が、ふたりから吐息を吹きかけられるのは破壊力が大きすぎる気がするし。

 そんなことを考えていると、キョトンとしたニャン太さんが自分を指さしながら首を傾げた。

「もしかして、デンデンの好きな人ってボクも入ってるの??」

「え? そうですけど……」

 何を今更。僕は訝しげにしながら、思案を続けた。

「ただ、おふたりにお願いするのは――」

「デンデン~~~ッッ! ボクも大好きだよ~~っ!」

「うぐっ……」

 言葉の途中で、ニャン太さんが突進してきた。その勢いのまま、力強く抱きしめられて、息が詰まる。

「……そこは俺だけにしとけよ」

 金髪の向こうで、拗ねたように唇を尖らせる類さん。

「え、あ、す、すみません……! でもっ……」

 慌てた僕に、彼は苦笑した。

「――なんてな。いいよ。俺も同じだから」

 ついでニャン太さんのお尻を軽く叩いた。

「ほら、ニャン太。奥行け」

「ほいほい」

「へっ!? ま、待って下さい、同時にはちょっと……っ」

 左右に挟まれそうになり、あたふたとふたりを留める。と、帝人さんが首を傾げた。

「伝くん、ふたりに順番を付けるの?」

「……お願いします」

 ニャン太さんが僕の上に乗り上げて隣に移動した。

 類さんの細く長い指先が、耳を隠していた髪を持ち上げ、ニャン太さんも同じようにした。そして、ふたりは息を吸い――

「伝、愛してるよ」
「大好きだよ、デーンデン♪」

 耳朶に囁かれた、腰に響くふたつの声。
 全身の血が沸騰して、心臓がドクドク言い始める。

 しかし、ここで平静さを欠けば、次のターンに支障が出るのは必定。

「ふ、ふたりとも……お題が、違います……」

 僕は吐息と共に掠れる声を絞り出した。

「あり? そうだっけ?」

「悪い悪い」

 類さんが、チラリとニャン太さんを見た。
 慌ててその視線を追えば、ニャン太さんもムフフと笑う。また何か仕掛けてくる気だ。

 僕は改めて気を引き締めた。

 ふたりはクスクス笑いながら、ふぅーっと細く、優しく、吐息を吹き掛けてくる。

……が、それだけだった。

 え、これだけ?と、拍子抜けしているうちに、ふたりの身体が離れる。

 何か企んでいると思ったのは僕の思い過ごし……だったようだ。
 僕は内心胸を撫で下ろし――

「ぅうわっ!?」

 ホッと息を付いた刹那、パクリと左右の耳朶を甘噛みされて、変な声が漏れ出た。
 僕は勢いよく耳を塞ぐと、ソファの背もたれに身体を押し付ける。

「なななな、なんっ、なんっ、なんで噛んっ……」

「可愛い耳たぶだったからさ」

「それな」と、ニャン太さんが類さんに同意した。

 パクパク唇を開閉させる僕に、ふたりはケラケラ笑って自分の席に戻っていく。

 僕はテーブルに足をぶつけないようにして、膝を抱えた。

 ああ、もう、本当に。……顔が熱い。

「次やってもいいか?」

「も、もちろんです!」

 ソウさんの問いに、僕は抱えていた膝を下ろした。
 彼は小さく頷くと、ブロックタワーに手を伸ばし、下方の、外側の一片を指先で抓んだ。

「わお。けっこー攻めるけど平気?」

 ニャン太さんが目を丸くする。

「ここは倒れない」

 ソウさんは静かに告げると、長方体を引き抜き、上に重ねた。確かに倒れなかったが……この一手で、かなりタワーは不安定になったと思う。

「さてはて、ソウちゃんのお題は~~っ?」

 ニャン太さんが差し出す携帯の画面を、ソウさんがタッチ。
 短いアニメーションが流れた後、お題が現れる。

 曰く、
『好きな人と見つめ合い、相手が照れさせることを言ってください』と。

 お題を口の中で反芻させたソウさんは、すっと立ち上がり類さんを手招きした。

「……ニャン太みたいに変なこと言ったら、殴るからな」

 ソファから腰を持ち上げた類さんが、テーブルから少し離れた場所へ移動する。
 そして、ふたりは見つめ合った。

 類さんを恥ずかしがらせるセリフ……なんて、すぐには思い浮かばない。
 これはなかなか難題だ。特に寡黙なソウさんには難しい気がする。

「なあ。お題、引き直した方がいいんじゃね?」と類さん。

 ソウさんは「かもしれない」と短く答え、類さんを見つめ続けた。

……だんだんと類さんの笑顔が引きつり始める。

 目線を逸らすと、ソウさんの手が彼の頬を包み込み、元の位置で固定した。

「……早く何か言えよ」

「今、考えてる」

 ソウさんは微動だにしない。
 類さんはますます気まずそうになってきた。

「類。目、逸らさないで」

「わ、わかってる」

 まだ何も言っていないのに、類さんの顔が次第に紅潮していく。
 やがて彼は、ソウさんを押しやり顔を背けた。

「……お題はクリアってことで」

「まだ何も言っていないが」

「そうだよ! 見つめてただけじゃん!」

 ニャン太さんが×のカードを左右に振る。
 類さんはドッカとソファに腰を下ろし、

「ソウのお題はクリアでいいと思う!」

 少し怒った様子で繰り返した。

「……意外と類ってちょろいよね」

 そう言って、帝人さんも「○」のカードを持ち上げる。もちろん僕も○だ。

「もーーー! ふたりとも甘すぎるよ!」

 ニャン太さんはぷりぷり怒りだしたが、もしかしたらゲームの目的を忘れているのかもしれない。
 今回の場合、クリア出来なくて困るのはソウさんなのだが……

「帝人。さっさと次引け」

 ソウさんが席に戻ったのを見計らい、類さんが口を開いた。

「そんなに急かさないでよ」

 帝人さんはサクサクと自分のターンを進めた。
 引き抜いたブロックを上に重ね、ソウさんから受け取った携帯をタップしテーブルに戻す。

 それから彼は、お題をポカンとして読み上げた。

「好きな人を……デートに、誘う……」
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