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日常1

蒼悟とヤキモチ(2)

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* * *

 入口で手渡された懐中電灯を頼りに、暗い廃校舎を進む。
 正直なところ、僕は恐怖のあまり入場して5分で限界だった。

 淀んだ教室で、天井からぶら下がる首吊りの生徒。窓には飛び降りの影が何度も映り、こっくりさんを楽しむ女生徒の不気味な声が響く。
 どうして、どうして、と呟きながら迫ってくる白い影がいたり……

「ひっ!」

 プシュッと空気が顔にかかって、僕は思わず隣を歩く帝人さんに飛びついた。
 彼はクスクスと暗闇でもわかる悪い笑みを浮かべる。僕は慌てて身体を離す。

 さっきからこんな調子だ。

 ソウさんと類さんはといえば、僕らの少し先を歩いていた。

 類さんにしがみつき、彼の肩口に顔を押し付けるソウさんは、まったく前方を見ていない。

 しかし、見えなくとも音はするわけで。

 悲鳴や、呻き声がする度にソウさんの身体がビクつく。
 一方、類さんは興味津々な様子だ。

「すげー、リアルだな……見たことねぇけど」そんな呟きが聞こえてくる。

「……よ、余裕ですね」と言う僕に、

「いや、結構ビビッてるよ。作り物ってわかってても、やっぱ……うおっ……!」

 類さんは悲鳴を飲み込むと身体を強張らせ、

「ビビったぁ」

 ケラケラ笑う。

 僕もソウさんも、薄暗い部屋が突然点灯するだけで、飛び上がるくらいに怯えているというのに。

「ソウは大丈夫なの?」

 帝人さんの問いに、

「問題ない」

 ソウさんはぐりぐりと類さんに額を押し付けながら答える。

「だとさ」

 肩をすくめる類さん。

 ……ちょっとだけ。
 ちょっとだけ、ソウさんが羨ましい。
 僕もできるなら目を瞑って歩きたいし、類さんに大っぴらにくっつきたい。
 けれど、狭い道はふたり並ぶともういっぱいだ。

「伝くん、進むのためらってると置いてっちゃうよ」

 知れず足を止めていた僕を、帝人さんが振り返る。

「そ、それは絶対にいやです!」

 僕は泣きそうな声で言うと、彼の隣に走り寄った。

 その時だ。

 ガタガタと壁際のロッカーが開閉を繰り返した。と同時に、触れるほど近くで、耳朶に吐息が吹きかかり、冷たい手が僕のうなじを撫でた。

「うわああああああああああっ!!!」

 迸る悲鳴。
 咄嗟に僕はしゃがみ込む。

「ははっ、驚きすぎだよ、伝くん。今のは俺ーー」

「!!」

 すると、声にパニックになったのか、ソウさんが突然こちらに走ってきて僕に躓き転んだ。

「いっ……」

 折り重なるようにして、床に転がる。
 その瞬間、不運なことに天井から激しい空気と白い煙が噴射され、僕とソウさんはお互いに飛びついた。

「……っ!……っ!?」

 何も見えない。何が起こっているのかもわからない。
 床がガタガタ跳ねるように揺れている。

 僕らは一向に動けず、声も出なかった。
 とにかく目を閉じて、身体を寄せ合って、息を潜める。

 いい歳した大人が……などと、思う余裕もない。
 怖いものは怖いのだ。

 しばらくして、煙が晴れた。

「……え」

 恐る恐る顔を上げた僕は、唇を戦慄かせる。
 先ほどまで道があった場所が壁になっていた。
 少し先にいたはずの類さんと帝人さんの姿が……見えない。

「る、る、類さんっっ!?」

 声を張り上げれば、不明瞭な声がどこからか返ってきた。

 僕は血の気が引くのを感じた。
 突如現れた壁に寄って、二手に分かれてしまったのだろう。

 予想外の演出だ。

「……そ、ソウさん」

 僕はひとまず、膝を抱いて座り込むソウさんに声をかけた。

「あの、立てますか?」

「……」

 返事はない。屍のようだ……

 僕は深呼吸をした。
 このままではソウさんとふたり、ここから出られない。

 なんとかして僕が彼を連れていかなければ。

「ええと、ソウさん。僕たち類さんたちとはぐれてしまったようなんです」

「……うん」と、微かに声が聞こえた。

「とりあえず、僕が引っ張っていきますから先へ進みましょう」

 手を握りしめる。
 ソウさんは俯いたまま、立ち上がった。

 と、その途中で、近くのロッカーがガタガタと音を立てて揺れ、

「ひゃあっ!」

 僕らはお互いに飛びつく。
 肩を縮こまらせて、目をギュッとつむる。

 しばらくそうしてから、僕は薄暗い前方へと目を向けた。

 長い廊下が続いている。
 知れず、喉が鳴った。

 まずい。まずいぞ。
 全くもって、前へ進める気がしない……
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