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リクエスト01

声と虚構の果実(5)

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* * *

 家に戻り夕食を終えると、俺はソウと帝人にさっきニャン太に言ったことを打ち明けた。

「は……? どういうこと?」

 対面のソファで、眉根を寄せた帝人がアイスコーヒーから顔を上げる。

「だから、類ちゃん好きな人できたんだって」

 左隣に座っていたニャン太が俺の言葉を繰り返した。

「デンデンって言ってね、すっごくいい人なんだ~。前に類ちゃん、電車でトラブった時あったじゃん? その時に助けてくれた人で……」

「あれからずっと忘れられないんだ。……一目ぼれ、だったんだと思う」

 ヒュウッ、とニャン太の冷やかしが入る。
 俺は組んだ手を見下ろして続けた。

「でも、もう会えねぇだろうなって諦めてて……そしたら、たまたまイサミちゃんのとこで見かけたんだ。……気持ち止まんなくなった」

「キュンですな~」と目を輝かせるニャン太。

「類。良かった」

 右隣に座ったソウが、嬉しそうに頷く。
 俺はしおらしく目線を落とした。

 そんな中で、帝人だけが険しい表情のままだ。

「……ふたりとも、本気?」

 ややあってから、固い声がリビングに落ちた。

「どゆこと?」

 小首を傾げるニャン太。
 帝人は手にしていたグラスをローテーブルに置くと、真剣な様子で口を開いた。

「類に好きな人ができたってことは、もう俺たち一緒にいられないってことだよ。それ、わかってる?」

「え……な、なんでそうなるの!?」

 驚愕するニャン太に、帝人は束の間目を閉じて、それから嘆息した。

「なんでって、当たり前じゃないか。付き合うことになったら、類はその彼と愛し合うんだ。俺たちが入り込む余地はないよ」

「それは……イッパンテキな話じゃん。ボクらは違うよ」

 蒼悟が俺のニットの裾を引っ張る。
 ニャン太が不安げに俺の顔を覗き込んできて、口を開いた。

「……ね、そうだよね? 類ちゃん?」

 俺は苦笑を浮かべると頷いた。

「当たり前だろ。……俺は、お前らと離れるつもりはねぇよ」

「類ちゃん……!」

 ニャン太の愁眉が晴れる。
 蒼悟がホッと吐息をこぼす。

「じゃあ、どうするの。付き合うことになったら?……まさか俺たちのこと黙ってるつもりじゃないよね?」

「話すに決まってるだろ」

「なんて話すの?」

 俺は鼻の下を擦る。短く息を吸い、

「パートナーだって。……家族だって、話すよ」

 ポツリと言った。

「家族……」と、3人の声が重なる。
 次いでニャン太の顔にみるみるうちに喜色が滲んで、彼は俺に飛びついてきた。

「ふ、ふぇえ……やっぱ、今日、お赤飯炊こうぅ……っ!」

 髪をワシャワシャとかき混ぜられる。

「任せろ」

 間髪入れずに立ち上がる蒼悟。
 俺は慌ててソファを立つ。

「いや、赤飯はいらねぇから!……あっ、ソウ! 待てって!」

 すると、ウンザリしたような溜息が聞こえた。

「……無茶苦茶だよ」

 俺は帝人を振り返る。

「『あなたが好きです。他にもパートナーはいますが』って、相手が納得するわけないだろ」

 彼は額に手をやり続けた。

「君は魅力的だから、きっとその伝くんは恋に落ちるよ。だからこそ俺たちのことで傷つく。……類。何も知らない相手を巻き込んじゃかわいそうだよ」

「でもさ、ボクんちの父さんたちも、なんだかんだで仲良くしてるし……」と、ニャン太。

「ニャン太の家は特別なんだって。普通はムリ」

「……ムチャなこと言ってるのはわかってる。でも、しゃーねぇだろ。俺はお前らと離れるつもりないし。でも……好きに、なっちまったんだから」

「誰も好きにならないって言ってたのにね」帝人の責めるような声が落ちた。

 沈黙。
 ゾワリ、と焼け焦げた声が背中を這う。

「ってか、ムリかどうかを決めるのはデンデンじゃん? ここでボクらがこんな話したって、なーんも意味ないでしょ」

 ソファから降りたニャン太が俺たちの間に入った。
 帝人は髪をかき上げて、それから再びグラスを手に取りソファに深く腰掛けた。

「……まあ、そうだね。気が早かったよ。まだ付き合うかどうかもわからないのに」

 張り詰めた空気が緩む。
 と、ニャン太が気恥ずかしそうに口を開いた。

「ボクとしては、早くお付き合いして貰いたいけどね~。類ちゃんが好きな人の前だとどんな感じになるのか、めっちゃ興味あるし。それに、ますます賑やかになりそうだしさ♪」

 ニャン太はそうクスクス笑って、蒼悟のいるキッチンへ向かう。
 ややあってから、彼はパタパタと駆け足で玄関を出て行った。本当に赤飯を炊くつもりらしく、スーパーに小豆を買いに行ったようだ。

 俺は苦笑を浮かべつつ、ソファに腰を下ろした。

 頭がうるさい。
 作り笑いが崩れそうになる。ああ、クソ、黙れ。
 うるさい。うるさい。うるさい――

「類」

 声にハッとして顔を上げると、いつの間にか帝人が前に立っていた。
 ラテックスの手袋をはめた大きな手が、頬に触れる。

「……バカなこと、考えてないよね?」

 問いに、俺は意識的にゆっくりと瞬きをして笑い飛ばす。

「はあ? なんだよ、バカなことって」

 帝人はじっと俺を見た。
 瞳の奥の、心の底を覗き込むように。

「……気のせいなら、いいんだ」

 触れる彼の指先に、じわりと黒い声がまとわりつく。

「好きになったのが、お前じゃなくて悪かったよ」

 俺はケラケラ笑いながら、帝人の手を払いどけた。
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