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リクエスト01
声と虚構の果実(4)
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* * *
翌週の火曜日。
俺とニャン太は、店でひとりで飲んでいた伝の後を付けて、バーの最寄り駅までやってきていた。
駅構内は人でごった返していて、ちょっとでも目を離したら最後、彼の姿はすぐに見失ってしまうだろう。
俺たちはそこそこの距離を取って、ついていく。
彼が気付く気配は全くない。
「なんだか探偵みたいだねぇ」とニャン太。
「どっちかっつーと、ストーカーだな……」
「そう思うなら、フツーに話しかけたらいいのに」
「話題がねぇ」
応えた俺に、ニャン太はヤレヤレと肩を竦める。
「夏の時のこと話せばいいじゃん。……まったく、かっこ付けなんだからなぁ」
そんな話をしていると、前方で空気がザワついた。
見れば、伝がひとりの男性と何か揉めているようだ。
「どうしたんだろ?」
「さあ」
歩みを緩める。
顔を真っ赤にした彼は、慣れない様子で口論している。
近くには涙目の女性の姿。
と、唐突に口論相手は手にしていたカバンを振り回し、伝が怯んだ隙に脱兎のごとく走り出した。
「あっ、待て! 逃げるな!!」
伝が追いかけつつ声を張り上げる。
「――その人、盗撮犯です!」
「え!?」ニャン太の裏返った声。
男は周囲の視線を振り切るように全力でこちらに向かって走ってきた。
俺は何食わぬ顔で、直ぐ横を通り抜けようとするそいつの足を払う。
「おっと、悪い」
盛大に転んだ男が携帯を取り落とし、事情を察した近くのサラリーマンがそれを遠くへと蹴り飛ばす。
「だ、大丈夫ですか……!?」
伝は転んだ盗撮犯に心配げに駆け寄りつつ、逃がさないよう退路を塞いだ。
騒ぎを聞きつけて、駅員が走ってきた。
俺とニャン太は集まる野次馬を縫って改札を出ると、地下鉄へ向かった。
「……盗撮犯に大丈夫ですかって……ふっ、ふふ、デンデンって変わってるねぇ」
「なんだよ、デンデンって」
聞き慣れない言葉に小首を傾げれば、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにニャン太の眼差しがキラリと光った。
「伝だからデンデン。かわいくない?」
「カワイイ……?」
「カタツムリみたいでさ」
何度か口の中で唱えてみるが、可愛さの欠片も理解できない。
そもカタツムリをカワイイと思ったことがないのだから仕方ない。
しばらく沈黙が続き、
「……あのさ」
やがて、ニャン太が真面目な様子で口を開いた。
「なんだよ?」
彼は視線を彷徨わせた後、身体を寄せてきて上目遣いで俺を見た。
「類ちゃん、デンデンのこと好きなの?」
問いに、俺は目を瞬いた。
スッと思考が冷えていくような感覚に襲われる。
ニャン太を見下ろせば、彼は視線を落とした。
俺は何度か無意味に唇を開閉させる。
背中を這う声がふいに大きくなった。
「……うん」
俺は、頷いた。
「そっかぁ」
ニャン太はヘラリと笑った。
意外なことに、心から嬉しそうに。
「……怒んねぇの」
問えば、
「なんで怒るのさ」
彼はキョトンとする。
「ボク、結構嬉しいよ? ずっと類ちゃん、誰のことも好きにならないーって言ってたから」
手を胸の前で組んで、彼はニコニコと語った。
こちらを見上げて、気恥ずかしそうに鼻の頭をかく。
「なんか、なんていうか、お赤飯炊きたい気分」
「それは……やめてくれ」
えー、とニャン太が眉をハの字にする。
俺はその金髪に優しく触れた。
「……今日さ、帰ったらソウたちにも言うわ。つって、今すぐ告白するとかそういうんじゃねぇんだけど」
「え、コクんないの?」
「片思い中ってイサミちゃん言ってたろーが。俺が今、声かけたってどうにもなんねぇよ」
「そんな消極的な」
肩をすくめた俺に、ニャン太は拳を握り締めて力強く告げる。
「こういう時は当たって砕けないと!」
「砕けたくねぇんだよ!」
思わず突っ込んでしまった。
そんな俺にニャン太が破顔する。
その笑顔を真っ直ぐ見つめ返せずに、俺は前を向くと歩く速度を上げた。
翌週の火曜日。
俺とニャン太は、店でひとりで飲んでいた伝の後を付けて、バーの最寄り駅までやってきていた。
駅構内は人でごった返していて、ちょっとでも目を離したら最後、彼の姿はすぐに見失ってしまうだろう。
俺たちはそこそこの距離を取って、ついていく。
彼が気付く気配は全くない。
「なんだか探偵みたいだねぇ」とニャン太。
「どっちかっつーと、ストーカーだな……」
「そう思うなら、フツーに話しかけたらいいのに」
「話題がねぇ」
応えた俺に、ニャン太はヤレヤレと肩を竦める。
「夏の時のこと話せばいいじゃん。……まったく、かっこ付けなんだからなぁ」
そんな話をしていると、前方で空気がザワついた。
見れば、伝がひとりの男性と何か揉めているようだ。
「どうしたんだろ?」
「さあ」
歩みを緩める。
顔を真っ赤にした彼は、慣れない様子で口論している。
近くには涙目の女性の姿。
と、唐突に口論相手は手にしていたカバンを振り回し、伝が怯んだ隙に脱兎のごとく走り出した。
「あっ、待て! 逃げるな!!」
伝が追いかけつつ声を張り上げる。
「――その人、盗撮犯です!」
「え!?」ニャン太の裏返った声。
男は周囲の視線を振り切るように全力でこちらに向かって走ってきた。
俺は何食わぬ顔で、直ぐ横を通り抜けようとするそいつの足を払う。
「おっと、悪い」
盛大に転んだ男が携帯を取り落とし、事情を察した近くのサラリーマンがそれを遠くへと蹴り飛ばす。
「だ、大丈夫ですか……!?」
伝は転んだ盗撮犯に心配げに駆け寄りつつ、逃がさないよう退路を塞いだ。
騒ぎを聞きつけて、駅員が走ってきた。
俺とニャン太は集まる野次馬を縫って改札を出ると、地下鉄へ向かった。
「……盗撮犯に大丈夫ですかって……ふっ、ふふ、デンデンって変わってるねぇ」
「なんだよ、デンデンって」
聞き慣れない言葉に小首を傾げれば、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにニャン太の眼差しがキラリと光った。
「伝だからデンデン。かわいくない?」
「カワイイ……?」
「カタツムリみたいでさ」
何度か口の中で唱えてみるが、可愛さの欠片も理解できない。
そもカタツムリをカワイイと思ったことがないのだから仕方ない。
しばらく沈黙が続き、
「……あのさ」
やがて、ニャン太が真面目な様子で口を開いた。
「なんだよ?」
彼は視線を彷徨わせた後、身体を寄せてきて上目遣いで俺を見た。
「類ちゃん、デンデンのこと好きなの?」
問いに、俺は目を瞬いた。
スッと思考が冷えていくような感覚に襲われる。
ニャン太を見下ろせば、彼は視線を落とした。
俺は何度か無意味に唇を開閉させる。
背中を這う声がふいに大きくなった。
「……うん」
俺は、頷いた。
「そっかぁ」
ニャン太はヘラリと笑った。
意外なことに、心から嬉しそうに。
「……怒んねぇの」
問えば、
「なんで怒るのさ」
彼はキョトンとする。
「ボク、結構嬉しいよ? ずっと類ちゃん、誰のことも好きにならないーって言ってたから」
手を胸の前で組んで、彼はニコニコと語った。
こちらを見上げて、気恥ずかしそうに鼻の頭をかく。
「なんか、なんていうか、お赤飯炊きたい気分」
「それは……やめてくれ」
えー、とニャン太が眉をハの字にする。
俺はその金髪に優しく触れた。
「……今日さ、帰ったらソウたちにも言うわ。つって、今すぐ告白するとかそういうんじゃねぇんだけど」
「え、コクんないの?」
「片思い中ってイサミちゃん言ってたろーが。俺が今、声かけたってどうにもなんねぇよ」
「そんな消極的な」
肩をすくめた俺に、ニャン太は拳を握り締めて力強く告げる。
「こういう時は当たって砕けないと!」
「砕けたくねぇんだよ!」
思わず突っ込んでしまった。
そんな俺にニャン太が破顔する。
その笑顔を真っ直ぐ見つめ返せずに、俺は前を向くと歩く速度を上げた。
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