人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

文字の大きさ
上 下
213 / 224
エピローグ

最果ての約束(1)

しおりを挟む
 下弦の月が美しい夜、
 オレとユリアは、屋敷を去るヴィンセントたちの見送りに出ていた。

 これからふたりと旅を共にする馬を、
 セシルが親しげに撫でる。
 ヴィンセントが荷物をくくりつけると、馬が鼻を鳴らす。

 そんな彼らを見ながら、オレは口を開いた。

「ケガも治ったんだ。
 ゆっくりしてけばいいのに」

「……お前、時々とんでもなく気が利かないよな」

 セシルがこちらを見て、呆れたように答える。

「あ?」

 小首を傾げると、彼は頬を赤くして、
 もごもごと何かを口の中で呟いた。

「だから、つまり――うわっ!?」

 言葉の途中で、ヴィンセントがセシルを担ぎ上げた。
 どうやら荷物は全て馬に括り付けたようだ。

「ちょ、ヴィンセント……!?」

「お前たちも、早くふたりきりになれ」

 言葉に目を瞬かせる。
『も』ということは、ヴィンセントたちが早々に
 屋敷を離れるのもそういう理由らしい。

「あー……まあ、確かに」

 堂々とイチャイチャ宣言したヴィンセントと、
 真っ赤に顔を染めてあたふたするセシルは対照的だった。

「おふたりは旅暮らしに戻るんですか?」

 隣のユリアが言った。

「まあね」

「そうですか……」

「どうしてそんなこと聞くの?」

「ああ、いえ……
 近くに引っ越してきたらいいのにって思って」

 ユリアが気恥ずかしそうに鼻先を指で掻く。

「この辺りの街なら、教会の力もほとんどありませんし……」

 それに、ヴィンセントとセシルは顔を見合わせた。

「その発想はなかったな」

「うん。……でも、定住するのもいいかも。
 僕もユリアたちに会いたいから」

「本当ですか!?」

「良い感じの家、見つけたら連絡するよ」

「是非! 待ってますから!!」

 ヴィンセントが、セシルを馬に乗せる。
 続いて、彼もひらりと跨がった。

「世話になった。この礼は、必ず」

「それじゃあ、またね」

 セシルはいつまでもこちらを振り返って手を振っていた。

 やがて、ふたりが乗る馬が森に消えると、
 オレはうんと背伸びをする。

「……じゃ、オレは仕事に戻るから」

「えっ!?」

「なんで驚くんだよ。見送りに来ただけだっつの」

「そんな……久々にふたりきりになれたのに」

 さっさと踵を返そうとすれば、
 背中から抱きしめられた。

「ヴィンセントさんのことが心配で、
 そういう雰囲気にならなかったじゃないですか。
 せっかく、おふたりも気を遣ってくれたことですし……」

「オレだって、お前に触れたいよ。
 でも、人手が足りてないんだからしゃーないだろ」

 ヴィンセントの治療に総出で当たったメイドたちは、
 今、1月との戦いに利用された古城の掃除に駆り出されている。
 この屋敷の維持は、オレにかかっているのだ。

「そうですけど……」

 ユリアがしょんぼりと肩を落とす。
 頭上にペタリと下がった耳が見えるような落ち込み具合だ。

 オレはそっとユリアの手に手を重ねた。

「……朝になったら部屋まで行くよ」

 続いて、彼の腕の中で振り返り、
 ユリアの頬を両手で包み込んだ。

「心の準備しとけ。一滴残らず、搾り取ってやるから」

 ユリアに触れたいのはオレだって同じだ。

* * *

 仕事を終えると、オレは汗を流し、
 入念に準備をしてユリアの部屋に向かった。

 扉は、オレがドアノブを回すより先に開き、
 喜色に頬を赤らめた部屋の主人が出迎えてくれる。

「バンさん……!」

「ん、お待たせ」

 抱き上げられる。
 ユリアはオレの首筋に顔を埋めると、
 スンスンと鼻を鳴らした。

「……良い匂い」

 オレはなんだか胸がむず痒くて、視線を逸らす。

 入念な準備もさることながら、
 服もなんとなく小綺麗なのを着てきてしまった。

 ちょっと気合いを入れすぎたかもしれない。
 そんなことを考えていると、
 ユリアが頬に唇を押し付けてくる。

 ねだるような口付けに、オレはユリアに向き直った。
 そうして、どちらからともなく唇を重ねた。

「んっ。ん、んんっ、んぅ……」

 唇を割り、舌を絡める。
 金の髪に手を差し込み、ユリアの頭を固定し、
 唾液を塗り込めるように舌を伸ばす。

「はっ、ん、んンッ」

 足を腰に巻きつけ、ふたり分の唾液をすすり、
 貪るようなキスを繰り返す。

 すっかり息が上がった頃、
 オレはユリアの額に額を寄せ、口を開いた。

「……ってか、髪の毛、元に戻ったんだな」

 1月との戦いの後、
 ユリアの飴色の髪が1部白く染まっていたのだが、
 ヴィンセントの容態を気にしている間に、気がつけば元の色に戻っている。

 オレは緩やかなウェーブのかかった髪を摘まみ上げ、キスをする
 ユリアはくすぐったそうに目を細めた。

「うん。気が付いたらね。
 ちょっと気に入ってたから、残念です」

「そっか」

 沈黙が落ちる。
 オレは速度を速める胸の鼓動から目を逸らすようにして、
 彼の髪を弄ぶ。

 そうしていると、ユリアが足早に歩き始めた。
 もちろん向かう先は、広々としたベッドだ。

 ベッドに下ろされるやいなや、
 ユリアの巨躯が覆い被さってきた。

 オレは咄嗟にボタンに伸びた手を掴む。

「ちょ、待て。今日はオレがする。搾り取ってやるっつったろ」

 ……なんとなく、このままリードされるのは危険な気がしたのだ。
 ユリアは一瞬、キョトンとしてから、
 目を細めた。

「ダメ。今日は僕が、一滴残らず、あなたの中に注ぐんです」

 そんなことを言って、ユリアがニコリと笑う。

「なんだよ、それ。調子狂う……」

 不覚ながら、腹の奥がキュンとしてしまった。
 オレはユリアを直視できずに、目線を彼から外す。
 すると――掴んでいたオレの手を、ユリアは逆に掴み返してきた。

 続いて、ガチャンと音がする。
 見れば、手首に柔らかなファーのついた手錠がかかっていた。
 その先は、ベッド上部に括り付けられている。

「は!? おまっ、なに、してっ……」

「オレの強い決意の表れです。
 これくらいしないと、いつも逆転されちゃうから」
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

神様 なかなか転生が成功しないのですが大丈夫ですか

佐藤醤油
ファンタジー
 主人公を神様が転生させたが上手くいかない。  最初は生まれる前に死亡。次は生まれた直後に親に捨てられ死亡。ネズミにかじられ死亡。毒キノコを食べて死亡。何度も何度も転生を繰り返すのだが成功しない。 「神様、もう少し暮らしぶりの良いところに転生できないのですか」  そうして転生を続け、ようやく王家に生まれる事ができた。  さあ、この転生は成功するのか?  注:ギャグ小説ではありません。 最後まで投稿して公開設定もしたので、完結にしたら公開前に完結になった。 なんで?  坊、投稿サイトは公開まで完結にならないのに。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

生涯の伴侶

希紫瑠音
BL
■古強者は恋慕う 騎士×騎士(二人ともおっさん) ・宗とクレイグは五十近いベテランの騎士。ある日、クレイグが宗へ伴侶になって欲しいと婚姻を申し込む。 ■王子は船乗りに恋をする 第三王子(家事が得意/世話好き/意外と一途)と船長(口が悪い/つれない) ■騎士隊長×第六王子 はじめは第六王子を嫌っていたが、のちに溺愛していく。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...