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エピソード30
別れの詩(11)
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* * *
目の前には、闇が広がっていた。
辺りはとても静かで、
まるで『死』そのもののようだ。
立ち尽くしていると、
白銀の雫がひとつ天から降ってきて、
水面が震えるように闇が揺れた。
その白は次第に大きくなって、
一匹の狼になる。
「……本当に貴様は、俺がいないと何も出来ないようだ。
二言目にはすぐ弱音を吐く」
狼はそう言うと、
ゆっくりとした足取りで僕に歩み寄ってきた。
「貴様は、強くなったのだろう?」
こちらを見上げて、不遜に鼻を鳴らす。
僕は、その澄んだ眼差しを見つめ返した。
「今更、何の用だよ」
「力を貸してやる」
「いらない」
「なっ……!?」
即座に応えると、狼は大きく目を見開いた。
「意地を張っている場合か。
貴様は今がどういう状況か判っているのか!?」
「意地を張ったのは、お前だろ」
こんな話をしている場合ではないのは分かっている。
それでも言わずにはいられなかった。
「勝手に身を引いて、バンさんを悲しませて……
お陰で僕は、欠けたままだ」
「何を言い出すかと思えば。
力を貸してやることはできても、もうひとつには戻れない。
前も言っただろう?
生憎と、俺はもう貴様ではないんだ」
「そうだね」
ひとつ嘆息する。
次いで、僕はしゃがみ込むと彼と視線を合わせるようにした。
「僕らは、元はひとつだった。
それが、ふたつに別れ、変質した。
お前の言う通り、もう、ひとつに戻ることはできない」
そっとその毛並みに手を伸ばす。
それからバンさんがよくするように、彼の口元に触れた。
「でも、別の何かになることはできる」
「別の何か?」
「ずっと、考えていたんだ。
僕らの解決方法は、本当にどちらかが消えなくちゃならないのかって。
それが正しいのかって。
何度も何度も問いかけたよ。でも、やっぱり納得できなかった」
一度、言葉を切る。
改めてソイツを見つめる。不思議と心は凪いでいる。
「僕はお前を好きだと思ったコトなんてない。
むしろ、ずっと憎んでいたくらいだ。
でも、やっぱり僕らはこの関わりを断つことは出来ないんだ。
ふたつに分かれたとしても、僕らは元はひとつで、
それが僕とお前の形だ。……どちらかが消えるだなんて間違ってる」
「何が言いたい?」
「僕は、僕でなくなることを恐れたりはしないってこと。
僕は――変わりたい」
「はっ、貴様は……貴様自身を捨てると言うのか」
これが、僕の……考えて、考えて、導き出した答えだった。
絶対に、ひとりではこんな風に想うことはなかっただろう。
でも、僕にはバンさんがいた。
丸ごと愛してくれる人がいた。信じてくれる人がいた。
静かに、見守ってくれる彼がいたから、
僕は恐れずに進むことができるのだ。変わることができるのだ。
「シロ。お前に僕の全てをくれてやる。
だから、お前の全てを僕にくれ。
バンさんと一緒に生きてくために。未来を掴み取るために」
狼は――シロは、視線を落として思案げにした。
それから、ククッと喉奥で笑う。
「……貴様は、弱いくせに思い切りばかりいい」
顔を上げたシロは、僕の手に頬を擦りよせるようにして、
楽しげに目を細めた。
「分かった。
消えるのはやめよう。諦めるのもやめよう。
共に掴み取るぞ――ユリア」
「ああ」
視線が交錯すると、光が弾けた。
触れ合った先から身体の輪郭がぼやけて、きらめく欠片になる。
やがて、僕の全てが光の螺旋に飲まれていった。
* * *
ゾワリと背中が、泡立った。
頭の中に、わんわんと警鐘が鳴り響き、
俺は勢いよく、人狼青年を振り返る。
するとーー
「……なに?」
そこには、ゆっくりと立ち上がる青年の姿があった。
さっきまで指先ひとつも動かせず、憔悴した様子だったのに。
加えて、何だかまとう雰囲気が違う。
飴色の髪の一部が、白銀に変わっていて、
よく見れば、目も片方の瞳が煌々と赤く輝いている。
「……何処に行くんです?
まだ、僕は立ち上がれる。何も終わってない」
「しつこいねえ。まだ痛めつけられたいだなんて、
キミってとんでもなくドMなの?」
「言ったはずですよ。
僕はあなたを倒して過去と決別するって。
あなたには、僕の未来の礎になって貰わないと。
それに……僕の友人も返して貰っていませんし」
「しつこい男は嫌われるよ?」
「あなたに嫌われても、何のダメージもありませんから」
すまし顔で告げる彼に、口の端が引き吊る。
何なのコイツ。さっきまでボコボコにされてたクセに。
現状分かってる? イメチェンして調子乗っちゃったの?
ってーか、俺はまだその大事な友人の皮をかぶってるわけで。
やり直したって、お前、俺を傷付けられないだろ。
「あ~~~…………もう、いいや。もう、いい。
――お前、ミンチの刑な」
後で苦労するかもだけど、細々にして、ズタ袋に入れて持って帰ろう。
ハイ、決定。
俺は軽く胸の前で両手を交差させると、
手先に力を込めて、爪を伸ばした。
目の前には、闇が広がっていた。
辺りはとても静かで、
まるで『死』そのもののようだ。
立ち尽くしていると、
白銀の雫がひとつ天から降ってきて、
水面が震えるように闇が揺れた。
その白は次第に大きくなって、
一匹の狼になる。
「……本当に貴様は、俺がいないと何も出来ないようだ。
二言目にはすぐ弱音を吐く」
狼はそう言うと、
ゆっくりとした足取りで僕に歩み寄ってきた。
「貴様は、強くなったのだろう?」
こちらを見上げて、不遜に鼻を鳴らす。
僕は、その澄んだ眼差しを見つめ返した。
「今更、何の用だよ」
「力を貸してやる」
「いらない」
「なっ……!?」
即座に応えると、狼は大きく目を見開いた。
「意地を張っている場合か。
貴様は今がどういう状況か判っているのか!?」
「意地を張ったのは、お前だろ」
こんな話をしている場合ではないのは分かっている。
それでも言わずにはいられなかった。
「勝手に身を引いて、バンさんを悲しませて……
お陰で僕は、欠けたままだ」
「何を言い出すかと思えば。
力を貸してやることはできても、もうひとつには戻れない。
前も言っただろう?
生憎と、俺はもう貴様ではないんだ」
「そうだね」
ひとつ嘆息する。
次いで、僕はしゃがみ込むと彼と視線を合わせるようにした。
「僕らは、元はひとつだった。
それが、ふたつに別れ、変質した。
お前の言う通り、もう、ひとつに戻ることはできない」
そっとその毛並みに手を伸ばす。
それからバンさんがよくするように、彼の口元に触れた。
「でも、別の何かになることはできる」
「別の何か?」
「ずっと、考えていたんだ。
僕らの解決方法は、本当にどちらかが消えなくちゃならないのかって。
それが正しいのかって。
何度も何度も問いかけたよ。でも、やっぱり納得できなかった」
一度、言葉を切る。
改めてソイツを見つめる。不思議と心は凪いでいる。
「僕はお前を好きだと思ったコトなんてない。
むしろ、ずっと憎んでいたくらいだ。
でも、やっぱり僕らはこの関わりを断つことは出来ないんだ。
ふたつに分かれたとしても、僕らは元はひとつで、
それが僕とお前の形だ。……どちらかが消えるだなんて間違ってる」
「何が言いたい?」
「僕は、僕でなくなることを恐れたりはしないってこと。
僕は――変わりたい」
「はっ、貴様は……貴様自身を捨てると言うのか」
これが、僕の……考えて、考えて、導き出した答えだった。
絶対に、ひとりではこんな風に想うことはなかっただろう。
でも、僕にはバンさんがいた。
丸ごと愛してくれる人がいた。信じてくれる人がいた。
静かに、見守ってくれる彼がいたから、
僕は恐れずに進むことができるのだ。変わることができるのだ。
「シロ。お前に僕の全てをくれてやる。
だから、お前の全てを僕にくれ。
バンさんと一緒に生きてくために。未来を掴み取るために」
狼は――シロは、視線を落として思案げにした。
それから、ククッと喉奥で笑う。
「……貴様は、弱いくせに思い切りばかりいい」
顔を上げたシロは、僕の手に頬を擦りよせるようにして、
楽しげに目を細めた。
「分かった。
消えるのはやめよう。諦めるのもやめよう。
共に掴み取るぞ――ユリア」
「ああ」
視線が交錯すると、光が弾けた。
触れ合った先から身体の輪郭がぼやけて、きらめく欠片になる。
やがて、僕の全てが光の螺旋に飲まれていった。
* * *
ゾワリと背中が、泡立った。
頭の中に、わんわんと警鐘が鳴り響き、
俺は勢いよく、人狼青年を振り返る。
するとーー
「……なに?」
そこには、ゆっくりと立ち上がる青年の姿があった。
さっきまで指先ひとつも動かせず、憔悴した様子だったのに。
加えて、何だかまとう雰囲気が違う。
飴色の髪の一部が、白銀に変わっていて、
よく見れば、目も片方の瞳が煌々と赤く輝いている。
「……何処に行くんです?
まだ、僕は立ち上がれる。何も終わってない」
「しつこいねえ。まだ痛めつけられたいだなんて、
キミってとんでもなくドMなの?」
「言ったはずですよ。
僕はあなたを倒して過去と決別するって。
あなたには、僕の未来の礎になって貰わないと。
それに……僕の友人も返して貰っていませんし」
「しつこい男は嫌われるよ?」
「あなたに嫌われても、何のダメージもありませんから」
すまし顔で告げる彼に、口の端が引き吊る。
何なのコイツ。さっきまでボコボコにされてたクセに。
現状分かってる? イメチェンして調子乗っちゃったの?
ってーか、俺はまだその大事な友人の皮をかぶってるわけで。
やり直したって、お前、俺を傷付けられないだろ。
「あ~~~…………もう、いいや。もう、いい。
――お前、ミンチの刑な」
後で苦労するかもだけど、細々にして、ズタ袋に入れて持って帰ろう。
ハイ、決定。
俺は軽く胸の前で両手を交差させると、
手先に力を込めて、爪を伸ばした。
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