人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード30

別れの詩(9)

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* * *

「へーぇ? 後悔ね。
 できるものなら、させてみせてよ」

 俺は人狼青年との距離を測りながら言った。

 ……コイツ、何処から出てきた?

 いや、待ち伏せされていたのは分かるけど、
 全然……気付かなかった。
 まさか、速くて見えなかったとか?

「……まあいいや。
 いざとなったら、その身体、殺してから貰えばいいし」

「僕の身体はバンさんのものです。
 あなたにはあげません」

「はァアア?
 お前の意見なんか聞いてねーーーから!」

 腕を振るい、剣先で彼の足を狙う。
 それを青年は軽々と飛んで避けた。

 間抜けめ。
 飛んでしまったら、もう避けようがないのに。
 
 俺は、元処刑官が懐に入ってくるのを嫌って、
 剣を蛇のようにうねらせ空中の青年を狙った。
 瞬間、ズシリと重い衝撃が手に走る。

 青年が俺の斬撃を弾いたのだ。

「このっ……!」

 人狼青年は着地と同時に地を蹴って、こちらに飛び掛かってくる。
 そうはさせるかと剣を振るが、
 その悉くを的確に防がれてしまった。

 優れた動体視力。いやいや、訓練の賜物?
 どっちしても、知れず口元に笑みが浮かぶ。
 いいね。いい。……凄ーくいい。

「ますます欲しくなっちゃった。
 絶対に欲しいよ、その身体!」
 
 俺は一旦、距離を取ると腕を振って伸張した剣をしならせる。
 このまま進むのは危険だと感じたのか、
 彼もまたこちらから距離を離した。

 それでいい。
 後ろには落とし穴がぱっくりと口を開けているのだ。
 そこへ、落としてしまえれば――

「……っ!」

 しかし、あと一撃というところで、引こうとした剣を踏みつけられた。
 力を込めてもビクともしない。
 見れば、彼の足がオオカミのそれになっていて、
 鉤爪が石畳にめり込んでいる。

 マズい、と思ったのと、
 グンッと青年が間近に迫ったのは同時だった。
 彼は踏みつけた剣を掴んで、俺を引っ張ったのだ。

「捕まえましたよ」

「くっ……!」

 俺は武器を手放すと、床を転がった。

 次の瞬間、青年と正反対から振り下ろされた殺気が床を粉砕する。
 元処刑官の男だ。

「チッ……!」

 舌打ちと共に起き上がり、出来るだけ距離を稼いだ。

「ユリア」

「……はい!」

 ふたりが一斉に動く。

「ちょっ……」

 体勢を整える暇もない、追撃の応酬。
 紙一重で青年の一撃をかわせば、
 鈍器のような大剣に脇腹の骨を砕かれた。

「ガハッ……!」

 横倒しになって、床を滑る。

 そんな俺に、ふたりは容赦がなかった。
 大振りされる大剣を避ければ、
 刺し貫かれる。
 細身の剣をかわせば、
 鎧ごと骨を砕かれる。
 
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 形勢逆転なんて甘ったるいもんじゃない。
 これは虐待だ。

「ちょ、待ってよ……2人がかりでなんて、ズルくない!?
 こんな、たったひとりを寄ってたかって虐めるなんて、
 お前らに慈悲の心はないのかよ!
 ってーか、俺、今、丸腰なんだけど!?」

 無視された。

「ぐえっ!」

 大剣をもろに喰らって、吹っ飛ばされる。
 ふたりの連携が頭にくるほど機能している。

 目も身体も、追いつかない。
 もう鎧の中はぐちゃぐちゃだ。

「うぇっ、ちょっ……っ、
 ふぐぅっ……!」

 ウソだろ。俺、負けるのか?
 こんな、この間まで地面に蹲ってることしかできなかったやつに?殺される?

 くそ! くそくそくそくそ!

 っていうか、俺のナカマは何処いった!?
 もしかして7月が追いついてきてるのか?
 アイツまで加わったら、もう、絶対に勝てない。
 勝てないというか、生きて逃げることすら不可能だ。

 詰んだ。ダメだコレ。

「は、ぁ、はぁ、はぁ……
 や、やだ……死にたくない……」

 俺は口元の血泡を籠手で拭った。

 死ぬ……このままだと、死ぬ……マジで殺される。
 何かないか? 何か。……何か!

「祈りの時間なんてあげません。
 ――地獄の業火に焼かれて、悔い改めろ」

 足が動かない。
 気が付けば、俺は血溜まりの中に座り込んでいた。

 呆然と突きつけられた銀の刃を見上げる。

「ぅ、あっ……
 やだ、やだやだ、やめてくれ……!」

「そう言って命乞いをした人たちを、
 あなたが殺して来たんじゃないですか」

 眉根を寄せて、青年は剣を振りかぶった。

「もうしない! 許してよ! 悪かった!
 反省する!! だから――」

 言葉が途中で、ひゅぅっと空気の抜けたような音に変わり、
 視界が宙を舞った。

 あー……首、斬られちゃったか。

 自分の身体だったものが、
 ゆっくりと傾くのを俺は見た。

 しかも、青年は容赦の無いことに、
 返す手で俺の胸まで突き刺した。
 なんて周到なんだろう。

 ヤバイ。これは本格的にヤバイぞ。

 この感じ、コイツラは俺を太陽の光に当てて灰にするだろう。
 それが確実だからだ。

 死ぬ。死ぬのか。
 ついに、俺は。

 ゴロンと頭が床を転がった。
 銀糸の髪が赤く濡れる。

 青年が近づいてくる気配。

 その時、俺は、顔面蒼白でコチラを凝視する大きな瞳に気付いた。
 距離は1メートルもないだろうか。

 考えるよりも、体が動いていた。
 俺は、《ジルベールの口をこじ開ける》と飛び出した。

「え――?」

 ガキが俺を視認したけど、もう遅い。

* * *

「お、わった……?」

 僕は血の海に沈むジルベールさんの身体を見下ろして呻いた。
 目の前に広がる凄惨な世界に、吐き気が込み上げてくる。

「ユリア、気を抜くな。
 念のため、ヤツの身体を太陽の下に晒す」

 ヴィンセントさんの言葉に、僕は頷いた。

「分かりました」

 ジルベールさんの首に歩み寄る。
 これから彼の遺体を銀の棺に収め、朝を待ち……それで、全てがおしまいだ。

「後は全て僕がやります。
 ヴィンセントさんは休んでいてください」

「……そうさせて貰う」

 ヴィンセントさんは、そう言うなり部屋の脇で座り込むセシルに向かった。

 僕は彼から視線を逸らした。
 1月を倒すということは、つまり、セシルを失うということだ。

 すると、思いがけない声が聞こえてきた。

「セシル!?
 お前、生きて――」

「え!?」

 振り返った僕は、ヴィンセントさんが身体を強張らせるのを見た。

「うん……生きてたよ……。
 まあ、お前は死ぬけど」

 セシルが赤く濡れた手を引くと、ヴィンセントさんが膝から崩れ落ちる。

「ヴィンセントさん!?」

「……っとと。まだ死なないでよね。
 お前の呪いなんて浴びたくないからさ」

「せ、セシル……? 一体、何を……?」

 呆気に取られる僕の目の前で、セシルはヴィンセントさんを足蹴にした。
 理解が追いつかない。
 いや、理解を拒絶していると言った方が正しい。

「一瞬、この身体で逃げようかなって思ったんだけど、やめたよ。
 だって、やられっぱなしって嫌じゃん?」

 セシルが歪んだ笑みを浮かべる。
 僕は奥歯を噛みしめると、手にしていた剣を再び構え直した。

「わぁっ、こわーい。
 ユリアって、友達に剣を向けるの?」

「セシルから、出て行ってください!!」

「お断りしまァァァァァアアアすッ!」

 絶句する。
 ヤツはそんな僕を見て、口の端を引き伸ばして笑った。

「さあ……さっきの続きをしよう。
 あっ、もちろん俺のことは遠慮なく切り刻んでくれて構わないよ。
 ……出来るなら、ね」
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