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エピソード30
別れの詩(2)
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シロが息を飲む。
オレはそれには構わず、壁にかかったロウソクに目をやった。揺らめく炎の向こうに、記憶を見るように。
「……お前との出会いは、最悪だったよな。
問答無用でブチ犯されるし、
意味も分かんねえまま切り刻まれるし、初対面で散々だった」
ユリアはコイツを押さえるべく、
自分を傷つけて、意識を保とうとしていた。
何も知らないオレは、それを自傷行為だと誤解して、
彼の秘密に踏み込みーー殺された。
ユリアが自身の心臓をオレに埋め込み、
蘇生した後、晴れて恋人同士になり……
「その後も、何が気に喰わねぇのか嫌がらせばっかしてきやがって」
そして、コイツはいつの間にか、満月の夜とは関係なしに現れるようになった。
「でも、少しずつお前と話していくうちに……
そんなに、嫌いじゃなくなってた。
自分でもおかしいって自覚はある。
お前はオレにとっては酷いヤツだ。なのに」
いつからか、オレはこいつの眼差しにユリアを重ねていた……。
「ユリアは、お前を消したいって言った。
力を捨てたいって。
それを分かっていながら、オレは……
お前のこと消したくないって思うようになってた。
でも、だからって、ユリアに消えて欲しいわけじゃない」
オレはシロを見上げた。
「……ふたりとも、大事に思ってるって気付いたんだ」
何度、自分が間違ってると思っただろう。
ユリアに誠実にありたいのに、
オレはコイツを無視できなかった。
だけど、よくよく考えれば当たり前のことだ。
なぜならシロもユリアだから。
壊れた心を守るために、ユリアが生み出したもう一つの人格なのだから。
それは、セシルが指輪でユリアの人格を深く眠らせた時のことからも分かる。
ふたりの人格は深く繋がっていて、主を失った力が暴走した。
「オレは、ユリアを愛してる。
ユリアの全部を受け止めようって決めたんだ。
だから、どっちかなんて選ばない。
お前もユリアも愛してる。
これがオレの想いの形だ」
真っ直ぐ見つめて、オレは告げた。
シロは小さく目を開き、やがて、フッと息をこぼした。
「は……ははっ、ははははははっ……!」
次いで、盛大に笑い出す。
「なんで笑うんだよ」
「く、くくっ、ふっ……!」
ひとしきり笑ってから、シロは片手でオレの頬を掴んだ。
「確かに、俺とユリアは元はひとつだった。
それが両親の死をきっかけに、ふたつに別れ、俺が生まれた。
だがな、そのふたつに別れたものが、
同じままであるなど、ありえない」
言葉を1度区切り、シロは優しく目を細める。
それから親指の腹でオレの鼻先を押すと手を離した。
「いいか、バン。
俺は……『シロ』だ。ユリアではない」
「なに?」
「この命は仮初め、ということだ。
……だが、それでいい」
シロが瞼を閉じる。
ゆっくりと息を吐き出すと、逞しい胸が上下した。
「俺は俺が思うがまま生きた。
生きて、貴様を愛した。
そして貴様は、この俺も愛してると言う。
……これ以上、望むものはない」
言って、彼はニッと口の端を持ち上げてオレを見た。
嫌な予感に、知れずシロに手を伸ばす。
「おい……」
「俺は救われた」
その手を、シロが握り返してきた。
「……貴様を愛している。
ユリアに負けないくらいにな」
引き寄せられた。
次の瞬間、唇が重なり、すぐに離れる。
「幸せになれ、バン」
穏やかな眼差し。
どこからともなく小さな光の球が集まって、
彼をまばゆく包み込んだ。
白銀の毛並みが薄れていく。
「あ……」
やがて、光が消える頃、
そこには背の高い金の髪の青年が立っていた。
「……ユ、リア」
「……泣いてるの、バンさん?」
心配そうに、ユリアが小首を傾げる。
オレは俯くと、首を振った。
「泣いて、ねぇよ」
……相変わらず、人の話を聞かないヤツだ。
勝手に満足して、勝手に消えて。
こっちのことなど、お構いなしだ。
なんなんだよ。本当に。
ユリアの気持ちも無視しやがって。
なにが救われた、だ……オレはまだ、救ってねぇ。
「……バンさん」
頬を包み込まれ、上向かせられる。
柔らかな唇が触れた。
「ユリア……」
「ねえ、バンさん。
僕さ、絶対に生き残るから。
全部が終わったら……
今度こそ、ふたりでのんびり過ごそう。
ほとぼりが冷めたら、また旅行に行ったりしてさ……」
「旅行?
……はは、お前って図太いな」
「今度は、あなたに全部任せたりしないよ。
ちゃんと自分でも調べるし、あなたのことも自分のことも守る」
抱きしめられる。
背に触れた手がシャツの下に忍び込み、
オレはピクリと身体を震わせた。
「あー……ユリア、その……」
そっと、彼の腕を掴む。
ユリアはオレの耳朶に口付けながら、囁いた。
「まだ時間が必要?」
そこでやっと……オレはユリアを見つめ返した。
青い瞳は、少しだけ寂しそうだ。
オレは首を振った。
「……いや。もういらねぇ」
心の整理はとっくについていた。
もう、彼を待たせる必要は無い。
* * *
まだ時間が必要かと問えば、
バンさんは、泣き笑いみたいな顔をして首を振った。
僕は彼を抱き上げると、ベッドに向かった。
オレはそれには構わず、壁にかかったロウソクに目をやった。揺らめく炎の向こうに、記憶を見るように。
「……お前との出会いは、最悪だったよな。
問答無用でブチ犯されるし、
意味も分かんねえまま切り刻まれるし、初対面で散々だった」
ユリアはコイツを押さえるべく、
自分を傷つけて、意識を保とうとしていた。
何も知らないオレは、それを自傷行為だと誤解して、
彼の秘密に踏み込みーー殺された。
ユリアが自身の心臓をオレに埋め込み、
蘇生した後、晴れて恋人同士になり……
「その後も、何が気に喰わねぇのか嫌がらせばっかしてきやがって」
そして、コイツはいつの間にか、満月の夜とは関係なしに現れるようになった。
「でも、少しずつお前と話していくうちに……
そんなに、嫌いじゃなくなってた。
自分でもおかしいって自覚はある。
お前はオレにとっては酷いヤツだ。なのに」
いつからか、オレはこいつの眼差しにユリアを重ねていた……。
「ユリアは、お前を消したいって言った。
力を捨てたいって。
それを分かっていながら、オレは……
お前のこと消したくないって思うようになってた。
でも、だからって、ユリアに消えて欲しいわけじゃない」
オレはシロを見上げた。
「……ふたりとも、大事に思ってるって気付いたんだ」
何度、自分が間違ってると思っただろう。
ユリアに誠実にありたいのに、
オレはコイツを無視できなかった。
だけど、よくよく考えれば当たり前のことだ。
なぜならシロもユリアだから。
壊れた心を守るために、ユリアが生み出したもう一つの人格なのだから。
それは、セシルが指輪でユリアの人格を深く眠らせた時のことからも分かる。
ふたりの人格は深く繋がっていて、主を失った力が暴走した。
「オレは、ユリアを愛してる。
ユリアの全部を受け止めようって決めたんだ。
だから、どっちかなんて選ばない。
お前もユリアも愛してる。
これがオレの想いの形だ」
真っ直ぐ見つめて、オレは告げた。
シロは小さく目を開き、やがて、フッと息をこぼした。
「は……ははっ、ははははははっ……!」
次いで、盛大に笑い出す。
「なんで笑うんだよ」
「く、くくっ、ふっ……!」
ひとしきり笑ってから、シロは片手でオレの頬を掴んだ。
「確かに、俺とユリアは元はひとつだった。
それが両親の死をきっかけに、ふたつに別れ、俺が生まれた。
だがな、そのふたつに別れたものが、
同じままであるなど、ありえない」
言葉を1度区切り、シロは優しく目を細める。
それから親指の腹でオレの鼻先を押すと手を離した。
「いいか、バン。
俺は……『シロ』だ。ユリアではない」
「なに?」
「この命は仮初め、ということだ。
……だが、それでいい」
シロが瞼を閉じる。
ゆっくりと息を吐き出すと、逞しい胸が上下した。
「俺は俺が思うがまま生きた。
生きて、貴様を愛した。
そして貴様は、この俺も愛してると言う。
……これ以上、望むものはない」
言って、彼はニッと口の端を持ち上げてオレを見た。
嫌な予感に、知れずシロに手を伸ばす。
「おい……」
「俺は救われた」
その手を、シロが握り返してきた。
「……貴様を愛している。
ユリアに負けないくらいにな」
引き寄せられた。
次の瞬間、唇が重なり、すぐに離れる。
「幸せになれ、バン」
穏やかな眼差し。
どこからともなく小さな光の球が集まって、
彼をまばゆく包み込んだ。
白銀の毛並みが薄れていく。
「あ……」
やがて、光が消える頃、
そこには背の高い金の髪の青年が立っていた。
「……ユ、リア」
「……泣いてるの、バンさん?」
心配そうに、ユリアが小首を傾げる。
オレは俯くと、首を振った。
「泣いて、ねぇよ」
……相変わらず、人の話を聞かないヤツだ。
勝手に満足して、勝手に消えて。
こっちのことなど、お構いなしだ。
なんなんだよ。本当に。
ユリアの気持ちも無視しやがって。
なにが救われた、だ……オレはまだ、救ってねぇ。
「……バンさん」
頬を包み込まれ、上向かせられる。
柔らかな唇が触れた。
「ユリア……」
「ねえ、バンさん。
僕さ、絶対に生き残るから。
全部が終わったら……
今度こそ、ふたりでのんびり過ごそう。
ほとぼりが冷めたら、また旅行に行ったりしてさ……」
「旅行?
……はは、お前って図太いな」
「今度は、あなたに全部任せたりしないよ。
ちゃんと自分でも調べるし、あなたのことも自分のことも守る」
抱きしめられる。
背に触れた手がシャツの下に忍び込み、
オレはピクリと身体を震わせた。
「あー……ユリア、その……」
そっと、彼の腕を掴む。
ユリアはオレの耳朶に口付けながら、囁いた。
「まだ時間が必要?」
そこでやっと……オレはユリアを見つめ返した。
青い瞳は、少しだけ寂しそうだ。
オレは首を振った。
「……いや。もういらねぇ」
心の整理はとっくについていた。
もう、彼を待たせる必要は無い。
* * *
まだ時間が必要かと問えば、
バンさんは、泣き笑いみたいな顔をして首を振った。
僕は彼を抱き上げると、ベッドに向かった。
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