人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

文字の大きさ
上 下
199 / 224
エピソード29

萌ゆる月(5)

しおりを挟む
 ハルは1度、吐息をこぼしてから口を開いた。

「まず、ここにいる全員が知っているように、
 ヴァンパイアの弱点は太陽、それから銀だ。
 身体能力は人間よりも遙かに高く、
 更に、シーズンズと呼ばれる12人は、
 それぞれに特殊な能力が備わっている」

「特殊な能力……それを、あんたは探ってたのか」

 オレの言葉に、彼は深く頷いた。

「1月は他人の身体を乗っ取ることが出来る。
 更には、自身の死徒の五感を共有することが出来る」

「共有!? って……ちょ、ちょっと待てよ。それじゃあ、セシルはっ……」

「そう。彼の見ていること、聞いていること、していること、
 全て……1月が望めば、知ることが出来る」

「んなっ……!
 そんな重要なことを、何で教えてくれなかったんだよ!?」

「僕らが知っていると1月に気付かれるわけにはいかなかった。それに……」

「安心しろ、バン。
 だから、ここにセシルはいない」

 ヴィンセントが補足してくれた。
 オレは、セシルがユリアの稽古を見ようとしていなかった姿を思い出す。

「だが、そのことに関しては既に分かっていたんじゃないか?」

 黙ったオレに代わるようにして、ヴィンセントが言った。

「以前、教会が1月を捕まえた時、ヤツの死徒をほとんど殺したはず。
 それは、その能力を分かっていたからだ。それをお前が知らなかったとは思えない」

「僕が探っていたのは、身体を乗っ取るっていう能力の方だ」

 ハルは手を組み直すと続けた。

「僕はそれを調べるため、セシルに嘘の情報を与えた。
 1月がその情報を得れば、僕を殺しにかかってくるようなね。
 でも、彼はその時、セシルを操ったり、
 彼の身体を乗っ取ったりして僕を殺しに来たりはしなかった。
 直接、姿を現したんだ。
 それを見て、僕は確信したよ」

 ヴィンセントが先を促すように眉根を寄せる。

「彼が死徒を操ったり、誰かの身体を乗っ取るには、
 かなり近くまで接近する必要があるんだと。
 これを知れたことで、1月を倒す算段はすべて整った」

 ハルは言葉を切ってから、オレたちを眺めた。
 それから、人さし指を立てる。

「まず、僕らの勝利条件はひとつ。
 1月を殺すこと」

 次いで、彼は指を3本立てた。

「僕らの敗北条件は3つ。
 ユリアの心臓が壊されること。ユリアが連れ去られること。
 それから、僕が殺されること。
 僕が殺されたら、今、彼と相対できる者はいないから」

「あの、他のヴァンパイアに助けを求めることは――」

 ユリアがおずおずと手を上げて問う。
 ハルはそれに緩く首を振った。

「昔のヴァンパイアならいざ知らず、
 今の世代は基本的に隠れて生きるのを好んでいる。
 争いや揉め事を嫌がり、平穏であろうとするから、
 僕らが助けを求めても応えてはくれないだろう。
 僕だって、自分の家族が巻き込まれていなかったら、
 1月を殺そうだなんて思わなかったし」

「そう、ですか……」

「……敗北の条件が多過ぎじゃねえか。
 それなら、闘うのを避けた方がいいと思うんだが」

 オレの言葉に、ハルはウンザリした様子で肩をすくめる。

「彼には寿命がない。
 だから、いつまでだって付きまとってくるよ。
 それに、今ならヴィンセントがいる。
 これ程の戦力が手を貸してくれることは今後あり得ないだろうからね」

「……ユリアはどうするんだよ?」

「そうだな。せっかく鍛えたのに、前線に出さないのはもったいない」

「勿体ないって、そういう話じゃねぇっつの。
 ユリアが連れてかれたら、こっちの負けなんだろ?
 なら、闘わない方が――」

「もちろんユリアにも協力して貰うよ」

 ハルはオレを遮るようにして、ぴしゃりと言った。

「正直なところ、ユリアを戦いに引き込むのは本意じゃない。
 でも、背に腹は代えられない。
 1月は強い。全力で当たって、やっと勝てるかどうかだから」

 オレは、川辺で相対したジルベールに思いを馳せた。
 あの男の中に1月がいたのだ。
 シロですら手も足も出なかった強さ……

「――ただ、バン。君は別だ。
 君には囮になってもらうけれど、
 戦闘が始まったら、終わるまで軟禁させてもらう」

「……分かってる」

 傭兵として各地を回っていたとしても、
 相手がヴァンパイアでは大して役には立てない。
 しかも、オレの中にはユリアの心臓があるのだ。
 わざわざ戦って、こちらの弱点を晒す必要は無い。

 ……足手まといにだけはならないようにしないと。
 オレは知れず拳を握り締める。

「それじゃあ、具体的にどうするかだけど……」

 ハルが淡々と語ったことによれば……

 ユリアのじいさんがかつて建てた古城に、1月をおびき寄せるらしい。
 そこは窓ひとつ存在せず、出入口が1ヵ所しかなく、
 更には、内部のあちらこちらに多数の罠が仕掛けられているという。
 攻めづらく、守るには最適な場所ーー

「1月は、何人もの第一級処刑官を連れてくることが予想されるけれど、
 まあ、通れる通路が固定されているから、ひとりひとり確実に倒していけると思う」
 
「待て。どうして、1月が処刑官を連れてくる?」

「1月が今、入っている身体が教会の神官なんだよ」

「それは……面倒だな……」

「この間、様子を探った時、彼は処刑官を連れていた。
 今度も連れてくると考えた方が自然だろう。
 第一級処刑官を殺せば、呪いに襲われる。
 でも……罠や間接的に殺したのなら、呪いは発動しない。そうだね?」

「そうだ」

「まず、この処刑官については僕がやる。
 とにかく数が多いだろうからね。
 ただ、僕でも全員の足止めをすることは困難だろう。
 そこで、ヴィンセントとセシルに出て貰う」

「俺はいいが、セシルでは……」

「これがあるでしょ?」

 ハルはローブのポケットから何かを取り出すと、ヴィンセントに向かって投げた。

「これは……」

 ヴィンセントの手のひらには、ちょこんと赤い石のはまった指輪が乗っている。

「叔父さん、持ってきたんですか?」

「うん。使えるものはなんでも使いたいからね。
 これで眠らせて、全てが済んだら罠に捨てて処分すればいい」

 そこで、ハルはゾッとするほど美しく笑った。

「1月はヴィンセントと相性が悪い。
 彼の戦い方は、短慮が過ぎる。
 ヴィンセントに呪いがあると分かっている以上、攻撃をためらうはずだ。
 それなら、ヴィンセントを避けて真っ直ぐにユリア狙うだろう。
 そこを、ヴィンセントとユリアで挟撃する」

 ユリアがヴィンセントを見やる。
 彼は視線に気付くと、小さく頷いた。

 ハルは続けた。

「ここで一番大事なのは、僕が処刑官をいかに排除できるかだ。
 処刑官さえいなければ、必ず優勢をとれる。
 ヴィンセントを1月が殺してくれれば、万々歳だけどね」

「叔父さん!
 そんな、死んで欲しいみたいに言うのはーー」

「事実、死んで欲しいんだよ?」

 思わず席を立ったユリアに、ハルはむべもなく言い返した。

「それが最も効率的だし、それを分かってて、彼はここにいるんだから」

「ああ」

 顔色ひとつ変えずに、ヴィンセントが相槌を打つ。

「でも、僕は……そんなのは、嫌です……」

「それなら、彼を殺されるより先に、君が1月にトドメを刺せばいい」

 ユリアは俯いたまま拳を握り締めた。

「……はい」

 それから、声を絞ると顔を持ち上げる。
 その眼差しには、強い決意が滲んでいた。

「話はこれでおしまい。
 それじゃあ僕らはヴィンセントの体調が万全になるまで、
 おもてなしの準備をしようか」

 ハルは椅子から立ち上がると、ローブを翻した。
 次の瞬間には、彼の姿はかき消えていた。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...