人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード29

萌ゆる月(4)

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「ぅ、うっ、ひっく……っ」

 涙で視界が歪んで、手元がくるいそうになる。
 それでも何度も腕で涙を拭って、
 ボクはなんとかヴィンセントの傷を縫っていった。

「セシル。泣くな。大したケガじゃない」

「分かってるよ」

 ユリアの所に行くと決めた日、
 絶対に泣かないと決めていたのに。

「でも、ユリアが咄嗟に手加減していなかったら、ヴィンセントは死んでた」

「それは……」

「ボクさ、覚悟してきたんだよ。
 お前を失う覚悟。でも、でも……全然出来てなかったみたいだ」

 ケガの手当てを終え道具を片付けると、ボクは彼の大きな手を握った。

「お前を死なせたくないよ……」

 止めどもなく涙が溢れ出る。
 奥歯を噛み締めて、ボクはか細く息を吐き出した。

「だって、だってさ、最近、発作も全然起こらないし、
 それって薬が効いてるってことじゃないか。
 お前、まだ生きられるんだよ。
 なら……生きてよ……」

「言っただろう。俺はお前と生きて死ぬ。
 1月を倒せば、お前は――」

「それでも、生きて欲しいんだよ!」

 ボクは叫んだ。
 ずっと一緒にいたせいで忘れかけていたけれど、
 ボクらは根本的に違うのだ。
 ヴィンセントはまだ生きている。

「……ひとり寂しく生きろと?」

「そんなことにはならないでしょ。
 ヴィンセントはカッコイイし、
 周りが放っておかないって。
 普通の生活に戻ったら、奥さんとか出来て、
 子供も生まれて、幸せな、家族が……」

 容易に想像できた。
 綺麗な女の人と結婚するヴィンセントの姿が。
 子供を抱っこして、ぎこちなく、でも、優しく微笑む姿が。

 ボクには与えられない幸せだ。
 ボクに会わなければ、もしかしたら手に入れていたかもしれない幸せだ。

「ボクがいなくなるから……
 自分も死ぬなんて、バカげてる……」

 呟くと、唐突に顎を掴まれ上向かせられた。

「いっ……」

「どうしたら、俺の気持ちはお前に伝わるんだろうな」

「んむっ」

 唇を塞がれる。
 押しやろうとしてもボクの力では到底抵抗なんて出来なくて、
 軽々とベッドに押し倒されてしまった。

「ちょっと、何して――
 傷口、開くだろ!?」

 せっかく縫ったのに。
 せっかく、手放そうと思っているのに。

「お前が悪い」

 両手を頭上で固定されて、衣服を乱される。
 露わになった胸元に、熱い手が触れた。

「んっ、んんっ、ぁう……や、ダメ、ヴィンセント……」

 唐突な愛撫に戸惑えば、
 ヴィンセントは優しく目を細めた。

「悪い子にはお仕置きだ」

「……っ!」

 場所とか時間とか、心の準備とか!
 色々と文句はあるけれど、全部彼の大きな手に甘く蕩けていく。

 コンコンと、部屋の扉がノックされたのはそんな時だ。

「誰だ」

「ちょっ、ヴィンセント!?」

 ヴィンセントは手を止めずに応えた。
 もちろん鍵なんてしてなかったし、ノックした相手は気にせず扉を開く。

「わぁあああッ!?」

「あー……」

 バンだった。
 バンは瞬時に状況を把握したようで、肩をすくめた。

「……悪い。完全に邪魔したな」

「いい。それで、何の用だ?」

「手当て……が、終わったら、客間に来て貰っていいか。ハルが呼んでる」

「……分かった。少し待っててくれ」

「まっ、待たせる必要ないからね!?
 今すぐ行――」

 ボクの言葉を最後まで聞かず、
 バンが部屋を後にする。

「……っ、ヴィンセント! 今すぐ行って!!」

 ボクは渾身の力で、ヴィンセントを押しやった。
 彼は、苦笑をひとつ落とすとベッドから降りた。

* * *

 客間で待っていたハルは、表情こそいつもと変わらなかったが、
 まとう雰囲気は苛立ちで満ちていた。

 一言で言うと威圧感が半端ない。
 オレは自然と彼と距離をとるようにしてユリアの隣に立った。

「集まって貰ったのは、他でもない。
 いい加減……1月を倒そうと思う」

 ヴィンセントが部屋にやってくると、
 ハルは開口一番、そう言った。

「急だな」

「知りたかったことは、あらかた分かったから」

「知りたかったこと、ですか?」

「うん。これから、作戦を話すよ」

 ハルは、ユリア、ヴィンセントにソファに座るよう目で促した。
 彼らが従うと、ハルも近くの椅子に腰掛け手を組み、背もたれに身体を預けた。
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