人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード28

シロとユリア(11)

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「は……?」

 オレはポカンとしてユリアを見た。

 好き? 誰を?
 まさか……オレがシロを?

「すっ、好きなわけねぇだろ!
 なんで、そんな風に思うのか訳わかんねぇけど、オレが好きなのは――」

「でも、嫌いじゃないでしょう?」

「……っ」

 どうして、即座に嫌いだと言い返せないのだろう。
 オレは無意味に口を開閉させた。

 アイツがいなかったらメティスから逃げられなかった。
 ユリアのことも守れなかった。
 だから感謝はしている。
 しているし、でも、いや、だからって……

「ユリア……オレは……」

 言葉を必死で探した。

 そんな問いを投げかけられるなんて、思ってもいなかった。
 どちらかというと、責められると思っていたし。それか、酷く悲しまれるかと。

 ユリアは何のために尋ねたんだ?
 気持ちを疑っているようには見えない。

 彼は狼狽するオレを静かに待っている。

 分からない。こんなこと初めてだった。
 ユリアが、分からない。

 ……結局、オレの口から出てきたのは、「ごめん」の一言だった。
 何に対する謝罪なのかは自分でも分からないままだ。

「どうしてあなたが謝るんですか?
 悪いのは僕だよ」

 ユリアはそこでやっと、小さく微笑んだ。

「僕が逃げたんですよ。全部のことから」

 ユリアは1度言葉を句切ってから、続けた。

「あなたがベッドで安静にしている間、
 数日かけて思い出したんです。
 メティスから逃げ出した日のこと。
 バンさんが、アイツに血を上げたこと。
 そして、アイツがあなたを守って安全な場所まで逃げてくれたこと。それから……」

 アイツが、あなたを無理やり抱いたこと。

 ユリアは言った。
 分かっていても息が詰まる。

「全部……見たよ」

「……そ、うか」

「全部見て、僕は……
 僕は、やっぱりあなたが好きで、あなたを手放したくなくて、
 でも、今のままじゃダメだって思い知ったんです」

「え……」

 腕を引かれたかと思えば、
 オレはユリアに抱きしめられていた。

「メティスで僕は……人を、殺した。
 アイツは殺さないように気をつけてはいたけど……何人かは死んだ、と思う。
 でも、それを責める権利なんて、僕にはなかった。
 あなたを守ることすら出来なかった僕には……」

 ごめんなさい、と掠れる声が告げる。

「でも、変わるよ。
 僕は強くなる。誰も傷付けなくてすむほど強く。
 大切な人を……あなたを守れるほど強く」

「ま……守ってくれなくていい。
 なんで、主人が世話係を守るんだよ」

 オレはユリアの腕を掴むと、押しやった。

 ユリアが過去を思い出したのは良かったと思う。
 家族に愛されていた記憶は、彼に生きることを肯定させた。

 でも、それだけでいい。
 戦うとか、強くなるとか、ユリアにはそんなものはいらない。

 彼は殺す殺されるの世界は知らなくていいのだ。
 彼を守るべきはオレの仕事だし、
 強くなるべきなのはオレだ。

「バンさんは僕が剣を持つのは、反対なの?」

「当たり前だろ。オレは……オレは、お前が心配なんだ。
 なんでお前が戦う必要がある?
 今までみたいに逃げたっていいだろ。
 オレが強くなる。2度とあんなヤツに狙われないように、お前のこと守るよ。だから」

「もう逃げないって決めたんです」

「なんでだよ。相手を傷付けるのは嫌だってあんなに……っ」

 蹲って泣いていた姿が脳裏を過る。
 あれは、つい数ヶ月前のことだったのに。

 ああ、でも……

 ユリアが誰かを傷付けてまで生きたくないと言っていたのは、
 両親の死を受け入れられなかったせいだったっけ。

 彼は乗り越えたのか。
 両親の死を。自分の弱さを。
 だからオレを守るなんて言うのか。

「あなたには、たくさん心配をかけてしまったと思います。
 でも、もう大丈夫です。あなたがたくさん支えてくれたお陰です」

「……そうか」

 ニコリとユリアが微笑む。
 あんなに近くにいた存在が、今はただただ遠く感じた。

「バンさん。
 僕のこと丸ごと愛してくれて、ありがとう」

「何だよ、ありがとうって……」

 目を逸らす。
 すると、頬に片手が触れて上向かせられた。

 視界一杯に、整ったユリアの顔が広がる。
 蒼い瞳に吸い込まれそうになる。

「ん……」

 唇が一瞬触れて、離れる。
 続いて、角度を変えてもう一度、口付けられた。

 忍び込んできた舌が、オレのそれを絡めとる。

「ん、んんっ、ん、ぅ……はっ……ぁ」

 キスしながら、壁際まで追い詰められた。
 ユリアは手にしていた剣を近くの棚に置くと、
 オレの頬を両手で包み込んだ。
 呼吸を奪うかのように続いて口中を貪られる。

「は、ぁ、……ユリア、待ってくれ……」

 口付けの合間に、オレは呻いた。
 求められて嬉しくて、安堵しているというのに、
 心の底から集中できない自分がいる。

「アイツのことが気になる?
 ……もう、見られることはないですよ。
 僕が見せないもの」

「そうじゃなくて――」

 シャツのボタンが外され、
 素肌にユリアの熱い手が触れた。

「あっ……」

 彼はそっと、オレの左の肩口ーー噛み痕を指先で撫でる。
 それから、逆側の首筋に唇を押し付けてきた。

「んんっ」

 痛いほど、肌を吸われる。
 1度だけでなく、何度も、彼はオレの首筋から鎖骨の辺りに口付け、
 幾つも跡を残していく。

「……これくらいなら、いいよね」

「ユリア……?」

「なんでもないよ、バンさん」

 再び唇が重なる。
 吐息が、混ざり合っていく。

 オレは躊躇いがちにユリアの背に腕を回した。
 それから、キツくシャツを握りしめた。
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