人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード28

シロとユリア(9)

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* * *

 ユリアとヴィンセントが汗を流し終えると、
 オレたちは館の地下の一室にやって来ていた。

「……壮観だな」

 辺りを見渡したオレは知れず唸る。
 そこはいわゆる武器庫で、壁には剣に槍、盾などが所狭しと並んでいた。

「随分と溜め込んだものだ」

 ヴィンセントが適当に近くの剣を手に取り、
 刃を眺めながら言った。

「僕もこの家のことはよく知らないのですが……
 叔父に、ここの物は好きに使って良いと言われました」

「それで、俺はこの中からお前が扱い易そうな獲物を選べば良いんだな?」

「はい。お願いします。
 アイツにトドメを刺すために、必要な武器を……」

 アイツ……1月のことだろう。
 ユリアは本当に、ヤツを討ち倒すつもりらしい。

 ヴィンセントは小さく頷くと、手にしていた剣を元の場所に戻す。
 それから歩き始めた。

「ねえ……これ、全部、銀製ってわけじゃないよね?」

「全てというわけじゃないが、もちろん銀もある。
 触るなよ、セシル」

「分かってるよ」

 セシルが軽い足取りでヴィンセントの背にピタリとくっつく。
 ユリアとオレもそれに続いた。

「……ヴァンパイア同士の戦いならば、
 銀の効かないお前の方が圧倒的に有利だ。
 一撃で倒そうとはせずに、少しずつ削っていったほうがいい。
 だから……この辺りはどうだ?」

 ヴィンセントが手にしたのは、細身の片手剣だった。

「使ってみて、軽すぎるようならもう少し刀身の厚いものを選ぼう」

「ありがとうございます」

 差し出された剣をユリアが受け取り、鞘を取り払う。
 磨き抜かれた刀身に、真剣な青い双眸が映った。

 ……ユリアの中で、どんな変化があったのだろう。

 ただそれを尋ねれば良いだけなのに、
 何故が切り出せない自分がいる。

「バン。お前も護身用に貰ったらどうだ?」

「オレ?」

「1月とやり合うんだ。丸腰でいるわけにはいかないだろう」

「それもそうだが……」

 確かに、無抵抗で心臓をくり抜かれのは癪だ。

「バンさん。どうぞ、お好きなものを選んでください」

 鞘に剣を戻すと、ユリアが言った。

「……分かった。ありがとな」

 オレは慎重に武器庫を眺めてから、
 ひとつのダガーを手にした。

 重さ的に銀製だろう。
 刃渡りは20センチほどの、装飾もないシンプルなものだ。
 ただし、相手の剣戟を受け止めやすいように鍔が特殊な形をしていた。

「そんな小さな物で良いんですか?」

「ああ。どうせ速さも力も敵わねぇ。
 なら、いざって時まで忍ばせといて、一突きした方が良いだろ」

「なるほど……」

 神妙に頷くユリアの態度に変わったところはないように思えた。
 もしかしたらシロとのことは覚えていないのでは、なんて都合の良い考えが頭を過る。

 それから、オレたちはヴィンセントに一通りの武具を選んで貰った。

「ヴィンセントさん、何から何までありがとうございました」

「気にするな。そもそも俺はお前たちに協力するために来たのだから」

 協力――1月を倒すための、協力。
 しかし、彼はユリアに稽古をつけたり、
 武具を選ぶためだけにやって来たわけじゃないだろう。
 そんなことは考えなくても分かる。

 ヴィンセントは元一級処刑官だ。
 彼自身から聞いたところによると、
 ヴィンセントは自身の身の内に、屠った夜の眷属たちの怨念を溜め込んでいるそうだ。
 その怨念は、彼が殺された時、自動的に加害した者へ襲い掛かる。

 自らの死を以て標的を確殺する、カウンター技。

 ハルが彼に協力を要請したのは、その力が目的に違いない。
 だが、それをセシルが納得したとは思えなかった。

「……なあ、ヴィンセント。その協力についてのことなんだが」

 口を開いた時だった。
 オレのすぐ隣で、セシルの身体がフラついた。

「……っ! セシル?」

 慌てて抱き留めれば、グタリと彼は首をもたげた。

「せ、セシル!? 一体どうしたんですか!?」

 オレは息を飲んだ。
 白い首筋を晒すセシルの手は、凍るほど冷たい。
 脱力した肢体は、まるで死体そのものだ。

「悪いな」

 オレの手からセシルを抱き上げると、ヴィンセントは短く言った。

「あの……セシル、どこか悪いんですか?」

「さあな。俺にもよく分からない。
 ここ最近、ずっとこうなんだ。急に倒れたかと思うと深く寝入って……
 数時間すると目を醒ます」

「ずっと、って……まずいだろ、それ」

「だが、死徒を診られる医者はいないだろう?
 対処のしようがない。
 ハルに話を聞けたら良かったんだが……会ってくれなくてな」

「そんな……僕から叔父に話をしてみます。
 何か分かるかもしれません」

「ありがとう。だが……もう、いいんだ」

「ヴィンセントさん?どういうことですか?」

「死徒は、始祖なくしては形を保ってはいられないらしい。
 つまり――」

『1月を倒せばセシルは土に帰る』

 ヴィンセントは言った。とても、静かな声で。
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