人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード28

シロとユリア(7)

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 思わぬ言葉に、オレは目を瞬かせた。

「ユリアが、剣の稽古? なんでだよ…?」

「ボクが知るわけないでしょ。
 ってか、知らなかったの?」

 押し黙れば、セシルは器用に片眉を上げた。

「……ここに来て早々ヴィンセントに頼み込んでたよ」

「そう、なのか」

 頭上に、疑問符がいくつも並ぶ。

 ユリアが剣の稽古?
 誰よりも相手を傷つけることを嫌がる彼が、
 そんなものを手にするわけがないのに。

「……なあ。この縄、解いてくれねぇか?」

「絶対安静なんじゃないの?」

「おちおち寝てられるかよ。ユリアのこと止めねえと」

「え……?」

「ヴィンセントは、元処刑官だぞ?
 手合わせしてケガでもしたら大変だ」

「……ちょっと見ないうちに、キミ、お母さんにでもなったの」

「は?」

「……いや、何も」

 セシルは微妙な表情を浮かべてから、
 縄を緩めてくれた。

 オレはゆっくりと床に降り立つ。
 大丈夫、痛みもないし、足もちゃんとくっ付いたようだ。

「ありがとな」

「うん……」

 オレは音のした庭の方へ急いだ。
 その後を何やら釈然としない様子で、セシルが付いてきた。

    * * *

 芝生が青々と茂る庭で、
 ユリアはヴィンセントに稽古をつけて貰っていた。

「がら空きだ」

 庭の手前に辿り着けば、ちょうどヴィンセントの振るった大剣がユリアを吹っ飛ばした所だった。
 受け身も取れず思い切り転がった恋人の姿にオレは息を飲む。

 ユリアは痛みでか顔を歪めた。
 よく見れば、彼の服は所々擦り切れ、赤く血が滲んでいる。

「もう少し相手の攻撃に注意を払え」

「は、はい!」

 つかつかとヴィンセントがユリアに歩み寄る。

「すぐに立て。じゃないと、こうして……」

 てっきり手を引いて立たせるのかと思えば、
「追撃されるぞ」と言って、彼は手にした大剣を振り下ろした。

「ユリア……ッ!」

 ユリアが地面に蹲る。
 それでも、ヴィンセントは剣を――いや、模造刀のようだ――を連続で振り下ろした。
 オレは慌てて走り出した。

「ぐっ、ぅ……!」

「どうした? 避けるか、反撃するかしろ。
 死なないという驕りを捨てるんだ」

 ユリアの手から、吹っ飛ばされても握り続けていた模造刀が落ちる。

「っ、このっ……!」

 慌てて剣を拾おうとしたユリアの手を、
 ヴィンセントは打ち据えた、

「拾うな。剣などなくてもお前には爪があるだろ。
 いや、それすら必要ないはずだ。ヴァンパイアならば……」

「そこまでだ! 止めろ、ヴィンセント!」

 オレは声を張り上げると、2人の間に身を滑り込ませた。
 頭上でブンッと空気が裂けるのを感じる。

 思わず目を閉じたオレは、ややあってから恐る恐る薄目を開けた。
 模造刀の剣先が、オレの鼻先紙一重の場所で止まっている。

「バン……何をしているんだ。ケガをするぞ」

「何をしてるって、そりゃこっちの台詞だ!
 お前こそ何してんだよっ!?」

 剣を引いたヴィンセントにオレは吠えた。

「稽古を付けている」

「今のが稽古なわけあるか! 一方的に殴りやがって……!」

 それからオレはユリアを振り返った。
 久々に見たユリアは少し痩せたようだった。
 いや、引き締まったというべきか……

 陽だまりを思わせた顔つきは精悍なそれに取って変わっている。
 ……オレは戸惑った。
 甘いお菓子を頬張って幸せそうに微笑むユリアは、何処にいってしまったんだろう?

「大丈夫か、ユリア」

 頬を汚す血を親指の腹で拭う。
 ユリアは一瞬、目を見開いたが、
 何も言わず、オレの肩を掴んで脇に退けた。

「……ユリア?」

「ヴィンセントさん、もう一度お願いします」

 そして、フラ付きながら立ち上がると言った。

「っ……」

 息を飲むオレには構わず、
 ユリアは模造刀を拾い上げ、腰を低くする。
 そんな彼に、ヴィンセントも構え直した。

「ま、待てよ。ケガの手当てを……」

「こんなの、もう治ってます。
 バンさんこそ、ケガするといけないから下がっててください」

 ユリアはこちらをチラリとも見なかった。
 それから、声を張り上げると地面を蹴り、ヴィンセントに躍りかかる。

「うおおおぉぉぉっ!」

 鈍い音が立った。
 振り下ろした模造刀が弾かれ、手から抜けて弧を描く。

「なんだ、その非力な攻撃は。
 それでもヴァンパイアか」

「ぐっ……!」

 しかし彼は、もう剣を拾い上げようとはしなかった。
 獣のように四つん這いになって、
 即座にまた飛びかかった。

「まだ、です……っ!」

 獰猛な獣を思わせる瞳。
 見れば、足も狼のそれに化身している。
 突き出した手からは、鋭い鉤爪も伸びていた。

 オレは呆然と2人のやり取りを見つめた。

 何度吹っ飛ばされても、叩き潰されても、
 ユリアは立ち上がる……

 目の前に、オレの知らない恋人がいた。

 誰も傷付けたくないと泣いていた彼が。
 力を必死で押さえつけていた彼が。
 今、自分の意思でその憎んでいた力を解放しようとしている。

「なんで……」
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