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番外編4
白夜の夜明け(2)
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* * *
セシルとかいった小煩い死徒と連れの人間が去ってから、数日後の満月の夜。
いつもの通り地下牢の鎖に繋がれていると、俺の下にバンがやってきた。
「もう変わってたのか」
俺を見ると、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
バンは鍵束からひとつを選ぶと、俺の手首にはまった枷に差し込んだ。
「……何をしている?」
そう問うのと、音を立てて枷が落ちたのは同時だった。
「もう縛る必要はねぇだろ。
お前、満月以外でもフラフラしてんだから」
ユリアに知られるわけにはいかないけど、とバンは俺の両手足から枷を外すと笑った。
「お前のことをユリアが縛り付けてんのは、俺を心配してるからだ。
でも、もうお前はオレを殺さない。
それなら無駄にお前を苛立たせる必要はねぇ」
「貴様は馬鹿か? 自分が殺された夜を忘れたわけではあるまい」
心底呆れかえれば、バンは大仰に肩をすくめてみせる。
「死んだ時のことなんてずっと覚えてられるかよ。ストレスで禿げるわ」
続いて彼は膝を叩いて立ち上がると、鎖を部屋の脇にまとめた。
「それじゃあな。ユリアに変わる頃、また呼んでくれ」
「何処に行く?」
「仕事に戻るんだよ」
くるりと手の中で鍵束を回し、バンはさっさと踵を返した。
俺は何故かその態度が気に食わず、口を開く。
「……放置とは随分だな」
「なに?」
俺は手首周りの筋肉を伸ばしながら、振り返ったバンに言った。
「貴様が俺の拘束を解いたんだ。
責任を持って、俺を楽しませろ」
「……はあ?
オレに何しろって言うんだよ」
「無能か? それを貴様が考えるんだ」
「クソ面倒臭え」
あからさまに嫌そうな顔をする。
「いつもみたいに部屋で本でも読んでたらいいだろーが」
「それでいいなら、楽しませろなどそもそも言わない」
「っつって、オレ、お前のこと何も知らねぇしな……
お前が楽しめるものねえ……」
腕を組んで、バンは唸った。
「……まあ、いいや。いつもの客間で待ってろよ」
俺は言われた通り、客間へ向かった。
ソファで横になり、読みかけだった本に目を通す。
しばらくすると、カチャカチャと食器が触れ合う音に続いて部屋の扉が開いた。
「お待たせ」
バンは慣れた手つきで、テーブルにお茶の用意を始める。
「……なんだ、これは」
「イチジクのパイだよ。キッチンに残ってたヤツを貰ってきた。
お前も好きだろ? お茶にしようぜ」
俺は読んでいた本から顔を上げて、憮然として鼻を鳴らす。
「俺とアイツを一緒にするな」
それから再び本に目を落とした。
「食わねぇの」
「当たり前だ。さっさと片付けろ」
鼻腔を擽る香ばしい匂いが鬱陶しい。
「……分かったよ」
大仰な溜息をついてから、バンが言う。
俺は、苛立たしげにページをめくった。
すると、サクッと小気味の良い音が聞こえた。
「……何をしている?」
「片付けろっつったのは、お前だろ。だから、食べてんだよ」
フォークで切り分けて、パイの欠片を口に運ぶ。
断面に見える、今にもこぼれそうな2種類のクリーム。
上に乗せられたイチジクの赤が、部屋の明かりを照り返している。
ふと、バンの手が止まり、戸惑いの視線を俺に向けてきた。
「ええと……なんだよ?」
「なんだとはなんだ」
「……そんな、じっと見られてると食べづれーんだけど」
セシルとかいった小煩い死徒と連れの人間が去ってから、数日後の満月の夜。
いつもの通り地下牢の鎖に繋がれていると、俺の下にバンがやってきた。
「もう変わってたのか」
俺を見ると、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
バンは鍵束からひとつを選ぶと、俺の手首にはまった枷に差し込んだ。
「……何をしている?」
そう問うのと、音を立てて枷が落ちたのは同時だった。
「もう縛る必要はねぇだろ。
お前、満月以外でもフラフラしてんだから」
ユリアに知られるわけにはいかないけど、とバンは俺の両手足から枷を外すと笑った。
「お前のことをユリアが縛り付けてんのは、俺を心配してるからだ。
でも、もうお前はオレを殺さない。
それなら無駄にお前を苛立たせる必要はねぇ」
「貴様は馬鹿か? 自分が殺された夜を忘れたわけではあるまい」
心底呆れかえれば、バンは大仰に肩をすくめてみせる。
「死んだ時のことなんてずっと覚えてられるかよ。ストレスで禿げるわ」
続いて彼は膝を叩いて立ち上がると、鎖を部屋の脇にまとめた。
「それじゃあな。ユリアに変わる頃、また呼んでくれ」
「何処に行く?」
「仕事に戻るんだよ」
くるりと手の中で鍵束を回し、バンはさっさと踵を返した。
俺は何故かその態度が気に食わず、口を開く。
「……放置とは随分だな」
「なに?」
俺は手首周りの筋肉を伸ばしながら、振り返ったバンに言った。
「貴様が俺の拘束を解いたんだ。
責任を持って、俺を楽しませろ」
「……はあ?
オレに何しろって言うんだよ」
「無能か? それを貴様が考えるんだ」
「クソ面倒臭え」
あからさまに嫌そうな顔をする。
「いつもみたいに部屋で本でも読んでたらいいだろーが」
「それでいいなら、楽しませろなどそもそも言わない」
「っつって、オレ、お前のこと何も知らねぇしな……
お前が楽しめるものねえ……」
腕を組んで、バンは唸った。
「……まあ、いいや。いつもの客間で待ってろよ」
俺は言われた通り、客間へ向かった。
ソファで横になり、読みかけだった本に目を通す。
しばらくすると、カチャカチャと食器が触れ合う音に続いて部屋の扉が開いた。
「お待たせ」
バンは慣れた手つきで、テーブルにお茶の用意を始める。
「……なんだ、これは」
「イチジクのパイだよ。キッチンに残ってたヤツを貰ってきた。
お前も好きだろ? お茶にしようぜ」
俺は読んでいた本から顔を上げて、憮然として鼻を鳴らす。
「俺とアイツを一緒にするな」
それから再び本に目を落とした。
「食わねぇの」
「当たり前だ。さっさと片付けろ」
鼻腔を擽る香ばしい匂いが鬱陶しい。
「……分かったよ」
大仰な溜息をついてから、バンが言う。
俺は、苛立たしげにページをめくった。
すると、サクッと小気味の良い音が聞こえた。
「……何をしている?」
「片付けろっつったのは、お前だろ。だから、食べてんだよ」
フォークで切り分けて、パイの欠片を口に運ぶ。
断面に見える、今にもこぼれそうな2種類のクリーム。
上に乗せられたイチジクの赤が、部屋の明かりを照り返している。
ふと、バンの手が止まり、戸惑いの視線を俺に向けてきた。
「ええと……なんだよ?」
「なんだとはなんだ」
「……そんな、じっと見られてると食べづれーんだけど」
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