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エピソード26
虚飾の檻(5)
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* * *
胸焼けがする。体が重たくて、ズブズブとベッドの中に沈んでいきそうだ。
「――さん、バンさんっ!」
声に瞼を持ち上げれば、視界にユリアの整った顔が飛び込んできた。
「ユリア……?」
「大丈夫ですか? 凄くうなされてましたけど」
「ちょっと……嫌な夢見た……」
「夢? 体調が悪いとかではなくて?」
「ああ」
ユリアが心配そうにオレの頬に触れ、額に手を這わせる。
「確かに熱はないみたいだけど……凄い汗かいてますね」
「ありがとな。オレは大丈夫だよ」
ただの夢だから、とオレは繰り返す。
……何もかも夢だったら、どれほど良かっただろう。
全身の気怠さに昨晩のことがまざまざと思い起こされて、
暗澹たる気持ちになる。ユリアの顔を真っ直ぐ見れない。
「本当に? 無理してない?
今日は横になってた方がいいですよ」
「平気だよ。夢見が悪いだけで休んでたら、生きてけねぇっての」
オレはケラケラ笑いながら体を起こして、ベッドから下りた。
その瞬間、オレはギクリとして身体を強張らせる。
下着が濡れる感触。内股を伝う生温かな……
「バンさん? 本当に大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ――」
オレは思わず、ユリアの腕を振り払っていた。
「え……」
戸惑う恋人に、ハッとする。
「わ、悪い」
「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」
「や、違う。その……まだ、夢のこと引き摺ってて……
ちょっと頭冷やしてくるよ」
「川に行くの? なら僕が連れていきますよ。心配だし」
「……ありがとう。でも、水浴びるだけだから」
「そうですか……」
オレは無理やり笑うと、ぎこちない動きでベッドを下りた。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「ああ。朝食の準備までには戻るよ」
心持ちゆっくりと歩いて小屋を出る。
次いで外に出たオレは、次第に歩く速度を上げた。
前に進む度に、ぐちゅりと忌々しい水音が立つ。
「はぁ、はぁ、はぁ……クソッ……」
最終的にはオレは走った。
やがて、いつも水浴びしている川に辿り着くと、
その勢いのままザブザブと川の中へと入っていく。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
思い出したくもないのに、昨晩のことが脳裏にこびりついている。
「クソ、クソ、クソ……」
下半身を水に浸けてやっと動悸が少しだけ落ち着いた。
オレは、水をすくって顔を洗った。
それでは足りなくて、もっと深い場所まで移動し頭まで潜る。
陽光にきらめく川の水面は一見さほど揺れてはいなかったが、
中に潜れば、水の流れの音がゴオゴオと聞こえてきた。
……オレは、
ユリアを裏切った。
『でも、あれは必要なことだった』
頭の中で、声がする。それにオレは問い掛ける。
本当に必要なことだったのか? と。
ユリアを信じていたなら、
馬鹿正直に抱かれる必要なんてなかったんじゃないか……
「……」
息を吐く。唇から溢れた空気の泡が、ゴポゴポと音を立てて上へ登っていく。
オレはキツく瞼を閉じた。
もっと早くに、ユリアの弱さと向き合っていれば
こんなことにはならなかったんだと思う。
ユリアがメティスのことを忘れた時、オレはそれに甘えた。
彼とケンカをするのが嫌だった。自分の必死の行動を否定されるのも嫌だった。
オレは逃げた。ユリアだけじゃない、オレも逃げていた。
あそこで向き合っていたのなら……
オレは両手で頭をかく。
なんだか最近は後悔してばかりだ。
しっかりしねぇと。
ユリアを、あのバカ野郎の暴挙から守る。
それと同時に、彼の心の絡まりを解いていく。
ひとつ、ひとつ……ユリアが自分の人生に向き合えるように。
必要なのは、準備と順序、それから根気強さだ。
そんな思案を巡らせている時だった。
突然、腕を掴まれたかと思うとオレは上へ引き上げられた。
「ぷはっ……!!」
肺に勢いよく空気が入ってきて咳き込むように、大きく肩で息をする。
「何してるんですか!? 服着たまま川の中に入るだなんて……!」
ユリアが心配そうにオレを見下ろしていた。
胸焼けがする。体が重たくて、ズブズブとベッドの中に沈んでいきそうだ。
「――さん、バンさんっ!」
声に瞼を持ち上げれば、視界にユリアの整った顔が飛び込んできた。
「ユリア……?」
「大丈夫ですか? 凄くうなされてましたけど」
「ちょっと……嫌な夢見た……」
「夢? 体調が悪いとかではなくて?」
「ああ」
ユリアが心配そうにオレの頬に触れ、額に手を這わせる。
「確かに熱はないみたいだけど……凄い汗かいてますね」
「ありがとな。オレは大丈夫だよ」
ただの夢だから、とオレは繰り返す。
……何もかも夢だったら、どれほど良かっただろう。
全身の気怠さに昨晩のことがまざまざと思い起こされて、
暗澹たる気持ちになる。ユリアの顔を真っ直ぐ見れない。
「本当に? 無理してない?
今日は横になってた方がいいですよ」
「平気だよ。夢見が悪いだけで休んでたら、生きてけねぇっての」
オレはケラケラ笑いながら体を起こして、ベッドから下りた。
その瞬間、オレはギクリとして身体を強張らせる。
下着が濡れる感触。内股を伝う生温かな……
「バンさん? 本当に大丈夫ですか? 顔、真っ青ですよ――」
オレは思わず、ユリアの腕を振り払っていた。
「え……」
戸惑う恋人に、ハッとする。
「わ、悪い」
「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」
「や、違う。その……まだ、夢のこと引き摺ってて……
ちょっと頭冷やしてくるよ」
「川に行くの? なら僕が連れていきますよ。心配だし」
「……ありがとう。でも、水浴びるだけだから」
「そうですか……」
オレは無理やり笑うと、ぎこちない動きでベッドを下りた。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「ああ。朝食の準備までには戻るよ」
心持ちゆっくりと歩いて小屋を出る。
次いで外に出たオレは、次第に歩く速度を上げた。
前に進む度に、ぐちゅりと忌々しい水音が立つ。
「はぁ、はぁ、はぁ……クソッ……」
最終的にはオレは走った。
やがて、いつも水浴びしている川に辿り着くと、
その勢いのままザブザブと川の中へと入っていく。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
思い出したくもないのに、昨晩のことが脳裏にこびりついている。
「クソ、クソ、クソ……」
下半身を水に浸けてやっと動悸が少しだけ落ち着いた。
オレは、水をすくって顔を洗った。
それでは足りなくて、もっと深い場所まで移動し頭まで潜る。
陽光にきらめく川の水面は一見さほど揺れてはいなかったが、
中に潜れば、水の流れの音がゴオゴオと聞こえてきた。
……オレは、
ユリアを裏切った。
『でも、あれは必要なことだった』
頭の中で、声がする。それにオレは問い掛ける。
本当に必要なことだったのか? と。
ユリアを信じていたなら、
馬鹿正直に抱かれる必要なんてなかったんじゃないか……
「……」
息を吐く。唇から溢れた空気の泡が、ゴポゴポと音を立てて上へ登っていく。
オレはキツく瞼を閉じた。
もっと早くに、ユリアの弱さと向き合っていれば
こんなことにはならなかったんだと思う。
ユリアがメティスのことを忘れた時、オレはそれに甘えた。
彼とケンカをするのが嫌だった。自分の必死の行動を否定されるのも嫌だった。
オレは逃げた。ユリアだけじゃない、オレも逃げていた。
あそこで向き合っていたのなら……
オレは両手で頭をかく。
なんだか最近は後悔してばかりだ。
しっかりしねぇと。
ユリアを、あのバカ野郎の暴挙から守る。
それと同時に、彼の心の絡まりを解いていく。
ひとつ、ひとつ……ユリアが自分の人生に向き合えるように。
必要なのは、準備と順序、それから根気強さだ。
そんな思案を巡らせている時だった。
突然、腕を掴まれたかと思うとオレは上へ引き上げられた。
「ぷはっ……!!」
肺に勢いよく空気が入ってきて咳き込むように、大きく肩で息をする。
「何してるんですか!? 服着たまま川の中に入るだなんて……!」
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